うるせぇ!? ウチのライスはこんな感じなんだ! 可愛いだろ!?
理事長との問答も虚しく過ぎ去り、ライスシャワーは窯口と二度目の邂逅を果たしていた。
トレーナー室を埋め尽くす気まずい沈黙、ライスの胃はキリキリと痛み、また顔は青ざめていた。
「ライスちゃん……」
「ひゃ、ひゃいぃ!? 」
びくりと肩を揺らす。
窯口の顔は逆光となり、ライスの位置からでは上手く表情を確認出来ない。
恐怖。圧倒的恐怖。
得体の知れない大男は、その強面な面を下げて一体彼女に何をしようというのだろうか。
理事長への言伝が不愉快だったのか? それとも目の前で気絶したから? 私はまた不幸を呼んでしまったのか?
ライスは酷く混乱し、また怯えていた。
瞬間。窯口の腰が九十度に折り曲がる。
猛烈な勢いの風圧が彼女の髪を巻き上げ、また後ろのカーテンを揺らす。
木刀を勢いよく振り下ろしたような轟音が周囲に響き、遠くで何も関係ないメイショウドトウが何も無いところですっ転んだ。
「ごめんなさい!! 」
「……………………ふぇ? 」
驚きに目を固く閉じるライスだったが、次に聞こえて来た言葉に戸惑いを隠せなかった。
床を見れば、窯口の涙腺から溢れ出したであろう涙が、大きな水溜まりを作り上げている。
「アナタの気持ちを蔑ろにしてっ!? アタシ一人で事を進めてしまうだなんて……っ! ホントッ! ごめんなさい! ライスちゃん!! 」
「え……! ふえぇ!? 」
窯口から出てきたのはなんと謝罪の言葉であった。
それもそのはずこのオカマ。性格はせっかちで一人で突っ走る気質を持っている人間ではあるが。性根は心優しく、情熱的。トレーナーとしての職務に誇りを持ち。まずは彼女たちの気持ちを第一に考える心良きオカマなのである。此奴は全て、見た目で警戒されているだけなのだ。
そんなオカマが癒し系兼守護りたいウマ娘ナンバーワンに君臨するライスを困らせてしまったとなれば。
大粒の涙を流し、心の底から謝罪をする事はなんの違和感も起こらないのだ。
しかしそんな事など知らないライスシャワー。
まさしく怒涛の勢いで繰り出される謝辞の言葉に押されていく。
止まらない窯口の勢い。癖のある涙声。情報の洪水。
ライスシャワーはパンクした。
「ちょ……ちょっと待ってくださいっっっ!! 」
「はっ!? 」
普段は出さない腹からの大声は、ライス自身が驚くほどに大きく出てきた。
流石の窯口もライスの大声が耳に届いたのか、驚き、そして申し訳なさそうな顔をしてライスを見た。
息を切らしてライスが言う。
「一度、一度落ち着いてください。ライスは、ライスはまだ貴方の事を良く知らない……何も知らない状態なのに、そんなに捲し立てられても、ライス困ります……! 」
「ライスちゃん……」
ライス自身。別段怒っている訳ではない。
彼女は聡い。ライスは窯口が本気で彼女の身を案じている事は理解しているのだ。
ただし、一度考えを落ち着かせたかった。
こうも大声で謝罪だけを捲し立てられては、自分の意見を纏められないし、また考えを述べる事も出来ないのだ。
「……ふぅ。ごめんなさい、アタシの悪い癖ね。つい結論を急ぎすぎちゃう」
ようやく落ち着いた窯口が理性を持った瞳でライスに話す。
胸に手を当て、背筋を伸ばし、顎を引いた姿勢で窯口はライスの顔をしっかりと捉えた。
「改めて。アタシの名前は『窯口 薫』。
ここトレセン学園でトレーナーをやらせて貰っているわ。
今回は、前にアナタにしてしまった行動について謝罪したかったの。
ただ…………ちょっと冷静さを欠いていたみたい。ありがとうね、叱ってくれて」
「い、いえそんな……」
「こんな流れからで申し訳無いのだけれど……お願い、お試し期間だけでも良いの。アタシと一緒にトレーニングをさせて貰えないかしら?
アナタの力になりたいって気持ちは、紛れもない本物なの」
…………正直。先程までの自分であれば断っていただろうとライスはのちに語る。
しかし、今現在。平静を取り戻した窯口の瞳を見てみればどうだろう? その瞳はライスただ一人を見つめ、彼女の力になると言う意志以外は感じ取れない。
どこかの薬的に危ない方のアグネスの言葉を借りるのであれば、『狂った目』をしている。と、言ったところだろうか?
「……まずは、『お試し期間』からです」
「ライスちゃん…………!! 」
「そのかわり! もしまたさっきみたいに暴走するようならまた関係を考えさせて貰いますからね! 」
ライスはその瞳に懸けてみたくなった。
自分だけを見つめる窯口に、自分だけ惹かれているあの瞳に。
もしかすれば、この人ならば自分が走るターフの上をより良いものにしてくれるのではないかと。
ライスは強欲に感じ取るのだった。
「よろしくお願いします。トレーナーさん」
「ありがとう。よろしくね、ライスちゃん」
一先ずは地盤は固まり、二人は固い握手を交わす。
窯口の手は硬い癖にすべすべと滑らかであり、ライスは意外な事に手のひらはタコが出来ていたりと少し固くなっている。
彼女が個人的に行なっている筋力トレーニングなどによる影響のものだった。
窯口はライスの手を触り、密かに眉を上げる。
基礎的な筋力は出来上がっているが、幾分かつき方のバランスが悪い。
しかし、それだけだ。筋肉のつき方などこれからのトレーニングでどうとでも調整していける。
寧ろこのメイクデビューすらしていない状況に於いて、彼女が持つ筋力は申し分無い。
ここに持久力と胆力を足し、スピードを維持する能力を身につけさせれば。
彼女はその小柄ながら、生粋のステイヤーとして名を馳せるだろう。
────これは、予想以上かも知れないわね……!
ライスの潜在能力に気付いていた窯口自身ではあったが、彼女の期待以上の能力に頬が吊り上がる。
彼女の能力を見て惚れたわけでは無いのだが、それとこれとは話が別であり、トレーナーとしての腕の見せ所だと窯口は考えた。
「トレーナーさん……? どうしたんですか? 」
「なんでも無いわ。ライスちゃん。ちょっと楽しくなっただけ」
「? 」
トレーナーの意味深な表情を見て訝しむライスだったが、気にしても仕方のない事だと鼻で溜息をして流す。
(この娘、気弱な性格に見せといて……意外と図太いところあるじゃ無い……)
そっけない彼女の反応を見て窯口は軽く戦慄するが、しかしステイヤーには必要な要素だと逆に喜ぶ事にしたのだった。
「ところでライスちゃん」
「なんですか? トレーナーさん? 」
窯口は片目を閉じてウインクの表情を取る。
「『ローズトレーナー』って呼んでくれても……」
「嫌です窯口トレーナー(仮)」
「そんな『かっこかり』まで言わなくても良いじゃ無い……」
窯口 薫トレーナー(仮)は肩を落とした。