オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~ 作:空想病
あるいは、スルシャーナ・第一の従者
※注意※
書籍14巻で「ルフス」だが「ルーファス」だかの御方の情報で法国の漆黒聖典の皆を揺さぶっていたアズス・アインドラ氏────ですが、本作では「ルーファウス」様という「闇の神の第一の従者」という設定で通しております。あしからず。
ちなみに、ルーファウスは『ルーファス (Rufus) 、英語圏の男性名。ラテン語で「赤」を意味するルフス (rufus) の英語読み』の変形であり、某「
“彼女”の情報については、『天使の澱』最終回前や『フォーサイト』で少しだけ触れてます。
※注意※
また、ルベドの設定については『天使の澱』第八章で語られております。
/Rufus
・
魔導国と法国の国境地──その戦闘痕が生々しく残る戦場跡の、地下数百メートル。
そこをまるでピクニック気分で歩く、
彼女は確かに白金の竜王たるツァインドルクス=ヴァイシオン──ツアーの炎を浴びて吹き飛ばされたはずだが、まったくの無傷。その声も、常の様子のそれであった。
「やっほー、生きてる?」
地割れの底で、恋焦がれる男の名をぶつぶつ虚ろにつぶやきながら、何もない無空を眺める女悪魔を、黒白の少女──番外席次が呼びかけた。
「随分と深く閉じ込められたじゃない?」
アルベドがようやく、番外の方へ視線だけを転じた。黒白の少女は続けて感想を述べる。
「ナザリックの
「……マーレの魔法だもの。彼は、ナザリック地下大墳墓の第六階層“ジャングル”の階層守護者。これぐらいの地殻変動は、出来て当然のことよ」
「なるほどね~、って彼? え? 彼女じゃなくて?」
言われた内容に疑問符を浮かべる番外席次。
が、強者に位置づけてもいい
実際、彼が臣従しているアインズですら、一発でノックダウン寸前だったのだ。彼の部下であるマーレの身体能力など、番外の足元にも及ぶまい。
彼の姉たるアウラと共に、せいぜいデザート程度にはなるだろうかと、番外は本気で考える。
「まぁ、それは置いておくとして」
問題は目の前の女悪魔だ。
「モモンガ様……どうしてわかっていただけないのですか? 私はこんなにも、こんなにも、御身のことを思って、……想い焦がれて」
黒髪に純白のドレスを纏う悪魔の失恋に、黒白の少女は肩をすくめた。
「なあにをしょぼくれてんのよ、一回ぐらいアインズ様とやらから拒絶されたくらいで」
刹那、アルベドは番外席次の首にバルディッシュを突き付けた。
彼女の髪の毛が数本ハラリと風に流れる。
「アインズ様じゃないわ。彼は、モモンガ様……モモンガ様なのよ、いいわね?」
「わかってるってそれぐらい」
彼女は言いながら、戦斧の刃先を指先で下げさせる。女悪魔は納得し、武器を納めはしたが、やはりモモンガの拒絶とシャルティア達の妨害は、猛省すべき要素が多すぎたと、作戦プランを早急に練り直す。
そんな彼女の真剣そのものという様子に、一人で爆笑しそうな衝動を抑え込みつつ、番外席次はアルベドの抱える“矛盾”を思う。
彼女の設定……強烈な記憶……最も大事な事柄は、『モモンガを愛している。』だ。
だが、果たして。
そのモモンガ様とやらが、
彼女は何を思い、どのような暴挙に打って出てくれるのか──
(いやぁ、楽しませてくれるわ。このバカ悪魔は)
番外席次は、自分が半支配下においた……自律した意識を保ちつつ、自我の求める衝動に身を任せるままにさせた暴走状態のアルベドを、壊れる手前のオモチャ同然に
「ま、何はともあれ」
「ええ」
お互いがお互いを
二人が目指すのはカッツェ平野を超えた先。カルネ領域に囲われた平原の、さらに奥深く──
魔導国の枢軸たる魔導王が居を構え、幾千幾万のシモベ共が
「またしくじるのはごめんだよ?」
「次は本気でやるわ……それにナザリック全軍相手であれば──ルベドの使用も辞さない」
使えばモモンガの身にも危険が及んだかもしれぬと使用を断念したことが敗因であり失敗の大元であったと、女悪魔は分析。
次は容赦なく狩るつもりだと宣言するかのように、彼女はルベドを“起動”。
八個の赤い立方体が、ひとつの“像”を描き出す。
ふと、アルベドは
──
それはこういうことだったのだなと納得するアルベド。
彼女たちの前に現れたのは、赤いドレスに長い赤髪、瞳の色も真紅に染まり、その長手袋やピンヒールに至るまで赫く塗られた少女。
アルベドとよく似た、しかし少女体の姿をしたそれは、“神人合一”のシステム……
完全と不完全を融合させた、錬金術の最終過程にして最終段階──神と人の合わせ姿──ナザリック最強の“個”と称されし存在。
彼女はシステム上「自我」を持たず、指揮権を
「いいね~、ますますアンタらのこと気に入ったよ」
番外席次は凶悪な笑みを浮かべ、アルベドの本気度を確認する。
──ふと下腹部の疼きを覚える番外席次は、内心で語りかける。
(大丈夫だよ──“母さん”)
黒白の少女は己の本能と欲望が命じるまま──“母さん”と呼ぶべき存在が己の内で求めるまま、敵を喰らい続けていくことを約束する。
下腹部をそれとなくさする番外。
きっと自分は、母を復活させる
自分という最高の母体から生まれるのは、“世界の敵”と評すべきモノ──暴虐と冒涜を全世界に撒き散らすだろうが、そんなこと知ったことではない。
何故なら、“母”は生誕を、誕生を望んでいる。
これ以上の理由など、他にいるだろうか?
(もう少し待ってね、母さん。もっと強い奴等なら、あそこには確かにいるはずだから)
噂に聞く階層守護者どもは期待薄だが、それぞれに装備されている
……彼女たちは
・
ナザリック地下大墳墓とは反対方向──法国の神都、その大神殿にて。
漆黒聖典・第七席次「占星千里」の先導を享けつつ、アインズもといサトルは、ツアーやリグリットらと親交を温める。
「それにしても、見事なアンデッドぶりじゃな。サトルとやら」
「まぁ。これでも
「オーバーロード? おお、ルーファウスから話は聞いておった」
「ルーファウス?」
「あ奴がアンデッドとなったのは550年前頃じゃったが、まだ自我を保つ余裕はあった。じゃが、本格的に活動できるようになったのは、
「ふーん……なぁ、さっきから、そのルーファウスって誰のことを言って」
「ぶぶ、無礼ですよ!」
占星千里が思わず声を荒げて振り返っていた。
アンデッドと老婆──二人の視線……あるいは死線を受けて、半瞬もせずに女子高生風の身体を縮こまらせたが、「ぶ、無礼なんですよ」と弱弱しい小動物のごとく言い募る。
リグリットは笑った。
「そうじゃったな。儂としては220年の友人。ついついあれが闇の神スルシャーナの第一の従者──漆黒聖典の最頂点に位置することを失念してしまうわい」
「220年」
「200年前は、まだ自我を抑制できておったが、100年前からはほぼ動けんくなってのう──
あっけらかんと告げられた言の葉に、第一席次と第七席次は瞠目を禁じ得ない。サトルもまたリグリットの言う200年というご長寿に、あつい興味をひかれた。
「なに。パラダインの坊がやってることと、基本的なことは変わらんさ。どちらかといえば、向こうが私のまねをした、というべきなのかねえ?」
「パラダインの坊」
「もっとも、私自身わが師である暗黒邪道師・エメト殿からの教えで、これだけの永き生を謳歌させてもらっとるだけじゃが?」
帝国最強の魔法使いを「坊や」扱いしてしまうリグリット……元・法国の最高神官長であり、旧・漆黒聖典・第二席次であり、十三英雄の一人たる「死者使い」である彼女は、ツアーの方へ水を向ける。
「ところで、ツアーよ。本当に良いのじゃろうな、おまえさんがここへ……法国の大神殿に侵入なんぞして」
ツアーの身分と立場を慮っての発現であったが、ツアーはそれを一笑に付す。
「呼び寄せてきたのはそちらだろう? 第一、国際問題にしようにも、ここにいる僕は“空っぽの鎧”でしかない。本体は法国国境地外においてきたから、不法侵入には当たらない──だろう?」
「かかかか! あいかわらず口達者な竜じゃよ、おぬしは」
まるで少女のように呵々大笑する老婆──年相応ではないというよりも、彼女は今も少女のような心意気でここにいるのだろう。
なみの人間では不可能な精神構造の
そんな老婆に対し、ツアーは応年と変わらぬ調子で疑義を述べ立てる。
「しかし、ふむ、
「そこはわからんよ。儂の師である暗黒邪道師にもっと教えを乞うておくべきじゃったかのう」
「待って、ちょっと待て」
与えられる情報量に、サトルの存在しない脳がパンクしかける。
「ツアーは八欲王を知っているのか?」
「ああ、いや、知っているというかなんというか」
「ふふん。こやつの数少ない汚点じゃよ、サトル。ことが終わった後でゆっくりと語ってやるとしよう」
「そうはさせないぞ、リグリット。話すときは、せめて僕の口から話す!」
「はいはい」
二人の姿を見て、サトルは懐かしい思いに駆られた。
そう。
サトルにも、こういう風にからかい合った友がいた。
だが、今のサトルはどうだ。
たった一人……自分一人……そう思いかける中で、
(そうだ)
思い出した。
ナザリックの守護者たちを。
シャルティアとアウラがいがみ合い、マーレがおどおどと仲裁を試み、デミウルゴスとセバスが舌戦を繰り広げ、コキュートスが……
(いやいや、思い出すな)
胸の底を温めかけた思い出を、サトルは一瞬でシャットアウトする。
もう、彼らのことなど、知らない。
自分はナザリックを捨てた……棄てたのだ、サトルは。
「こ、この大階段を、のぼりきったところが大聖堂、聖域となります……」
第七席次は緊張した声で階段を指し示した。
「案内ご苦労」という第一席次やリグリットらの声を受けて、思わずその場にへたり込む女子高生風の少女。
「も、もう歩けにゃい」
「彼女は私が」介抱の名乗りを上げる青年・第一席次に対し、三人は頷いて後を託した。
コツリコツリと段を刻むリグリットとツアー、そしてサトル。
神殿の最上層に位置するそこに彼らはたどりついた。
「ここが?」
「ああ……」
リグリットは頷き、その
「スルシャーナ第一の従者──サラ・ルーファウス・……と、これ以上言うのは死の神への冒涜行為にあたるわい。とにかく彼女のいる聖域は」立ち止ったリグリットはひとつの夜色の扉を開いた。「ここじゃ」
あれほどの戦闘をこなすリグリットでも重い扉を開けると、濃い闇の瘴気──のようなものは吹き出てこない。
代わりに、アンデッドの動きを抑止する香が廊下の窓の外へ。
「……おおお……」
一瞬だけ身がまえたサトルは感嘆の声をあげた。
中にあったものは大聖堂。
そして、サトルが思わず声をあげるほど荘厳な“夜”があった。
そこは闇の聖堂というべき場。建材も天井も、壁や柱、信徒席やシャンデリアにいたるまですべてが、夜色にそまって、極小の星に煌いている。
まるでギルド拠点の内装のようだという感想を、サトルは何とか
奥の席に人影というか、
「ルーファウス」
リグリットは呼びかけた。
奥のパイプオルガン席に座る、一体のアンデッドへ向かって──しかし応答はない。
「サトルよ。そなたのオーラ系スキルとやらを最大にしてみてくれ」
「え、だが」
「大事ない。この聖域は外部とは完全に隔絶されておる。影響は出ん」
そこまで言われ頼まれれば、断ることなど難しい。リグリットやツアーが、この程度のことに影響を受けるとも思えない。
オーラと言えば、確か、クストが言っていた。
『沈黙都市にいた
それが関係しているかどうかまでは判然としないが、とにかくサトルは、リグリットの願いを順守する。
「スキル:絶望のオーラ──
アンデッド固有の、漆黒のオーラが、聖域内の浄化された空気を汚染していくのがわかる。
なるほど、あそこにいるアンデッドは、この神聖な空気の中に自分を封じ込めるつもりで閉じこもっていたわけだ。
しかし、それをサトルのオーラが粉微塵になるまで破壊した。
様子を窺う三人。
彼らの見ていた漆黒の影──その後ろ姿がゆっくりと、顔をあげる。
そして、
ドォ────ン
ゴォ────ン
というパイプオルガンの音色が響き渡る。そして緻密な旋律が、闇色の手で押された鍵盤から奏でられる。
オルガンの弾き手が久方ぶりの目覚めで興が乗ったように紡がれる聖歌は、サトルには聞き覚えがあった。
「イベントNo.09 ワールドエネミー・九曜喰らい、の?」
戦闘用BGMだった。
そのパイプオルガンアレンジというべきだろう。
幾多もの音階音層音質が複雑に混淆しつつ、ひとつの交響楽を生み出していた。
人間技では不可能な超絶技巧を、
淀みなく押し込まれ踏み込まれていく手足の鍵盤群。パイプの音階を調節するための微細な作業も見事すぎた。
それを、たった一人で。
……最後に、物悲しい旋律を刻んだ演奏会は、幕を閉じた。
そうして、ようやく満足を得た奏者席──席の端に座っていた『影』が、立ち上がる。
「ふぁあああああ……」
まるで、永い眠りから覚めたような女性のあくびが、聖域内に響く。肩をぐりぐり回し、実体のない体の疲れをほぐそうとしている。その身に骨と関節があればバキバキ音色をあげたに違いない。階段をのぼってきた第一席次や第七席次が、感動に身を震わせ、目頭を押さえてすらいた。
そして、スルシャーナ第一の従者──アンデッドは振り返る。
「あ。あら、まぁやだ、お客さまかしら?」
驚愕に肩をびくつかせる女性の挙措。
しかし、その面貌は純黒。
眼球も鼻梁も耳朶も口唇も存在しない黒き相貌に、漆黒のヴェールを被った