「コーヒーで良かったか?」
「恐縮です…」
西住マホは伝説である。
戦車道を志す少女達にとって神話の様な存在だ。
その彼女が隊長を務める黒森峰戦車道部。
そこに入ると言う狭き門を突破し副隊長にまで登り詰めた自分。
今や伝説の一翼を担い、神話である彼女からコーヒーまで淹れてもらってる自分。
数ヶ月前まで、マホとの時間は何物にも変えれない大切な時間だった。
「…と、言う事なんだが…」
マホはエリカがコーヒーカップを無表情で眺めている事に気付き話を止めた。
「…大丈夫か?疲れてたのなら、すまない…」
「いえ、大丈夫です…次回の対戦校…聞いた事がありませんね」
エリカは、ぎこちない笑顔を作るとコーヒーを口に運んだ。
「戦車道部を新設した学校らしいな」
コーヒーの苦味が一気に口内に広がるのを感じる。
「負けると言う事は…こういう事なんですね…」
本来なら発足したばかりの無名校が頂点に立つ黒森峰を対戦相手に指名など有り得ない話だ。
しかし、新参も新参の大洗に全て持って行かれた大会。
自分達にもワンチャンあるかもと無名校が息巻いたと言う事だろう…
伝説は地に堕ちた…
その原因を作ったのは私だ…。
「それは違う!連盟から頼まれた話だ…」
マホは慌ててエリカの言葉を否定した。
黒森峰の無名校に対する敗戦は戦車道関係界隈に少なからぬ衝撃を走らせており
スター選手である西住マホが抜ける来季にはスポンサーも離れるのではないかと噂されている。
以前、西住ミホが敗戦の責を取り退部転校したのに
今回は誰も責任は取らないのか?
と言う話もマホには聞こえて来ているが、あんな馬鹿な事は
金輪際にして欲しい…
「今度の学校は少々特殊な学校なんだ…」
マホは資料をエリカに手渡した。
元少年院、現在は学校と言う名の施設か…
大方、あの連盟理事長が泣き落とされたのだろう。
どうやらテレビ局も乗った話らしい…
胸を貸す感じで黒森峰のPRになればスポンサーは離れないでいてくれるだろうか…?
スポンサーが去ってしまえば学園艦はもちろん
戦車の運用にも事欠く有り様となるだろう。
…黒森峰は終わる。
黒森峰を終わらせた伝説を担うのだ私は…
部活開始時、ズラリと並ぶ隊員の前で行われる隊長による訓示
隊長の隣に立つ自分が誇らしかった。
来年、私の前に並ぶ者など誰も居まい。
「えぇ、大丈夫です…二度と無様な事にはなりません」
エリカは立ち上がった。
「なるようなら自裁する覚悟です」
「エリカ!」
マホはエリカの手を掴もうとしたが指先は空を切った。
「コーヒー、ご馳走さまでした」