オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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戦後処理、終了。
後半部は、『天使の澱』最後のEXTRA STAGEに登場する彼女の話です。



我儘と約束/暗黒邪道師ーエメトー

/Selfishness and Appointment, Dark evil way teacher -emeth-

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓──アインズの執務室にて。

 

「──ンフィーレア・バレアレの蘇生は?」

「ペストーニャの手により、(とどこお)りなく完了しました」

「──パンドラズ・アクターの復活は?」

「少々記憶に欠落はございましたが、無事に」

「──ルプスレギナの容体は?」

「予想通り、回復に向かいつつあります」

 

 打てば響くような質疑応答の最後に、アインズは(たず)ねた。

 

「──リグリットの、埋葬は?」

「ご指定の場所へ。ご指定の方法で。鄭重(ていちょう)に葬らせていただきました」

 

 主君の問いに報告を述べたデミウルゴスの言葉に、虚偽はなかった。

 旧・スレイン法国──現・沈黙(スレイン)領域となった。南東部の端、かろうじて街道と接する場所に、彼女の墓碑は立てられた。銘は刻まれていない。そう彼女が望んだが故だ。「死者使い」として幾千幾万の“死”を利用してきたが故の、彼女なりのけじめだった。

 広大な大地の下に埋められた死体は強壮無比な十三英雄の「死者使い」──「(コフィン)」と呼ばれる特異な道具を用いてアンデッドを使役する能力──できれば死体を保存し、研究対象としてしまいたい欲求も、魔導王にはあったが、

 

「これでよかったのだろう、ツアー?」

 

 アインズが見る先で、ダイニングチェアの真ん中に腰をおろす白銀の竜鱗鎧(スケイルメイル)が、ひとつ頷く。

 

「感謝するよ、サトルくん……いや、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下」

 

 アインズはナザリック地下大墳墓に戻った。

 戻ることを決めた。

 ここまでやってきたことに対する義務や義理ではなく、ただ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王として、プレイヤーのモモンガとして、鈴木悟として、彼には『やりたいこと』が残されていた。

 

「それでは、世界の盟約への加盟、確かに確認した」

「ああ」

 

 アインズの稚拙な筆致の現地文字のほかに、プレイヤー・鈴木悟の署名がされた、一枚の書類。最高級品とわかる薄い虹色の魔法用紙には、評議国代表たるツァインドルクス=ヴァイシオンの書名と印璽(いんじ)の下に、新たに加盟するものとして、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の印璽と、盟約に参じる各国首脳の印璽が並んでいる。そして、その魔法用紙から、滅亡を余儀なくされたスレイン法国の存在は見て取れなかった。魔法の用紙はまるで自己の意思でもあるかのごとくひとりでに巻かれ、ツアーの片手に握られる。

 

「今日のところは、このあたりでお(いとま)させていただこう。僕の昔語りは、また別の機会に」

「ああ、楽しみに待たせてもらうよ」

 

 魔導王への挨拶を済ませた鎧は、帰り支度(じたく)に取り掛かる。

 

「大参謀──デミウルゴス」

 

 いまだに頬や体中に戦傷の跡を残し、包帯の巻かれた悪魔を、新たな称号と共に呼ぶアインズ。

 

「ハッ」

「ツアーの見送りをナザリック表層まで頼む。くれぐれも、粗相(そそう)のないように」

「かしこまりました」

 

 ワールドエネミー・饕餮の“墜とし仔”との戦いの(あと)も残る身でありながら、明晰かつ謹直な態度を面に表す炎獄の造物主。彼と魔将らに囲まれつつ、手を振って魔導王と対等な立場を証明するツアーが、執務室から去っていった。

 これで彼は、彼の評議国は、完全に魔導国の友好国家の一群に加わった。

 さらに、彼が治める極東地域群も、魔導国と完全な友好関係を樹立したことになる。これは見方によっては、大陸の西端と東端に、魔導国の友軍が出来たことを意味していた。

 評議国と、ツアーの支配領地が信託統治領化するのは、魔導国が大陸中央六国を制覇したころの話となる。

 

「ふぅ」

 

 必要もない息をつくアインズに、痛々しい戦傷が刻み込まれ、絆創膏や包帯が巻かれたままのアルベドが声をかけた。

 

「アイン──モモ──いえ、サトルさま」

「おまえの好きなように呼んでよいのだぞ、“我が大宰相”アルベド」

 

 純白の女悪魔は頬を耳まで朱色に染めつつ、傷を残す我が身を眺める。

 アインズは嘆かわし気な瞳で彼女の意をはかった。

 

「仕方なきこととは言え、世界級(ワールド)アイテムによる広範囲攻撃を受けたのだ、いくらペストーニャの完全回復魔法でも、今少し時間はかかる」

 

 しかし、彼の見立ては間違っていた。女悪魔は首を横に振る。

 

「いえ、それは十分、納得していることです──ただ」

 

 アルベドはぽつりぽつりと涙を溢し始めた。

 

「私ごときが──あなたに反逆した私が、あなたのお傍にいられることが、あまりにも……その、そぐわないと、いいましょうか……」

 

 頬の分厚い絆創膏が、女悪魔の涙に濡れていく。

 アルベドの“反逆”の(しるし)の赤色は、マスターソースで確認しても認められない。今の彼女は世界級(ワールド)アイテムの完全支配から逃れ、常の彼女に戻った──それが事実。

 だが、アルベドには厳命が下された。

 

「アルベド、此度の一件については」

「…………はい。わかっております」

 

 

『“忘れてはならない”』

 

 

 それがアルベドを刑死させない主因であり、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の決定であり、プレイヤー・モモンガの願いであり──鈴木悟の我儘(わがまま)であった。

 

「アルベド、繰り返して言わせてもらうが、私はおまえたちのすべてを愛している」

「は……はい」

「おまえの濡羽色の髪も、女として完璧な肢体も、山羊のごとき二つの角も、悪魔の黒翼の羽毛一枚一枚……すべてが(いと)しい」

「ッ、はい!」

「それと同じように、ナザリックに属するシモベ達──我が友らの遺したすべてのシモベもまた、」

「愛している──ええ、わかっております」

 

 跪くアルベドはアインズが差し出す掌を、傷ついた頬に重ね触れさせた。

 

「お約束いたします」

 

 純白の女悪魔は幸せそうな泣き笑いを浮かべ、宣告する。

 

「私()、愛しております……私の罪を御赦(おゆる)し下さった、あなた様のすべてを──アインズ様──モモンガ様……鈴木、悟、様」

 

 アルベドの涙を骨の指で拭うアインズ。

 幸せそうに微笑むアルベドの黄金の瞳が潤むのを見やりつつ、二人は瞳を交わしあったまま、しばしの時を過ごす。

 

 そうあれることが嬉しくて。

 そうできることが幸せで。

 そうすることが(こころ)くて。

 そして、歯痒(はがゆ)くて。 

 

 二人は掌を重ね、見つめあう。

 たったそれだけ。

 ただそれだけ。

 

 ──彼と彼女が結ばれるには、まだあと数年の時日を必要とした。

 ──後に最王妃となる純白の女悪魔は、そのときを待ち焦がれながら、己の責務に邁進(まいしん)することを、己の愛する(ヒト)に、誓約する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大陸の何処か。

 暗黒の底、その場所で燃える松明がひとつ浮遊する、異様な空間の中で、暗黒のヴェールを身に帯びる女性が目を開く。

 

 

「──」

 

 

 夢見るような白き眼──祈りを捧げる不動の姿勢が、かすかに動く。

 彼女は大陸の異変を、まるで我がことのように理解した。

 そして、己が魂の状態を見つめ、すべてを悟る。

 

 

「そうですか、死んだのですね、リグリット……我が弟子のひとりよ」

 

 

 彼女は暗黒の底でそれを感じ取った。

 リグリット・ベルスー・カウラウ──250年以上前に彼女へもたらした秘伝──弟子たる少女に分け与えた我が魂の一部の返還に、その女性は寂しげに頷くのみ。

 

 

「272年、真に、誠に大儀でありました」

 

 

 受け取った魂の一部「死者使い」の能力は、間違いなく彼女の能力の一端を示していた。

 砂漠の洞窟とも、荒涼とした野とも違う暗黒の底で、その女性はリグリットよりも豊富な法衣を纏いながら、汗ひとつ零れない。それどころか、呼吸の気配すら感じられないまま、祈りの姿勢を保ち続ける。

 

 

「大陸の西側は、次の時代に向かいつつあります、我が主よ」

 

 

 彼女の周囲一帯には人っ子一人いない。

 しかし、その声を受信したのを確認したように、彼女は相好を崩す。

 

 

「あなた様が()()()になった大陸です。そして、その最低限の維持のために、我等は任務(つとめ)を遂行するのみ」

 

 

 暗黒を同胞としたような謎の女性。

 150年前にはとある都市を壊滅させるべく、魂喰らい(ソウルイーター)三体を斥候とするアンデッド軍──地下聖堂の王(クリプトロード)の部隊を送り込み、

 250年前には法国の少女に「死者使い」の能力を与え英雄とし、

 350年前は大国の戦にも参じてこれの終息に尽力。

 450年前には究極のゴーレムを造るように遠き夢(トオム)という名のゴーレムをカラクリの都に造り遺し、

 550年前には、スルシャーナ第一の従者・サラがアンデッド化する場面にも立ち会った。

 650年前には、とある竜王の生誕を見届けもし、──

 

 大陸の歴史の端々で暗躍し暗闘し続ける、暗黒の底で生きる邪道師。

 

 ──“暗黒邪道師”、名をエメト。

 

 その単語をモモンガが聞けば、とある大錬金術師(タブラ・スマラグディナ)から聞いた話を思い出したに違いない。

 

 

 

 

 

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 エメト[emeth] ──日本語では「真実」「真理」と訳される。

 

 律法学者のラビが断食や祈祷などの神聖な儀式を行った後、土をこねて人形を作る。呪文を唱え、「emeth」という文字を書いた羊皮紙を人形の額に貼り付けることで完成する。ゴーレムを壊す時には、「emeth」の頭文字(かしらもじ)「e」を消し、「meth」──「死んだ、死」などの意味に変えることで、ゴーレムは破壊される。

 

 製造後は自然に巨大化するとされている。ある伝承では、男がゴーレムを作りはしたが、大きくなりすぎて額に手が届かなくなり、止められなくなった。そこで男はゴーレムに「自分の靴を脱がせ」と命じ、ゴーレムがしゃがみこんだ時、額の文字を消した。その途端、ゴーレムは大量の土砂となって崩れ落ち、男はその下敷きになって圧死したという。

 

 また、

 ある一説によれば、人類創世の祖とされるアダムは、神によって泥土をこねて作られ、鼻から聖霊(ルーアハ)を入れられたことで目覚めた、世界初の自我を持つゴーレムではないか、などという伝説も存在する。人類自体が、神によって創られたゴーレムというわけだ。

 

 

 

 

 

 /

 

 

 

 

 

 そんな名を与えられた彼女もまたゴーレムであるが、限りなく人間に近い。

 いや、この世界に存在する人間の“原型”と言っても、過言にはならないだろう。

 彼女こそが人の真理であり、真実の姿であり、人そのものを体現するかのごとく振舞(ふるま)う。

 たった一人の創造主を(たてまつ)り──敬愛し──信愛し──聖愛し──忠節の限りをつくす。

 

 

 

 

 

 彼女の主の名は、エメラルド・タブレット──主人の省略名を賜りしエメトは、暗黒の底で時を数える。

 

 

 

 

 

 

 再び、彼女が大陸にとって必要となる日が来る日まで、彼女は数百数千年を待ち続けられる──肥大化する己の魂を切り分けながら、エメトは再び暗黒の底で眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして100年後の未来。

 

 彼女は同胞たちに、この大陸にひそむ可能性──脅威を、告げることを決する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エメラルド・タブレット

エメ        ト



第三章──終了、次回完結。
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