オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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タグ:『モモンガを愛している。』


撤退と逃避

/Withdrawal and Escape

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東都からここまで徒歩(かち)で、よくぞついてこれたものだな」

 

 リグリットは薄笑いを浮かべて、旅の道連れとなった若者を振り返った。

 

「──これでも、現、第一席次なので」

 

 漆黒聖典の中でも別格の存在──神人。

 みすぼらしい槍は杖に使うには不適格にも見えるほど古臭く、脆そうであるが、豪奢で勇壮な鎧を着込む青年の体重を完全に支えて歩かせてくれた。

 リグリットは見慣れたその槍……歴代の第一席次に託される“槍”を見やる。

 使った者の存在そのものを生贄とする、まさに“神の槍”だ。

 もしも、この槍が、あの神竜に通じていたら──そう何度も思い返しそうになる自分を(あざけ)るように、短く失笑する。

 

「さて。儂の目標である、北の戦場──魔導国との国境地あたりまで来たわけだが。本国から指令をもらわんでよいのか?」

 

 リグリットの物言いに、第一席次は笑う。

 

「有事の際には、北の国境での戦いに備えよという命令を受けておりました……体の方も、ようやく調子が戻ってきたところ。存分に魔導国と戦えるはず」

「ほう、そうかい。まぁ、漆黒聖典・第一席次は法国の最精鋭の中の最精鋭。独自の判断で動くことも、ままあることじゃったのう」

 

 第一席次はリグリットの語る法国の知識の豊富さに、軽い疑念を覚える。まるで経験者は語るがごときを地で行くリグリットは気にすることなく、北の戦場予定地を見渡せる丘の上にたどりつく。

 

「地図を見るに、このあたりに魔導国軍が布陣して?」

 

 いなかった。

 暴悪な魔軍──不死の軍勢──骸骨の白い尖兵は一体も確認できない。……それどころのものではないものが、戦場を席巻していたのだ。

 

「な! なんだ、あの竜は?」

 

 若者の驚愕に、リグリットもまた無言で驚きの息を発した。

 

「あの白金の竜鱗──巨大な翼──ま、まさか!」

 

 第一席次が言及するのは、大陸でも随一の知名度を誇る龍王“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”の威容そのものであった。

 リグリットは眉を大いに(しか)める。

 

「どういうことじゃ?」

 

 彼女の疑問は三つ。

 一つ目は、自分の知己(ツアー)が法国と魔導国の戦場地にいること。

 二つ目は、自分が竜王(ツアー)の巨大な気配に気づけなかったこと。

 三つ目は──

 

「弱くなっている?」

 

 あのツアーの力は、まさに大陸屈指の力だ。吐き出すドラゴンブレスは最強にして災厄の一言──喰らった者は粉微塵になるほどの熱波に焼かれ、残るものは影の残滓のみという、究極の爆裂攻撃であった。あの炎によって、神竜から無限に湧いていた眷属の雑魚竜群も一掃できていたし、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)どもへの復讐戦も、なんとか制することができた。

 しかし、法国北都を竜王の劫火(ごうか)で焼滅させた威力は、神竜との戦いで見せた時よりも遥かに威力が落ちている。彼女にはそう感じる。

 リグリットは咄嗟に自分の力を自分で看る──何者かのスキルによって、戦場全域にレベルダウンにも似た“弱体化”が降り注いでいた。

 

「名づけるならば、“全体完全弱体化(マス・パーフェクト・ウィークネス)”とでも呼ぶべき、か?」

 

 これの発生源は──黒髪と白髪にわかれた、白黒の色違いの瞳をもった、一人の少女。物騒かつ獰悪な戦鎌(ウォーサイズ)も印象的だ。

 気づいているのかいないのか、激したツアーは戦いを続行しているうえ、何故か傍近(そばちか)くにいる漆黒のローブを着た魔導王(まどうおう)アインズ・ウール・ゴウンの攻撃魔法に“護られた”。ここで展開されているべきなのは、法国と魔導国の戦争ではなかったのか?

 

「チッ……ったく。出てくるなら事前に一言くらい寄こせばよいものを、あの馬鹿竜め」

 

 何がどうなっているのかこれっぽっちも理解できないリグリットだが、隣の第一席次が膝を屈するのを見やった。体力がなくなったり、状態異常の罹患などではない。

 

「おい、どうした?」

「あ……あ……そんな、マクシミリアン神官長が……」

 

 彼が〈遠視〉の魔法道具──双眼鏡に似たそれで見つけたのは、仲間の死を悼む法国首脳部。

 さらに、誰かの姿を見て、悄然(しょうぜん)と肩を落とす。

 

「番外────あなたは、…………貴女はそこまでして」

 

 丘の上の雑草を掻きむしる青年の苦悩っぷりに同情の念を禁じ得ないリグリットであったが、状況はそれどころではない。

 

「儂は依頼主のもとへ」

 

 否、

 

「友のもとに()(さん)じるとしよう」

 

 棺を空中に、剣を腰にとりだした老婆。彼女が「お前も来るか」と()く間もなく、第一席次は槍を杖に立ちあがった。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「はてさて」

 

 完全戦闘態勢で戦場に飛び込んできた闖入者(ちんにゅうしゃ)に、アインズは完全に混乱をきたした。ここへきて援軍──と呼ぶには少なすぎる二人を眺め、それでも、警戒の火の瞳は揺るがない。

 闖入者は続けて述べ立てる。

 

「少しは冷静になれ、わが友よ。いったい全体、何をそんなに(たか)ぶっておる?“白金の竜王”ともあろうものが?」 

 

 どうやらツアーの知り合い、仲間に殉じる戦力と判ずるほかにない。

 呼びかけられた方は、老婆に対して敬愛と友誼に満ちた一声を吐き落とした。

 

「そもそもがじゃ。この戦場、法国と魔導国の戦争が気になると言って、儂にここへ来るよう依頼したのは、そなたじゃろうて」

「昂ぶりたくもなるさ、リグリット。自分の目の前に神竜──“饕餮(とうてつ)”がいる以上は」

「な、なんじゃと?!」

 

 老婆の様相が一変した。

 驚嘆の表情を浮かべて、ツアーが鼻面を向ける黒白の少女──番外席次を見つめた。

 そして、その少女の面影から、懐かしい誰かのそれをみつけてしまい、一言こぼす。 

 

「…………………………リーダー?」

 

 まさかそんなありえないと繰り返し否定する老女に対して、番外は酷烈なほどド汚い嗤笑(ししょう)を浮かべた。

 

「だれ、ソレ? 昨日のエルフ王といい……最近、私のこと誰かと勘違いする連中多すぎじゃね?」

 

 厄年かよと心底迷惑そうな番外席次。それを兜の下で笑っているアルベド。

 

「まぁ、なんでもいいわ」

 

 黒白の少女はわずらわしそうに肩にかかる髪を払った。露わになりかける長耳。半森妖精(ハーフエルフ)の異形のバケモノは、闖入してきた老婆たちへの攻撃を敢行する。

 たった一秒で距離を詰める番外の凶悪で黒い笑みに、老婆は一瞬で対応。

 

「ツアー、鎧を!」

 

『貸せ』と叫ぶ前に、竜鱗鎧(スケイルメイル)と四武器が、飛ぶ。

 リグリット・ベルスー・カウラウのもとへと。

 刹那で行われる広範囲連続交差斬撃で四武器をはじく死の神(スルシャーナ)の鎌──だが、彼女の腰にはまだ得物がある。

 

「へえ?」

 

 鞘に入ったままの剣一本でトドメの刃をふせがれた番外は素直に感嘆する。

 法衣(ローブ)の上からツアーの鎧を身に帯びた老婆は、完全な戦乙女と化した。緩く結った三つ編みが揺れる。

 

「ぬん!」

 

 リグリットの太刀筋は歴戦の剣士のそれであった。200歳以上という老体ではなく、200年の修練の極みに達した、一撃。それは大地を割り、空を裂く剣撃──()()()

 それを番外席次は軽やかに足蹴(あしげ)にする。

 

「意外とやるじゃん、婆さん!」

「チィッ!」

 

 竜鱗鎧(ツアー)の兜を装着した状態で、ようやく彼女の戦闘能力ステータスは完全に、上昇。

「一番!」という老女の声と共に、棺のひとつが、開く。

 

『……久々の出番だn』

 

 棺の中に保管されていた棺の中で最もリグリットが長く使っている『かつての敵手』──それを、アルベドの速攻劇が撃砕し轢殺してしまう。

 

「ば、ばかなっ?!」

 

 愕然と一番の棺と死体の破壊ぶりを見やるリグリット。

 そのまま武装する老女へ踵落としを振り下ろしにかかるアルベドの暴乱であったが、アインズの〈災厄の黒き刃(ブラック・ブレード・オブ・ディザスター)〉──三本の内で半壊した一本で妨害される。

 アルベドは黒い翼を広げて、アインズの〈魔法の矢〉などを破砕粉砕しつつ、彼との戦闘を真っ向から選ぶ。

 

「……あの黒いのも、相当やばそうな相手じゃな!」

「すまないね、リグリット。また面倒に巻き込んだ」

 

 その言葉に老婆は200年前を思い出してならない。

 四武器と棺十個を背後に浮かべ──うち四つに入っている漆黒聖典隊員は使えないため、計六個の死者を駆使して、リグリットは番外席次との戦いに挑む。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「戻ってこい、アルベド!」

 

災厄の黒き刃(ブラック・ブレード・オブ・ディザスター)〉を旋回・操作しつつ、必死の声で呼びかけるアインズ。

 だが。

 

「戻る? どこへ?」

 

 アルベドの兜の下の表情が読み取れない。

 女悪魔は心底から清々(すがすが)しい心地を声にする。

 

「自由となった私はようやく、私の望みを果たせる」

「望みだと?」

 

 ナザリック守護者統括の地位にあったNPCが、心の奥底から望んでいたこととは、何か──アインズは咄嗟に答えることが出来なかった。

 それも当然のこと──アルベドは言い募る。

 

「ええ。私の望み。そのために、できることをなしているだけです──邪魔なパンドラズ・アクターを(あや)めたことも、ナザリックに反旗を(ひるがえ)したのも、番外席次というコマ(・・)に協力しているのも、すべて、その一環にすぎません」

「おまえの、望み?」

 

 アインズは鸚鵡(オウム)のように繰り返しただけだった。

 

「あなたを元に戻す」

「は? なにを、言って?」

 

 アルベドは兜を脱いで、陶然と紅潮した頬で、誇らしげに告げる。

 

「私の、“モモンガ様”──!」

 

 アインズはその一言ですべてを理解し、言葉を失った。

 だらりと肩が落ちた。

 

「私はあなたを愛しています」

 

 あの日の、NPC設定文の書き変え。

 ほんの戯れの冗談だったはずが、まさかこんな事態に発展すると、誰が予想できるものか。

 アルベドは謳い続ける──己のあり方を──魂に刻み込まれた最後の“一文”を。

 

「愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています────心の底から愛しています──モモンガ様」

 

 その、告白とも呼べぬ設定文の羅列に、アインズは空中で一歩引いた。 

 

「モモンガ様!」

 

 そんな彼の挙動や感情の機微などまるで無視して、アルベドはアインズのもとへ──否、“モモンガ様”のもとへ『斧』を振りかざす。

 

「大丈夫です! アンデッドのあなたであれば、手足の骨を引き裂いたところで死にはしない! その四肢を裂いて、魔法で固定して、私が一生をかけてお守りいたしますとも! もうどこにも連れて行かせはしない! 王国にも帝国にも法国にも聖王国にも竜王国にも評議国にも都市国家連合にも、この世界のどこにも!

 それが、私の愛‼

 私の望み‼

 私の欲望(ねがい)‼」

 

 女悪魔の、NPCの狂乱状態にも似た言行に、アインズは何も言えない──言う資格がなかった。

災厄の黒き刃(ブラック・ブレード・オブ・ディザスター)〉に回す魔力を、切った。黒刃が一瞬でなくなる。

 もうどうにでもなれ──そんな自棄っぱちの心境であったアインズは、もろに左腕と左足を削ぎ落とされ──

 

「さあせえるうかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」

 

 かけたところで、真紅の吸血鬼がふるうスポイトランスが盛大に割って入る。

 硬い金属の工作に護られたアインズ・ウール・ゴウン、否、モモンガ。

 アルベドが地獄の悪鬼の表情で仲間だったものを罵倒する。

 

「邪魔するなッ、シャルティア!」

「思い通りにさせるか、大口ゴリラ!」

「このヤツメウナギぃぃぃぃぃぃッ!」

 

 アインズの目の前で盛大に戦う二人(N P C)を、アインズは止める気力すらない。

 二人が血みどろになり、武装と体力を消耗させているにもかかわらず。

 

「何してるんですか、アインズ様!」

 

 そう呼びかけて、骨の片手を引くのは闇妖精(ダークエルフ)の男装した少女だった。もう片方を女装した少年が引っ張る。

 二人にはアルベドの捜索のため法国南方や神都に潜入させていたが、その任務が無為であることをデミウルゴスに知らされ、その足の速度で強行軍よろしくこの国境地に舞い戻ったらしい。

 アウラが言う。

 

「撤退すべきです! 御身の体力はもう危険域を!」

「もういい」

「って、はあ!?」

「もういい──もう、つかれた──」

 

 アンデッドに〈疲労〉の状態異常(バッドステータス)は存在しない。

 だが、アインズの、モモンガの、鈴木悟の心は──限界だった。

 すべてから逃避したような眼差しで……項垂れる。

 

「俺は、もう──アルベドに、なにも」

「何があったか知りませんが、とにかく撤退します! マーレ!」

「は、はい! いきますよ、お姉ちゃん、シャルティアさん!」

 

 戦意喪失したアインズを無視して、三人は連携し、シャルティアの鉄槌打ちよろしく大上段から振り下ろした神器級(ゴッズ)の槍でアルベドを地表にたたきつける。

 そして、マーレの魔法が的確に詠唱される。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)大地震(グレーター・アースクェイク)〉!」

 

 マーレの杖から発生した大魔法。

 大地に叩きつけられたアルベドに大ダメージを与えつつ、その身動きを完全に封じるのに、この魔法は覿面な効果を発揮。しかも、ただの地震ではない。バハルス帝国を震撼させた初襲撃時の時の十倍以上のダメージ量……字義通りの大地震だ。

 大地震によって生じた震動を受けた対象は身動きが取れなくなり、そうして脆い土壌に生じる地割れに巻き込まれていく──

 

「よし、逃げるよ!」

 

 アウラの号令一下、アインズ達は地割れに閉じ込められたアルベドを置き去りに後退を選択。

 

『モモンガ様ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

 

 その愛に溢れ満ちた絶叫を背後に残して、アインズ・ウール・ゴウンは撤退する……

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 番外席次と戦闘を繰り広げていたツアーとリグリットたちも、マーレの〈魔法三重最強化・大地震〉の影響をもろに(こうむ)った。

 

「僕らも撤退する、リグリット!」

「はぁ、はぁ……ったく、歳は取りたくないものだね……」

 

 喉を灼熱に赫くするツアー。

 

「現、第一席次の坊!」

「は、はい!」

「あんたは法国首脳部の皆を逃がしに行きな──急げ、30秒もやれんぞ!」

 

 この日、三度目のツアーの炎。

 大熱波が法国北部を完全に蹂躙する。

 さしもの番外席次とはいえ、竜王の息吹を涼風のごとく受け流すことは難しい。あらゆる攻撃の手を封じる時間ぐらいは、稼げる。

 

「ところでツアー、撤退場所は?」

「……とりあえず魔導王の陣営を頼ろう。法国には、折を見て協力を要請する」

「そうじゃな──わかった」

 

 こうなっては法国も魔導国もないが、アインズの戦闘力──彼がプレイヤーかどうかくらいの確認はしておきたい。

 ツアーとリグリットは、魔導王の手を引く闇妖精の少年少女を追い、真紅の吸血鬼──どこかで見たことがある気がする槍の使い手が殿軍(しんがり)を終えるのを眺めつつ、巨大な白竜は友を掌の上にのせて、戦場を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※注意※
 アインズの〈災厄の黒き刃(ブラック・ブレード・オブ・ディザスター)〉はD&D参考の魔法です。また、ツアーとリグリットの戦闘スタイルも空想の域を出ません。ご注意ください。
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