オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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十日連続更新


交渉と出撃

/Negotiation and sally

 

 

 

 

 

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「どうか、もうしばしの猶予を!!」

 

 魔導国との交渉会議の場──北都の行政議会場に足を運んだレイモンは、滝のような汗を流しながら懇願する。

 

「先もお伝えした通り。現在、我が国はエルフ王との戦いの最中にあり、……どうか貴国の寛恕(かんじょ)のほどを示していただきたく、」

「は。何を馬鹿なこと」

 

 その先を続けさせない美声が、朗々と議場に響き渡る。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の要求は『絶対』です。寛恕を示せなどと、人間の分際で出過ぎた真似をしないことね。ここで殺されたいのかしら」

 

 氷のように冷たい女帝を思わせるアルベド……“暗闇の調べ(テンパランス)”配下の二重の影(ドッペル・ゲンガー)の声に、レイモンは愚直なほどまっすぐに応じる。

 

「“ケイ・セケ・コゥク”は、我等が六大神の(のこ)せし神の遺産──それを魔導国に差し出すことは、我が国の国力低下のみならず、我が国の威信が地に落ちます。断固として、受け入れがたい」

 

 だが、その言葉は大地の(いわお)のごとく頑健一徹。

 彼の補佐を務めるエンヘラ・リード・ガヒー補佐官も、さすがは土の神官長であると誇らしげな思いを一瞬ながら胸に宿した。

 しかし、魔導国使節団の反応は冷酷かつ冷淡に過ぎた、

 

「なりません」

 

 黒髪の女悪魔は、先日の“降伏勧告”、事実上の“宣戦布告”の時に比べれば、法国への対応と態度は軟化している。

 ……魔導国の宰相は二重の影(ドッペルゲンガー)の替え玉と化していて、彼女は可能な限りの範囲でナザリック守護者統括アルベドの口調や性格を模倣(もほう)してみせる。その再現度は満点とまではいかずとも、法国の交渉役たちを騙すには十分すぎるほどの女帝ぶりで怜悧(れいり)な笑顔を浮かべてみせた。

 

「我らがアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は、今回の法国の対応に関して、『誠に遺憾である』との(おお)せでございます。要求内容は“即日”のうちに受理されるものとばかりご考慮されておりました様子でしたので」

 

 絶句するレイモンたち法国陣。

 

「期限までは残り三日──それ以内にこと(・・)がなされなければどうなるか……法国はその身で、己の愚かさのツケを支払うことになるでしょう」

 

 交渉決裂を告げるように、アルベド・ドッペルたちは席を立った。

 長卓に残されたレイモンたちの鎮痛に項垂れる様子は、演技の色や影は見て取れない。彼らは本気でアルベド・ドッペルが本物であると認識していると理解できる。

 

「これはどういうことなのでしょうか……」

 

 ナザリック三智者の最後の一人となってしまったデミウルゴスは、第九階層の空き部屋に設けられた“対法国作戦本部”内にこもって、〈遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモトビューイング)〉で確認していた交渉現場の様子に頭をひねった。

 連中、魔導国宰相が現れた事実を──番外席次の支配下に落ちて法国へと渡ったはずの守護者統括が何食わぬ顔で交渉の席に現れた様子に、何の疑問も驚愕もしていなかった。

 そこから導き出される答はひとつ──法国首脳部は、アルベドが番外の手に落ちた事実を知らないということ。

 

「しかし、何故?」

 

 魔導国宰相位……ナザリック守護者統括という地位にある彼女から得られる情報たるや、まさに価千金(あたいせんきん)だろう。ナザリックの守備体制状況の詳細。魔導国の産業革命の計画草案。アインズ・ウール・ゴウンその人が掲げる理想郷計画──すべての種族を等しく、ナザリック地下大墳墓の管理下に置くという(計画実態や運用方策はデミウルゴスでもよく知らされていないが、アインズの考えること、必ず意味があるはずと信じている)。

 さらにいえば、今回の戦争でのナザリックの、魔導国軍の勢力規模と展開地図は、アルベドの脳内に、確実にしまいこまれているはず。

 彼らが演技をして、法国は魔導国に追い込まれる獲物の位置にあることに変わりない……そういうポーズ(・・・)をとっている可能性はあるのかないのか、デミウルゴスでも容易には察しえない。

 

(まさか、アルベドをさらっておきながら、軍事方面・政治方面で利用する気がない? いや、そんな、馬鹿な話が)

 

 あるものだろうかと眉根を寄せて本気で熟考にふけるデミウルゴス。

 

(では何故、敵は……番外席次は“傾城傾国”を使用してまで、アルベドの支配に乗り出したのか)

 

 ただの気まぐれや遊び感覚で国の枢要を拉致するはずがないという常識──固定観念が、デミウルゴスの思考思想の迷路を複雑にしていた。

 

(ナザリック第七階層守護者ともあろう身が……まったくほんとうに情けない)

 

 アインズにはどう報告すべきだろうかと悩むデミウルゴスは、組んでいた腕を離し、掌で膝を叩くようにして立ちあがった。

 

 

 

 

 

 

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 守護者らが居並ぶアインズの執務室にて、灼熱の悪魔は跪拝の姿勢を四角くこわばらせる。

 

「そうか。敵の意図はデミウルゴスをもってしても掴みえなかった、と」

 

 アインズの呼吸を伴わない失望の声に、デミウルゴスの臓腑は捩じ切れそうなほどの罪悪感にさいなまれた。

 

「大変、申し訳ございません!」

 

 片膝をついて深く頭を下げるデミウルゴスの様子を、アインズは心の底から許す。彼自身、襲撃されたカルネ領域の慰問や、襲撃者の調査、ルプスレギナの見舞いにと多忙を極めていたが、交渉現場を鏡で共に見ようという気概・勇気は持ちえなかった。本当に敵の手に落ちたアルベドの姿を確認でもしたら、悲憤や激昂で何をしでかすか、自分でも自信がなかったのだ。

 アインズは改めてデミウルゴスの罪を赦す。

 

「いや。謝る必要はない──

 ナザリックが誇る智者たるデミウルゴスがわからぬ以上、この問題は誰にも理解できまい。そう自分を責めるな、デミウルゴス」

「はっ。……しかしながら、期日まで残り三日。我等の魔導国軍は出征準備は万端整っておりますが」

 

 アルベドは番外席次の手に落ちたまま。

 当初の計画案はデミウルゴスとコキュートスの手によって多少の改善が加えられているが、それをアルベドが読み切っている可能性があるというのが問題であった。

 ふと、守護者の一人たる吸血鬼が鼻を鳴らした。

 

「まったく。あの大口ゴリラ──」

 

 同じ殿方(アインズ)の寵愛をを求めてやまぬ好敵手たるシャルティアは、本気でアルベドの造反に腹を立てていた。

 しかし、自分もまた同じアイテムで洗脳されかけた手前、大ぴらに批判できるほど、彼女は厚顔無恥な守護者ではない。

 守護者らの誰もがアルベドの動向と反逆に心砕く中、ふと、アインズは思う。

 

「案外というか。敵はこの私を挑発し、直接、魔導王を戦場に引きずり出すコマとして、アルベドを洗脳した、とも考えられるか?」

 

 アインズはその可能性を吟味(ぎんみ)する。

 魔導国軍が強大無比であることは周知の通り。そのような魔軍を打倒するのに有効な手段として、魔導国の君主たるアインズ・ウール・ゴウン魔導王を討ち取るというのは、確かに有効な戦術手段であった。

 

「しかし、それはアインズ様が孤軍で──魔導国軍の支援のない状況を構築する必要が」

「アルベドが現れれば、私はそちらの対応に向かう……そう考えた可能性は十分だろう」

 

 そして、洗脳されたアルベドに魔導王を討たせ、法国は自国の安寧(あんねい)を勝ち取る──堂々たる勝利だ。筋書きとしては悪くないのではなかろうかと、本気で自説に納得しかけるアインズ。

 

「あ、でも、あの、アインズ様」

「どうした、マーレ?」

「ア、アインズ様が討たれるなんて、そのようなことがありえるのでしょう、か?」

 

 確かにと首肯を幾度も落とす守護者たち。

 アインズは何度も自分の強さは絶対ではないと()いて聞かせているが、それでも、守護者たちにとっては納得しようのない、説得力をともなわない自己評価であった。

 事実、アインズのなした功績と勝利は数えきれない。

 自分たちの創造主、至高の四十一人のまとめ役であるアインズ・ウール・ゴウンに、敗北などありえるのだろうか?

 アインズは(さと)すように告げる。

 

「私とて完璧ではない。とくに、アルベドにはナザリック最強戦力の一角たるルベドを貸し与えている状況であり、そもそも今回のような事態を招いた責任もある」

 

 そう言って聞かせるが納得しがたい様子で考えを深めていく守護者たち。

 アインズはとりあえずの散会を命じ、個々に休息を与える。とくにデミウルゴスなどは政戦両略で使い続けているので、本当に申し訳なく思っている魔導王アインズ。

 

(ないはずの胃が痛い……だが、それ以上に)

 

 仲間が造り出したNPCの一人が、敵の手に落ちた事実が、彼の精神力を摩耗させてやまない。

 タブラ・スマラグディナがこの場にいたら、アインズは万の言葉を尽くしてでも、彼への謝罪を紡ぎ連ねているだろう。

 

(アルベド……どうか、無事でいてくれ)

 

 ただ祈るような思いで、アインズは残る期日を待っていた。

 (いな)

 もはや待つのをやめるべきかと、本気で考慮すらしている魔導王。

 

 彼の中では、スレイン法国に侵入するルートを、本気で構築し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

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 ところ変わって。

 法国最奥。

 神聖に(きよ)められた円卓の間で控える最高神官長のもとに、ここより上層の絶対聖域の守護者たる黒白の少女が姿を現す。

 

「何か用、ジイさん?」

 

 およそ上位者に対する礼にかけた番外席次の声と態度に、最高神官長は何も言わない。

 その前に、ひとつ確認しておくべきことを、ひとつ。

 

「聖域にいるあの御方は……ルーファウス様のご様子は?」

「サラのこと?」

 

 育ての親の一人故に、敬称も尊称もなく、名前で呼びつける番外の態度。最高神官長は痛ましい思いをそのままにしたような溜息を吐く。

 

「もっとあの方を(うやま)わぬか……そなたにとっては、育ての母の一人であろうに」

「つってもねー。最近はオルガンの前で身動(みじろ)ぎひとつしないし」

 

 闇の神の第一の従者の状態を聞くことが本題だったのかと首を傾げる番外に、最高神官長は本題を切り出した。

 

「東都が陥落した」

「あらま。漆黒聖典が、ほぼ全滅って、本当だったんだ?」

 

 まるで他人事のように興味薄そうに肩をストレッチする番外。彼女は、自分がここへと呼ばれた理由に察しがついたようだ。

 

彼奴(きゃつ)を、エルフ王を神都にいれるわけにはいかぬ。おまえの手で止めるのだ」

「ああ、はいはい。“出動”ってわけね」

 

 軽く準備体操しつつ、エルフ王の詳細な情報をもらう番外席次。

 生き残って帰還した第五席次と第十一席次、さらには風化聖典の諜報と巫女姫の〈遠見〉のおかげで、エルフ王の真の実力が判明した。

 

「巨大なバリスタ?」

「そう。奴が自称するには、“十三英雄が一人・エルフ女王の遺物”だのなんだのと」

「へえ。おもしろそうじゃん?」

 

 最高神官長は肝が冷えた。

 狩りの獲物を見定めたがごとき番外席次の姿に、薄ら寒いほどの闘気──オーラを感じ取る最高神官長。

 自分よりもはるかに若く見える番外席次だが、その実、自分よりも90年は年長に位置しているとは、余人には信じがたい光景であろう。

 氷塊を肺腑が滑り落ちるような悪寒を禁じ得ないのは、彼女の絶対的な強さに起因するものか。

 法国の最高神官長──神人の一人として、覚醒させた神の血で、仲間らと共に長く護国の任務につき、自分の傍系にあたる「第一席次」のように戦場を()せたこともある──が、今や枯れ木のごとき老体。100歳を超える宗主にすぎない。血風の舞う戦場ではなく、この法国最奥の地を主戦場と定め、神官長らを導く長としての役割──スレイン法国の御旗の下で聖務をこなしてきた時間の方がはるかに長いだろう。彼の宗派は光であるため、土の神官長であるレイモンが、己の後を継ぐべきものだろうと見定めている。光の加護より土の恵みへ。無論、他の宗派の存在も、これからながく法国を守護していくことだろう。

 そんな彼が懸念しているのが、この目の前にいる少女──黒白の髪に隠した長い耳、白黒の瞳には敗北を知らぬ圧倒的強者の圧力を秘めていた。

 

「本当に、そなた一人でやれるか?」

 

 魔導国軍との戦力として温存しておきたかったが、背に腹は代えられない。

 愚問にも思える問いかけをあえて行う最高神官長に、番外席次はつまらなさそうに肩をすくめた。

 

「第一と()する程度じゃあ、期待薄だけどね」

「そうではなくてだな……」

 

 第一席次と互角の戦いであったと評する風化聖典や巫女姫らの〈遠見〉の結果であるが、番外席次にとって第一席次ごときと同程度では、そこまで楽しめる要素はないらしい。何しろ彼女は、第一席次が9歳で神の血を覚醒し、絶大な力を周囲に誇示して暴走気味であった当時に喧嘩を売られ、そして一方的にボコり、厩舎(きゅうしゃ)に連れて行った先で馬の小便で顔を洗わせたほどの実力者だ。

 彼女の求めてやまない、絶対的強者の存在。

 それがエルフ王であるとは、彼女は見做していなかった。

 

「あるいはこれも神の配剤か──ともあれ、この任は、そなたの母の仇討(あだう)ちを兼ねる。けっして、ぬかるなよ」

「へいへい──ジイさんたちの言う通りに」

 

 復讐という概念からも無縁そうな──すべての物事に関心の薄い黒白の少女。

 

 法国に三人いるとされる神人。

 一人は最高神官長、一人は現「第一席次」、そして、最後の一人であるところの“半森妖精の神人”は、戦鎌(ウォーサイズ)を肩に担いで、正式に出撃する。

 

「あ」

 

 番外席次は思い出したように振り返った。

 

「今、聖域に私の支配────あー、“協力者”が来てるから、そこんとこよろしく」

「……うん?」

 

 最高神官長は首をひねるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

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 法国、神都の絶対聖域。

 そこは漆黒の大聖堂。

 闇を建材としたがごとき、絢爛豪華な黒の伽藍。

 通常人類では一歩踏み出すこともできない、重く澄んだ空気。

 典雅かつ荘厳なパイプオルガンの演奏者席に座する、亡霊のごとき影。

 

 そこにいるアンデッドは、聖域の一隅、講堂の列席の最後列に座る気配に、“何か”を感じる。

 

 圧倒鵜的強者の気配。

 愛に生きる魔の種族、

 そして、『何者か』のオーラの、その名残(なごり)だろうか。

 

 闇の神スルシャーナ、その第一の従者としてアンデッドになりおおせた亡者の影は、オルガン奏者の席に座り続け、漆黒のベールを顔面に垂らしたまま、(かす)かにも動かない。

 

 アルベドもまた、時が来るのを待つように、聖域の中に居座り続ける。

 黒い色のオーラ──彼女の主人たるアンデッドのそれをまとわりつかせたまま、彼女は待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アインズ、動きます。
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