オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

22 / 38
占星千里

/Astrology thousand miles

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 こうなることは分かっていた。

 こうなると分かりきっていた。

 

 いま法国の青空を、魔導国の真紅の国旗がたなびき、伝説のアンデッドによる黒い行軍が、神の白き都を満たしつくしている。その惨状に人血が一滴も流されていないことは不幸中の幸い、というべきなのかどうか、正直わからない。

 

 私、漆黒聖典・第七席次こと「占星千里」は、その正確無比な占星術と遠見の魔法の超人的な精度によって、この地位につけられた。私程度の魔法詠唱者はごまんといるのに、私が読む「未来」の的中率は、異常なまでに高かったことで、空いていた第七席次の位置に就いたのだ。

 そこまではよかった。

 この能力のおかげで法国の要職に就けたことは(ほまれ)であり、まごうことなき英雄クラスの待遇が約束された。

 任務以外は多額の報酬で贅沢三昧。法国神都の甘味処(かんみどころ)全制覇(ぜんせいは)を成し遂げた時は、満足感で「いつ死んでもいい」とさえ思えた。

 

 けれど、そのあとが最悪も最悪だった。

 

 一年以上前の“占い”──彼女自身は知らされていなかったが、世界の揺り返しなる事象を危惧していた神官長らの命令で、“法国に敵しうるものはいるか”という問いかけをうけた。そんなものがいるものだろうかと思ったのも束の間、「もうとにかくヤバい奴が来る」という結果が見えた。

 どうヤバくて、どんなにヤバいのかまでは伝えようがなかったけど、とにかく“破滅”級の災いが起こることが見えたことを、かろうじて伝えた。

 その結果を聞いた法国の首脳部──我が上司たる神官長──たちは、おそらく「破滅の竜王」級の敵が出現したと判断して、それを支配下におくべく、傾城傾国を持ち出した。

 けれど、その結果は見事に大失敗。

 とにかくヤバい奴の一撃で、聖典メンバーとカイレのおばあさんが死に、捕縛を試したメンバーも殺される結果に終わった。あんなバケモノ吸血鬼は放置一択とした首脳部の判断は、正しかった。

 その吸血鬼を殺ったという“漆黒の英雄”モモンとやらについて、私は何も見えなかったと報告した。おそらく、奴が持っていた第八位階を封じたとか吹聴していた水晶(クリスタル)、それに類するだけの防諜の魔法アイテムがあり、モモンの情報を読めなくしているのだろうと、結論された。まぁ実際は、私が見るのを躊躇って──恐怖して──「見えなかった」ことにしただけで、私は遠見でモモンを覗くことすらしなかった。完全な職務放棄の始まりである(実際、占星千里も知らないが、モモン状態での監視対策は万端にととのえられており、彼女がモモンを監視していたら、間違いなく壮絶な被害が漆黒聖典と法国首脳部にもたらされたことだろう)。

 

 そうして、のらりくらりと日々を立ちまわっているうちに、超級にやばい仕事が舞い込んだ。

 

 《 王国と帝国の間で起こる、カッツェ平野の戦争を監視せよ 》

 

 だが、実際に起こったのは戦争ではない。

 あれは、ただの虐殺であり、蹂躙であり、冒涜であった。

 

 あの日。

 王国と帝国の戦争を覗き見する任務の時に、私は“死の魔軍”を見た。伝説に謳われる“死の騎士”、沈黙都市を壊滅させた“魂喰らい”による100体を超えた騎行を。

 そして、その戦争の結末、終局、終焉、すべて。

 帝国は、魔導王は、一つの魔法で数万の命を奪い、五体の化け物モンスターを召喚し、それを王国軍にぶつけた。

 王国軍は壊滅し、後に残った魔導国軍も無傷という大完勝。「喝采せよ」と命じるアンデッドの声が、聴覚の底に根を張って離れてくれない。

 私は、もうそれ以上先の未来を読むことは嫌になっていた。あんなアンデッドが諸国に振りまくものは、災厄と滅亡の嵐に決まっているから。

 

 唯一、魔導王の戦いについては任務内容であったために、話した──話せる余地がまだあった。

 

 しかし、それ以上のことは……………………言えなかった。

 

 私は好奇心に敗けて、「法国の未来」を占った。

 そこでは、法国が「敗ける未来」しかなかった。

 何度繰り返し占っても、結論は決まりきってた。

 

 その絶望を目にして以来、私は、固く自室の鍵を閉ざし、鎖で縛り上げ、誰の侵入も許さなかった。「何を見たのか」を話すことも拒み続けた。

 なにしろ、自国の滅びを見てしまったのだ。

 誰に、どう弁明したところで「ありえない」「馬鹿げている」と恫喝され否定されるだけ。無駄な抵抗というより、狂人の戯言(たわごと)に堕するものである。

 幸い、そうして引き籠った私でも、首脳部は優遇し続けた──神官らに命じ、自室に食事を届けさせ、最低限の生活を送らせてくれた。

 だが。

 占星千里が事前に“見た”通り、東都は蹂躙され、北都は焼滅し、神都にいたっては、いまご覧の通り。残された西都と南都の住人も、まもなく魔導国の隷奴(れいど)に落ちるだろう。

 祈りは通じなかった。

 自分の見たものが、間違いであってくれと願ってやまなかったが、未来は彼女の見たままを裏切らなかった。

 

「……どうすればいいんだろう……」

 

 枕を抱いて考える。

 未来は変わらなかった。

 変える努力を放棄した自分が言ってもあれだが──この運命は、絶対的すぎた。

 どこをどう捻じ曲げても未来は変わらず、法国の未来は破綻的結末を迎えるだけ。

 どうやっても法国は滅び、聖典は(つい)え、魔導国の蹂躙を受けるのだ。北と東が潰れるのが先か、南と西が消えるのが先か、その程度の違いしかあるまい。

 

「お腹すいた……」

 

 こんな時だというのに腹は()くもの。

 いっそ餓死して、この未来を変えられなかった責任を取るべきではとも思うのだが、見た目通り若い女子高生風の占星千里は、まだ死にたくなどなかった。

 法国を抜け出して、どこぞに落ちのびるべきだろう……でも、どこへ?

 瓦解寸前の王国?

 魔導国の属国領?

 それとも、南の先にある浮遊城?

 極東の果てにあると聞く、白金の竜王の勢力圏──までは、行ける気が到底しない。

 どれも解決案・打開策としては下の下であるが、このまま神殿に留まることも危険だ。

 光の神官長は、魔導国に降ることが最善の道と説いたが、果たして本当にそうなのか────駄目だ。未来を見るのが怖すぎて、ベッドの中でうずくまるしかない。

 

「……八方ふさがりじゃん……」

 

 占星千里は悩んだ末に、自室からの脱走を敢行した。

 ごく近未来の像を見ることで、衛兵の巡回や神官らの右往左往する様子を観察し、脱出ルートを構築。

 狙い目は私の配給・食事を運んできた直後。私はそれを数分で平らげ、廊下の隅に置いて、行動を開始する。

 ずっと引き籠っていた私が外にいるのがバレれば、確実に目立つだろう。首脳部にも、あれこれ根掘り葉掘り問いただされるに違いない。

 うん。それだけはごめんだね。

 

(衛兵が行った──十秒後、次の角を左──その次は休憩室に二分隠れる──神官団の死角をつくように移動──神殿の裏口に!)

 

 回り込んだ。

 法国での自分の立場はなくなろうが、知ったことか。命あってのなんとやらである。

 

(よし、見た通り、ここはやっぱり手薄!)

 

 魔導国への対応で、警備には穴が開いていた。占星千里はうまいこと大神殿裏口から脱出し果せようとして、

 

「…………え?」

 

 手が止まる。

 ごく近未来しか読んでいなかった占星千里は、その未来を予期することが出来なかった。

 彼女の脳内は一瞬にしてパニック状態に陥り、フリーズする。

 何故、何が、どうして、どうなって────こんな未来が???

 裏口の扉が──外から開けることは不可能な封印がされたはずの扉が──開く。

 

「失礼するよ」

「……ぴぇ?」

 

 占星千里は間抜けな鳴き声でさえずるしかなかった。

 裏口から現れたのは、見事な竜鱗鎧(スケイルメイル)の白銀──もとい“白金の竜王”ツァインドルクス=ヴァイシオンと、

 

「あ、ああ、ま、魔導、王──?」

 

 陛下と呼ぶべきだったろうか──

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王、そのひとであった……

 はずだった。

 

「はぁ──」

 

 盛大に肩を落とす骸骨は、占星千里の両目を睨むのをやめ、優しく諭すような声で言った。

 

「違う」

「え、だ、だって」

「私はサトル──鈴木・悟だ」

 

 その低声を受けとった占星千里は、

 

「…………」

 

 何も言えはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

「リグリットから教わった裏口があってね。聖域とやらのある大神殿に乗り込むには、そこを使うといい。〈認識阻害〉の指輪も、二人分あることだしね」

「へえ……」

 

 気のない返事の鈴木悟ことモモンガ──元アインズ・ウール・ゴウン魔導王に対し、ツアーは笑いながら応対。

 竜の背中で飛行中、白銀に四武器を浮遊させる竜鱗鎧(スケイルメイル)を通して、二人は飲めない茶をたてて(いこ)いでいた。

 

「とりあえず。ナザリックとやらの監視がなさそうなところと言えば、現在占領地下の法国だろう。ナザリックの者は、君の“本当”の素性(すじょう)動向(どうこう)は知らないだろうが、まさか法国内部、それも大神殿に逃げ込むとも思うまい。近隣諸国の中で、親しいと思われる人物あたりを探るはずだ」

「……まぁ、確かに……」

 

 最初は勢いに任せて、属国のジルクニフや、王国で密約を交わしたザナック、最近なかば降伏状態の竜王国の女王や、ドワーフ鉱山で働くゴンドあたりに話を聞いてもらいに行こうかとさえ思った。が、ツァインドルクス=ヴァイシオン……ツアーとの共闘関係を維持したままであることを、(はな)から失念してしまっていた。これほど王の悩みに適した存在は、RPGには存在すまい。

 

(いや、俺はもう王じゃない)

 

 RPGの支配者なんて、最初から無理難題にすぎたのだ。

 魔導王など、もう、やめだ。

 ナザリック地下大墳墓の最高支配者という地位さえ捨てた、今の自分は、ただのモモンガ──否──ユグドラシルプレイヤー・鈴木悟でしかない。

 ツアーは鎧越しに鈴木悟と話す。

 

「サトル君」鈴木悟のままでは長すぎるからと教えた名前の方をツアーは呼んだ。「君が魔導王を続けようがやめようが、それは僕の知ったことではない」

 

 いきなり核心を突く一言。

 この地に何百年と生きるドラゴンの王“白金の竜王”は、とにかく現状における共通の敵を確認する。

 

「問題なのは、我々が共に対峙したあの黒白の少女は、ワールドエネミー、かもしれないということだ」

「ワールドエネミー……」

 

 ぼやくような口調のサトルにツアーの鎧は頷く。

 そして語った。200年前に封じた強敵の中の狂敵、災厄にして最悪なる存在……ワールドエネミー。名は「四凶」の“饕餮(とうてつ)”。

 

「詳細は省くが、リーダーの世界級(ワールド)アイテム“ダヴはオリーブの葉を運ぶ”によって、奴の存在は封殺することには成功した。だが、完全に破壊することもできなかった」

「それは何故?」

「リーダーには、彼女を殺すことができなかったからだ」

 

 饕餮と融合した彼女を、リーダーは確かに殺した。だが、世界級(ワールド)アイテムでとどめを刺す……その直前に、彼は全身全霊を使っての自殺を遂げた。

 

「おかげで神竜……饕餮の活動は抑止できたが、今度はこちらが手詰まりとなってね。対ワールドエネミーに特化したリーダーの世界級(ワールド)アイテムではあったが、その使用中の死によって、生きているのか死んでいるのか判然としない……特殊な「封印」状態に据え置かれたんだ」

「ふむ。生きているのか死んでいるのかわからない」

 

 シュレディンガーさんちの猫、だったか? 友人から聞いたことのある言葉を心の中で反芻(はんすう)するサトル。

 

「とにかく。その状態にもっていけたことで、饕餮は活動不能にまで機能を停滞させ、それを僕の作ったレイザーエッジで分解した」

「え」

「ただ、僕の道具作成スキルは、父や兄姉たちと較べて惰弱に過ぎる。造ったレイザーエッジはとりあえず解体程度には使えたが、奴の心臓や核を破壊するほどの威力は出せなかった……まったく慙愧に堪えんよ」

「ちょっと待て。あれを作ったのはツアーだったのか」

「あれ?」ツアーは数瞬を思考に埋めた。「ああ、王国にある奴か! あれは友好の徴として、前国王の時に送ったレプリカのうちのひとつだ」

「そうか、そういうことだったのか」

 

 首を傾げる鎧を無視して、サトルは考えをまとめる。

 ユグドラシルの法則を超えた武器──その製造者は“竜王”……そして、竜王のみに扱える始原の魔法(ワイルド・マジック)の存在。

 すべての点が繋がれたような爽快感があった。

 

「だからユグドラシルの法則を超えた力を──うん? だが、ユグドラシルの力を超えられるのなら、ワールドエネミーだって、ユグドラシルの存在に変わりないのでは」

「そこが、世界級(ワールド)クラスの厄介さだね」

 

 鎧のツアーは白銀の指を一本立てた。

 

「ユグドラシルでも200しか存在しない世界級(ワールド)アイテム、9人いるワールドチャンピオン、魔法職のワールドガーディアン、そして、世界の敵(ワールドエネミー)──これらは、竜王である僕らをも凌ぐ力を有している」

 

 正直に情報を述べ立てる白金の竜王。

 

「僕らはこれを「世界の守り」と称している。だが、この力は本来、この世界にあってはならない存在(チカラ)だ。そこで、我が父の竜帝が中心となって、盟約が結ばれた──世界を護る盟約が」

 

 その内容は、世界を汚そうとする力を抑止すること。

 たとえば、発見された世界級(ワールド)アイテムの数量を確認し、それを厳正に管理すること。この盟約は、評議国のほかに竜王国と法国、そしてツアーの仲間たちの子孫が生きている大陸中央や、八欲王(しゅじん)を喪ったエリュエンティウなどで批准されている。

 だが、

 

「法国は盟約を破った……破っていた……あんなバケモノを育て上げ、人類の守護者などと僭称させるとは」

 

 唾棄するような口調のツアーに、サトルも黒白の少女の戦闘力を思い出す。

 Lv.100の自分が一撃で打ちのめされた──ユグドラシルでも、あれほど一方的な攻撃を受けた記憶は、サトルにはなかった。

 ツアーは盟約の説明を続ける。

 

「ワールドエネミーの征伐も、そのうちに組み込まれている。とくに連中は、物事の交渉というものが成り立たない存在であることが多く、その上、攻略法を知らぬこちらの住人では手のつけようのない大災害となって襲い掛かるからだ」

「……なるほど」

慈母(マザー)などは、あの力を、世界に匹敵する(チカラ)を大いに利用・使うべきだと信仰し、前破滅の竜王らの専横を許したことで、200年前はひどいことになった。だが、僕はあのような事態は二度と御免だ。父の尻拭いもいいところだが、こればかりは仕方ない」

「うん、おおよその理解はできた」

 

 サトルは答えた。

 そのうえで、

 

「俺が持っている世界級(ワールド)アイテムを奪い取る、または封印するという意志は?」

「それは“ありえない”」

 

 竜王は翼を羽ばたかせて明言した。

 

「世界の盟約によって、アイテムの保有権は個々人に保証されている。もっとも、君以外の者が、君の世界級(ワールド)アイテムを使って悪事を働く場合などが発生した場合は、話は別だ。君が管理できないのであれば、我が宝物庫に、エリュエンティウの守護者たちに預けることになる」

「なるほど。それと、もう一つ」

「どうぞ?」

「ナザリックに存在する世界級(ワールド)アイテム──俺のを除いた10個は、どういう扱いを?」

「基本は個人所有の場合と変わりないよ。アイテムの中には、拠点運営や拠点防衛に必須な能力を──、え……10個?」

 

 そう10個だ。

 アインズの腹に装備されたそれ以外のアイテム──諸王の玉座、熱素石(カロリックストーン)、ヒュギエイアの杯、山河社稷図、幾億の刃、強欲と無欲、アルベドが破棄した“真なる無(ギンヌンガガプ)”、桜花聖域の領域守護者が持っていた(今はシャルティアが預かっている)「一つ」、そして二十のうちの「二つ」──総計10個。

 

「どうした?」

「…………」

 

 呆然とする鎧は頭を振った。

 さすがのツアーも、10個の世界級(ワールド)アイテムを保有するギルドなど、他に例を見ないのだろう。「リーダーからそんな話は聞いたこと、あったかな?」と記憶を探る。

 彼はしばらく腕を組んで考え込み、

 

「やはりここは“盟約に従おう”──ナザリック地下大墳墓の世界級(ワールド)アイテムは、そのまま安置されるということで。うちの評議員たち、各竜王にも話は通しておくよ」

 

 寛大さを見せた白金の竜王。

 サトルはもう関係ない拠点ではあるが、ナザリックが無事に守られたことに安堵した──場合によっては、奪い合いになっていたかもしれないと思うと、無い肝が冷えあがる。

 

(そうなっていたら、俺は)

 

 ナザリックを護ろうと思えたのだろうか──そんな不吉すぎる思索が空洞の頭蓋内をよぎった。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 そして、現在。

 竜王の存在を〈認識阻害〉の魔法で隠しつつ、二人は法国の大神殿──その裏口に立っている。

 神殿の裏口で腰を抜かした少女は、女子高生風の身なりで、サトルの顔に瞠目(どうもく)している。おそらくは。彼女の魔法能力や特殊技術(スキル)による看破能力が強すぎるせいで、こちらの〈阻害〉を透過させてしまったようだ。

 そして、腰を抜かすのも当然。

 この顔は多くの者にとって死の象徴であり、不吉の代名詞──アインズ・ウール・ゴウン魔導王そのものなのだから。

 

「いや、絶対完全に、モロに魔導王の陛下じゃん?」

 

 しかし、サトルは重ねて訂正を求めねばならない。

 

「ち・が・う!」

「……うえー?」

 

 あらゆる死を覚悟して腰を抜かしたままの占星千里(女子高生)に対し、魔導王ではない骸骨の魔法詠唱者は、告げる。

 

「私の名は、スズキサトルだ。アインズ・ウール・ゴウン魔導王では、断じて、ない。長ければサトルと呼んで構わん」

「は、……はぁ」

 

 ようやく納得を取り付けたところで、ツアーが女性に対し命令──もとい、お願いする。

 

「それじゃあ、気を取り直したところで。僕らが見えている君、ちょっと聖域まで案内しておくれよ

「聖域って──まさか、あの御方のいる?」

 

 鎧が頷くのを見て、占星千里は「無理無理無理無理!」と首と手を同時に振り続けた。

 

「あ、あそこは──あそこだけは本当にダメで」

「いいじゃないか、案内くらいしておやり。お嬢ちゃん」

 

 その声の主はツアーでもサトルでもない。

 告げた老婆の声に、占星千里は振り返って驚き、ツアーは懐かし気に、サトルは初対面の人間に対する反応を、それぞれ示す。

 

「やあ、リグリット。約束通り、連れてきたけど?」

「ふふ。よく来たのう、ツアー、魔導──いやサトルとやらを連れて。ルーファウスも、自分と近い上位種族が近くにいれば、少しはまともに動けるかもしれんじゃろうて?」

「? ルーファ? なに?」

「あんたの醸し出す強壮な『負のオーラ』は、あいつにとっては良い影響を与えるはずじゃ。おおっと挨拶が遅れたなサトルとやら。儂の名はリグリット、よろしく」

「はあ……」

「あ、え、おばあさん、あなた──ルーファウス様のこと、し、知って?」

「案内してやれ、第七席次・占星千里」

 

 そう告げた若者の声に全員の視線が集中する。

 

「今は火急の時であり、こちらのご隠居様──リグリット殿は我々の大先輩であらせられる。命令には従いなさい」

「儂は命令じゃのうて、お願いしとるだけだぞ?」

「ええ、ええ。わかっておりますとも」

「た、……隊長くん」

「ようやく部屋を出られたのだな。息災そうで何よりだ、占星千里」

 

 頷き、同輩の無事を確認できた第一席次は、責めはしなかった。占星千里が恐慌に閉じこもったこと、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の情報以外の「未来」について語らなかったことの責を一切問わなかった。

 占星千里は大粒の涙を流しつつ、一行の案内を務めることに相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。