【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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少し肌色注意。


番外編 微温湯は喉元過ぎて忘れられ

 

 

 

 遠くで、穏やかな波の音が響いている。聞き慣れたそれは、意識に留まることも殆どなく流れていった。

 導蟲の仄かな灯りの下で、ジェナが引き攣れた皮膚に軟膏を塗っていると、床板が軋む音が近づいてくる。

 やがて薄い毛布が少し持ち上がり、パートナーがベッドへと乗り上がってきた。ジェナは指先をタオルで拭うと、彼を迎え入れる。彼が隣に来ると、石鹸の匂いと共に、外の潮風もシーツの中に滑り込んできた。

 

 パートナー──リュカは普段、殆どアステラに帰ってこない。たまに帰って来ては、ジェナの家で眠る。元の家は売らないのかと尋ねると、環境生物たちが居るからと首を横に振った。一度ヒトの手で飼われた生き物は、自然に帰ることは難しいのだという。学者に預けようという発想が出てこないあたり、なんともリュカらしい。

 初めて家賃を渡された時、嗚呼、自分達は一緒に住むのだ、と納得したのを覚えている。同棲と呼ぶにはあまりにも淡白だったけれど、それでもリュカの気配はジェナの家にも馴染んできていた。部屋に一人でいる時でも、ふっと彼の匂いがするような錯覚を覚える瞬間がある。そんな変化を、ジェナは好ましいと思っていた。

 

 ベッドにふたり並んで座り、取り留めのない話をしながら、ジェナはリュカのふわふわとした髪を指で弄る。そろそろ切ったらどうか、と口にしようとしたところで、彼の吐息が頬にかかった。

 心ノ臓が跳ねる音と、ベッドが軋む音が重なる。リュカの接吻は、トウゲンチョウの啄みのように何度も頬に落とされた。彼は日頃から、小さな愛情表現を何度もしてくれる。たとえベッドの中だったとしても、御天道様の下でも堂々としていられるような軽い触れ合いのみだ。ジェナにはそれが、擽ったくて仕方がない。

 けれど、お互いに過去を打ち明けた以上、そのことに言及するのも不躾だと理解している。リュカはリュカなりの誠意を見せてくれているのだから、こちらも応えなければ。

 それに、とジェナはリュカの頬に触れる。生き延びる為に両方の乳房を失った今、この胸をリュカに見せることにはまだ抵抗があった。布でも被せて致せば良いのだろうけれど、年若いリュカには酷く味気ないだろうと思う。だから、ある意味では気兼ねない関係と言えた。

 

 リュカの鮮やかな唇に、ジェナは自らのそれで触れる。今は口紅が移ってしまうことも気にしなくて良い。柔らかな感触を楽しんでいると、リュカもジェナに動きを合わせてきた。

 リュカが目蓋が開き、ふたりの視線が交わる。キスの最中もジェナが自分を見ていたことに気づいたリュカは、じわじわと白い肌を染めた。

 そんな反応がいじらしくて、ジェナはつい笑みを溢してしまう。その拍子に、唇が離れた。それが終わりの合図。いつもならば、その筈だった。

 リュカの瞳の中で、何かが燻っている。ジェナがそれに気づくと同時に、リュカはジェナのうなじに鼻をつけ、深く息をした。吐息が下着に染み込み、布が熱を孕む。

 ジェナは今度こそ唾を飲んだ。彼はどんなセックスをするのだろう。腰に手が伸びてくるのか、それとも接吻から始めるのか。どこか期待している自分とは裏腹に、背中には冷や汗が滲み始める。彼の兄によく似た目をもう一度見たら、リュカを突き飛ばしてしまうような気がしていた。

 

 しかし、いつまで経っても手は伸びてこないし、接吻もされない。耳元で聴こえていた吐息が、離れていく。リュカは目を閉じて深呼吸をした。それから、ジェナの肩に未だ火照っている両手を添え、微笑んで見せた。

「おやすみ」

 リュカの口から発せられたのは、先程までの雰囲気など吹き飛ばしてしまいそうな、いつもの挨拶。ジェナは呆気に取られてしまう。男の恥とまでは言わないが、相手がリュカでなければ「意気地なし」と罵倒が飛び出そうなものだ。

 まるで薄い布を隔てたような関係。肉体同士の重なりなど無くても、愛情は痛いほどに伝わる。それを無理に破ってまで、自分達を型に嵌めようとは思わない。

 ジェナはリュカに倣って、笑みを浮かべた。

「ええ、おやすみ」

 

 同じベッドで横になっていても、ジェナとリュカは大抵背を向け合って眠る。とはいえ手を握っていたり、足が触れたりするため、距離を感じることはあまり無い。だが、今日ばかりは背後の呼吸音や布ずれの音に耳を澄ませてしまう。

 それでも調査で疲れた身体は、睡魔からは逃れられなかった。うとうととジェナの意識が沈みそうになった頃、毛布がそっと持ち上げられ、ベッドが軋んだ。床を踏む音がし、それも遠ざかっていく。

 ジェナは夢か現かはっきりしない意識の中で、徐に瞬きをした。それから、ひとつ寝返りを打つ。こういうことは今夜が初めてではないし、ジェナも彼が何をしに離れるのかは、察していた。服で隠された肌が熱くなっていくのに、触れていて気付かない訳がない。

 ジェナも眠っている──今はフリだけれど──のだから、ここですれば良いのに、律儀なことだ。リュカは普段はつい小言をぶつけてしまうくらいには自由奔放だが、妙に真面目で潔癖なところがある。

(まあ、大事にされてるってことなのね。きっと)

 ジェナは目蓋を閉じた。別に不満があるという訳でもない。否、あるのかもしれないが、今はそれをリュカに直接伝えようとは思わなかった。自分は彼にとって何なのだ、と自問自答するほどもう青くはない。数年前の自分が聞けば、何事かと目を剥くだろうけれど。

 

 窓の外では、星が煌々と輝いている。明日も暑くなりそうだ。

 リュカが戻ってくるのを待とうと思ったけれど、欠伸が止まらない。ジェナは枕を抱き直し、体重を寝具に預けた。




ご無沙汰しております。ここまでお読みいただきありがとうございます。

暫く文という文を書けていなかったので、リハビリも兼ねてずっと温めていたリュカジェナの夜の話を出してみました。
若い男女らしくないと言えばらしくないかもしれないけれど、時間をかけて変わる可能性もあるし、ひとまず彼らなりの関係で良いのではないかなと思います。

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