「いやいやいやいや…黒森峰って言ったら熊本とかの方のだろ?」
恭子は思わず聞き返した。
戦車道に詳しくなくとも黒森峰の名前くらいは知っている。
常に優勝か準優勝のエリート校だ。
今日から戦車道始めましたな地区予選も突破出来ないポッと出の高校が絡む事など絶対に無い。
しかも、戦車道全国大会は大洗の優勝で既に終わっている。
「詳しいな…」
与那は恭子を見ながら昨日、自分も
ああいう顔をしていたのかと思った。
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「黒森峰だって…!?」
先日、3人が退出したあと理事長室に残された与那は
対戦校の名を聞き唖然とした。
「聞いた事を聞き返すな…時間の無駄は馬鹿がする事だぞ?」
理事長はヤレヤレと言った顔で黒森峰の資料を見ろと与那に渡す。
「馬鹿は、そっちだ」
「んが!?」
いきなりの罵倒にキョトンとした理事長を尻目に
与那は資料を一瞥すらせず机に置いた。
「奇跡と言われた大洗ですら中重戦車は装備していたはずだ」
4号戦車、ポルシェ式タイガー
この2両が無かったら奇跡など起こり様も無かっただろう。
いくら西住ミホが稀代の戦略家であれ…だ。
結局のところ、戦車道とは性能と単純に物量を持つ事が絶対的な条件であり
上位常連校を見てもそれは証明されている。
大洗は以前に戦車道部が存在した為に機材の再利用となったが
戦車道部が過去に存在していない我が校は全てが購入となるのだ。
安民を先進的な教育者として世に知らしめたエンテベ女子だったが
台所の実情は、トイレの紙すら生徒が奪い合う酷い物だ。
中戦車など望むべくも無い…
軽戦車主体の貧乏学校が勝利出来る可能性は
中戦車、重戦車主体の学校に比べて非常に低い。
勝ち負けでは無いとは言え、そういう戦略性の低さ…
つまりゲーム性の無さが、昨今の戦車道低迷に繋がっている訳だが…
せいぜい配備したとして3号戦車なら御の字
逆に5号や6号を配備しても恭子達には扱えはしまい。
たちまち変速機を破損させるか履帯を破断させてしまうだけだ。
4号戦車、せめて長砲身シャーマンは欲しい…
いや、ヘッツァー駆逐戦車の方が…
ここまで考えて与那は自分の愚かしさに苦笑いした。
「理事長…戦車道より、まずは便所の紙からだ」
そもそも部員が全く足らない…
捕らぬ狸の皮算用とは良く言った物だ。
与那は立ち去ろうとしたが理事長は、その巨体に似合わないスピードで彼女の前に回り込んだ。
「部員も戦車も何とかする!するから引き受けてくれ!!」
まるで拝む様な勢いだ。
「来年度からボチボチやれば良いだろ?なぜ急ぐんだ?」
理事長の必死さに与那は困惑する。
「理事長、彼女に説明した方がよろしいのでは…?」
引率の女教師が眼鏡の冷たいレンズ越しに理事長を見た。
「クソ…」
理事長はボソリと悪態を吐いたが気を取り直して与那に言った。
「やって欲しいのは戦車道じゃ無ぇんだ!!」
「戦車道じゃ…ない?」
なら、今までの話は何だったのか…?
「柊与那と言ったか?お前、人生変えてみたくねぇか?」
理事長はネットビジネスか新興宗教の胡散臭さで与那の手を握った。
「そのツラだ、卒業しても風俗や水じゃ働けんだろ?」
与那の顔色が変わった。
「……離せ!!」
人前で隻眼を気にしない様にはしているが、あからさまに言われたなら話は別だ。
彼女は理事長の手を振り払った。
「お前みたいなのが掃除夫とかで消えて行くのはしのびないと言ってんだ!」
「余計なお世話だ!」
彼女は理事長を押し退けドアに向かう。
「その、余計なお世話に乗っかって食ってんだろがっ!?」
理事長は与那の腕を捻り上げると机に叩き付ける様に彼女を抑え込んだ。
机から書籍や資料が床に落ち、何かが割れる音が響く。
「りっ…理事長!?」
静観していた女教師が悲鳴をあげる。
「あ…あぁ」
理事長は我に返るが、全力で暴れる与那を抑えるのに必死だ。
「柊、落ちつけ…悪かった悪かったからよ」
30分ほどジタバタした後、2人はヘトヘトでカーペットの上に座り込んでいた。
理事長は、しばらくゼイゼイと息をしていたが
それでも与那が立ち上がる前に息を整える。
「よく聞け、柊与那…」
理事長は掴んでいた彼女の腕を放すとこう言った。
「これはビジネス、ビジネスの話だ」