【完結】青の炎妃はご機嫌ナナめ   作:蒸しぷりん

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実際アステラ防衛戦もあったんだろうな。
見たいなぁ、どこかで語られないかなぁと思う日々です。


手土産は粉塵で

 生温い風が人々の頬を撫ぜる。

 時折熱くなったり冷たくなったり、両方が混ざったりを繰り返すそれは、えもいわれぬ不気味さを孕んでいた。

 

 

 

「ハ〜ア、誰か可愛いコ居らへんかな〜……っておお! あのコはなかなか」

「おっ、あないなところにオッサンが居んで!」

 

「イヤなんでやねん! ……じゃなくて。そのズッコケ翻訳やめろ馬鹿」

「え、良いやんオッサン。シブいやん」

「やかましいわ」

 

 漫才のようなやり取りを繰り広げるのは、五期団のとある凸凹コンビ。

 手で拡声器の形を作って声当てをしていたずんぐりとした方は、相方の言葉にコテンと首を傾げた。お世辞にも可愛くはない。

 

「でもあの龍、ボクらのことよう見てんで。べっぴんな女の子探してるんちゃう?」

「んなわけあるか。皆ピリピリしてるんだからしゃんとしろ、しゃんと」

 

 のっぽな方は汗を拭いながら、やれやれと溜息を吐く。思わずツッコミを入れてしまったが、こんなことをしている場合ではないのだ。

 

 彼らの視線の先には、太陽が在った。

 だが、その太陽が見えているのは分厚い雲の下だ。気温はかなり高まっているが、陽炎は見えない。

 しかもここは調査拠点アステラである。決してフィールドから見ている景色ではない。

 

 もう言わずとも判るだろう。

 現在アステラの上空には、一頭の炎王龍が飛来していた。

 

 かの龍は戦闘時でなくても炎や発火している粉塵を纏うことがあるが、今はそのどちらでもない。

 天の光が雲で遮られているため、黄金の冠も赤い鬣も、炎が無ければどこかくすんで見えた。

 それでもなお、洗練された気高さは失わない。折れた角でさえ、かの龍を勇猛に魅せた。

 

 炎王龍はその翼で上空に留まり、あちこちを眺めている。その様はまるで、王が城下の視察にでも来ているかのように思えた。

 

 調査団の誰もが固唾を飲んで炎王龍の行動を凝視している。少しでも敵意を向けられれば、こちらとて黙っているわけにはいかないからだ。

 プーギーや戦闘経験のないお手伝いアイルー達は、ハンター達の後ろから覗いている。

 風が髭を撫ぜれば、すぐさま悲鳴を上げて隠れた。

 

 触れれば切れてしまうような、細い糸がぴんと張り詰めているような感覚。

 そんな空気が、今のアステラに漂っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「第五期団ジェナ・オズモンド、リュカ・エイモズ。只今戻りました!」

「よく戻った。悪いがすぐ位置についてくれ」

 

 ジェナとリュカがアステラに着いたのは、皆が炎王龍に対する厳戒態勢を敷いた後だった。

 あれから最速で飛んできたものの、やはり古龍の翼には敵わない。

 炎王龍は既に人探しとみられる行動を開始していた。

 

「あっ、ジェナ! 無事でよかった。リュカ君も」

「セルマ! あんた出歩いて大丈夫なの?」

「うん、なんとか。この足でもバリスタくらいなら撃てるしね」

 

 その言葉通り、まだ覚束ない足取りながらも直立することはできていた。

 セルマに今の状況を尋ねると、まだ膠着状態が続いているとのことだった。

 

 アステラの者たちへ総司令から下された令はひとつ。

 "調査員は皆、炎王龍の前に姿を見せること"だ。

 

 炎王龍が飛来する前から、アステラの位置が近いうちに割り出されるであろうことは察しがついていた。

 アステラ、特に最も高いところにある集会エリア「星の船」は夜になると明かりが灯る。その為、古代樹の森や大蟻塚の荒れ地からはよく見えるのだ。

 モンスター達は拠点に立ち入って来ることこそしないものの、すぐ近くまでは近づいて来る。それが、新大陸でのモンスターとの距離感だった。

 

 だとすれば話が早い。むしろ炎王龍が探している者がここ(アステラ)に居るのかどうかを探ってしまおうというわけである。

 

 作戦は、こうだ。

 まず皆が丸腰で炎王龍を待つ。

 有事の際に対応できるよう兵器の傍に控えつつも、現時点ではこちらに敵意は無いことを示す為だ。

 そして炎王龍がどう出るか、その行動を観察する。これが一番の目的だ。

 

 大まかに考えられる結果は二つ。

 

 一つは、炎王龍の探し求める人物がここに居る場合。

 もし炎王龍がその人物に対して何かしらの怨みがあって攻撃してくるようであれば、全力で迎え撃つ。

 そうでなければ、慎重にかの龍の動向を見守る。この場合も、何か危険が及ぶようであればすぐに反撃ができるよう手筈を整えてある。

 万が一炎王龍がその人物を連れ去ろうとした場合は、控えている調査員が尾行することになっていた。

 

 そしてもう一つは、ここにその人物が居なかった場合。

 探しているのはセリエナに居る調査員なのか、そもそもそれが調査団の者ではないのか。

 

 時に、多くの古龍の寿命は、人間からすれば気が遠くなるほど永いという。長寿とされる竜人族でさえも及ぶかどうか。

 もしかすれば、あの炎王龍はずっと昔に会った者のことを覚えていて、そしてもうその者はこの世に居ないのかもしれない。

 それが真実であれば気の毒な話だが、まだ彼の事情は不明だ。

 

 流石にセリエナの存在は知らない筈であるし、今見つからなかったとしても再び時間を置いて来訪する可能性がある。

 その人物が見つかるか、炎王龍が諦めるまでは気が抜けなかった。

 

 

 

「リュカは準備を。報告はあたしが行くわ」

「わかった、頼んだよ」

 

 ジェナは炎王龍の状態を警戒しつつ、早足で人々の間を縫って進む。

 目的の人物──総司令は砲台の後ろで腕を組み、事の元凶をじっと見据えていた。

 だがジェナが歩み寄ると司令官は鋭くこちらを一瞥し、すぐに「どうした」と耳だけを傾ける。

 

 ジェナは一礼すると、事の顛末を端的に伝えた。

 総司令は報告を聞き終えると、しばしの間瞑目した。

 

「なんと……」

 

 溜息を吐いたのは、総司令の傍らにいたソードマスターだった。何かと因縁があるという炎王龍の弱った姿には、思うところがあるのだろう。

 

「報告ご苦労だった。持ち場で引き続き警戒を」

「承知いたしました」

 

 ジェナは一期団の要人たちに頭を下げると、すぐにリュカとセルマの元へと駆けていった。

 

 

 

 物々しい雰囲気の中で、くちゅん! とお手伝いアイルーがくしゃみをした。

 炎王龍は一瞬そちらに視線を寄越したが、すぐに興味をなくしたように顔を背けた。

 それに気づいていないアイルーがブンブンと顔を振ると、赤茶色の何かが舞う。

 

 赤茶色の物体の正体。

 いまアステラの上空には、わずかながらも何か──粉塵が舞っていた。

 テオ・テスカトルの翼には短い体毛が生え揃っており、代謝が激しい。人間の髪の毛と同じように、古くなれば老廃物が落ちたり毛が抜けたりするのだが、厄介な点が一つ。

 

「この粉塵、どうにかならないものか。もし引火でもしたら、とんでもない大爆発を起こすぞ……」

 

 四期団のハンターが苦々しく呟くと、周りで聞いていた者たちの表情が強張った。

 

 炎王龍のアステラ来訪で最も人々が危惧していたこと。

 それは、広範囲にばら撒かれた粉塵の大規模な爆発だった。粉塵は可燃性であり、僅かな静電気すらも火種となり得るのだ。

 現在は意図的に撒き散らしているわけではないようだが、それでもかの龍が羽ばたくたびに舞い落ちてくる。

 

 この中には、炎王龍と応戦した経験のある者もいた。

 その為、炎王龍が牙を激しく打ち付けて粉塵に引火させ、外敵を爆発に巻き込む攻撃方法はよく知られている。

 

 特に今は大砲などの兵器が大量に置かれている為、一瞬たりとも気が抜けなかった。

 

 その時リュカがふと思いついたようにマフラーを外す。

 炎王龍が来るかもしれないということで、火事を防ぐために予め至るところに水瓶が用意されていた。

 リュカは水瓶にマフラーを浸すと、軽く絞ってブンブン振り回し始めた。

 

「粉塵がきたら、こうやってみるのは、どう?」

 

 水気を含んだ布を振り回すことで、吸着させようということらしい。これならば引火するおそれは減る。

 ジェナを含めた周りの調査員は納得するが、気になる点が一つ。

 

「でも、テオを刺激しちゃうんじゃない……?」

「大丈夫。あのテオ、この動きは見慣れてるから。何せぼくがずっと目の前でやってたからね」

 

 リュカはえへんと胸を張る。

 

「ヒュウ、クレイジーだね。さすがリュカ君やるぅ〜」

「あんたって本当、なるべくして新大陸の調査員になったのね……」

 

 そういえばリュカはテスカト調査担当だったと思い出す。

 調査員たちは、半ば呆れながらも真似をし始めたのだった。

 

 

 

「撃龍杭砲の準備はできているな」

「はい、燃料も装填済みです。問題ありません」

 

 二期団の職人が返答すると、総司令は表情を変えずに頷く。

 

 撃龍杭砲は、イヴェルカーナ襲来時のセリエナ防衛戦で用いられた強力な兵器だ。

 一見すると巨大な大砲のようだが、砲口から打ち出されるのは鋭い杭。それが撃龍槍のように回転しながら龍の身体を貫き、最後にはダメ押しとばかりに爆発する。

 準備には時間と労力を要するが、その分得られるものは大きい。調査団にとっての大事な切り札だった。

 

 テオ・テスカトルの襲来を予測していた総司令は、予め撃龍杭砲を運び込むよう手筈を整えていたのだ。

 

 セリエナからそれを運んできた物資船は、既にあちらへと戻った。

 炎王龍が姿を現したのは、その船が水平線に消えていくかいかないかくらいの時分だった。

 

 あれから四半刻ほどが過ぎている。

 炎王龍は未だに退かない。こちらに敵意を向けていないこと以外、何もわからなかった。

 何度も往来を繰り返し、時折近くまで降りてきては一人一人の顔を眺める。しかし特定には至っていないようだ。

 

 これまで敵対してこなかったという炎王龍。

 彼の目的を探ることで、テスカト種の行動原理に関して新たな知見を得られる筈だ。

 学者を含む調査員たちは恐れが三割、期待が七割といった具合でこの時を待っていたのだった。

 新大陸古龍調査団の知識欲は、一般の者からすれば呆れるほどに底が知れない。

 

 とはいえ、ここに居るのは決して恐れ知らずの者ばかりではなかった。

 

「おい、大丈夫か」

 

 バリスタの側で真っ青な顔をしている調査員に、同期が気遣わしげに声をかけた。

 

「……ッ、わ……わか……な……いき、で、き……な………」

 

 彼の手は小刻みに震えており、異様に早い呼吸を繰り返していた。過呼吸を起こしているのだ。

 周りの介抱でなんとか落ち着きを取り戻したものの、調子を崩しているのは彼だけではなかった。

 

 新たに五期団が加入してから、古龍を含めたモンスターの迎撃自体は回数を重ねている。

 だが、そのいずれも拠点とは別の場所でのものだった。セリエナ防衛戦も拠点のすぐ近くとはいえ、ある程度離れた兵器置き場での戦いだった。

 しかし今回は戦闘エリアのすぐ側に居住スペースがある上、この場に居るのは武装したハンターだけではない。もし今回失敗すれば、被害は目も当てられないことになるだろう。

 その思いが、戦闘慣れしていない者の肝を縮み上がらせた。

 

 一刻も早く指示を。

 そう心の中で司令官に懇願する者も少なくはなかった。

 冷戦とまではいかなくても、ひたすらに長く感じる緊迫した事態に、調査員達は誰もが手に汗を握っていた。

 

 組織の特性上、この中には古龍と相対してきた者も多い。戦闘になってもなお見事に爪を逃れ、生き延びて見せた猛者も一人や二人ではない。

 だがその一方で、古龍によって故郷を追われ、恐怖を植え付けられた者もいた。自分たちを脅かしたその存在がどんなものかを知る為に、調査団入りを志願した者も。

 今の状況は、彼らのトラウマを引き出すには十分すぎるほどのものだった。

 

 新大陸古龍調査団には多くの人が集まっているからこそ、それぞれが古龍に対しても様々な思いを抱えている。

 柔軟で優秀な者が選ばれた組織とはいえ、心の内には対応し切れないことだってある。

 だがその誰にとっても、いま降りている沈黙は等しく恐ろしい。

 

 総司令は、眉間に皺を寄せてその薄い唇を閉ざしたままだ。

 傍ではソードマスターが控えているが、彼も刀を鞘から抜くことはなかった。

 

 

 

 どれくらい時間が経っただろうか。

 もしかするとまだ半刻も経っていないのかもしれないし、その何倍も過ぎているのかもしれない。

 

 次第に風が強くなってきた。

 それに伴って船の帆はなびき、波模様は荒れ始めている。どうやら炎王龍がいる影響で上昇気流が発生しているらしい。

 

 炎王龍は何度目かの旋回を終えると、目的の人物は居ないと判断したらしい。

 やがて諦めたように高度を上げていった。

 

「終わった、のか……?」

 

 誰かがぽつりと呟く。

 これほどまでに準備を整えて、杞憂に終わるとは。喜ばしいことだが、落胆する様子を見せる者もいた。

 

 炎王龍の姿はどんどん小さくなっていく。

 やがて空中で姿勢を変え、炎王龍はある方向へと翼を広げた。

 その様子を誰もが目で追っていたが、ある時突然叫び出した者がいた。

 

「そんなッ、あっちはセリエナだぞ!」

「はぁ!? 馬鹿言うな、炎王龍が寒冷地になんて向かうわけないだろ!」

「アイツの目的は人探しなんだろ? だったら可能性はゼロじゃない!」

 

 炎王龍は船が去る間際で飛来したという。調査員の言うように、船の進む方向を見ていてもおかしくはない。

 最初の叫びから、一瞬にしてざわめきが広がっていった。

 

「撃龍杭砲はここにあるっていうのに、どうするのよ!」

「今みたいに観察するだけかもしれないじゃないか。あっちには優秀なハンターが揃ってる、きっと大丈夫だ……!」

 

「セリエナにはあいつが居るんだ。喧嘩ばっかりで、まだちゃんと思いも伝えられてないのに……もし拠点ごと燃やされでもしたら、オレは……!」

「ちょっと、不謹慎なこと言わないでよ!」

「やっぱりアタシ、セリエナに戻るわ……! 少しでも戦力にならなきゃ」

 

 常であれば聡明で勇猛な調査員たちも、今ばかりは少なくない人数が恐慌状態に陥っていた。

 それは古龍の恐ろしさを身に染みて識っている彼らだからこその怯えだ。対象を知らなければ、正しく恐れることもできない。

 

 その時、研究班をまとめる竜人族の男性がリュカの肩を叩いた。

 

「こんな時にすみませんね、セリエナから君宛ての手紙が届いているのです」

「あ、もしかしてユウラさんから!」

 

 急いで書かれたものらしく封蝋も不格好だったが、この字はまさしくユウラのものだ。

 リュカが礼を言って手紙を受け取ると、研究班リーダーは緊張を顔に浮かべつつもにこりと微笑む。

 まさかリーダー直々に届けてくれるなんて。副所長といい、割と研究班の人々は偏屈か親切かの二極化している気がする。

 

 今読んでいる時間は無さそうだが、おそらくセリエナの現状報告も書かれている筈だ。

 リュカとジェナは、顔を見合わせて頷いた。

 

 慌てふためく声とそれを宥める声が充満する中、それらを収めるように「静粛に」と凛々しい一声が響く。

 すると水を打った様に静かになった。

 

 人群れが捌けていき、声の主が前線に立つ。老いても尚しゃんと伸びた背筋は、怯んでいた者たちの士気を再起させた。

 

「撃龍杭砲を積んで船を出すには時間を要する。だが、炎王龍の移動スピードを鑑みるに、ハンターだけなら増援に向かっても遅くはないだろう」

 

 その言葉で、人々の表情に晴れ間が差す。流石のカリスマ性だ。

 総司令は「だが」と眉間のシワを深くした。

 

「いま我々が恐るべきは鋼龍と炎妃龍の存在だ。よって、セリエナへの増援要員とアステラに残る者で分ける。

 ハンターはこちらへ、その他は即時船の準備を!」

 

 指示を聞き終えるやいなや、調査員たちは表情を引き締め、すぐに行動を開始した。

 情報伝達と切り替えの早さに関しては、調査団はトップクラスだ。

 

 その時、突風がアステラに残っていた粉塵を吹き飛ばした。

 人々が見上げた先には、空を駆ける黒い影。

 

 一拍置いて、目も開けていられないような剛風が拠点を吹き渡った。




ナナの7話。フフッ。

寒いオヤジギャグはさておき、いつもお読みくださりありがとうございます。感想、読了ツイート、ここすき、評価などとても励みになっております。

次回で一章が終わ……終わればいいなというマイペースさですが、お付き合いいただけると幸いです。
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