【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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番外編 星屑の欠片を集めて

 

 柔らかな日差しと共に、潮風が海原を撫ぜる。船旅を荒らす雲は、既に遠くまで吹き飛ばされた後だ。

 

 快晴の日は、タンジアの港にもさらに賑わいが増す。漁師や商人らは、本日の品揃えの自慢やら安売りの知らせやらを、調子良く歌い上げていた。足を止める客がいれば、店主は待ってましたと言わんばかりに口上を述べる。その威勢の良い声に、商売とは異なる期待や喜びの滲んだ会話が混じり始めたのは数刻前のこと。

 

 漁船の並ぶ船着場の奥には、巨大な船が数隻佇んでいた。そのいずれもが良質な木材で作られ、甲板には魚よりも遥かに巨大な生物をも相手にできそうな設備が整っている。何よりそれらの船を象徴するのは、帆に描かれたタンジアハンターズギルドの紋章だった。

 船の前には、ハンターというには軽装の者達が大勢集まっている。初心者でも手に入りやすい革製や金属製の防具は、彼らの顔つきにはやや不相応に見えた。年齢層は疎らではあるが、ある程度経験を積んだ中堅世代が多いことは、通りすがりの市場の利用者でも分かるだろう。

 

「なあ、お前も新大陸行き? オレもなんだよ!」

「もう、まだ出航の準備が整わないのかしら。一人くらい、置いていけば良いじゃない。待ちくたびれたわ!」

 周りはなんとも我の強そうな者ばかりだ。聞こえてくる会話を肴に、青年──エドは土産物の菓子をつまんでいた。ここ付近で漁れる海産物を干したというチップスは、風味豊かでなかなかに美味だった。海老や白身魚、何かの稚魚など、バリエーション豊かなのも嬉しい。

 

 今は何の時間なのかと思って聞き耳を立てていれば、どうやら今回集められた者の中でも、取り分け組織に期待されている者の到着が遅れているらしい。しかも寝坊をしたとかの理由ではなく、受注した任務が押しているのだとか。真面目なことだ。そんな特別待遇をされるようなハンターはどれほどの猛者なのだろう、と想像してみる。

 

 どうせ待つなら、その時間も有効に活用して楽しんでしまえば良いのに。エドは小さな欠片ばかりになってしまった袋を傾け、口の中にガサガサと流し込んだ。

 とはいえ、楽しみな気持ちはエドにも理解できる。試験を乗り越え、ようやく手にした新大陸行きの片道切符だ。自身がこれまで経験してきたことを全て出し切って、やっと生き残れるような過酷な場所だと聞いている。そんなの、胸が弾まない筈がない。

 ギルドへ稀に流れてくる、百年に一度の古龍渡りの噂。近年はずっと短い十年で起こっているのだとか。その謎を解き明かすべく集められた者達の中に、自分が選ばれた。誇らしいことではないか。

 

 何気なく視線をやった先で、とある家族がふと目に留まる。年若い青年を惜しげに抱く両親の姿に、ハンターにしては珍しいとエドは思った。

「向こうに着いたら、手紙を書くよ。元気でね、父さん、母さん」

 青年は明るく微笑んでいる。孝行者だと思った。否、ハンターの中でも常に危険に晒されるポジションについている時点で、そうでは無いのか。話したこともない相手に対して失礼なことを考えていると、エドはその横顔に暗い影があることに気づいてしまった。この船に乗る覚悟を決めた人間は、誰しも事情があるのだろう。

 

 エドは目を閉じる。自分は、もう現大陸に残すものはない。未練が無いのかと言われれば、すぐに頷くことはできないけれど。でも、だからこそ、こんな馬鹿な賭けに出ることができている。せいぜい、心の底から楽しんでやろう。太く短い人生だろうと、一度でも輝きを見出せればそれで良い。

 

「ようやくお出ましだ」

「おお、あれが噂の」

「もっと筋骨隆々としたヤツを想像してたぜ」

 なにやら、また騒がしくなってきた。皆の話題を掻っ攫っていった人物が、とうとう来たらしい。一目見ようとしたけれど、人の波に揉まれてよく見えなかった。後からいつでもお目見えする機会はあるだろう、とエドは肩をすくませ、荷物を抱えて案内員の指示に従った。

 

 船の中は広く、どことなく酒場を思わせるような雰囲気だった。それを醸し出しているのは、船に乗っている者の多くがハンターであることや、運ばれてくる料理の匂い等だろう。エドの隣を、豪快な塊肉のローストが通っていく。大皿の下を見れば、アイルーがえっちらおっちらと運んでいた。

 

「隣、いいかな」

 声の方を見やれば、大男、と呼ぶに相応しい青年がにこやかに立っている。エドが応じれば、隣に腰掛けた青年はわざわざ手袋を外し、手を差し出した。随分と律儀な男だ。

「ワタシはアダム・ゴールドという。よろしく」

 エドはニッと口角を上げ、その手を取る。無骨で乾いた、温かい手だった。

「エド・ワグナーだ、こちらこそよろしく。それと、そんなに畏まらなくてもいいぜ。同期だろオレたち」

 アダムは目を瞬かせ、おかしそうに笑った。

「ありがとう。つい、癖でな」

 ピンと伸びた背筋に、阿呆毛一つ飛び出ていない、きっちりとまとめられた髪。嫌でも育ちの良さが分かる。大方、上流階級の元武人といったところか。そんな人間がなぜハンターをしているのか。

 アダムがジョッキを持つ手に、もう片方の手が添えられる。その仕草にふと違和感を覚え、エドは束の間黙り込んだ。

 

「エド?」

 首を傾げるアダムに、エドはハッとして取り繕う。

(っと、いけねえ。オレの悪い癖だな)

 いきなり詮索するのは良くない。ただでさえここに集まっている者は訳ありが多いだろうし、はじめから深入りしないのが吉だ。

「随分体格が良いから、オレと同じくデカい武器使いなのかなと思ってさ。でもタコの感じからして、ボウガンでは無いだろ。大剣か?」

 エドの言葉に、アダムは片眉を上げる。そして不敵に笑った。

「ああ、その通りだ。ワタシは大剣を使う。良い観察眼をしているな。職業柄色んな人間を見ているが、すぐに武器を当てられたのは初めてだ」

「お、やったぜ」

 エドはジョッキを傾けた。なんだかウマが合いそうだ、と炭酸を喉で感じつつ思う。

 

「なんでも、向こうではガンナーの装備と剣士の装備の基本の型が統一されるそうじゃないか。なかなか想像できんな。ワタシの周りのガンナーは、調合素材でいつもポーチをパンパンにする奴らばかりだった」

「お〜そいつらとは気が合いそうだな。きっちりとか整理整頓とか、オレの対極にある言葉」

「意外だな」

「だろ? 真面目そ〜な格好だけしてんの。騙されなかった奴はいないぜ、ホラ」

 エドがオールバックを撫でつけて眼鏡をくいっと上げて見せると、アダムは破顔した。

 

「ところで、キミも志願でここに?」

 アダムの問いに、エドは頷く。

「うん、そうだぜ。どう見たって、他人サマに推薦されるような良い子ちゃんじゃなさそうだろ」

「どうだかな。あそこで話してる四人は推薦組だそうだが、"良い子ちゃん"には見えん」

 ちょうど先に座っていた者が彼らの勢いに押し除けられて、迷惑そうに去っていく。その現場を目の当たりにし、エドは吹き出した。

「ワハハハ! 違いねえ。そもそもここに居る時点でって話だよな」

 

 やがて笑いを収め、エドはアダムを見つめた。

「も、ってことは、お前もなんだな?」

「そうだ。生きているうちに、新大陸をこの目で見てみたかった。そしてそこで、新しい生き方を見つけたい」

「へえ。新しい生き方、ねえ」

 

 その時、隣で飲んでいたハンターが船の揺れでよろけ、こちらへ倒れ込んでくる。エドが反応する前に、大きな手がハンターの体を支えた。

「おっと。大事ないか?」

「え、ええ。ありがとう。ごめんなさいね」

 ハンターは顔を赤らめ、足早に離れた。エドが口笛を吹くと、アダムは顔を顰めて見せた。

「あーあ、あの娘とのオハナシのチャンス逃しちまったかも、なーんてな。庇ってくれてサンキュー」

「まったく、調子が良いなキミは」

 アダムはジョッキを飲み干すと、給仕アイルーを呼び止めた。それから二人分の発泡酒と追加のつまみを注文する。

 エドは自身の手元を見ると、随分と中身が減っていたことに気づいた。どこまでも気の利く男だと感嘆しつつ、そんな彼が語った夢の背景に思いを馳せる。

 

 エドは少しぬるくなった中身を含んだ。再度口を開こうとした時、ふとアダムの視線の先に目が留まる。そこには、煌びやかな女ハンターが二人。アダムは彼女達を目で追っていた。

 さては女好きか、むっつり助平め。そう揶揄おうとしたけれど、彼の視線には下心が感じられない。何故かと考えてみれば、その視線が顔から上に限定されているからだと気づいた。きっとそれは、純粋な羨望のような何かだ。

 

 エドが「あのさ」と呼び掛ける。アダムはすぐにこちらを向いた。

「さっきの話だけど。新しい生き方ってやつ、オレは応援してるよ」

 アダムは目を瞬かせる。それから柔らかくはにかみ、微笑んだ。

 

***

 

 朝日の下で戯れるトウゲンチョウたちが、はしゃいだように一際高い声で鳴く。その歌を耳が拾うと共に、エドは意識が浮上していくのを感じた。

 開け放たれた窓から白い光が差し、ベッドが部屋の中に浮き上がって見える。いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。

 

 エドは欠伸をし、伸びをする。心地よい潮風が吹きこむと、目元が不自然にすうすうと冷たく感じた。何事かと拭ってみれば、欠伸の後にしては多い水分が手を濡らす。

「あれ、何だこれ」

 何かとても懐かしい夢を見ていたような気がする。けれど、それがどんなものだったかは思い出せない。不思議な物悲しさだけが、残滓となって胸に残っていた。サイドテーブルに手を伸ばし、視界がクリアになる。

 

 せっかく眼鏡をかけたというのに、エドは再びベッドに倒れ込んだ。埃が舞って、光の帯の中できらきらと輝いている。それを何気なく眺め、掴んでみようとした。だがいずれもふわりと避けて、また別の場所でゆっくりと落ちていく。手の甲に僅かに残った雫が日差しを受け、温かな光を宿した。

 こんな無為ことに朝の貴重な時間を使っていては、自分を起こしに来た相方に怒られてしまう。もう玄関に響く力強いノックの音と、その声が自身の名前を呼ぶことは無いのに、いつまでも耳の中に残っていた。

 

 伝書として真っ先に舞い込んできた訃報。そこに自身の親友の名が書かれているのを見た時には、一瞬文字が読めなくなったかと思った。組織の都合上仕方のないことだけれど、自分の目で見るより先に情報として仲間の不幸を知るのは、想像以上に堪えた。

 

 今日、キャスリーンはもう一人の仲間と共にアステラに帰ってくる。小さく変わり果てた姿になっているだろうけれど、彼女が苦しんだ時のままでいるよりはずっと良い。雪の降る中、真っ黒に焼け焦げた身体と顔にかけられた布を外した時の衝撃は、正直忘れられない。

 

 セリエナからの船がアステラに着くまでは、まだ随分と時間があるけれど、もう支度をしてしまおう。真っ先に笑顔でもって出迎えられるように。

 エドは昨夜ドアに掛けておいた衣紋掛けから、礼服を掴む。普段滅多に着ることのないそれは、明らかに肌に馴染んでいなかった。否、こんなもの馴染まない方が良いのだ。そう思った途端、また鼻がつんと痛くなった。

 

 せっかく早起きをしたのに、家を出られるようになるまではまだ時間がかかりそうだ。キャスリーンと共にこちらへ来るであろう友人達を、心配させる訳にはいかない。楽しい思い出話に花を咲かせたほうが、星になった彼女も喜ぶだろう。

 だが今は、今だけは、悲しむ時間が欲しい。どうしようもない後悔と、正面から向き合いたい。エドは朝日から逃れるように、毛布を頭から被った。

 

 居住区のどこからか、風に乗って良い匂いが漂ってくる。誰かの日常と非日常が忙しなく入り乱れる中、大自然はそんな些細なことは意にも介さずに時間だけが流れていく。

 星の船を乗せた崖から吹き出す滝が、森の恵みを海へと流し込む音だけが響いていた。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

こちらは青ナナの書籍化の際に公開した短編です。
思えば、エドもキャスリーンも蒼赤一閃からの付き合いとなりました。
時間の都合上そこまで掘り下げてあげられなかったのが心残りですが、またいつかモーネの話のように書けたらいいなあと思います。
ハンサム先輩ことアルトゥラスの亡き婚約者も、ワイルズ新作と関係のある人物なので、少しずつ輪郭をくっきりさせていきたいですね。

改めまして、お付き合いいただきありがとうございました!
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