オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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短いけど、重要な話


守護者(シモベ)たちの覚悟

/Resolution of defence persons

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓・第九階層の“バー・ナザリック”。

 飲み干され、テーブルに叩きつけられるショットグラスの音が盛大に響く。

 

「ふぃ~……」

 

 酒精を嗜むには幼さの残る階層守護者に対し、警告を促す声が降り注ぐ。

 

「アウラ様、それ以上は〈毒消し(ポイズン・キャンセル)〉の魔法でも」

「ああん?」

 

 第六階層守護者の片割れは、小さな一口(ひとくち)サイズのショットグラスを積み上げつつ、ドスのきいた一喝を浴びせる。

 闇妖精の階層守護者は、彼の気遣いを無にした。

 

「いいから、次のニヴルヘイム産ヴォトカを持ってこい! 追加で20個! レモンも忘れ()に!」

「──かしこまりました」

 

 呂律(ろれつ)のまわっていない注文ながら、副料理長の茸生物(マイコニド)は丁重にオーダーを受諾(じゅだく)

 アウラの肢体は幼年のそれであるが、すでに76歳から77歳へと歳を重ねている。何より、このナザリックを守護する仲間であり、地位としては最高位に近い階層守護者だ。副料理長ごときが差し出口をし続けられる相手ではない。いくら地位など飾りであり、同等の位置にあるシモベ同士と言えど、「客人」への礼節はわきまえねば。それが副料理長の考えである。

 

「……くそまずい」

 

 酒精など(たしな)まないアウラだが、酔わねばやってられないのが現状だ。

 アウラは毒耐性の装備を外しているが、ショットグラスに注がれる強力な酒精にも、それなりに耐性を備えていた。つまりは、闇妖精(ダークエルフ)が故の毒耐性である。

 

「ううん……おねえちゃん、のみすぎだよぉ……ぐぅぅ……」

 

 だが、弟のマーレが真正面席で盛大にテーブルの上に突っ伏し、潰れているように、彼女たちにも限度はあるのだ。アウラはその許容量に挑戦するかのように、空になって逆さに積んだショットグラスの山を落ち着いた照明の下で透明に煌く積木のごとく積み上げていく。あまり上品なバーの楽しい方ではないが、本人は知ったこっちゃないと言わんばかりに、新たなグラスを仰いだ。ふと、弟の唇から寂しげな涙声が紡がれる。

 

「ひっく…………ぼくたち、ぐす、どうすればいいの…………おねえちゃん」

「…………、…………そんなの…………そんなの、知るか」

「……うう……アインズさまぁぁ……」

 

 アウラは再びグラスをガンっと積み上げた。 

 そして。

 今日この日に限って、バーナザリックの客人は、彼女たちだけではない。

 

「……」

「……」

「……」

 

 カウンター席で並んでビールジョッキ(樽サイズ)を空にしているコキュートスとデミウルゴス、そしてセバスが、沈鬱な表情で考えごとに耽っていた。

 彼らの考えること……憂慮すべき事柄は、ひとつだけ。

 

 ──このナザリックに最後まで残っていた至高の御身、最高支配者であるギルド長、アインズ・ウール・ゴウン魔導王、モモンガを失ったこと。

 

 彼らにとっては、仕えるべき最後の主君に捨て置かれたような状況だ。

 誰もが迷い、戸惑い、自己憐憫と自己嫌悪のはざまを行ったり来たりしている。

 あのとき、ああしておけば──

 このとき、こうしておけば──

 そのとき、そうしておけば──

 数え上げればきりがない。

 特に、デミウルゴスあたりは深刻だ。

 彼ほどナザリックの政務と軍務の両輪にたずさわり、アインズの、いやさモモンガの裁断を仰ぎ、その見事な差配ぶりに舌を巻いて称揚し続けてきたが、その表情の苦吟(くぎん)ぶりは、これまでの比ではない。彼は額を抑え、自己の不孝ぶりに嘆息する。

 

「ウルベルト様に託されておきながら……私は、アインズ様を追いつめただけやもしれません」

「デミウルゴス様」

「私が、もっとアインズ様の能力に疑問を持っていれば」

「ソノヨウナ不敬ヲ働ケルオマエデハナイ」

 

 セバスが嘆くように首を振り、コキュートスが極寒の腕で僚友の憤怒に燃え焦がれそうなほどの熱気を纏う背中をさする。

 副料理長は御三方の飲み方こそ──樽サイズのジョッキではあるが──このバーナザリックには相応(ふさわ)しいと考えている。お子様な第六階層守護者たちと比すれば一目瞭然だ。

 が、副料理長自身も、アインズがナザリック地下大墳墓を“お捨てになった”と聞いて、心に(ざわ)めくものを感じる。否、感じないシモベなど一人もいない。実際に、最後の御方(モモンガ)から捨てられる現場に直面した階層守護者たちのほとんどは、自分たちの行動に間違いや失敗の種子が眠っていた可能性を考え、こうして酒精の力に頼り切ろうとしている。ちなみに、第九階層には他に食堂があり、ラウンジや大衆酒場の類もあるのだが、そちらは他のシモベ達──第九階層の一般メイドをはじめ、他の様々なシモベ達が悲嘆の涙を流し、悲惨な状況に慟哭している真っ最中ときている。意識不明で治療継続中のルプスレギナ以外の戦闘メイド(プレアデス)の皆も、与えられた自室でそれぞれ途方にくれたり、さめざめと涙を(こぼ)し、呆然と過ごしたり、縋るように博士の日記を読んだり、悄然としつつ蟲たちの世話をしている。なにより、ナザリックの「階層守護者」が落ち込むような事案の時には、ここバーナザリックへ訪れるのが通例化して久しい。

 副料理長が三人の男性守護者に、サービスでリキュール十種を用いたオリジナルカクテル“ナザリック”でも勧めようかと思った、その時。

 

(そろ)いもそろって、こんなところで(くだ)を巻いてたんでありんすかえ?」

 

 通例化の原因を作った第一・第二・第三階層“墳墓”の守護者は、バーナザリックの扉を叩いて現れた。

 シャルティア・ブラッドフォールン。

 彼女だけは常の様子で、列将たちの惨状に眉を(ひそ)めている。テーブル席のアウラが真っ赤に燃えそうな顔で振り返った。

 

「何よ……自分だって、うっく、前に反逆未遂を犯したときは」

「そうね。それが、どうかしたでありんす?」

 

 ここでさんざんナザリックに反旗を翻した自分のことを猛省し、酔えもしないのに酔っ払いに来たのも懐かしい。

 だが、今は過去を回顧している時ではない。

 

「アインズ様がお残しになった死の騎士(デス・ナイト)たち中位アンデッドは、まだ十分使えるでありんすえ。わたしの命令でとりあえず表層の警護を命じておきんした。それでも壁役がせいぜいでありんしょうが、ないよりはマシなはず」

「……壁?」

「ナザリックの防備を固めんことには、話になりんせんからね」

「防備を固める?」

 

 デミウルゴスは息をのみ、本来自分がすべき役割を放擲(ほうてき)していた事実を思い出す。

 しかし、アウラは不愉快の極みとでもいうべき声色で、シャルティアの行動力を嘲弄する。

 

「ハッ! ばっっっかじゃないの? もうナザリックはおしまいよ! アインズ様、いいえ、モモンガ様、ううん違う、とにかく、あの御方がいたから!」

 

 自分たちはここを(まも)れたのだ。守るべき価値があったのだ。

 だが、至高の四十一人は、一人、また一人と欠けていき──お隠れになり、最後まで残ってくれたモモンガ──アインズ・ウール・ゴウンすらも、失った。

 いったい、彼とアルベドの間に、どのような問題や行き違いがあったのかはわからない。だが、重要なことはたった一つ。

 

「わたしたちは捨てられた! 棄てられたんだよ! 最後の、至高の御方たる、あの方に!」

 

 アウラの絶叫と落涙は、全シモベ達の共通認識であり、共有感覚であった。

 しかし、シャルティアは平然と告げる。

 

「それがどうしたでありんす?」

「────へ?」

 

 アウラは酔いが引いていくほどの衝撃を受けた。

 

「至高の御身から捨てられた。至高の御身の不興を買い、棄てられた。だから、どうしたというの?」

 

 シャルティアは本気の口調で自棄(やけ)(おちい)っていたアウラを(たしな)める。

 

「私たちの存在理由・根源意識は変わらない。『ナザリック地下大墳墓を守護(しゅご)(たてまつ)る』こと──そして何より、アインズ様は必ずや、このナザリックを必要とする時が来ることは、確実の未来」

「必要とする、とき?」

「覚えてる、チビすけ? 私がアインズ様に罰せられた時のこと」

 

 一度の失敗にくじけそうになった──御身に反旗を翻し、矛を交えたことを悔いて悔いてやまなかったシャルティアを、アインズは、たった一言で救ってくれた。

 

『お前たち全員を愛している。当然、お前もだ』

 

 あの言葉はシャルティア一人のみならず、列席していた守護者全員の心を温めた。半べそをかくマーレ。もらい泣きするアウラ。あのデミウルゴスですら目頭を押さえていた。コキュートスは涙を流せぬ自己の構造をこころから惜しんだ。

 御身の愛は十分に守護者たちの理解するところとなりつつ、アルベドの忠言とシャルティアの申告によって、むしろご褒美な罰を与えられたのも、懐かしい思い出である。

 シャルティアは十分に失敗の味を覚えた。

 だが、二度も同じ苦杯をなめることを、彼女は望みはしないのである。

 

「敵は──いいえ、言いつくろう必要もない──守護者統括()()()アルベドは、必ずや、番外なんたらと共に、ナザリックに乗り込んでくるでありんしょう──奴が『モモンガ様』を求める限り、ここに乗り込むのは確実な未来でありんす。そうでしょう、ナザリック最高の智者、第七階層“溶岩”の守護者──デミウルゴス?」

「──ふふ。まったく。この私がシャルティアごときに後れを取るとは」

 

 世も末ですねとデミウルゴスは眼鏡の位置を整えて席を立った。

 

「アルベドが、アインズ様……いえモモンガ様のご不在を知らないことは、こちらのアドバンテージとなりましょう。その前に、戦闘準備を整え、モモンガ様をアルベドと番外席次たちの脅威から遠ざける──モモンガ様に化けられるパンドラズ・アクターがいれば、影武者役にも使えたのですが、なるほど、だからアルベドは彼の抹殺を──しかし、たとえ、それで“()()()()()()()()()()()()()()()()”。ナザリック第一~第七階層までに十分消耗させ、第八階層のあれらとの戦いで、モモンガ様の脅威は壊滅──できぬまでも、次に控えるセバス達の第九階層に戦力を残しておけば…………そういうことですね、シャルティア?」

 

 頷く吸血鬼の戦乙女に対し、炎獄の悪魔は意を決したように微笑む。

 

「あの二人のみではない──アルベドが指揮権を握るルベド──最強の“個”たる存在の強さは、このナザリック全軍をあげてでも、容易に討滅することは叶いますまい。表層は御身の造り出せし中位アンデッド軍に任せ、我等は内部の堅守にあたるのです。各守護者たちは所定の位置へ! 他のシモベ達全軍への連絡は、この私が責任をもって受け持ちましょう!」

 

 水を得た魚──というより、油をまかれた炎のごとく強壮さを取り戻したデミウルゴスに命令されるまま、男性守護者たちは動き出す。

 セバスが一礼と共に戦闘メイドたちのもとへ神速で駆け、コキュートスは第九階層の蟲の近衛兵(ロイヤルガード)たちへ指示を送りに進発。

 

「あんたはどうするでありんすかえ、チビすけ? 怖いのであれば逃げ出しても構いんせんが?」

 

 挑発するがごときシャルティアの口調に、テーブル席のアウラは〈毒消し〉のマジックアイテムを使って、応じる。

 

「まさかでしょ! いくよ、マーレ! ジャングルの防備を整えるよ!」

「う、うん! いこう、おねえちゃん!」

 

 守護者たちは再起した。

 シャルティアの失敗という起爆剤があったからこその再燃に、誰も彼もが爆発燃焼しそうなほどあたたかで心地よい歓喜に(よく)する。

 

 ナザリックを護ると同時に、至高の御身たる彼を護る──

 これほどに、これほどまでに嬉しいことがほかにあるだろうか。

 

 そうして駆け去っていく幼い双子を、シャルティアは慈しみを幾分か含んだ──従姉(いとこ)、とでも呼ぶべき存在に対するそれに近い感情と共に、見送った。

 

 未来の主王妃は、こうしてナザリック全軍を再起させ、自分もまた第一階層の防護を整えるべく、副料理長(ピッキー)に別れを告げ、〈転移門〉をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ナザリック地下大墳墓 VS 番外席次&アルベド
                &ルベド
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