オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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魔導国VS法国を前にした、各国の動き


周辺諸国

/Neighboring countries

 

 

 

 

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 魔導国と法国が、一触即発の戦争状態に移行しようとしているこの時、諸国は無論“魔導国の味方”であることを表明した。

 属国である帝国は言うに及ばず、公式非公式問わず魔導国に救われたローブル聖王国とリ・エスティーゼ王国も、魔導国への協力を惜しまぬ──と。

 鮮血帝ジルクニフも。聖王国の国王ドッペルも。魔導国と密約を交わした第二王子ザナックと、第三王女ラナーも。全員が魔導国に協力する駒でしかなかった。大義名分の是非はともかく、周辺三国に選択肢など存在しえなかった。

 必然的に。

 スレイン法国の頼みの綱となりうるのは竜王国だけとなった。

 だが、肝心のドラウディロン・オーリウクルス女王──“黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)”は、『隣接するビーストマンの国に襲われている』状況にあり、援軍など望みようがない。むしろ、元漆黒聖典の隊員を派兵するなどして援護していた側なのである。無論、法国の神官長らの判断は人道的に正しく、亜人国家の“狩り”という名の侵略を食い止める防波堤としても、竜王国を利用、援助を惜しむことはできなかった。

 しかし、それも魔導国の奸計(かんけい)の一部として利用されているとは、法国の人間は知るよしもない。

 

「あー、ひとまずは助かった」

 

 竜王国の城の玉座で、少女形態の愛らしい姿には似合わぬ疲労した声音。

 人間を喰らうビーストマンの脅威を排除できた事実を軍官房長などから確認できて、本気の本気で安堵する。これで、国民が食い殺される未来はなくなった。その一事こそが大事であった。

 竜王などという仰々しい尊名とは裏腹に、戦闘力など一般人レベル──だが、八分の一だけ流れている竜の血によって発動できるが制御は不可能──大量の生贄を欲する始原の魔法の使い手である彼女は、魔導国からの密使を受け入れ、数ヶ月前にはビーストマンの国からの脅威を排除する方策を得ていた。

 

「ええ。正直、かの国があの沈黙都市を掌管(しょうかん)することに成功していたとは」

 

 宰相は冷ややかな目で書類に目を落とす。

 沈黙都市──歴史の闇に葬られ、濃霧によって全貌をひた隠し、十万の命と共に遺棄されていた、ビーストマンの古都。

 驚きと疑念を混ぜ込んだ宰相の表情を見やって、ドラウディロンは魔導国から得たアンデッド兵力──沈黙都市から派兵されてきた不死の軍勢を思い出し、悪寒を禁じ得なかった。

 

「まったく。同じアンデッドが治める国であるからとはいえ、まさかあの沈黙都市を、とはな」

「──あるいは、あの国の王こそが、100年ほど前に沈黙都市を?」

「あー? ……そんなわけ……ありえるか?」

 

 沈黙都市を襲ったのは、伝え聞くだけでも魂喰らい(ソウルイーター)が三体。

 聞くところによると、かの魔導王は聖王国を救う際にも、同じアンデッドモンスターを使役して、亜人連合を打ち払ったと。

 可能性は十分といえるが、ドラウディロンは仮説の矛盾に言及する。

 

「しかし、かの王が沈黙都市を襲って、以後なんのリアクションも起こさずにいるものか?」

「あるいは、長く潜んでいたとか?」

「だとしても、たった一都市を廃都に変えて雲隠れする理由がなくないか?」

 

 それこそ、沈黙都市にしたのと同じような破滅と混沌を周辺国家に叩き込むのが筋というもの。

 あの都市だけが襲われ、そして穴熊のように沈黙し続けるなど、どう考えてもおかしすぎる。不整合そのものだ。

 あの都が、何らかの手段で封印──ビーストマンの国の神官団の力で封じられたという噂を聞くが、それもなかなかに眉唾物だ。

 

「あるいはズーラーノーンによる儀式説、などもございましたが」

「そっちの方がありえる──と言いたいところだが、その秘密結社の出所も、魔導国の王が暴いたからな」

 

 まさか法国が、という思いを禁じえぬドラウディロン。

 人間種保護の名目のためとはいえ、まさかアンデッドの結社まで仕立てあげて、素知らぬ顔で被害者ヅラしていた神官長たちの顔を、女王は思い出す。

 

「思えば、陽光聖典や漆黒聖典とか、最精鋭部隊を派遣するなりすれば、壊滅や全滅とまではいかずとも、それなりの弱体化が見込めるはずだったからな」

 

 今となっては、法国のズーラーノーンへの対応の甘さが、その実、自分たちの子飼いの犬への応対であったことが証明されたわけだ。

 魔導国の大義としては、「そのような邪悪かつ卑劣極まる結社を創設し使役していた罪は、重い」という感じになるだろう。

 

「ま、うちは魔導国──魔導王陛下のおかげで、とりあえずは安泰だ」

「はい。しかしながら、その見返りとして、法国からの戦力を長く留保するように、という要求もありますが」

「それも、あと五日のうちに帰還させることは無理な話だ」

 

 地政学を論じるまでもなく、竜王国から法国へは距離があり、また、竜王国と法国の北部にはカッツェ平野──アインズ・ウール・ゴウン魔導国の領地が広がっている。

 いざというときは、竜王国は魔導国と内応し、接する国境地帯に魔導国軍を進駐させることも確約済みだ。つまり、国境は閉鎖される運び。包囲網は完璧という具合であった。

 

「法国は、どうなるでしょうか」

 

 宰相は思わず呟くが、どうにもならないだろうとドラウディロンは見ている。

 自分だったらケツまくって逃げ出したいところだが、あの国の首脳陣は神の都を捨てることはできないだろう。何より、国是たる六大神信仰からして、アンデッドなどの邪悪なモンスターと手を結ぶことは許されない。闇の神を信奉している割に、そのあたりが非常に面倒な国民性がある。

 

「あとは南の砂漠地帯──エリュエンティウくらいしか頼りにならんだろうが」

 

 あそこが他国に干渉した話は聞いたことがない……否、ひい爺様(じいさま)の話だと、他国に干渉しまくった王たちの遺した都であるがゆえに、よそへの干渉を禁じるようになったというべきか。 

 

「なんにせよ600年の歴史も、ここまでだろうな」

 

 その片棒を担ぐ──とまではいかずとも、率先して味方する理由がないドラウディロン女王は、胸の内でスレイン法国の滅亡と民たちの苦難を、心から謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 リ・エスティーゼ王国の宮殿で、第三王女ラナーは、国政を離れた……半ば廃人と化し放棄せざるをえなかった父に代わって、兄である第二王子ザナックと分担した仕事を決裁し終えた。

 

「ふー……これで、手続きの方は終わりね」

「ありがとうございます、ラナー殿下」

 

 国務長官は謹直な姿勢でそれを受け取り、彼女の執務室を後にする。

 そして、彼女の子犬が慰労の言葉を発した。

 

「お疲れ様です。ラナー様」

「はぁ、本当に疲れました。都市の再建事業や、その労働力の手配。そして、法国と戦争状態に移行する魔導国からの協力要請と、その受諾。クライム、肩をもんでくれる?」

「そ、そのようなことは!」

 

 耳まで赤くして身分の差を(おもんばか)るさまが実にかわいらしく思い、ラナーは微笑みを深くする。

 

「冗談です。お兄様の方は、どうなさっておいでです?」

「……先日の内乱に参加した諸侯、その中で生き残った主犯格の刑が執行されました」

 

 その立ち合いを務めたという。

 

「聞いたことのない名前の男爵、でしたっけ? この機に乗じて一旗揚げようと?」

「詳細は不明ですが、ズーラーノーンを王国内部に引き入れ、都市壊滅の責を負った者達です。ラナーさまが御心を痛める必要はございません」

 

 悲し気に微笑まれて、思わず下腹部のあたりが疼いた。

 ああ、はやくこの子犬と共に、あの方々のもとで働ける日が来ればいいのに。

 そうすれば、ラナーはいくらでもクライムと結ばれ、未来永劫をむつみあうことができるだろうに。

 

「ラナーさま?」

 

 なんでもありませんわと軽やかに席を立つ第三王女。

 彼女はポケットの内に常に携行している“箱”を慰撫するように撫でながら、クライムと共に私室を目指す。

 その途上で。

 

「あら、お兄様?」

 

 ザナック王子の姿を窓外に見出したラナー。

 第二王子は宮殿の庭の一隅にある花畑で、木製の車椅子に腰掛ける女性と、何やら会話している。

 クライムは女性の名前に覚えがあった。

 

「レメディオス殿ですね。“元”ローブル聖王国聖騎士団長。九色のうちの白色、だったはずです」

「あら。クライムはお詳しいの?」

 

 嫉妬心とは無縁なラナーの口調だが、クライムが自分以外の女性のことを話すと、どうしても心のうちにさざなみを感じる。

 

「詳しいわけではありませんが。周辺諸国でも名の知れた戦士の一人──でした」

 

 だが、彼女は“壊れた”。

 聖王国自体は魔導王の手によって救われたが、レメディオス・カストディオは、完全に打ちのめされた。

 精神に異常をきたし、団長職を追われ、療養のためにと、魔導王陛下の指名で、ザナック王子のもとに。

 当初は城のメイドらが世話を務めていたが、なぜか今では、ザナック本人が彼女の世話につくことも頻繁にある。

 

「ザナックさま(いわ)く『第二王子という「身分のある者」には、かろうじて人らしく接することができる』らしいです」

「──そうですか」

 

 早く快復なさるとよいですね、などと心にもないことを言いつつ、クライムが頷いて付いてくるのを、ラナーは(こころよ)く思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 寝酒の酒杯を優雅に傾けつつ、金髪の青年は皇城の下の発展ぶりと平和ぶりを眺めるでもなく眺める。

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、無論のことながら、魔導国側についた──つけたことを幸福に思うべきか。

 

 新しくできた亜人の友のおかげで、最近はすこぶる体調がいい。枕にこびりつく抜け毛もなくなった。

 だが、魔導国がスレイン法国を蹂躙する地獄絵図を脳内に思い描くたび、あのときの闘技場のことを思い出す。

 

(あれがなかったら、俺の人生どうなっていたことか)

 

 当時のこと。

 法国などの諸国と合し、魔導国包囲網を築く計画が、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の登場で、すべてがご破算となった。密談をかわそうとしていた神官長らを激昂させ、「人類の裏切り者」扱いされたことも、なつかしい。

 いまとなっては、あの時に早々と属国化できて、本当に、本当によかった。

 失ったものは少なく、むしろ得たものは大きい。

 鮮血帝として恐れられていたのも過去のこと──属国の皇帝という身分も、そんなに悪いものではない。

 

「ジル、そろそろお休みになっては?」

「ああ」

 

 愛妾のロクシーに寝床へと誘われ、ジルクニフは酒杯を軽く飲み干す。

 空のグラスをテーブルにおいて、天蓋付きの白いベッドへ。

 バハルス帝国──属国の未来は明るいと、何一つ疑うことなく、皇帝は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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