時は過ぎ、良い子も良いウマ娘も寝静まる深夜。
何処かのビルにある一軒のバー。
そのBARから見えるのは、未だに夜闇を照らす社会の灯り。虚しくも美しいその景色を尻目に、沖野と窯口は席を並べていた。
「何よ沖野ちゃん。こんなお洒落なバーに連れてきて……もしかして、誘ってる? 」
「冗談でも言うんじゃねえ……! 」
窯口は沖野を揶揄い、沖野はそれに顔を赤くして反応する。
旧くからの付き合いである二人にとって、ここ暫くぶりのやりとりでもあった。
「いつ、この業界に来たんだ? 」
「あら、何のこと? アタシは昔からトレーナーよ」
「惚けんじゃねえよ。……お前は警視庁ウマ隊の教官だったはずだろ? 」
『警視庁ウマ隊』。
ウマ娘のみで編成された対凶悪犯罪用の特殊部隊。
日本でも稀に見る強盗やテロなどの凶悪犯罪。人の身だけでは解決しきれない際に設置された最終手段。
ウマ娘の膂力と、速度を持って事態を解決に導き、日本に安全を齎す。
それが、警視庁ウマ隊である。
「昔の話よ、今はただの新人トレーナー。それ以外の何者でもないわ」
「そうかい……」
意味ありげな笑みを浮かべる窯口。こういった笑みを浮かべる窯口は、えてして触れて欲しくない話題の時が多い。
察した沖野はそれ以上の追求をやめ、本題に入る事とした。
「まぁ。話をしたいのはそれって訳じゃねえんだ」
「へぇ、一体何のお話かしら? 」
「二週間後。ウチの娘とお前のとこの……ライスシャワーだったか? そいつらで模擬レースをさせてみないか? 」
「……模擬レース」
僥倖な話だった。
ライスとの二週間のお試し期間。その期間でどれほどライスの能力を上げられるのか、自分のトレーナーとしての力量の確認もそうだが、ライスシャワー自身にも良い刺激になるだろう。
受けないわけがない。
「勿論受けさせて貰うけれど、そっちは誰を出すの? 」
「メジロマックイーンだ」
「あらやだ。かの有名なメジロの御令嬢じゃない」
「お? 早くも怖気付くか? 」
「バカ言うんじゃないわよ。あの娘の方が速いに決まってる」
そうは言ったものの、相手はエリートの家系。
幼少期から受けてきた英才教育のことも踏まえると、『今』のライスでは届くかどうか少し怪しい。
勿論勝利出来るよう全身全霊でサポートするつもりだが、窯口の冷静な部分は多少の疑問符を上げていた。
「距離は三千二百メートル、芝。場所はトレセン学園内のターフだ。
条件に不満は? 」
「全く。どうやらお互いステイヤーを育てるみたいね」
「奇遇な話だな」
カクテルを飲み切り、一息吐く。
時刻は十一時を回り、酔いも良い具合に回ってきた。
……そんな節、沖野が窯口に熱い視線を向ける。
「…………ところでだ、窯口」
「と、突然何かしら? 」
急に畏まった顔でなんだと窯口がたじろぐ。
視線は真面目で熱く、酒のせいか彼のせいか顔が火照ってしまう。
その視線は差し詰め愛の告白をするかのように情熱的で、何処かのお花なトレーナーでなくともときめいてしまうほどだった。
────あらやだ、この人ったらいやよいやよも好きの内って奴?
いつもは自分の揶揄いに連れない反応をする沖野だったが、実はどちらでもいけるのか。はたまた幼馴染である自分を昔から思い慕ってくれていたのか。
別に沖野は自分のタイプという訳では無いが。
こんな視線をされてしまっては、自分も応えなければいけないではないか。
「良いわよ。……言って」
「今夜…………」
(まあ、情熱的……)
──ウットリと頬を窯口が赤らめさせたその時。
「…………奢ってくれない? 」
彼が手にした財布から、カランと虚しく小銭が一つ。
「……………………はぁ」
恍惚とは違う意味で、窯口の口から溜息が漏れた。
◆◆◆
朝。
小鳥が囀り、太陽がカーテンの隙間を差し込む。
暖かな日差しがライスの顔を撫で、鳴り響く目覚まし時計が彼女の耳をくすぐった。
「ふぅ〜ん、良く寝たぁ……」
あくびを一つ。
背を伸ばせばポキリと快音が鳴り、心地よい目覚めをより良いものにする。
こんなにも良い朝だ、誰かと共有したい。
そう思った彼女は同室であるゼンノロブロイを呼ぶ。
「おはようロブロイさん。……あれ? ロブロイさん? 」
しかし声を出しても返答は返って来ない。
無視をするような娘でも無いのでライスが不思議に思うと、ふと机の上に何かが書かれた紙が置いてある事に気づく。
どうやら手紙のようだ。
「ロブロイさんの字だ」
────何回も起こしたのですが……ごめんなさい、先に行きます。 ゼンノロブロイ
…………いや、うすらうすら気づいてはいた。
なんとなく、いつもよりも良く寝た感覚。いつもより位置が高い太陽。そして……今も尚鳴り響く目覚まし時計。
(まさか、ね? )
信じたくなかった。認めたくなかった。出来ることなら、目を逸らしたかった。
しかし、目を向けざるを得ない。
そろそろうるさい目覚まし時計。現実を告げる者。
顔をこわばらせながら、ライスはそれを両目で捉えた──!
…………時刻、八時二十九分。
「ち、ち、ちち…………遅刻だあああああああああ!! 」
ライスシャワーはその日。トレセン学園に入って初めての遅刻を犯した。
「うう……恥ずかしい……」
時刻は昼。場所は食堂。
盛大に遅刻をかましたライスシャワーは山盛りの白米とにんじんが突き刺さったハンバーグをトレイで運んでいた。
「ライスちゃんすごく速かったねー! 朝窓から見た時びっくりしたよ!! 」
「い、言わないでよウララちゃん……! 」
隣にはそのライスの半分ほどの量の昼食を運ぶハルウララ。
どうやら二人は席を探しているらしい。
「席がいっぱいだね! 」
「う、うん。どこか座れないかな……? 」
視線を彷徨わせて見れば、なんと空白の席が二つ、不自然に空いていた。
「あ、あそこ空いてるよ! 」
「え? 本当だ! 良かっ、た……」
丸いテーブルに三つの席。うちの一つが埋まっているが、この混みようでは仕方がないだろう。
そう思い同席になるであろう件の人物の姿を見て見れば。
ライスは絶句した。
「あー……頭が痛いー……」
「こんにちは! ここ座っても良い? 」
「良いわよー……座っちゃってー……
…………あら、ライスちゃんじゃない。お友達とお昼? 」
「は、はい……トレーナーさん」
なんと、窯口が頭を抱えながら日替わり特別メニューのお粥を啜っていたのだった。
「ええー!! この人、ライスちゃんのトレーナーさんなの!? 」
「そうよー。アタシの名前は窯口 薫。よろしくね、えっとー……」
「私! ハルウララ! よろしくね、ライスちゃんのトレーナーさん!! 」
「よろしくウララちゃん。元気があって良い娘ねー……アイタタタ」
酷い頭痛なのか、大きな手で再度頭を抑える窯口。
流石のライスも心配したのか声をかける。
「だ、大丈夫ですかトレーナーさん……? 」
「ええ大丈夫よライスちゃん。……ちょっと、二日酔いがね、キツくて」
「そ、そうですか」
お酒かよ。と内心毒づくライスだが、よくよく考えれば窯口も大人なのだから付き合いもあるのだろうと思い、その考えはすぐに消え去った。
そっと側にあった給水器からコップで水を汲み、ライスはそれを窯口に差し出す。
「ありがとうライスちゃん。本当、優しい娘ね……」
「そうだよ! ライスちゃんすっごい優しいの!! 」
「う、ウララちゃん……! 」
照れ臭さに頬を掻く。
窯口はそんなライスを愛おしげに見守った後にこう言い放った。
「そうそうライスちゃん」
「なんですか? トレーナーさん? 」
「二週間後。模擬レースね」
「はい、模擬レース……え? 」
数瞬固まった後、ライス。
「えええええええええええええええええっ!? 」
ライスシャワーは、本日二度目の大声を出した。