オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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※ついに、あのアンデッドが動きます。


闇よりの神託

/From darkness, oracle

 

 

 

 

 

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 番外席次“絶死絶命”の戦鎌(ウォーサイズ)によって、見事に斬首されたエルフ王の首。

 

 翌日、明朝(みょうちょう)から、(エルフ)の首は槍の穂先に貫かれ、法国神都の大広場に(さら)された。

 見物客でごった返す広場は法国軍で管理統制が敷かれていたが、いつ激発するやもしれない爆薬のごとき有様であった。

 東都の民を中心に、法国の人々は祖国を蹂躙せんとしたエルフの愚王(ぐおう)への呪詛(じゅそ)を吐き連ね、その死にざまを口汚く痛罵(つうば)し、石礫(いしつぶて)や汚物を投げ続けて、森妖精の王を汚辱の私刑にかけつづけた。

 

 

  「ざまぁみろ、耳長(みみなが)ごときが!」

 

  「神の国たる法国にかなうわけもない!」

 

  「私の妻と、娘を返せ! この凌辱王めが!」

 

  「我が国と民を(なぶ)り者にした罪、地獄へ落ちて(つぐな)うがいい!」

 

 

 喧騒は魔女を焼く大火のように燃え広がるばかりであった。積年に積もりに積もった(たきぎ)と油が、斬首された王の前で炎上し続けている。

 大広場に満ちる熱気の渦は、一時(いっとき)の勝利に酔いしれ、長年の敵を嘲虐できる事実に、一時的ながら支配された。

 魔導国の侵攻まで、二日に迫った、この時に。

 

「……あれは、ダメだな」

 

 聖域を有する神殿から遠く離れた大広場の騒乱に、光の神官長イヴォンは肩をすくめてみせる。

 火の神官長ベレニス、水の神官長たるジネディーネ老も同意見であった。

 

「まるで自分たちにはもう敵なしという態度と言行──これから『魔導国と戦争しよう』という重要な時に、この熱狂ぶりは、──いただけないわね」

「やはり……エルフ王の死は公表すべきではなかったか?」

「だが、東都方面の街々であれだけの暴虐を繰り広げたエルフ王だ。唐突に姿を消したとあっては、無用の混乱を招きかねない」

 

 イヴォンの言は正しく、皆が納得した上で、首は晒された。

 それこそ。今度は自分の住んでいる地域がエルフ王の凌辱と蹂躙にさらされるのかという恐怖が沸き立つだろう。何より、エルフ王を“見失った”などと公表すれば、法国首脳部は無能集団かという(そし)りを(まぬが)れない。絶対に、エルフ王の討伐は公表せねばならなかったのである。

 そうしなれば、国内は混乱の極み──魔導国との戦争どころではなくなる。

 

「あるいは、この時期のエルフ王の暴虐も、魔導国の作戦の一環か?」

「ありえん────そう断言できぬ我が身が、口惜(くちお)しい限りじゃよ」

 

 魔導王の智謀の糸は、大陸全土に散っていたズーラーノーン壊滅にまでこぎつけた。だとすれば、エルフ王をつかって、自己の軍略と戦術に有利な状況を編み出した可能性は、ゼロとはいえないだろう。もはや法国の民草は、魔導国との戦いなど忘れたように、エルフ王への怨嗟の炎にその身を焦がしている。わざわざ奴隷のエルフを連れてきて「おまえたちの王は死んだ!」と絶望させる悪趣味な主人まで湧く始末だ。魔導国の示した譲歩要件を飲むことは不可能であるというのに、それすらも忘れた様子で、たった一人の王の死に、狂熱をあげている。

 あれでは、いざ魔導国と開戦するとなった時に、どれほどの士気と国威が残っているか、まるでわからない。

 そうでなくとも、法国国内の戦力は衰退する一方であるというのに。

 

「……エルフ王との戦いで、漆黒聖典が、第一席次まで投じておきながら、早々に事態を鎮静化できなかったことは、手痛い失敗じゃった」

「仕方あるまい。いかに戦力減耗していたとはいえ、第一席次をはじめ、彼らは我が国の最精鋭。彼らでどうしようもできないほどであったエルフ王の実力を看取しえなかった、我々の失態といえよう」

「しかし、かのエルフ王がここまでの戦巧者だったとは」

「奴はここ100年、実戦の場に出たことがない。戦力を見量ることは、ほぼ不可能であった上、戦場に出すのは女エルフばかり」

「おかげで法国の捕虜収容、いやさ隠す必要もあるまいか、エルフの奴隷市場(どれいしじょう)は大いに(うるお)ったが、今はどうでもよい話じゃな」

 

 重要な問題はひとつに絞られる。

 漆黒聖典、彼らのほとんどはエルフ王によって(しい)された。生き残っているのはわずか数人。最初から戦いに参加することを拒んだ第七席次“占星千里”。戦場から舞い戻ってこれたのは、第五席次“一人師団”クアイエッセ・ハゼイア・クインティアと第十一席次の二人のみ。第十と第十二席次は死体となって運ばれてきた。蘇生の魔法はかけられたが、生命力の減衰でしばらくはまともに戦うこともできないだろう。

 残る聖典上位メンバーについても、良い結果は生まなかった。諜報に出ていた風花聖典の報せで、エルフ王の取り出した巨大弩砲──バリスタに、なすすべもなく蹂躙された。唯一拮抗出来ていた第一席次は、都市から退避し損ねていた民を護るべく行動し、戦闘不能に陥るという事態にまで追い込まれたらしい。諜報が主である彼らではあるが、戦闘後、第一席次たちの回収に向かうも、その間に何者かによって回復された第一席次は、エルフ王を追って発ったという。

 その後の行方は知れず、風花聖典隊員たちでも、その足取りはようとして知れない。

 

「最高神官長」

 

 ご決断を。

 そう促す闇の神官長・マクシミリアンは言い放った。書物を〈浮遊板(フローティング・ボード)〉で浮かべた彼の意図は、あまりにも明白であった。

 彼は述懐を続ける。

 

「法国が亡びる事態、これだけは避けねばなりますまい。魔導国からの要求を呑み、即時、降伏の儀を」

「き、貴様、正気か! 気でも狂ったか!?」

 

 神聖な領域にはふさわしくない、怒号。

 蛮声をあげたのは、風の神官長ドミニクであった。

 普段は温厚そうな老人という彼であるが、元陽光聖典隊員として、数多の異種族を殺戮してのけた実績を誇る。その敵意はまさに烈火や氷雪のごとく苛烈であった。

 ドミニクは主張する。

 

「600年の昔、我ら人類を守護したもう六大神──神々の遺せし最秘宝を敵国に、アンデッドの国にくれてやるなど、言語道断だ!」

 

 無論、マクシミリアンも黙したままではいられない。彼は彼なりの意見・正論をぶつける。

 

「最秘宝は他にもある。ケイ・セケ・コゥクのみを失ったからといって、それで国が亡ぶものか!」

「何を!!」

「愚かなことはやめなさい、二人とも!」

 

 二人の間に割っていったのは、火の神官長ベレニスであった。

 

「我らがこうして割れること・内紛することこそ、魔導王の邪智陰謀(じゃちいんぼう)であることを思い出しなさい!」

 

 二人は互いに殴り掛からん勢いとなっていた自らの行いを謝した。

 しかし、事態はそれで済む話では、ない。

 対立する意見をまとめる必要がある。

 だが、その役を担うべき土の神官長だけが、この場には欠けている。

 

「あのレイモンが」

「行方知れず、とはな」

「魔導国の仕業に相違なかろうがな」

 

 元漆黒聖典という護国の英雄。大量の補佐官が同行し、中でもパラダイン老の魔法すら防いでみせる力を有するエンヘラがいながら──諸共に行方をくらませてしまった。

 

「十中十二……いや十五で、魔導国の所業じゃろうて」

「それ以外にありえん」

「レイモンは元漆黒聖典、そんじょそこらの暗殺者やワーカーに殺されるようなタマではない」

「こちらが要求をのむ前に侵攻してこんとも限らんぞ、これは」

「だからといって、あんな要求を呑むなど!」

 

 できるものか。

 そう唾棄するドミニク。神聖なる神殿内でなければ唾でも吐きかけていただろう渋面で、法国の未来を憂う。

 

「レイモンよ……おぬしこそが、次の最高神官長であったろうに」

「最高神官長……」

 

 全員が納得のため息を吐いた。

 一同の中で最も悲しみが深いのは、間違いなく彼であった。

 レイモンは六神官長のまとめ役としての責務を遺漏(いろう)なく発揮し、その功績と業績も申し分ない。何より、100歳を超える神官長にとって、ここで40代の若い後継者を失うことは、あまりにも大きな損失であった。

 最高神官長は、項垂れていた姿勢をまっすぐに戻す。

 

「かくなるうえは、あの御方の指示を仰ごう」

「御方…………それは!」

 

 最高神官長が言おうとしている内容に、全員が気付いた。そして、納得もできた。

 番外席次によって守られる聖域、その最奥であるパイプオルガンの席上に座す、スルシャーナ第一の従者。

 しかし、

 

「あの御方に、我々の声が届くのでしょうか」

「届くことを祈りましょう──高位アンデッド──上位死霊(ハイレイス)の王侯となりはてるまで、この国のために戦い続けてくれた、ルーファウス様のもとに」

 

 全員の意思は固まった。

 もっと早くこうしておけばという思いが頭をよぎるが、彼女は不死者にして異形種(モンスター)。ズーラーノーン盟主の座というのも、実のところはただの飾りであり、実務や聖務の面では、副盟主の黒竜──ピーターがすべてを担っていた。

 神官長らは、最高神官長を先頭に、静やかな足運びで、それ自体が儀式のごとく、神殿最奥の聖域に集う。

 窓からの薄明かりにルビクキューを久しぶりにイジくっていた番外席次が、雁首揃えてやってきた最高神官長らの決定を推理する。

 

「とうとうサラの奴に意見でも聞く気になった?」

 

 不敬な、という声を全く黙殺して、最高神官長は儀礼的に、誠意の最高守護者・番外席次“絶死絶命に”最敬礼を示す。他の神官長らもそれに倣った。

 

「我等が神の一人・闇の神・スルシャーナ様のご神託を賜りたく」

「あっそ。勝手にどうぞ」

 

 儀典もなにも関係ない様子でルビクキューで(たわむ)れる番外席次。この若さと美しさで、ここにいる誰よりも長命な人生を戦いに(つい)やしてきたとは、到底思えない。しかし、それこそが事実であった

 神官長らは聖域──聖堂の中に足を踏み入れる。

 その栄誉に耽溺(たんでき)したのも、つかの間。

 

「ん……あれは?」

 

 信徒席の端の方で、赤いブロック状の鞄を足元に置いた女性が見えた。最高神官長は思い出す。

 

「番外席次──あの娘の協力者じゃ」

 

 とはいうものの、彼自身その姿を確認したのは初めてのこと。

 黒髪の女性で“純黒”のドレスを着込んでいるが、顔つきは判然としない──真っ黒い仮面に覆われているというべきか──悪魔の扱う魔法のひとつ〈暗黒(ダークネス)〉の状態異常を応用した身分偽装の力であった。ドレスの色も、これによって変化させているに過ぎない。

 そちらへの興味はいったん棚上げとして、最高神官長たちは聖域の奥へ。

 かつては600年前。

 ここで神々の婚儀が盛大に行われたこともあると聞くが、その面影はもはやどこにも存在しない……魔法によって清潔に保たれただけの講堂──その当時、婚儀の主役の一人として、闇の神と添い遂げ、その死の果てにアンデッドへと転生を果たし、戦いを続けるうちに高位の存在へ転化した、一人の女性が、今、ここにいる。

 全員が総跪拝の姿勢で、オルガン席の端に座る漆黒の影──暗黒のヴェールで顔面部を隠す、死霊(レイス)のごときアンデッドの背中を見やる。

 その名を、最高神官長のみが、重々しく告げる。ただの後ろ姿だというのに、気をしっかり保たねば魂を引き抜かれかねない圧を感じる──

 

 

 

()()()()()()様」

 

 

 

 これだけでも、彼女の名を構築する一部に過ぎない。番外席次が口にしたサラ(・・)という女性名と同様に、夫であるスルシャーナに関連する姓名もあるが、ここで告げるのは(はばか)られる。

 名の一部を呼ばれたことで、アンデッドの意識が覚醒を果たした。

 が、身動きできないことには変わりなかった。

 自分を起動させる鍵のような名を呼ばれたアンデッドは、臆面もなく最高神官長に(たず)ねる。

 

『──私を呼び出すとは、ただ事ではございませんね。何事ですか?』

「はっ。至急の事案につき詳細は省きますが」

 

 最高神官長は魔導国と呼ばれる敵国国の出現、および、その要求内容を赤裸々に告知し、尚且つ、頼みの綱の漆黒聖典の大部分が壊滅状況にあることも隠すことなく告げた。

 

『それは、こまりましたね』

 

 ルーファウスは笑ったようにも聞こえた。笑うしかない状況とでもいうべきか。とにかく彼女は、600年の間、けっして過つことのなかった神託を述べる。

 

『わかりました。それほどの状況では致し方ありません。“傾城傾国”は、魔導国に譲渡するように』

 

 驚き、抗議の声をあげかける神官長ドミニクは、しかし即座に姿勢を正した。ルーファウスに抗弁するなど、まさに神の意志への反意にほかならない。

 

『どうか。……どうか法国の民が救われるように、よき道を、皆で…………』

 

 ルーファウスの意識が途切れた。

 神託を賜った最高神官長は決議を下した。

 

「我等法国は、魔導国に降伏する。武装勢力は解体、首脳部も凍結を容認──そして」

 

 最秘宝のひとつ“ケイ・セケ・コゥク”の譲渡が正式に決した。

 涙を呑み(すす)り泣く神官長たちや三機関長ら。

 しかし、これこそが、法国を(すく)う唯一の手段だと、誰もが信じた──信じるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それら法国首脳部の決定──スルシャーナ第一の従者たるアンデッド、サラ・ルーファウスによる神託を、アルベドは興味なしとばかりに完全に無視して立ち去り、番外席次も一面もそろってないルビクキューを放り棄てて、聖域から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※注意※
 書籍14巻で「ルフス」だの「ルーファス」だのと呼ばれていたアンデッドの存在と、この物語での「ルーファウス」は、同一である可能性は限りなく低いです。



 前作『フォーサイト』の最終話直前に明らかとなった彼女の存在が、今後どのように物語の中で生きていくか……



 降伏を決めた法国ですが、実際はどうなってしまうのか(『天使の澱』を見ればわかる)
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