【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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茹だる暑さとつむじ風

 

 立っているだけで汗ばむ気温のアステラ。

 日差しが強いのは常のことだ。しかし、今は空気そのものが暑いため、日陰に入っても気休め程度にしかならない。

 

 そんな中、二人の男女が掲示板を覗き込んでいた。

 

「なになに、ナル……アタタ、イメ?」

「ナルハタタヒメよ、リュカ。イブシマキヒコとこの古龍の繁殖行動と思われる行動で里が被害……なるほど。災難だったわね」

「わざわざ言い直さなくても」

 

 ジェナは意にも介さず、口の中で呟きながら文章の続きを追う。

 二人が覗き込んでいる竜皮紙。それは、現大陸で起こった古龍による災害についての報告書だった。

 

 竜人族のように見た目と年齢が離れているわけではない、年若い彼らがなぜ機密情報とも言える古龍の文献を読めているのか。

 それは、彼らが属する組織の特性によるものだ。

 

 新大陸古龍調査団では新大陸のみならず現大陸のことも、古龍に関する情報は上層部以外にも広く伝わる。

 それが新大陸での調査の鍵となったり、緊急時に命を守る術を編み出すきっかけになったりするためだ。

 

「はぁー、あっちでも雌雄がとやかくやってるってわけ? どこのカップルも随分お盛んだこと」

「いや言い方……」

「あら、本当のことじゃない」

 

 リュカは若干引き気味だったが、ジェナはあっけらかんと返した。この辺りに男女のノリの違いを感じる。

 

「まあ、向こうとしては後継ぎを残すのに必死なんでしょうけど。その周りはモンスターもヒトも、自分達の生活を守ろうとしてるだけだし」

「それはそうだね」

 

 

 

 ジェナはやれやれと首を振ると「それで」と持っていた木箱を置き、振り返った。

 

「こっちは炎王と炎妃の痴話喧嘩に巻き込まれてるって訳ね。まったく、これも仕事とはいえ良い迷惑だわ」

 

 拘束弾を利用できるバリスタ、大砲、各々の弾と火薬に、大量の閃光玉の入った木箱。

 そういった物騒な品々が、流通エリアの床板を軋ませていた。

 緊急で集められた兵器であるため、未だ使用できるまでに準備が整っているものは少ない。

 

 調査員たちは皆、早足で物資を運んだり兵器を組み立てたりしている。だがその表情は緊張している者、何やら楽しげにしている者などまちまちだった。

 中にはセリエナから駆けつけた調査員もいるらしく、見慣れない顔ぶれが何人かいた。

 

「みんな大規模な迎撃自体は慣れてるけど、やっぱり準備期間はピリつくよねぇ」

 

 ぼやくリュカも、拘束用の縄を巻いている最中だった。

 

 先日、陸珊瑚の台地で炎王龍テオ・テスカトルが目撃されてすぐに、総司令は迎撃の手筈を整え始めた。

 杞憂で終わればそれでよし。

 だがもしもの事があった時に準備ができていなかった、では済まされないのだ。

 

 そして老練の司令官の読みは当たり、ここ二日ほどでアステラ周辺の気温が跳ね上がった。

 今や拠点全体が物々しい雰囲気に包まれている。

 いくら暑くて美しい海があったとしても、これではバカンスには向かない。

 

「黄金郷ほどじゃないけど、拠点がこう暑いと滅入るものね。水を飲んでも飲んでも汗になっちゃうわ」

「そりゃあ炎の龍が近くにいるんだもの。大蟻塚だって、彼らがいれば陽炎が見えるよ」

 

 炎王龍が陸珊瑚の台地で観測された時は、これほどまで暑くはなかったという。

 つまり、炎王龍のほうは冷静な状態ならば、自らの熱が周囲に及ぼす影響を理解したうえで行動範囲を広げているということだ。

 

 だとすれば、残る可能性は二つ。

 炎王龍が体温を上昇させるような出来事が起こったか、もしくは怒れる炎妃龍が迫っているか。

 どちらにしても、アステラの近くで起こっているのだから事態は切迫している。

 

「こんな暑いとバテちゃうよね。ねー、ジャック」

 

 リュカの腕に留まったふわふわの猟虫も、心なしか元気がない。

 リュカはジャックを撫でてやりながら「そういえば」と呟いた。

 

「今テオナナがそれぞれどこにいるのか知らないけど、これだけ暑ければ火事になるんじゃない?」

 

 さらりと怖いことを言ったリュカに、ジェナは首を傾げる。

 アステラは船を解体して出来た拠点だ。

 土台以外の多くが木製のそこで火事になってしまえば、調査員の殆どがしばらく屋根無しで生活することになる。……それは冗談として。

 

「どうかしらね。でもマグダラオス迎撃の時も、溶岩さえ当たらなければ火薬に引火することは無かったわ」

「そうだった。ま、今はアステラの兵器を信じるしかないかぁ」

 

 熔山龍ゾラ・マグダラオスは、ジェナたち五期団が新大陸へ渡るきっかけとなった古龍だ。

 燃え盛る火山のような巨体を持っていた彼は、出会った時には既に長い年月を生きていたのだという。

 彼が死に場所として選んだのは、新大陸すべてを焼き尽くす可能性のある場所だった。

 そこで調査団は彼を海へと送り出すよう、迎撃の形を取ったのだった。

 

「マグダラオスも、これじゃ静かに眠れないわね。今はとにかく、テオナナの目的とルートを探らなきゃ」

 

 リュカは頷き、地図を広げた。

 数箇所に赤でばつ印が付けられている。

 

「今のところ見つかっているのは、地脈の黄金郷と大蟻塚の荒れ地でのナナの痕跡、陸珊瑚の台地でのテオ目撃情報。まあ、テオを追ったほうが効率がいいよね」

「ええ。……この時点では、規則性は無さそうね」

 

 ジェナの言葉に、リュカは再び頷いた。

 

「片っ端から探すしかないや。陸珊瑚と瘴気は他の調査班がもう行ってるから……」

 

 その時、流通エリアの中央から「おーい、お前達ー!」と声をかけられ、二人は振り返った。

 

「突っ立ってるなら手伝ってくれよ! 調査に行くならしょうがないが」

 

 そう呼びかけるのは、四期団の先輩だ。遠くから見ても顔が良いとはどういうことだろう。

 

「ごめんなさーい! 今これ運びまーす!」

 

 ジェナは慌てて木箱を持ち直し、彼の方へと駆けていく。

 リュカもそれに続いて、巻き終えた縄をバリスタのほうへと運んだ。

 

「助かるよ……ってかお前達、ナナの痕跡見つけたんだろ。それこそ調査に行かなくていいのか?」

 

 四期団の顔が良い先輩──この際ハンサム先輩と呼ぶ──は、ジェナの荷物を受け取りながら首を傾げる。

 

「ちょうどその話をしていたんです。行動の規則性がまだ分からないし、どこの調査に行こうかしらって」

 

 ハンサム先輩は少し考えた後「それなら」と呟いた。

 

「古代樹の森あたりはどうだ? アステラがこれだけ暑くなってるんだし、大ハズレってことは無いと思うぞ」

「ああ、確かに……そうしてみます。ありがとうございます」

 

 ハンサム先輩も現役のハンターだ。こういう時の勘や洞察力には優れている。

 

 彼と別れると、ジェナはしゃがんでポーチを開け、中身を再度確認した。

 回復薬の消費期限は切れていない。携帯食料も十分にある。念の為クーラードリンクも持ったし、緊急時にメルノスを呼ぶモドリ玉もある。

 

 荷物をしまい終えた時、タイミングよくリュカが戻ってきた。

 

「おかえり、リュカ。さっきの続きだけど、先輩が古代樹の調査はどうかって提案してくれたわ」

「ただいま。古代樹か、確かに理に適ってる」

 

 リュカはうんうんと頷いた。

 

「あたしはすぐにでも行けるわよ。昨夜ベッドで眠れたから疲れも取れたし」

「ぼくも同じく。よし、それじゃリーダーさんに伝えたら行こうか」

 

 どこへ誰が何の目的で向かうのか。

 一人一人の命と責任の重い調査団では、報告・連絡・相談が欠かせない。

 

「帰ってくる頃にはユウラさんからも返事が来てる筈。あの人なら、何か掴んでるかもしれない」

「そうね……いま何が起きてるのか、これから何が起こるのか。早いとこ知りたいものだわ」

 

 そんな呟きが、アステラの喧騒の中に消えた。

 

 

 

 

 所変わって、古代樹の森。

 普段から鬱蒼としたここは様々な生き物が生息している為、生命の密度が濃い。

 

 だがしかし。

 

「まあ、ある程度予想はできたわね」

「そうだね。だろうなーと思った」

「ツイてるんだか、そうじゃないんだか」

 

 そんな二人の視線の先にあったのは、風で薙ぎ倒された木々。

 それも、一部だけが力任せにもぎ取られたように根本から倒れている。明らかに暴風が局所で起こったと分かるような、凶悪な痕跡だ。

 吹き溜まった落葉の上には、折れたばかりの細かな枝やら塵やらが落ちている。

 

 青い光を発する導蟲について行き、まず見つけたのがこの痕跡だった。足跡もこの辺りにしか無いため、飛んで移動したのだろう。

 焦げた形跡の一つもない道を示すものだから、妙な予感がしたと思ったらこの有様だ。

 

「どうする? これ即報告案件だよね」

「ええ。明らかにキレてるし、一旦引いたほうがいいかも」

 

 この痕跡は確かに古龍のものだ。しかし、ジェナとリュカが追っていたテスカトのどちらでもない。

 人は彼の龍を鋼龍──もしくは風翔龍クシャルダオラと呼ぶ。

 目撃例の極端に少ない古龍の中でも、比較的人々の目に留まることの多い古龍だ。

 

 基本的に新大陸の古龍たちは仲が悪い。

 異種同士が鉢合わせようものなら、すぐに縄張り争いを起こす。そこに居合わせたハンターは地獄を見ると言われていた。

 実際に、テスカトとクシャルダオラが龍結晶の地で縄張り争いを繰り広げた際には、炎の竜巻が上がったという。

 

 生息地域がある程度離れている時さえ、いつ彼らが合流するか分からない危険がある。

 それなのに、元々クシャルダオラの縄張りである古代樹の森にテスカトが足を踏み入れればどうなるか。言わずとも知れたことだろう。

 

「でもこのクシャルダオラ、めちゃくちゃ暴れたわけじゃないね。ただ一時的に『キーッ!』って地団駄踏んだみたいな感じ」

「いやどこのオバサンよ。まあでも確かに、あの龍が暴れたらこんなに静かじゃないわね」

 

 今のところ、炎王龍の痕跡はまだ一つも見つかっていない。

 足を踏み入れていない上層からも、何かが燃えるような音や戦闘音は聞こえてこなかった。

 つまり炎王龍もしくは炎妃龍は、付近には来ていても古代樹の森へは訪れていないということだ。

 

 二人は木に生えたリュウノコシカケに腰掛けた。

 ジェナは胸元からペンを取り出し、手早くメモを取る。

 

「こうなると、近くに来てるのはナナ説が濃厚かなぁ。大蟻塚の、古代樹寄りのところに来てるのかも」

「そうね。普通なら彼女の行動範囲は砂地寄りだし、これくらい気候が変わってもおかしくないわ」

 

 リュカは両手を組んで伸びをした。一方ジャックは慌てて腕にしがみつく。

 

「これは伝書よりも直接伝えたほうがいいよね。あーあ、来たばっかだっていうのになぁ」

「こういうことは早いうちに済ませたほうがいいわ。すぐ帰りましょう」

「了解。帰ったらぼくらも兵器の準備かぁ」

 

 指笛を吹くと、甲高い鳴き声とともに翼竜が舞い降りてくる。

 スリンガーを彼らの脚に引っ掛け、二人は日が高いうちにアステラへと引き返したのだった。

 

 少しずつ、だが確実に気温が上昇していることにも気づかずに。

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