オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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ンフィーレアの死

/Nfirea is Dead

 

 

 

 

 

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 カルネ村──否、すでに村と呼べる規模ではなく、魔導国の支配領地──“領域”として扱われるまでに格上げされた。

 この領域を守護する大任を得たのは勿論、数多のゴブリン軍を率いる“族長”──エンリ・エモットあらため、エンリ・バレアレをおいて他にない。

 

「ンフィー?」

 

 そのエンリ領域守護者と結婚した、彼女の幼馴染、ンフィーレア・バレアレは、カルネ村郊外に増設されたポーション工房にこもっていた。他にもドワーフたちの工房やゴーレム製造工房なども新設されていたが、どの施設も重厚な作りで、万が一の事故の時にも外への影響は少ない設計がなされており、断熱や防音にも優れていた。

 慣れないものでは鼻をつまみたくなる薬品や薬草の羅列された棚を背に、錬金術師たる彼は研究書類に何事かを記述している。

 

「そろそろ夕食の時間だよ。ネムがお腹すかせて待ってるよ~」

「ああ、もうそんな時間?」

 

〈永続光〉の魔法のランプがあるせいで昼夜問わず研究に没頭できる環境にあるンフィーレアは、窓の外の暗さに気づけなかった。

 

「おばあちゃんの方は?」

「最近は赤色の研究が大詰めとか。でも、今日はもう帰ったよ。さすがに歳だしね。無理はさせられないよ」

「それは私もンフィーにさんざん言ってるはずだけど?」

 

 ンフィーレアは笑ってごまかした。

 精力剤として青色のほかに藍色や橙色などのポーションを自分で製造し服用したりもしている。

 

 祖母が“神の血”を目指し、その途上で赤紫やら青紫やら藤色やら様々な色のポーションが完成し、ナザリックで試用されている。それらは特定の種族──人間種だったり亜人種だったり異形種だったり、様々な種族で効き目に違いが出るもので、祖母の望む完成品からは程遠い。

 が、ンフィーレアは発想の転換を行った。

「赤」こそが最高の神薬であるとされるが、果たして本当にそうであろうか。

 最近、ンフィーレアは属性を付与しやすいポーション“透明”の開発に熱を上げている。

 あれが完成・増産可能となれば、今までのポーション体系にも大いに影響を及ぼすだろう。たとえば、ナザリック内にいるという神官軍指揮者さんによる“神聖属性付与”にも大いに流用できるかも。彼の手によって加工される“水色”ポーションは、確かに邪悪な存在を打ち払う神聖属性を投薬者に付与する作用がある。魔導国の冒険者界隈でも、なかなかに好評を博していた。

 

 それら研究計画を興奮気味に話す(ンフィー)をしようがなしに見守っていた(エンリ)は、とにかく休息のための帰宅を命じた。

 

「じゃあ、ンフィーレア、あまり無理しないで、今日の夕食はンフィーの好きな具のシチューにしたから」

「ええ、何かな?」

 

 それは家に帰ってからのお楽しみね。そう告げる妻が工房を辞した後、ンフィーレアも仕事の後片付けを切り上げ、工房内を照らす〈永続光〉のランプを消した、その時だった。

 

 

 

 

「やあ」

 

 

 

 

 彼以外には誰もいないはずのポーション工房内に、彼を呼ぶ声が響く。

 鈴の音を思わせる綺麗な声色だが、ンフィーレアには心当たりがない。

 エンリではない、いったい誰だろうと振り返った、直後、

 

「がはっ!」

 

 前触れもなく彼は首を鷲掴(わしづか)みにされ、軽く宙に浮いた。

 

「君が、異能(タレント)持ちの、ンフィーレア・バレアレ?」

 

 窓の外からもれる月光で艶めくのは、黒と白に別れた髪色。その下からかろうじて見える耳の形は細長い。左右でこれまた違う色をともす瞳は、まるでお気に入りの好物を前にした子供のように妖しく輝いて見える。

 彼には知らぬ存ぜぬ相手であるが、それが法国の漆黒聖典「番外席次」と呼ばれる少女であることは間違いなかった。

 少女は打って変わって、感情を窺わせない瞳の透明さで問いただした。

 

「さっき奥さんからも名前呼ばれてたし、確定だよね?」

「が、あ、き、君は一体?」

 

 かろうじて呼吸と会話ができる程度の拘束力だが、ンフィーレアの筋力脚力では逃げることはできない程度に、巧みに調整されている。

 信じがたい膂力(りょりょく)。考え難い能力の繊細(せんさい)さであった。

 

「安心してくれていいよ。用があるのは、君の異能(タレント)の方だから」

 

 異能(タレント)と聞いて、彼の脳裏に過日の恐怖が一瞬で()ぎる。

 あのときは冒険者モモン──否、アインズ・ウール・ゴウンその人のおかげで事なきを得た。

 

「ぼ、ぼくの、異能(タレント)を使おうだなんて考えても、無駄だ! 僕には僕の意志がある! 脅されたって!」

 

 精一杯の虚勢。

 無論、相手にはそんなことなど「どうでもいい」らしい。

 

「あはー、大丈夫、だいじょうぶ。異能を使うのは“君じゃない”から、安心してくれていいよ」

「? い──いったい、なにを、いって」

「んじゃあ、ひとまず……ゴミ掃除から」

 

 黒白の少女がどこからともなく左腕に取り出したのは、十字槍にも似た禍々しい戦鎌(ウォーサイズ)

 ンフィーレアが驚嘆の声を上げるよりも早く、番外席次は動いた。

 

「な、」

 

 戦鎌の一撃が、他に誰もいない工房内の虚空を細切れに引き裂いていた。

 

「に?」

 

 その誰もいなかった空間から、あふれ出る血飛沫(ちしぶき)の滝。粉々に割れ砕けたのは巨大な聖杖。隠れ潜んでいた護衛のモンスター、その死骸。

 愕然と声を奏でた少女……赤毛のメイドだけが、五体満足に、工房内に立っていられた。

 

「あら? 意外としぶといのがいるじゃん?」

 

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)数体の(むくろ)が消滅しつつあるそこに現れたのは、赤髪を三つ編みに結った戦闘メイド(プレアデス)が一人、ルプスレギナ・ベータであった。

 番外席次は愉快そうな語調で告げた。

 

「この私が気付いていないとでも思ったわけ? イヌっころ風情が?」

「ちぃ!」

「ル、ルプスレギナさんッ!?」

 

 知己であるンフィーレアが驚愕の声を上げるのを無視して、ルプスレギナは襲撃者へと飛びかかり、反撃の爪──人狼(ワーウルフ)の五指を伸ばすが、

 

(おっそ)

 

 戦鎌の一撃の方が数倍の速さで赤髪の少女の左腕を切り落としていた。

 

「な、馬鹿、な──っ、〈大治癒(ヒール)〉!」

 

 驚愕と痛覚を感じる直前に、回復魔法の発動で傷を癒し出血を止め、片腕を(もど)したルプスレギナ。

 人狼は「純銀」以外の金属に耐性を備える種族──だが、あの戦鎌は純銀ではない。純銀であれば痛覚の違いでそれとわかる。断定できる。かつて沈黙都市で受けた傷の時のように。しかし、あの戦鎌は人狼の両腕を易々と切って落とした。まるで飴細工でも切るがごとく。ありえないことが起こっている──

 そんな彼女の状況分析と回復魔法の様子に、番外席次は余裕綽々に応じた。

 

「へえ。あんた神官? その恰好(なり)で?」

「あ? だったらどうした侵入者ッ! 私の〈完全不可視化〉をどうやって見破った!?」

 

 舌戦(ぜっせん)に応じるルプスレギナは本気で激怒していた。

 一撃で壊された武装の聖杖は、彼女を創造した獣王メコン川からの贈り物であり、何よりここは、ナザリック地下大墳墓におわす至高の四十一人のまとめ役にして、いまやアインズ・ウール・ゴウン魔導国の君主となった御方が支配する領域。

 だというのに、誰にも何にも気づかれずに、アインズから最重要保護対象として指定された若者の工房に侵入を果たすなど、尋常ではないことが起こっている。周囲に駐屯しているゴブリン軍は勿論、ナザリックの警邏たちすら、この領域深部への侵入に気づかないなど、ありえるはずがない。何らかの異能か、未知の能力によるものか、判断が難しい。〈伝言(メッセージ)〉をとばそうともしたが、何らかの力で妨害されていて、増援すら呼べはしない。

 だが、そんなことの一切が関係ない──ルプスレギナは高らかに()えた。

 

「何者かは知らんが! 生きてここから帰れると思うな!」

 

 かつて沈黙都市の任務で、クストに一発でバレた時とは状況が違った。違いすぎた。

 本気の口調と戦力で応戦するルプスレギナであったが、戦局はどう見ても彼女の圧倒的不利であった。

 味方と主武装を失ったからではない。人質(ンフィーレア)がいるからでもない。

 圧倒的な、絶対的な、彼我(ひが)の実力差だ。

 黒白の髪の少女は嘲弄(ちょうろう)するように赤毛のメイドを左腕一本で十数度も殴り肘鉄(ひじてつ)をくらわせ、握った戦鎌の石突(いしづき)で首や体の各所を小突いてすらみせた。

 完全に遊ばれている。

 ありえない反射速度と連撃の数。

 人間一人(ンフィーレア)の首を捕らえた人間種を相手に。

 戦闘メイド(プレアデス)の一人たる──ルプスレギナ・ベータが!

 せめて相手の情報を持って帰るか、捕らわれたンフィーレアを逃がすくらいのことは遂行してみせたかったが、そのどれもがかなわなかった。

 やがて、番外席次もメイドとの戦い(あぞび)に飽きた。

 戦鎌の刃でメイドの腕を脚を腹を胸を顔を情け容赦なく引き裂き貫き、その都度、神官の回復魔法で癒すサイクルができたが、それも長くは続かなかった。

 

「かはっ!」

 

 信じがたいことに、ルプスレギナの体力(H P)が尽きかけている。魔力(M P)も底が見え始めた。

 至高の御方より賜った魔法のメイド服も、彼女の血で真っ赤に染まり果ててしまう。

 

「あ、あ──」

 

 ついに、ルプスレギナは力尽きた。わずか二分にも満たない戦闘で膝を屈し、その場に倒れ伏した。

 番外が「とどめを刺そう」と言わんばかりに、戦鎌の刃でうつぶせに転がる彼女の喉元を刈ろうとするさまを、拘束され続けているンフィーレアは黙って見過ごせなかった。

 

「や、やめろ! その人は、僕の恩人の、魔導王陛下の、部下のひとだ! 傷つけることは、許さないぞ!」

 

 だが、それこそが(あだ)となった。

 番外席次が好奇の眼差しで赤毛のメイドを見下ろした。

 

「──へえ? こんなザコ(いぬ)が、魔導王の? ふふふ、笑えるわあ、それ……ああ、でも」

 

「それはそれで“ちょうどいい”」と言って、番外席次はルプスレギナの背中をミシリと踏みにじった。

 そして、次の瞬間──

 

「ぎぃあ、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────ッ!?!」

 

 足でメイドの背中を踏み抜き、貫通させた。

 番外席次の笑みが、凶気と狂喜に彩られる。

 飛び出す大量の血と肉で、薬品臭かった部屋の臭気が、真紅一色に染まった。そして、番外席次は血まみれの足を引き抜く。

 自分の血の海の上でもがき苦しむルプスレギナの叫喚が、室内を圧していた。

 

「ガっ、あああああ、〈治癒(キュア)〉、アアアア、〈治、、癒〉、アぎ、あああがああああ──っ!」

 

 残った魔力を総動員して回復魔法を唱えるが、そのどれもがまったく完全に機能しない。

 赤髪を振り乱し、傷を抱え震えうずくまり続けることしかできない──ナザリック地下大墳墓を守護せし戦闘メイドの一人が、完膚(かんぷ)なきまでに戦闘不能に陥った。

 ンフィーレアは絶望と疑念に叫び喚く。

 

「な、なにを!? ルプスレギナさんに、何を?!」

「だいじょーぶ。死にゃしないよ。──というか逆に、『死ねない(・・・・)傷を(・・)与える(・・・)』──そういう異能(ちから)を使っただけだし?」

 

 もがき苦しむルプスレギナは、それでも、己の任務「この領域での一級守護対象を守る」に殉じるべく、番外席次の足首を掴もうと右腕を伸ばす。

 そんな彼女の覚悟も責務も一切が通じない──伸ばされた手を蹴たぐって「粉砕」してみせる番外席次。その圧倒的な、(ちから)

 連続する痛覚に、気絶することもままならないルプスレギナ。

 そんな人狼(イヌ)にかまうことなく、番外席次は悠々と、片手で首をつかみ上げた青年の方を注視する。

 

「それじゃあ、本題に入ろっか」

 

 ンフィーレアは手足に力を込めて必死に抵抗しているが、彼のレベル──強さでは、目の前の少女に傷ひとつつけられない。(のが)れることができない。 

 

「君の異能(タレント)──『ありとあらゆるマジックアテムを使用可能にする』──その命ごと、私が“もらっちゃう”から」

 

 言っている内容が理解できなかったンフィーレアは、ただ恐怖と困惑に震えることしかできない。

 

「な、にを、言って?」

「さようなら、そして」

 

 いただきます──

 微笑む黒白の少女は、まるで死神の魔手のごとく、ンフィーレアの心臓を貫き、抉りとった。

 

「      エ… …ン  」

 

 なんの容赦もない一撃によって、ンフィーレアは断末魔を上げることもできず、死んだ。

 死体を乱暴に薬棚へ放りすてた番外席次は、今まさに彼から奪い取った心臓を──命を──魂を、まるで禁断の果実のごとく眺め、笑い、そしてその場で(むさぼ)り喰らう。

 

「んー、おいし♪」

 

 赤い血にまみれた口元をぬぐった番外席次は満足げに「ごちそうさま」と言って(わら)い、やはり音もなく、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 

「なに…………これ?」

 

 夫の帰りがあまりにも遅いと不審に思ったエンリが工房へと戻ると、瀕死の重傷で横たわるルプスレギナと、殺されたンフィーレアの死体と、対面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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