オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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第二章 ──── 番外席次
魔導王の潜入


/The MAGIC KING's sneaking in

 

 

 

 

 

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「東都が壊滅したらしい」という報せ──噂が、法国の首都である神都を席巻していた。

 実際に東都からの大量の避難民を受け入れ、大量の配給列がならび、仮設の集合住宅が魔法で敷設され、何より、大量の負傷者──軽傷・重傷を問わず、大量に神都郊外へ搬入されている。従軍した息子を探す母の声や、母とはぐれてしまった嬰児の叫び。人と人の人の濁流で、避難所となった神都郊外は埋め尽くされていた。同時に、大量の死亡者の山も。東都蹂躙を開始した当初に、エルフ王によって弑逆(しいぎゃく)された軍人や市民が最初に避難者の列の先頭を行ったが、治療の魔法の甲斐もなく、落命するものが多かった。父を失った娘が悲嘆の涙を流し、重傷だった子らを治せなかった神官につっかかる父や母の姿も多い。

 まさに、混沌を絵にかいたような状況下にあって、その声は冷静に部下の名を呼んだ。

 

「どうだ、アウラ」

 

 避難民に(ふん)した十代後半という黒髪の少年が、世渡り上手の仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)を顔面=両耳の位置にかけた男装の闇妖精(ダークエルフ)に問いかける。

 法国では奴隷制が生きており、森妖精・エルフなどの売買が盛んだと聞く。ダークエルフの入荷の報せはここ数年ないらしいが、とりあえず守護者たち二人をそのような業者の目に留まらせるのは不快の極みでしかない。今回の任務は潜入を主とする。とにかく、正体を露見しないアイテムに加えて、アインズは幻術でモモンを幼くした少年の姿で、事なきを得ている。

 野伏(レンジャー)として長けたアウラは特殊技術(スキル)空の目(スカイ・アイ)”によって、アインズが指定する範囲を目視・探査する。

 

「目視可能範囲、および探査可能範囲内に、アルベドの存在は確認できません、ア──サトル、様」

 

 言い直したアウラを、アインズは褒めちぎるように頭を撫でた、

 

「そうだ。今の私は“サトル”という名だ。……魔導王の名は決して、口に出してはならんぞ」

 

 えへへと微笑むアウラと、小声になるアインズ。

 どこで誰が聞き耳を立てているやもしれぬ状況だ。法国領内で、アインズを“様”付けするようなものがいれば、非国民の烙印を押して詰問してくるだろう。そんな面倒をかかえる余裕など今はない。

 ちなみに、今回の潜入任務は、実行する上でデミウルゴスやセバスには難色を示されたが、なんとか押しとおした。ついてこようとするシャルティアやコキュートスを説得するのはなかなかに面倒ではあったが。

 元気一杯に答礼を返す少女に対して、女装した闇妖精(ダークエルフ)の弟も追随する。

 

「サトル様は、あの、どうして、その、こちらに?」

「無論、目的があってのこと──だが」

 

 アインズは言葉を斬って周囲を眺めた。

 アルベドがいる可能性が高いのは神の都にある“聖域”とやらだろう。そこに、彼女を支配下においた番外席次“絶死絶命”がいるという情報は掴んでいる。元漆黒聖典であるアインズのシモベ──クレマンティーヌの証言であった。

 しかし、アインズ──もといサトルは、東都の避難民たちを飽くことなく眺める。

 

「私が経験したことのない戦争を、この身に味わえるかもと思ってな」

 

 アインズにとって戦争は、魔法一発で現れたバケモノ五体で敵軍を蹂躙したり、人質を取る亜人を殲滅し自陣領を奪還したり、あるいは部下の一人(コキュートス)の成長を期して徹底的に手を抜いた後の、絶対的な示威行為ばかりであった、

 しかし今回、ここにある戦争は、違う。

 今までとは種類が違うというべきか。

 救護所のひとつをのぞき見る。

 

「薬は、薬はもうないのか?」

「おれは、もうダメだ、ほかのやつを」

「いたい……痛いよ、母さん……おかあさん」

「しにたくない……しにたく……な……ッ──」

「頼む……妻と、娘に……愛している、と……伝──」

「くそ。こいつはもうだめだ! 荼毘(だび)の穴に持っていけ!」 

「神官たちの魔力はもう(カラ)だ! とにかく傷を塞げ! 傷口を縛って少しでも血を止め続けろ!」

 

 神都からの援助はまだかとがなり散らす現場責任者──なんらかの部隊長クラスでは、ここにいるすべてを救うことは不可能に近い。

 それでも、彼は己の職責を守り通すだろう。

 聖王国での領土奪還戦でも、こういう光景はいくらでも見た。死んでいく若者。恋人に(ことづけ)を残す兵士。それらをアインズは救わなかった。そもそも救いきる手段を持ちえなかったし、何より、ナザリックの利が薄いと判断できた。カルネ村で行われた虐殺の被害者──レベルの低い村人でも蘇生させ得る魔法も使用しなかったのと同じように。

 アインズは心動かされなかった。

 その本性は、アンデッドだから。

 自分が無数に持つポーションを与えれば、ある程度の数の人間は救えるだろう。それによって恩義を買うこともできるはず。しかし、そうはしなかった。

 

(俺はこれから、この国を地獄に落とすだろう)

 

 三日後にまで迫りつつある、魔導国と法国の交渉期限。それを超えればどうなるか……そのための犠牲となる法国の民は、果たしてどこまで膨れ上がることか。

 

(1500万人、か)

 

 法国の総人口を聞くと、さすがに存在しない背筋が怖気で震えるのを感じる。

 1500万人を殺戮するとしたら、どのような魔軍によるものか。

 北からの攻め手は十分。西の聖王国や亜人領などからの戦線も手配済み。

 

(だが、まさか、こちらが戦いを仕掛ける前に、東の都が“(おち)る”とは)

 

 噂話で聴くと、漆黒聖典──法国の最精鋭部隊まで投入されたが、それでもエルフ王は東街道を進み、街々を侵略を続けているらしい。

 馬鹿げていると一笑にふす法国民は多かったが、エルフ王の強さが現地人のそれを超越するなら、それもありえるだろう──陽光聖典を一夜もかけず壊滅させた超越者(オーバーロード)たるアインズのように。

 

(エルフ王と会って、こちらの陣営に加わるか交渉すべきか? ──いや、これほどの力を誇示し、それを発露することを躊躇(ちゅうちょ)しない個人だ。“品がない”。沈黙都市のクストや幽霊船のキャプテンのように、理知的かつ従順というわけがない。最悪、敵対する可能性の方が高い、か)

 

 エルフ王への対応を敵対の方向で調整するアインズ。法国を利するつもりは毛頭ないが、それでも、アインズは場合によっては彼を止めねばならなくなる。

 

「神都で、法国の神官長どもがいるはずの神殿各所をめぐってみたが、アウラが感知できなかったのは意外だった」

「申し訳ございません、サトルさま。いっそ、中にまで入って偵察できればよかったのですが」

「いいや。気にするな、アウラ」

 

 アウラの探査能力で、アルベド一人見つけ出せないというのは(うれ)うべき事態だ。

 聖域とやらの力による感知阻害だろうか。あるいは、単純に“神都にいない”という可能性もあり得るとみて、こうして東都からの避難民が蔓延(はびこ)る郊外に足を運んでみたが、最精鋭部隊の中でも最強と目される番外席次の姿さえ確認できない。やはり、エルフ王討伐の任に就いたとみなす方が正しいのか、正しくないのか。

 

「しかし」

 

 森の奥地に進みつつ、アインズは法国の首都──神の都をあらためて振り返る。

 感嘆に値する都だった。堕とすのが惜しいほどに。

 六大神を祭る神殿を中心に都が築かれたような街なみで、多数の防壁や隔壁、巨大な堀などを有し、有事の際には──つまり戦時下の今において状況に対応する力を発揮できる点が素晴らしい。

 鏡で覗くのとは違う、(なま)の景色──これまでアインズが見てきた人間の国家の仲では最上級に位置するといっても過言にはなるまい。

 

「クレマンティーヌ」

「はッ」

 

 アンデッドとして製造可能にまで存在を昇華させたアインズ直属の部下は、白いマントに身を包み、千変万化の仮面(マスク・オブ・カメレオン)によって人相を変えているが、高位存在たるアインズやアウラ、マーレの目を誤魔化せるものではない。

 ──彼女に気づくものがいたとしたら、そいつは法国枢要部に近い存在、と見做(みな)してまちがいないだろうし、クレマンティーヌ自身、アンデッド化によって身体能力は強化されている。彼女が知っている神官長なり補佐官なりを見つけ出すのは容易(ようい)だろうと思われtる。

 

「とりあえず“十番まで”連れてきてしまったが──釣りで言うところの“エサ”をやらせる、我が不徳。今は状況が状況だ。許せ」

「いいえ、まったく構う必要はございません。私は此度の作戦の“一番手”を担う栄誉を預かったも同然。“二番”“三番”のものらが、悔しがる姿といったラ──」

「どうした?」

「“六番”の目をごらんください、ア──サトル様」

 

 言われるがまま、アインズは自己の使役したアンデッドと視覚共有する魔法を詠唱する。

 目に映るのは、四十代ほどの男性とその補佐官という風情がある姿だ。

 クレマンティーヌ“一番”は、その男の素性を説明する。

 

「今“六番”がみておりますのは、土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサンと、その補佐官、エンヘラ・リード・ガヒーです。二人がいるのは土の神殿特区……ここ神都郊外からは少々距離がありまス」

「ふむ。奴らを即座に捕らえ、アルベドの所在をなんとしてでも聞き出してやりたいところだが──法国の神の都は〈転移魔法〉対策が張り巡らされているのだったな」

 

 ここは敵地。

 ナザリックに送るにしても、転移阻害の神の加護とやら──正直、邪魔くさくてうっとおしいが、神都防衛の観点から言うと、絶対に必要な措置なのだろうと理解できる。

 教義としては『神の地を己の足で闊歩(かっぽ)できないものは不信仰者である』という古臭い戒律のせいでもあるらしい。最高位の転移である〈転移門(ゲート)〉であれば使うこともできるが、あまり長距離をとばせないのというのは、さすがは神の都、というべきか。

 

「アウラ、“捕獲する”ことはできるか?」

「かっしこまりましたっ! サトルさま!!」

 

 敬礼したナザリックの第六階層守護者の片割れは、もうひとりをアインズの護衛に残して、一瞬にして姿を消す。〈透明化〉に類する魔法ではなく、単純な脚力によって、ここから土の神官長がいる特区とやらに“跳んだ”のだ。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 レイモンは違和感と呼ぶには不適格な、明快な敵意を感じた。

 

「神官長?」

 

 エンヘラたち補佐官が足を止める神官長を怪訝そうに見やる、直後。

 

「やあ、やあ、お久しぶりで-ス♪」

 

 全員が度肝を抜かれたように、聖女風の白マントに身を包んだ女戦士を見やった。

 

「ク、クレマンティーヌ!」

 

 驚嘆するレイモンに続き補佐官らが続く。

 

「元、漆黒聖典・第九席次?」

「“疾風走破”か?」

「ズーラーノーンの幹部に選ばれた?」

「巫女姫の最秘宝を奪った大罪人が、何故ここにっ?!」

 

 戦闘態勢を取るエンヘラたち。だが。クレマンティーヌはあくまでも“エサ”──“囮役”でしかない。

 

「ほいっと」

 

 エンヘラだけが振り返って気づいた、アウラの声。

 どこのだれか分からない──装備された“世渡り上手の仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)”の効果で、普通の人間にしか見えない少年が、土の神官長・現在の六大神官長のまとめ役の首根っこを掴み、信じられない膂力でさらっていった。目にも止まらぬ速度。追うことや攻撃を仕掛ける猶予すらない。

 ……わずか数キロの距離など、彼女にとっては跳躍可能な距離にすぎないのである。

 代わりに、クレマンティーヌの凶悪な声が応じた。

 

「悪いけど、エンヘラちゃん。私の任務に付き合ってもらうヨ!」

「くそ、いったい、なにが?!」

 

 クレマンティーヌ“六番”が、三日月を思わせるような黒い笑みで補佐官たちを殺戮し、貫通爆裂魔法のスティレット三本同時で、エンヘラの魔法防御を貫こうとしていた。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「お連れしました、サトルさま!」

「うむ、よくやった。アウラ──」

「げほごほ。い、いったい、なにが?」

 

 一瞬の出来事であった。法国の空の風を切る感触さえ刹那の出来事であった。

 突如として法国の神都中心部から郊外の避難所地帯へと連れてこられた土の神官長は盛大に尻もちをつき、黒髪の少年を──謎の双子を引き連れ、さきほど土の神殿特区で居合わせたはずのクレマンティーヌが従属の姿勢で片膝を落とす謎の存在を凝視する。

 

「はじめまして、になるのかな。土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンくん」

 

 神官長として──元、漆黒聖典で戦い続けた英雄の瞳で、その少年の膨大な敵意を、見る。

 

「き、貴様は!?」

「んん? さすがに、この姿では示しがつかんか──」

 

 黒髪の少年は周囲に結界型の魔法を張って──〈認識阻害〉という、ズーラーノーン接収の際に新たに得たマジックアイテムを使って、東都からの避難民たちの視界から(ことごと)く外れる。

 あの威容を、骸骨の恐怖そのものという異形を、法国の民が見る心配はなくなった。

 そして、仮面を外し、幻術を解いて、少年は魔導王としての姿──骨の異形に立ち戻る。“絶望のオーラ”は相手のレベルを考慮し(いち)でとどめた。

 レイモンは瞠目(どうもく)して言葉を失っている。

 

「…………馬鹿、な……ま、まど、魔導?」

「馬鹿なとは失礼だな? 私は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王──まさか、君ほどの地位の人間が、私のことを知らないとは言うまいな?」

 

 レイモンは混乱している。

 クレマンティーヌの登場から数瞬にして、敵国の首魁たるアンデッドと対面を果たすなど、想定の埒外(らりがい)であった。

 そして、彼は気づく。

 

「…………あなたは、あの御方では、スルシャーナ様ではない」

「は?」

 

 唐突な理解と判断に、今度は魔導王の方が虚を突かれる。レイモンは四十代……十代のころから漆黒聖典で活動してきたが、その二十年来の年月が、確実に“あの御方”と発するオーラとは違うと、わかる。わかってしまう。若い隊員であればいざ知らず、あの御方の──オルガン前の席で硬直される時間が長くなって以来からも、レイモンはずっと、“彼女”を見てきた。

 闇の神……八欲王によって(しい)されたスルシャーナ。

 その、第一の従者たる、彼女を。

 

「予想はしていた。あの御方が何の反応の示さないのも当然か。魔導王アインズは、あの御方を創りし創造主にあらず──それが知れたな」

「待て。何の話だ?」

「さぁ、殺せ。言っておくが支配(ドミネイト)の対策はされている──我ら神官長は、けっして敵国に情報を売り渡すことはしないし、できない──そういう装備を体内に仕込まれているのでな」

「……」

 

 見事な覚悟ではあったが、アインズが第一に知りたいことはひとつしかない。

 

「土の神官長──番外席次“絶死絶命”は、どこにいる?」

「なに? なぜ、そんなことを?」

 

 予想外の尋問(じんもん)内容に、レイモンは眉をひそめた。

 アインズは無いを舌を鳴らしつつ確認を進める。

 

「私が知りたいのは、番外席次の居所だ。やはり神都にいるのか? 神都の聖域とやらか?」

「聖域のことまで知っていたか……当然か、クレマンティーヌやズーラーノーンが、そちらの手に落ちた以上は」

(ヤツ)はドコにいると()いている──ッ!!」

 

 片足で大地を撃砕・激震させてしまう魔導王。

 守護者二人がぐらつく大地にたたらを踏んで、クレマンティーヌが遠い木陰で身震いしながら事の次第を眺めている。怒りや苛立ちは一瞬で鎮静化されるが、自分がそこまで焦っていることに気づかされる。火の瞳が普段よりも熱く大きく燃え上がっているような気さえするアインズであった。

 一方で。

〈恐怖〉の対策を超えるほどの恐慌状態、その半歩手前ぐらいのレイモンは、冷や汗を滝のように流し、歯が鳴るのをこらえながら、先日、彼女へ与えられた出撃命令──最高神官長命令を魔導王に打ち明ける。

 

「ば、番外席次、彼女は、エルフ王討伐の任に就いた──当初は魔導王の侵攻軍への対策に温存するはずだったが──そういえば、その時に誰か“協力者”を連れていくとかなんとか?」

「そうか。わかった」

 

 アインズはレイモンへ心の底から感謝しつつ〈即死(デス)〉の魔法で殺した。

 綺麗な死体となった土の神官長への興味をなくし、アインズは即座に命じる。

 

「勇敢な奴だ。殺したままにするのは惜しい、死体はナザリックに持ち帰ろう。神官長の暗殺は確実に法国の国力低下を招くだろうな。よし、クレマンティーヌ、エサ役は終わりだ。おまえが死体(レイモン)を運び出せ。“六番”たちも即座に神都を離れ、ナザリックへさがらせろ──アウラ、マーレ」

「「は、はい!」」

 

 姿勢を正す守護者二人。

 

「私はエルフ王のもとに行く。──そこに番外席次がいる──そして」

 

 アルベドも、そこにいるはず。

 世界級(ワールド)アイテムをそれぞれ身に帯びた守護者二人を連れて、アインズは東の街道を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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