オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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“絶死絶命”

/Absolute mortal death

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 それを最初に感知したのはツアーであった。

 

「この、気配は!」

 

 リグリットの治療を鎧のパーツで行っていたところに、強大な気配の現出。

 その濃度、その強度──間違いなく、世界を穢し犯す力。

 アインズ・ウール・ゴウンの世界級(ワールド)アイテムも油断できない強さを秘めていると理解できたのは収穫だが、事態はそれどころではなくなった。

 

「ゆくぞ、ツアー」

「リグリット、君はもう」

「なあに……いつものこと、じゃろう?」

「…………ああ、まったくそのとおりだ」

 

 200年前から変わっていない。

 まったく、よくぞこんな性格で戦場を渡り歩いて、無事で済んできたものだと半ば呆れ果てる白金の竜王。

 

「ゆこう」

「共にな」

 

 戦場(いくさば)へ。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

「なんだ? 何が起きている?」

 

 アインズが混乱するのも無理はない。

 番外席次から漏出(ろうしゅつ)し続ける、赤黒い血液────それが泥状にあふれ返り、人体の構造上ありえない規模にまで膨れ上がる。“死の樹(クリフォト)”がバリバリ音を立てて咀嚼(そしゃく)されていく音が響くが、それは番外の内臓器官そのものから発せられている音。“二殺”目を喰らった番外の口唇は血の泡を吐き出し、瞳からは生者の輝きはとうに失われていた。

 

(第一席次が()った時にはこんなことは起こっていなかったはずだろう? いったい、これは!?)

 

 守護者らにも詳細は把握しきれない。

 黒白の少女の心臓部から零れる黑泥は何かの生物の形態を形作り──龍の腕のような状態・三本の指と爪が伸びるたくましい黒腕となって固定される。

 

「龍、だと…………まさか、あれが?」

 

 アインズの直感が告げていた。

 あれこそがツアーが言っていた神竜……この世界の竜種とは形態の違いすぎる“龍”だとしたら。

 

饕餮(とうてつ)だ!」

 

 ツアーの声が戦場に轟いた。

 続けざまに、正気を失った番外席次……“絶死絶命”の叫喚が響き渡る。

 

「ああああああああああ、かあああ、さあああ、あああああああああああああん!」

 

 これまで(ふた)されてきた何かがあふれたような、光景。

 壊れた人形のように体を腰からくの字に曲げて、竜の腕に吊られるようになった番外席次の唇から、母の生誕を言祝(ことほ)ぐ少女の壊れた声があふれて落ちる。

 

「ようやくだよ、かあさあああん。よウやく(かあ)さンが()べルに(アタイ)するものガ、生まれるのに必要ナ物が()つかったんだねえええええええええええええ!」

「いけない、アインズ様。お下がりを!!」

 

 守護者たちが可能な限りの防御を布き、前衛となり、盾となるよう身を躍らせる。

 アインズに、死の恐怖というものは存在しない。常の鎮静化によるそれのおかげで、戦場でも死を恐れる必要がない。

 しかし、

 

「さすがに身震いするな……」

 

 物理的に喰われそうになる恐怖。

 なるほど、こういう感じなのだなと納得する一方で、恐慌状態に陥りかける自分も確かにあった。

 まるで、ナザリックを一度は捨てた時のように、精神の均衡が、バランスが、乱れに乱れるアインズは、次の手が打てない。

 闘争も。

 逃走も。

 何の手も打てない。

 

「いただきまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああす!」

 

 迫りくる純黒の龍腕。

 それに対し、白金の竜尾が神速で叩きつけられた。

 

「何をしているアインズ! 奴の標的は君だ! すぐにここから離れ」

「にぃがぁさぁなぁああああああああああああああああああいッッ!」

 

 守護者たちの防御を突き破りながら、絶叫と共にアインズの五体を掴む三本指が迫る──回避も転移も間に合わない。

 

 番外席次は死なない。

 自分の胸から異形の龍手を生やしても。

 新たに背中側から竜の鱗に覆われる尾を生やしても、彼女は死ぬことはない。

 絶対に死ぬことはない死神。

 まさに“絶死絶命”──

 

「しっかりせい、魔導王!」

 

 魔導王の眼前に現れたリグリットが、ツアーの四武器の内の一本……大槌を振るって竜の腕を打ち払った。

 さらに、守護者たちの特殊技術(スキル)や魔法もそれに追随。

 どうにか一本目の腕は破壊できたが、番外から溢れるワールドエネミーの黒泥は、別の腕を二本生成しつつある。このままでは埒が明かない。おまけに、

 

「くそ、奴のスキル“全体弱体化”が強化されおった。奴め、より強くなっておるようだわい────サラ!」

「ルーファウス流・奥義」

 

 天頂部より戦場に振りそそぐ星幽界(アストラル)体である彼女は、両拳を握って構える。

 

「“タダノ百烈拳”」

 

 百連発に及ぶ拳撃が、黒の龍尾の接近を封じ落とした。

 リグリットの呼びかけに応じ、サラも戦線に加わる──だが。

 

「これは、さすがに予想外の事態よ。これじゃあ、法国へ彼女を転移させて、ギルド拠点の聖域に封じ込める作戦なんて、出来っこない」

 

 冷徹に戦局を分析するところは、さすがは上位アンデッドの女王といったところか。

 

「第二プランとかは、ないもんかのう?」

「あるわけないでしょが、そんなもの!」

 

 死者使いの老婆の提案に、サラは静やかな烈声をもって応える。

 

「ツアーくんの世界移動は?」

「奴に通用するなら、とっくの昔に使ってる!」

「そうよね。じゃあ、残った手段、私らが出来ることと言ったら──そう──“このまま”アインズ・ウール・ゴウン魔導王くんを囮に、饕餮(とうてつ)を法国・神都にまで誘導することぐらい?」

「馬鹿な!」

 

 真っ先に反駁したのは、守護者らの中で最高位の智者デミウルゴスであった。

 

「アインズ様の身に危険が及ぶような策など、到底受け入れられぬ話だ!」

「そうだそーだ!」

「あの、い、いや、です!」

「断固トシテ反対サセテモラウ!」

「……………………いや」

 

 守護者らの主張に対し、アインズは透徹とした口調で翻意を促す。

 

「ここで重要なことは何か、よく考えろ、おまえたち。この私の身の安全か? それとも、この世界の」

「当然! 御身の安全には代えられません!」

「……ええ?」

 

 若干脱力するアインズ。

 サラの提示した案が妙手であることを看取(かんしゅ)し、とにかく守護者たちを説得する。

 

「──俺には、世界級(ワールド)アイテムの防御もある。心配ない。むしろ、おまえたちに与えた世界級(ワールド)アイテムの方にこそ気を配れ。奪われたり破壊されでもすれば、それだけで敵の利となるのは明白だからな」

「ぐ……しかし!」

「それぐらいにしときなんし、デミウルゴス」

 

 そう告げる真紅の戦乙女は、鎧を半壊させた身体で、同じく鎧が全壊し失心した女悪魔を引きずりながら現れた。

 慣れない世界級(ワールド)アイテムの威力に、彼女自身も巻き込まれてしまったということを隠しつつ、シャルティアはアインズに提案する。

 

「我等だけでは力不足と御身は御考えあそばしている、ということでありんすね?」

「ああ、残念ながら、守護者がたった四人──いや、五人では、な」

 

 本当は、友人たちの子であるNPCを巻き込みたくはないという親心が本音の部分であったが、アインズはそれを隠した。

 

「ならば、ナザリックの全軍をもって、御身をお守りいたしんす」

「……はぃ?」

 

 シャルティアの提案に、守護者一同は賛意を示しかけ、歓声をあげかけるが、

 

「残念ながら、雑魚(ザコ)がいくら(つど)おうと“無駄”だ」

 

 白金の竜王に侮辱ともとれる発言をされ激発しかけるシャルティア達を、アインズはなだめ鎮める。ツアーは四武器の内三武器を饕餮の腕や尾にぶつけつつ、確信を込めて告げた。

 

「あれは饕餮──すべてのものを喰らい、すべての命を自己の能力やステータスに還元するワールドエネミーだ。ナザリックの中で劣弱な、Lv.100未満の連中を連れてこられても、奴の“餌”にされるだけ──その餌の数が豊富な分、奴の力は今以上に膨れ上がるだろう──わかるかい?」

 

 シャルティアはぐうの()も出ず押し黙った。

 

「おまけに、奴の全体弱体化の影響は、ここにいるモノすべてに適用される、Lv.100以下の存在など、あっという間に狩られ喰われるぞ」

 

 守護者たちも、シャルティアの策に乗りかけた己を恥じるように(おもて)を伏せる。シャルティアの眷属群も。アウラの魔獣軍も。デミウルゴスの〈最終戦争─悪─〉による悪魔召喚も。ナザリック全軍も……まったく何の意味も持たない。

 ツアーは、言い聞かせるように繰り返した。

 

「策はひとつしかない──サラの言う通り、アインズを囮として、使うこと」

 

 それだけだと断言する白金の竜王。

「死者使い」リグリット共に、饕餮の腕と尾の攻撃を阻む最上位死霊女王の判断に、全員が従う以外の道を持ちえなかった。

 

「決まりだな」

 

 アインズは決心したように(のたま)い、飛行する。

 守護者たちは、あのバケモノを相手に、せっかく戻ってきてくれた至高の御身を、釣り餌も同然に扱う事態に悲憤(ひふん)しつつ、御身の決定を尊重する。それ以外に、御身への忠誠を示す手段は持ち合わせていなかった。

 

「よし──では、──ゆくぞ!」

「「「「「 ハッ! 」」」」」

 

 守護者らの承服の声を連れて、アインズは戦場を離脱するように南下、一路、無人となりつつある法国を目指す軌道に入る。

 

「にげるなああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 壊れた番外席次……饕餮(ワールドエネミー)化しつつある絶死絶命の喚き声を背後に引き連れながら、神都の聖域を目指す。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 私はどうなっているのだろう?

 

 

 彼を喪い、

 

 

 己を失い、

 

 

 それでどうなるのだろう?

 

 

 私はいったい、どこへむかっていくのだろう?

 

 

 よくわからないけれど、母さんの本能(いうこと)は絶対だ。

 

 

 自分の肉体がバラバラになろうと、自分という存在が意味消失しても、饕餮(かあさん)欲望(のぞみ)を果たせさえすれば、私は満足できるのだ──すべてをコロシ、すべてをクライ、すべてをノミコム。今までヤッテきたように。

 

 

 私を殺した、あの宝玉──あれを食べれさえすれば、私は……私は……

 

 

「本当にそう?」

 

 

 ────え?

 

 

「本当に、あなたはそれでいいの?」

 

 

 ────誰、あんた?

 

 

 番外席次の見据える先に、真っ白い影が、銀髪に長耳のエルフが、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




壊れた番外席次……“絶死絶命”の暴走──
サラとアインズの策は成功するか否か、果たして?
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