オーバーロード 絶死絶命 ~199年前の墜とし仔~   作:空想病

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状況確認

/Situation confirmation

 

 

 

 

 

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 その凶報(きょうほう)は、すぐさまアインズのもとに届けられた。

 

「いま、何と言った」

 

 骨の指が握っていた羽ペンが、書類の上を転がった。

 魔導王はエ・ランテルの執務室で、五日後の戦争準備と共に、午後の政務に取り組んでいた。

 しかし、あまりにも信じがたい報告内容で、何らかの誤報ではないかとさえ思った。

 

「──ンフィーレアが、死んだ──だと?」

 

 その報せを持ってきたナザリック第七階層守護者・デミウルゴスは、謹直な姿勢で事実を告げる。

 

「彼の妻であるカルネ領域守護者、エンリ・バレアレが第一発見者です。殺害現場の状況からして、何者かの襲撃を受けたものと推察されます」

「ば、馬鹿な……彼の護衛……ルプスレギナたちは、どうした!?」

「…………」

 

 デミウルゴスですら即言できなかった。傍に控える魔将たちなど、怯え竦み震えあがっている。

 魔導王は声が激するのをとめられない。とめることができなかった。

 

「ルプスレギナはどうしたと()いている! デミウルゴス!!」

 

 答えろと命じられた悪魔は、拝跪(はいき)の姿勢のまま、低声を床におとした。

 

「……現在、ナザリック第九階層にて、ペストーニャおよびクスト・スゥの治療を受けております。瀕死の重傷です。おそらく、ンフィーレアを殺した下手人による、犯行かと……」

 

 アインズはあふれ出す怒気に蓋することが出来なかった。

 沈黙都市での任務を覗き見ていた際、人狼のメイドが純銀の魔法武器で傷つけられた時の比ではなかった。

 

「いぃぃぃいったい! どこのどいつだあぁ!! その犯人はッ!!?」

 

 執務机の上が、骨の腕で一掃された。椅子は転がり倒れ、立ち上がった骨の玉体が衝動に駆られるまま蹴り上げ、屋敷の壁を貫通させるほどブチ壊した。

 そこで、アンデッドの精神が沈静化された。

 それでも、強制的に冷静になっても、アインズの怒りはおさまらない。おさまるどころではなかったが、シモベたちへの詫びを入れずにはいられなかった。

 

「……すまん。みっともない醜態を」

 

 デミウルゴスは書類の散乱する中でも身を固め、実直な応答を君主におくる。

 

「いえ。御身の怒りは当然のものと、理解しております」

「今すぐナザリックに戻る」

 

 委細承知したデミウルゴスたちを連れて、アインズはナザリック地下大墳墓の表層に転移した。

 そこで待ち構えていたナーベラルを除く戦闘メイド(プレアデス)たち四人──彼女らを率い、ナザリック守護の任に就くセバスからギルドの指輪を受け取る。彼も彼女らも、ルプスレギナの身を案じていることはわかったが、一言も狼狽(ろうばい)の声を上げず、ただ主人に一礼する。アインズは「すまない」と詫びて、一挙に第九階層へ。

 廊下で居合わせた一般メイドの一人が、驚愕に足をとめた。

 

「アインズ様!」

「私にかまうな──いや──ルプスレギナの容体は?」

 

 アインズは一路、シモベたちの居住区画を目指した。

 訪れた私室──シモベのなかでもルプスレギナに与えられた一室は、ペストーニャと一般メイド、さらにクスト・スゥによって集中治療室のそれになっていた。

 部屋の中心で横たわるルプスレギナは明らかに血色が悪く、呼吸までつらそうであった。

 あれで本当に治癒魔法をかけられ続けているとは、にわかには信じがたいほどである。

 

「この魔法でもダメ、ですか……」

「──次は〈上位解呪〉の詠唱・二発同時を試しましょう。回復は続けて、少しでも苦痛を和らげられる」

 

 犬頭に腑分け痕があるメイド長・ペストーニャと、アインズがナザリックに招いた人狼の神官クストの施術は、どれも失敗に終わった。

 人狼の戦闘メイドの背中と腹部を貫通した、むごたらしい、傷。

 治癒魔法を詠唱し続けることで体力を完全に失い死亡することはないが、意識が回復する見込みは──。

 

「くそっ」

 

 沈静化する意識で、用意された椅子の一脚に腰を落とすアインズ。

 ルプスレギナを見舞い、実際の現場に直面して、己に失策や失態、見落としがなかったか粗探(あらさが)しする。

 たとえば、そう、護衛人員の数を増やしておけば──戦闘メイドのソリュシャンなどの隠密能力と合わせていたら──などなど、無駄な後悔ばかりが空っぽの頭蓋骨の内に鬱積していく。

 

「アインズ様、少しだけよろしいでしょうか?」

 

 一時的に治療の現場を他の神官に任せたペストーニャに促され、顔を上げた。アインズは最も知りたかったことをたずねる。

 

「ルプスレギナは、……死ぬのか?」

 

 主人からの率直かつ絶望的な問いかけに対し、ペストーニャの犬の頭は、かろうじて左右に振れた。

 

「いえ、命の方は。ただ──」

「ただ?」

「私共が調べた限り、あの傷は通常の負傷ではございません。何しろ、彼女を“死ねなくしているのですから”」

「……死ねなく、している?」

 

 アインズは骨の首をかしげる。

 

「ええ。死亡不能、いえ“殺害不可”の呪い、というようですが。とにかく、彼女は今、あの傷によって、永続的に苦痛を与えられている状態です。〈呪詛(カース)〉の魔法の類であれば、治療も簡単なのですが」

「ユグドラシルとは違う魔法、いや、法則、ということか?」

「そういうことになろうかと存じます…………わん」

 

 アインズは言葉もなかった。“死は救い”などというナザリックの標語を嫌でも想起させられる。

 

「つきましては、クスト殿からもお話が」

「なに、クストが?」

 

 沈黙都市を封じていた、この世界では絶滅種とされる人狼、その生き残りである青年は、短く切った黒髪で魔導王に一礼し片膝をつく。

 

「陛下。ルプーの──彼女の傷についてですが、少々お話が」

「なにか君には情報がある、と?」

 

 内心、(わら)にも縋る思いでクストに先を促した。

 

「はい。我が義父にして師である、小猫の教皇から聞いたことがあるのです。『永遠に苦しみ続けるための傷を与える』という異能(タレント)の話を」

「ほう。今回の事件は、その異能(タレント)持ちの仕業と?」

「やも知れません──ですが」

 

 クストはひとつ息を吐く。

 

「義父が死ぬ前。私が15の時に聞いた十三英雄の話で、「そういう異能をもって生まれた戦士」の話を聞いたことがあるのです。その戦士は、十三英雄と「敵対した」厄介な相手であった、と。十三英雄が一人・自称“黒騎士”の持っていた魔剣のうちの一本、“腐剣コロクダバール”よりも強力な威力を持つ異能(タレント)で、かの騎士がいなければ応戦するのも困難であったと伝え聞いております」

「なるほど──それで、君の義父たち十三英雄は、その戦士からの不死の傷に対し、他にどのように対処を?」

 

 青年は数秒の逡巡を必要とした。伝えるべきか否かの天秤にかけ、「伝える」という選択に比重が傾いたようだ。

 

「異能持ちを殺害することで強制的に解呪させた、という単純な話ではございませんでした。さらに、“死亡不可”“殺害不可”状態というのも、通常人類、いえ、命ある存在すべてにとっては悪しき呪いでしかなく、これを解決する手段として有効なのは、────」

 

 言葉に詰まる人狼の青年に、アインズは納得の頷きを返す。

 

「構わない。話してくれ」

「……この異能は、「被呪者に“自死”させる」ことに関しては、何の縛りもない。そのため……」

 

 クストは沈痛な表情で魔導王の視線から目をそらした。

 苦痛のうちに意識を失っているルプスレギナに、自死させる──彼女の意識が目覚めようとも、そのような選択肢は、アインズ・ウール・ゴウンに存在しない。

 

「──他にわかっていることは、あるかな?」

「いえ。私が覚えているのは。その程度のことで……もっと詳しく、教えをこうていればよかったのですが」

「いや──参考になった。ありがとう、話してくれて」

 

 アインズはクストをさがらせた。彼自身、度重なる治癒魔法の連発で疲弊している。多くを語らせようとすれば体力が持つまい。

 彼の記憶を読むというのも無理がある。彼は若い青年の姿だが、実に150年を生きる異形種の人狼の生き残りだ。そのうちの100年間を、沈黙都市を襲った上位アンデッド封印に費やしていたところに、アインズがルプスレギナを派遣調査に向かわせたのが、彼との出会いであった。

 そんな彼の記憶を、15歳の時分まで(さかのぼ)るなど、今のアインズには望むべくもない。それを強行したところで、彼が解決手段を聞いていなければ、ただの徒労、魔力の浪費に終わってしまう。

 ちなみに、治療途中のルプスレギナの記憶を読む行為は憚られた。彼女にかけられる回復魔法に影響を与えかねないし、何よりこの魔法は、相手の精神に干渉する魔法。意識不明の重体という状況では、操作すべき精神そのものが機能してくれないのである。

 

「ッ」

 

 ルプスレギナが苦痛の呻きを上げる。だが、やはり意識は戻っていない。

 この骨の身体、アインズに唇が存在していれば、確実に血が吹き出るほど嚙み締めていただろう。

 

「──どこの誰かは知らんが、これは“挑戦状”と受け取ったぞ」

 

 ルプスレギナに自死などさせない。

 絶対に、絶対に絶対に絶対に、ルプスレギナの傷は快癒してみせる。

 決意を固めたアインズ・ウール・ゴウン魔導王は、ルプスレギナの治療を続けることを厳命厳守させた後、後ろ髪を引かれる思いで治療室を辞し、もう一人の悲劇の授受者へ面会しに向かった。

 

 

 

 

 

 

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「エンリ」

 

 ナザリック地下大墳墓の第九階層(ロイヤルスイート)の客間で待っていた少女は、泣きはらした顔で呆然と虚空を眺めていた。

 一般メイドに出された超高級品の紅茶もお茶菓子にも手をつけず、ただ、起こったことが真実であるのか疑うような視線と表情で、本当に痛ましかった。

 

「エンリ……」

 

 再度の呼びかけに、エンリは壊れた人形のように振り向いた。

 

「アインズ、さま────ンフィーが────ルプスレギナさんが!」

 

 ようやくスイッチが入ったかのように涙をこぼして窮状を訴えるエンリ。

 ちなみに、彼女の妹ネムと、ンフィーレアの祖母リイジー・バレアレもまた、重要防衛対象ゆえに、同じ客間に通されていた。ネムをカウチの上に寝かしつけた義理の祖母は、孫の死という現実を受け入れ切った表情で目礼を交わす。

 

「すまない、二人とも。今回の件は、私の失態だ」

「いいや、魔導王陛下──悪いのは孫を殺し、ルプスレギナ殿を返り討ちにしおった何者かの方じゃ」

 

 リイジーは年の功ゆえか冷静に状況を判断できている。

 ルプスレギナが孫や自分たちの護衛であることにも察しがついていたのだろう。しかし、それでも解せない。

 

「ただ……何故なんでしょうな……何故、うちの孫が、ンフィーレアばかりが、こんな」

 

 リイジーにとって、彼を失うのは二度目の経験となった。

 一度目はエ・ランテルで、そして今回はカルネ領域で。

 魔導王アインズの庇護のもと、研究に没頭できたはず、なのに。

 

「案じるな、二人とも」

 

 アインズ・ウール・ゴウンは宣言した。

 

「ンフィーレア・バレアレは、魔導王である私が蘇生させると、誓う」

 

 臣民にして重要な地位と役目をあたえられた二人は顔を見合わせ、素直に喜んだ。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます、アインズ様!」

「じゃが、本当に、そんなことが?」

 

 頷く魔導王。

 すでに、冒険者たちへの宣布として、魔導王アインズが死者の蘇生を行えることは周知の事実。

 ここで、重要なポーション職人として魔導王に奉仕してきたンフィーレアを蘇生させないというのは、ありえない判断だ。

 

「ただ。少しばかり時間を要することだけは、許してほしい……彼とルプスレギナを襲った下手人を調べるためにも。」

 

 エンリもリイジーも納得してくれた。

 だが、アインズは黙っていることがあった。

 ルプスレギナが未知の現象に陥っているのと同様に、死亡したンフィーレアの方にも、“異変”が生じていたことを。

 

 

 

 

 

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 ナザリックの執務室にて。

 

「蘇生できんだと?」

 

 ンフィーレアの死亡を聞いた時点で、アインズは彼を蘇生させることを命じていた。

 二人を襲った犯人を追うためならば、襲われた二人に問いただす方が手っ取り早い。意識不明の瀕死であるルプスレギナは論外だが、ただ殺された──心臓を一撃で抉られたンフィーレアの死体であれば、簡単に蘇生できるはず。中でも、ペストーニャの〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉であれば、その程度のことは容易。媒介となる黄金などの用意も、今の魔導国……ナザリック地下大墳墓には潤沢に存在していた。蘇生させた後でじっくりと事情聴取を行うつもりでいたアインズは、彼の記憶を読んででも、下手人の正体をあぶりだすつもりでいた。

 

 だが、できなかった。

 

 ルプスレギナを治療中のペストーニャに代わって、デミウルゴスが仔細を述べる。

 

「蘇生作業を担当したペストーニャの話によりますと、ンフィーレア・バレアレの肉体、もとい魂魄(こんぱく)の領域で、彼の死を払えない──いえ、彼の魂を“捕捉できなかった”とあります」

「──魂を、──捕捉できない、だと?」

 

 アインズは腕を組んで考える。

 彼自身、蜥蜴人(リザードマン)への蘇生実験などで、実際に蘇生魔法を実行した前歴がある。あの時に得た経験を思い浮かべると、確かに蘇生対象の魂なる領域に干渉するという表現は正しく想い起こせた。

 百聞は一見に如かずの精神で、アインズ自身が高価なマジックアイテムを使用し〈蘇生〉の魔法をナザリック内に保管されたンフィーレアの死体に施しても、確かに効力が発揮されないことが実演できた。

 では、次なる疑問をアインズは問わずにはいられない。

 

「ンフィーレアの、彼の魂は、──どこへ行った?」

 

 あるいは、誰かが持ち去ったのか──その線が濃厚だと、アインズは直感する。

 だとすれば、ンフィーレア殺しの犯人しかいないだろう。

 

「襲撃現場となった、ポーション工房の調査進捗は?」

 

 現場はカルネ領域郊外とはいえ、厳重な管理監視体制下にあった。トオムの作ったゴーレムの24時間監視装置やナザリックの警邏兵が三個大隊規模で巡回中、おまけに近郊にはトブの森を開拓中の、エンリ将軍配下のゴブリン軍5000までいるのだ。それらすべてに感知されることのない強者とは、果たしてどれほどのレベルの持ち主か。

 デミウルゴスは真実無念そうに片手を胸に当て背中を九十度は曲げる。

 

「申し訳ございません。ナザリックの諜報部員を総動員して、犯人の痕跡を探っておりますが、それらしきものは、いまだなにも──」

「ふむ。潜入や暗殺に長けた盗賊(ローグ)職か? それとも、それも未知の異能(タレント)のなせる業か? ……いや待てよ?」

 

 生まれもっての異能(タレント)は、原則一人の人間・ひとつの命に一個きりのはず。複数の異能を所有するという話は、噂の橋にさえ聞いたことがない。

 

「『死ねない傷を与える』異能」だけではない、のか……いや、まさか……」

 

 アインズはデミウルゴス達と共に、日付が変わったあとでも事件解明のために動き続けたが、結果ははかばかしくなく終わる。

 とにかく、外に出ているシモベたちや法国への使節団──アルベドの最強チームに『周辺警戒を厳重せよ』と発布するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国への魔導国侵攻まで、あと四日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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