オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~ 作:空想病
199年前の墜とし仔 -1
/A deserted child 199 years before -1
◆
最初の記憶は、戦いだけだった。
「おまえは、人類守護の要であり希望だ──×××」
そう言われ、血みどろになりながら戦い、モンスターの命を奪い、欲望のまま衝動のまま、心臓を喰らったのが、最初だった。
・
戦場はナザリック地下大墳墓を臨む大平原の真ん中に設定された。
奇しくもそここそが、かつて「神竜」饕餮が暴れまわった土地であることは、当時を知る者たちのみの秘密である。
味方はナザリックの守護者各位──シャルティア・ブラッドフォールン、コキュートス、アウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ、デミウルゴス。さらに、漆黒聖典「第一席次」の青年、「死者使い」リグリット・ベルスー・カウラウ。「白金の竜王」ツァインドルクス=ヴァイシオン、「スルシャーナ第一の従者」サラ・ルーファウス・───。
対して、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の敵は、
「うふふふふふふふふ」
「
「やっと」
兜を外したアルベドは恍惚に頬を染め、愛おしげにアインズの瞳を凝視する。
「やっと私のもとに来ていただけたのですね……“モモンガ様”」
こんな時だというのにアインズは、(綺麗だ)という感想しか懐かないほど、アルベドの容貌は美しかった。
濡羽色の長い髪も。山羊のごとく鋭い角も。男を
「ああ、この時が来るのを一日千秋の思いでお待ちいたしておりました、“モモンガ様”」
彼女にそう呼称されるたびに、アインズは存在しない心臓がズキリと痛む。
「シャルティア────────」
短い命令を与えられた吸血鬼の戦乙女は、鮮血のような鎧姿で一歩をさがる。
アルベドが一歩、前に進み出て、アインズもそれに続く。
一歩ずつ近づく彼我の距離。
そして、二人は戦場の真ん中で向かい合った。距離にして十メートルもないだろう距離で、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は
「何故、“裏切った”……アルベド?」
アインズは涼しい声で問い質した。
アインズ・ウール・ゴウンの名を貶め、裏切りと愛情に満ちた笑みを浮かべる、美貌の女悪魔に。
敵の──スレイン法国最強にして最凶の存在・番外席次“絶死絶命”の手に落ちたナザリックの守護者統括は、恍惚とした瞳の色で、相対する至高の主人に、整然と告げる。
「何故? ──簡単なことでございます。
私の愛すべき主人は、“モモンガ様”ただ御一人だけ!
はッ! アインズ・ウール・ゴウンなど、
私が愛すべき方に比べれば! あなた様の本当の名と比するなら! アインズ・ウール・ゴウンなどという名に──そのような
だから。
アルベドは“捨てた”。
アインズ・ウール・ゴウンを。それを信奉する同胞たちを。
自分の創造主、タブラ・スマラグディナより託された
それこそが、アインズを、モモンガという愛すべき存在に回帰させる手段に成り得ると確信できた。
そんな、精神を半ば支配されている守護者統括に対し、アインズは──否──モモンガは揚々と告げる。
「ふむ。そうか。
──だがな、アルベド。“間違っているぞ”」
何を間違っているというのか理解しかねる女に対し、男ははっきりと告げてみせる。
「私は──俺は、──“モモンガではない”」
「……………………………………、えっ?」
言われた内容を、アルベドの耳はとらえ損ねた──わけではない。
「ふむ、聞こえなかったのか? ならば、もう一度、断言しよう」
モモンガは、アルベドの設定に組み込まれた
裏切者に対する罰を下した。
「俺は──モモンガという名の存在では、断じてない」
告げられた言葉の重みを、アルベドは受け止めることができずにいた。
できるわけがなかった。
「な、にを──え、……どういう?」
「そのままの意味だが?」
「あ、あ、あア、ありえません! あなた様は間違いなく! 私の愛するモモンガ様です! 声も姿も御力も! 御身より溢れるオーラに至るまですべてが! モモンガ様のそれでしかない! ア、アインズ・ウール・ゴウンなどという穢れた名を名乗っておられようとも! この私が! あ、あなたを愛する私が! あなた様のことを間違えるなど!!」
「──ああ、確かに。モモンガという名を、私は使ってきた。アインズ・ウール・ゴウンという名を、この世界で名乗り始めはした。──だが、“アインズ・ウール・ゴウン”が俺の本当の名ではないように、“モモンガ”もまた、俺の『偽りの名』のひとつでしかない」
女悪魔の全身が、心が、魂が引き
告げられた言の葉の意味を、アルベドは悟り始める。
それでも、その事実を受け入れることは──不可能だった。
「う……そ?」
「何度も言わせるな。事実として、私の本当の名は、モモンガという名では、ない」
「ウソ……う、う、嘘、ですよね? モモンガ様は、モモンガ、さま、ですよね?」
「知らないのであれば教えよう。私の本当の名は────────“
彼が明言する本名を──スズキサトルという音色を告げられて尚、恐怖と絶望に震撼する女悪魔は、目の前の出来事を拒絶するしか、ない。
アルベドが知りようのない、真実。
ゲームのマナーとして、リアルの名前をゲームで呼称することは、ほぼありえない。
モモンガの仲間たち・NPCたちの創造主たるギルメンたち全員が、鈴木悟に対し、モモンガという名で、
だが、アルベドの改変された設定は『“モモンガ”を愛している。』……つまり。
「さぁ。答えろ。アルベド。
おまえは一体、誰を愛している?
偽の名前“モモンガ”という虚構か?
それとも、この俺“鈴木悟”だと、そう言えるのか?
……なぁ、どっちなんだ?『モモンガを愛している。』アルベド──」
女は戦斧を取り落とした。
武器を落とした両手で顔と頭を覆い尽くし、黒髪を振り乱して首を横に振りまくる。
「そ、ん、な──そんな、こ、と──ッ!」
あまりの真実を前に、悪魔の頭脳が混沌化の極致に昇る。
「あ──あなたは、モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様、モモンガさま、モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガサマ──モモンガ様ァア˝!!」
零れ落ちる涙の濁流。彼女の両手は、身内から溢れる悲嘆の洪水を受け止めきれない。
狂乱する女を前にして、男はどこまでも冷酷に告げる。
「物わかりの悪い──違うと言っているだろう? 私は────」
「あ……言わないで、……も、もう、い、言わないで!」
「────“俺はモモンガではないッ”!!!」
悪魔の脳髄が、漆黒の闇にとざされる。
アルベドは、『モモンガを愛している。』
──だが、モモンガは、“モ モ ン ガ で は な い”。
では、モモンガではない──目の前の、愛する御方は、────いったい誰だ?
誰だ誰だ誰だ、ダレだ──彼は、あれは、アレは、アノ方は、一体なんだ?
自分は、アルベドは、誰を、──何を、愛して──ナニヲ、アイシテ?
「ワ、わた、し、私、は、モモンガ様、ヲ、あイし──愛して?」
「俺はモモンガではないと言っているだろう?」
「あ、ああ、あああ、アアアアア˝……ッ!」
モモンガだと「信じてきた者」から浴びせられる、防御不可能の、言の葉の一撃。
モモンガではない──だが、「モモンガ以外の何者でもないと信じてきた者」から送られる、最悪にして災厄の事実。
あのとき、あの玉座の間で改変された設定……
『モモンガを愛している。』……
主人から与えられた設定は、NPCの根源に刻印されしもの。
それは、喜ばしき祝福であり、何にも変えがたい恩寵であり、自分というNPCが生存する絶対動因にして存在理由……そのはずだった。
だが────
「う──うそ、うそウソ、ウソウソウソウソウソォ!!」
まんまと騙されていた──かわいそうな
ナザリック最高と謳われた智者でありながら、あまりにも愚かしい。アインズ・ウール・ゴウンを『モモンガ』という名に戻そうと、すべてを準備してきた。仲間たちを裏切り、アインズ・ウール・ゴウンを貶め、逆に協力してくれる力強い
その『モモンガ』は、最初から、この世界のどこにも存在しないという、現実。
「ッ、嘘˝よ˝ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
醜い本性に変身した姿を露わにしながら、滂沱の涙に濡れていく女悪魔。
『モモンガを愛している。』怪物の巨拳が、悲鳴のごとき咆哮を奏でながら、モモンガ……否……アインズ・ウール・ゴウン──否──鈴木悟に対し振り上げられ──
そして……
「あとは任せたぞ、シャルティア」
「承知!」
暴走するアルベドを吸血鬼の戦乙女に任せ、魔導王は〈飛空〉の魔法で虚空へ逃れる。
憤怒の感情のままルベドを起動したアルベドにより、ナザリックにおいて「最強の個」──ルベドが解き放たれた。
しかし、それも予定内。
真紅に燃えるような、アルベドの妹は、命令に従い「
アインズは〈
「ヴィクティム! 〈
通信阻害の雑音が混ざる中、「承知」の声を紡ぐ胚子の天使。
かくしてナザリック周囲の平原に現れたのは、巨大な
アインズとルベドは星の上に降り立つ。
さらに、天上に現れる星々たち。
計十個の星々──第八階層の
・
「へえ、すごいのが出てきたじゃん……食べ応えありそ♪」
下の戦場では、番外席次が悠々と第八階層のあれら──〈生命樹〉の星々を眺めていた。
「はは、あのバカ悪魔。見事に矛盾を突かれちゃって……まぁー、気の毒なことするよねぇー、あんたら?」
とてもそんな優しさなど感じられない声音が、自己の周囲を
周囲には彼女を打倒すべく集った守護者各位とツアーと法国の面々。
「しかし、どうやって私の転移阻害を抜けてこれたわけ──って、話しても無駄か」
ツアーの世界移動なる転移方法は、番外席次の阻害をうけなかったが故だが、それを語りあう時でもない。
逃げ場などなく、彼女自身にも逃げる意思は毛頭なかった。
「そんじゃあ、こっちも始めちゃおう、か」
一瞬の跳躍。
真っ先に狙われたのはサラであった。戦鎌の八連斬撃が交差状に繰り出される。
番外の攻撃は、純粋な物理攻撃だけでなく、いくばくかの神聖属性も付与されている。サラでも直撃を受ければまずいところであるが、
「させない!」
第一席次の青磁色の髪が、二者の間に割って入った。アインズからそれなりに強力な剣や槍を渡されているが、どれもあの番外席次の攻撃の前では鉄屑同然というありさまだ。しかし、アインズは潤沢な量の武装を第一席次に下賜してくれた。次は炎を纏う黒曜石の剣が、彼の掌中に握られる。それが壊れれば次は霜の降りる長槍を。その次は紫電を奔らせるハルバートを。
豪奢な鎧は少なからぬダメージを通してしまうが、サラという作戦の
番外はすぐさま問いただす。
「第一席次……おまえ、“あの槍はどうした”」
「……」
彼は唇を引き結んだ。番外席次は瞬時に理解する。
「まさか」
「正解じゃ、マヌケ」
リグリットが握るみすぼらしい槍……本来であれば第一席次のみが使うことを許される
「ちぃ!」
逃げの一手を打とうとする番外に、リグリットは逃走の足を封じるべく六棺のうちの二つを使う。
「二号、三号、解放!」
リグリットが展開した六つの棺の内、二つが即座に開いた。
中に入っていた死体は200年間、彼女を支え続けた、包帯だらけの“敵”の死体だが、ここで
「とったぞ!」
番外席次の両足首に絡みつく死体。常人であれば骨が砕け、肉が潰れる握力だが、彼女の前では数秒の足止めがせいぜいだろう。
リグリットは確実に番外席次の心臓目掛け、槍を放った。
(さらばじゃ、ツアー)
一秒で駆け巡る、200年間の走馬灯。純銀の鎧と旅をした、素晴らしい記憶。
貫かれる少女の影──
これで、リグリットの生命は終わりを迎えるが、悔いのない人生、とは言い難いか。
空を舞うツアーが愕然と叫ぶ。
「“何してる、リグリット”!?」
その声で、ハッと覚醒した。
投鎗で貫いたはず黒白の少女は影も形もない。間一髪で
「……まさか、幻覚、じゃ、と?」
「
背後から突き刺さる死神の鎌が、リグリットの心臓を、ツアーの鎧ごと抉り斬っていた。
「がはぁ!」
「『完全幻覚』の能力、お婆さん見るのは初めて?」
リグリットとツアー、双方が血を吐いた。ツアーの鎧の損傷は、彼の傷となり、リグリットも確実に致命傷を受けた。
「こ、この儂が、幻を、相手にしていた、じゃと?」
「お婆さん強そうだしさ──このまま心臓、いただいてもいいかしら?」
「よせ、やめろ!」
ツアーは天上から降下し、竜尾で番外の身体のみを器用に薙ぎ払う。
「あー、さすがに竜を幻覚に落とすことはできなかったか」
竜尾を受けて尚、平然と着地する番外席次。
外れかけた髪の飾り紐を整える余裕さえ見せる。
「リグリット、早く回復、を──?」
鎧が微動だにしない。着用者がいる状態で動かすことは無論可能だが、関節や筋肉への負荷を無視する行為であるため、あまり推奨できない。
ツアーは心の中で毒づいた。
リグリットの傷は致命的だ。いつからリグリットが幻覚を見せられていたのか、見当もつかない。幻覚を見せるにしても、リグリットはツアーの鎧を着ている状態、バッドステータスに罹患する可能性は限りなく低くなるはずなのに。
あるいは、アインズが生命樹たちを呼び出した時の衝撃な光景に紛れたか……詮無いことを考える自分をツアーは呪う。
それでも、彼は思考と記憶を高速で回転させる。
完全幻覚と聞いて、ツアーは思い出す。300年前にこちらに転移してきた者が所持していた
(まさか、彼のアイテムを、こいつは喰らっていたというのか?!)
大国ガテンバーグの戦いで、消失したと思われた
あらためて饕餮の捕食能力のすさまじさを竜の鱗に感じるツアー。
番外席次──絶死絶命は結論を下す。
「さぁて、ロンギヌスを使うように仕向けたサラはブチ殺し確定だし、これで私を邪魔する奴、……は……?」
番外席次を襲った、軽くはない衝撃。
見れば、先の襲撃で吹き飛んだリグリットの剣を手に握った青年──第一席次が、彼女の腰を背後から貫いていた。
前半部は、ほとんど『天使の澱』の最終回で書いてた気が……まぁ仕方ないか。
今話含め、あと12話程度で終わる予定。