オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~ 作:空想病
/Surrender signing , AINZ VS Extra seating order
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「降伏か……」
リ・エスティーゼ王国の密談用に使っている私室で、ザナックはラナーから「あくまで噂ですが」と注釈を入れられる。
しかし、ここにいる二人はすでに魔導国の動向を完璧に把握できている。
「法国が、あのスレイン法国が、魔導国に膝を屈するか……」
これで、この地域の人類史に残る人類国家は、リ・エスティーゼ王国のみ、となった。
帝国は既に魔導国の属国と化し、聖王国にしても南北統一と共に魔導国との協調関係を結んでい久しい。そして、竜王国にしても、その動きは、魔導国に利するところが多い──
「お兄様は、いかがお考えですか?」
「考え?」
「このまま、密約に従い、リ・エスティーゼ王国の全権を魔導国にゆだねる──という密約です」
「それは、おまえがすでに締結済みの売国文書だろうが。俺の密約は、とにかく『大陸東部に逃げること』……それだけだ」
ラナーが意外そうに目を丸くするのを、第二王子は一笑に付した。
それであの魔王の手から逃れられるとは限らないが、噂に聞く
魔導国宰相であるところのアルベドが支配・拉致されたことで、こちらの監視は手薄。あとは、彼女と自分の運に任せるまま、逃亡の道を選ぶのみであった。
ラナーは咎めるというわけでもなく、兄の自棄にも似た企みが成功するかどうか考えて、やめておいた。
「お兄様のことですから、お父様と一緒に、国と心中するものかと思っておりましたが」
「心中か……それも考えないではなかったが」
戦士長の遺した装備を着込み、あの魔王と一戦交える自分を想像して、ザナックは疲れたような笑みを浮かべる。
似合わないどころの話ではないし、あんな魔軍と正面切って戦う軍などザナックの手中には存在しない。
家臣に裏切られて首を差し出されるイメージが、現実味を帯びて湧いてくる始末だ。
そんなことは御免被る──故に、ザナックは、第二王子としての地位を棄て、国を捨てるのだ。
……一人の女を連れて逃避行に
「はぁ……どうもこうもないさ……すでに、我が国の財政状況は破綻寸前……内乱のあった都市……破壊された市街地……処刑者のリストだけウン千人ときてる……もはや、国家としての体制を保つことすら、難しい」
「そのうえ、反乱分子となりうる元聖騎士長殿──レメディオス様の面倒まで押し付けられましたからね」
不良債権の山を突き付けられているようなものだ。
元聖騎士長の件はともかくとして、これら国務の一切を処理しきる妹の悪魔ぶりは、兄の目から見ても魔王じみて見える。
せめて。
もっと早く自分が王位を継いでいたら。
あるいは、あの戦争で魔導国に大敗する未来を予見できていれば……そう思わずにはいられなかった。
「おまえこそ、これからどうする?」
「私は勿論、この国にとどまります」
「そして、おまえはおまえの密約で、ナザリックの“外地領域守護者”を拝命し、彼らの軍門に降るか?」
悪魔たちとの取引を、ラナーは否定しなかった。
軽やかな笑みが邪悪な漆黒の色彩を帯びはしたが、もはやその程度で驚き臆するザナックではない。背中から小さな蝙蝠の翼や天使の羽を生やしたとしても「ああ、そうか」と納得するだけだろう。
ザナックは静かに論じる。
「レエブン侯をはじめとして、有力貴族もそれとなく国外退去……逃亡を促している……法国が魔導国の支配下に降れば、次は残っている“ここ”しかないわけだからな」
「ええ。“人類最後の希望の地”としての役割を持ちうる国──『リ・エスティーゼ王国』」
太平楽に嗤うラナー。
それでも、ザナックは平静でいられた。
あの内乱時──ズーラーノーンによる混乱がおこった際、魔導国宰相アルベドを通じて、魔導王との密約を交わした彼だ。
いざというときは、今の地位も何もかも捨てる覚悟でいる……そんな自分を許せずにいたが、一人の女性との出会いで、そんな生き方も悪くないと思えた。
ザナックはまもなく出奔する──半病人のごとき精神崩壊者、レメディオス・カストディオを連れて、ナザリックから可能な限り逃げおおせる腹積もりだ。
「おまえはいいのか? クライムを残したままで?」
「だいじょうぶです。クライムは私と共に此処で果て、そしてナザリックの軍門に降る──お父様の最期を看取るのは、私とクライムだけになりそうですわね?」
悪魔的な嗤笑を両頬に刻む妹を直視できず、ザナックは首を振った。
「なんにせよ。法国が落ちて、その中の反抗分子が王国へと至るように、
無論ですと可愛らしく微笑む妹。
その落差は温泉と氷水ほどで、若干心臓を痛めそうになるザナック。
リ・エスティーゼ王国は今後において、「人類最後の要害」「人類の
何しろ法国が亡びれば、今まで人類の守護者ヅラしていた連中が、この世界から消失を余儀なくされる。
もちろん、それを「よしとしないもの」は、法国を棄てるだろう。
そして新たな、最後にして最期の抵抗勢力として、人類国家としての自主自立を保っている(というと怪しいが、少なくとも民はそう思っている)リ・エスティーゼ王国、その門をくぐるしかない。
たとえそれが敷設されたレールの上をブレーキなしで走るトロッコに乗るようなことだとしても、抗えいきれるものは限られている。
反攻の旗頭は、可憐極まる第三王女──ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
その護衛役は無論、戦士長の指輪を受け継いだ王女付きの騎士クライムと、ブレイン・アングラウス。
当初はザナックがその役を果たそうという案もあったが、外見などの求心力に難ありと評され、すげなく却下されており、それを聞いた本人は心の底から安堵した。
人類最期の抵抗の地となる予定の、リ・エスティーゼ王国──その王都では既に、ナザリックのいと尊き御身の魔手が、着々と駒を配置し終えていた。
(法国が落ちれば、俺は彼女と共に、レメディオスと共に国を出て、大陸東部──ナザリック勢力圏外に逃げ落ちる──)
腹はくくった。
魔導国宰相が拉致された現状、今、この状況を利用せねば、ザナックと彼女が救われる未来は存在すまい。
父を残していくことはしのびないが、今のザナックにとっては、ただの抱えきれない重荷でしかなかった。
(度重なる不孝をお赦しください──父上)
もはやザナックをザナックとも認識できない、廃人同然の国王を思う。
とにかく、あとは法国が無事に魔導国の幕下に加わることを祈るのみ。
「それでは元気でな、我が妹よ」
「はい。お兄様」
可愛らしく微笑む悪魔のような妹との、これが今生の別れであった。
第二王子であることを棄てたザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ──否、ただのザナックは部屋を辞し、小箱を撫でる妹──第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと別れた。
残されたラナーは、兄の行く末を案じるでもなく、ただ、己の欲望をかなえる箱を
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法国からの早馬によって、かの国が魔導国との戦争を「避ける」道を選んだことが知れた。
降伏調印式は明日──魔導国進行予定の一日前に執行される予定だ。
「意外と
アインズの総評に、デミウルゴスは跪拝の姿勢を崩すことなく微笑んだ。
「アインズ様がアウラに命じ捕らえた土の神官長、彼を御身自らの手で暗殺できたことが決定打となったようです」
それはなにより、と呟くことができないアインズ。
建造途中の魔法都市カッツェの王城の中で、魔導王はひそかな落胆と失望を覚えていた。
自らの手で殺した土の神官長の記憶を読んだが、アルベドに関する直近の記憶は、最初の使節団での交渉──初対面以来、なにも存在しなかった。
「魔導国宰相──アルベドのことは、向こうは何も知らないのだな?」
「はっ、間違いございません」
デミウルゴスは断言する。
アインズは小さな苛立ちをあらわすように靴を鳴らし始めた。
何故、法国首脳部はアルベドが番外席次に囚われた事実を知らない? 意図的に隠している? そんなわけがない、一国の宰相を捕らえておいて、人質交渉の席を用意しないなど、ありえるものか。
(番外席次の行動が読めない──いや、読めなくて当然なのか? 俺程度の頭脳など、一般人のそれだ。正直言って、たかが知れてる。──それでも)
アルベドの安否を深く気遣うアインズ。
法国内部をくまなく調査中の隠密モンスターは二個大隊に匹敵するが、それで彼女たちの影も何も踏めないとは。ニグレドに代表される探査チームも、良い結果を報告できずにいる。
「アインズ様。いささか危険やもしれませんが、降伏調印の際に、アルベドのことを法国首脳部に問いただしてみては?」
「ああ。もう、それぐらいでしか、彼女の行方を探る手段がない──まったく、とんだ無能ものだ、私は」
「な、そのようなことは!」
「いいや、実際そうなのだ、デミウルゴス。現に、アルベドを、タブラさんの
『アインズ様! 緊急事態でありんす‼』
唐突な〈
「どうした、シャルティア」
『降伏調印式の場に指定された、我が陣営の魔法で建立した〈
「な、ばかな! どこの馬鹿が、そのような──いや──まさか?」
アインズは直感する。
落ち着いた声で、アンデッドらしい低声で、シャルティアの甲高い声色に問いただす。
「シャルティア。敵の姿は確認できるな? ……敵は二人?
敵の容姿は? …………黒白の戦鎌使いと、────完全武装のアルベド、か」
アインズは存在しない脳を直接かき回したい衝動に駆られるが、頭蓋骨を掻きむしる程度でおさえる。
かたわらで愕然となっている悪魔に、魔導王は王命を下す。
「デミウルゴス。法国首脳部へ通達を送れ──番外席次、奴の首を落とすことを、降伏条件に加えるとな!」
「承知しましたが……御身はこれからどちらに?」
〈転移門〉を開けた主君は「決まっている」と
「番外席次の、いいや、アルベドのもとへ、だ!」
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「あはははははっははあははっははははははは! やっぱり、ただの雑魚の集まりじゃないのよ! アインズ・ウール・ゴウン魔導国軍!」
一合も交わすことなく潰え去っていく、アインズ謹製の魔導国軍は、たったひとりの、否、たった二人の蹂躙を受けている。
一人は番外席次“絶死絶命”。
そして、もう一人は。
「いったい、何をしでかしてやがる、この筋肉ゴリラが!」
シャルティアが
二人は互角の戦闘を繰り広げつつあるが、シャルティアの方が分が悪い。真紅の鎧に換装して、エインヘリヤルを使ってでも、もう一人の暴虐の嵐をとめるべきか迷ったが、アルベドの周囲を旋回する装置が問題であった。ルベド。ナザリック最強の個と称されるものは、シャルティアの認識委ではまったく歯が立たない難敵──同胞をそのように呼称せねばならぬ時日が、第一・第二・第三階層守護者にははなはだ不快であった。
「この大馬鹿が! ルベドの指揮権ごと敵の手に落ちるなど、守護者統括失格でありんすね」
「こんな反逆行為! アインズ様がいくらお優しいと言っても限度がありんす! 少しは」
「どうでもいいのよ、アインズ・ウール・ゴウンのことなんて」
シャルティアは絶句し、戦斧の重すぎる一撃が、真紅の吸血鬼の防御態勢を盛大に崩した。
怒気と烈気に満ちたアルベドの一撃は、見事にシャルティアの首を破断してみせる──が、
「“
シャルティアの頭上にわだかまった鮮血の貯蔵庫のおかげで、破断された首は即時回復できた。しかし。シャルティアの好戦意識を刺激するには、あまりにも過剰な血の量を使ってしまう。
「……殺シてヤる」
本性に近いヤツメイウナギの顔になりかけるシャルティアだが、
「やめよ、シャルティア」
その小さく細い方を掴む骨の指の感触に振り返らざるを得なかった。
「ア、アインズ様ッ?!」
「シャルティアはコキュートスと合流し、軍の再編……いや、調印式に来た法国の首脳部避難のために、今すぐ下りろ。これは命令だ」
その命令内容は、守護者同士での争いを見たくない御方の我儘が多分に含まれているとわかりながらも、シャルティアは指示に従うしかなかった。
アルベドと二人きりとなったアインズは、世間話でも始めるように話し出す。
「久しいな、アルベド。何をしている?」
「────」
「聞こえなかったのか? それとも私の言葉など」
「“聞く価値もない”──ええ。まさに、その通り。アインズ・ウール・ゴウン魔導王の言葉など、この私にとっては、何の価値もないのです」
アインズは純粋な驚きを得ていた。
あのアルベドが、転移当初から傍に寄り添い、共に過ごしてきた守護者統括が、あからさまな侮蔑の色で、魔導王の火の瞳を見やるなど、夢にも見られそうにない光景であった。
「…………」
アインズはショックを受けはしたが、それでやるべきことに変更はない。
「裏切ったのだな、アルベド」
この私を──アインズ・ウール・ゴウン魔導国を。
「無論」
盛大に尊大に頷く女悪魔に、超位魔法をぶつけるべきか迷う──刹那。
「ちょっと、ちょっと。そいつは私の獲物でしょうよ」
「うふふふ。確かに、そうだったわね。ごめんなさい」
アルベドの隣の空間に、黒白の髪に白黒の瞳の少女が現れる。
何の予兆も、魔法の気配もなしに。
(いったい、こいつは?)
そう疑念する暇もなかった。
気づいた瞬間、アインズの首元に、戦鎌の
しかも、戦鎌の攻撃は、戦闘前に張っておいた〈
「くぉ!」
前のめりに
「うわダサ」
「くッッ!」
頬骨が赤くなりそうなほどの
「いま、なんかした?」
「ばかな…………ッ!」
即死魔法も、180発の魔法の矢も通用せず──
今さら、前線に出てきたことを悔やみそうになるアインズだが、アルベドとシャルティアが
アインズは可能な限り別の属性魔法も試し打ちするが、番外席次はそれを避けることなく、すべてを“無”に帰していく。
「こんな、莫迦なことが!」
馬鹿げているにもほどがあった。
ユグドラシルの法則に反している──少なくとも“すべての攻撃に対する耐性を備える”など、ユグドラシルでは不可能な芸当だったはずだし、アインズが転移してから続けてきた戦闘実験でも、その確証を得ていた。
しかし、たった今。
それを打ち破る存在が、目の前に
魔導王アインズの目の前で、戦鎌を頭上高く構え、振り下ろす──たったそれだけの動作で、〈飛行〉中のアインズの身体は、一直線の墜落を余儀なくされた。
「げほ、ごほ、がはっ!」
戦鎌の殴打+落下による物理ダメージが、肋骨と背骨、頭蓋骨と骨盤、大腿骨と上腕腕を幾片か砕いてしまっている。
たった一撃でこの威力──しかも、相手は本気ではなかった──余力の存在を嫌になるほど感じ取れてしまった。
「アインズ・ウール・ゴウン……どれほどの強さの男かと期待してたけど……」
墜落した骨の玉体の近くで、半森妖精の少女の声が降り立つ。
そして、右
「
『オーバーロード4巻に関する作者雑感』より抜粋(法国の人々)
書籍オリジナルのキャラ。
もう一人の、そしてこの世界のオーバーロード登場。
──抜粋終了──
あの世界の“もう一人のオーバーロード”を前に、なすすべもなく倒れたアインズ・ウール・ゴウン。
番外席次“絶死絶命”……彼女の正体は、果たして?