須賀京太郎断片集   作:星の風

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近日(2週間)

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宮永咲との語り合い 下

 

 

 

「これからどうなるんだろうね?」

「なんともいえないな~。まあ、女子は入部希望者が増えるんじゃないか? しらんけど」

「なにその口癖」けらけら

「雑誌で見たプロの口癖」

「ふ~ん」

「まあ、真面目な話男子の希望者も増えるんじゃないかと思うんだよな」

「どうして?」

「実情を調べるヤツは敬遠するけど、ミーハーなヤツは来るだろって話」

「へ~」

 

 咲は空を見ながら相づちを打つ。満点の星空に癒やされながら、これからのことを考える。が、温泉で緩くなった脳はどうにも硬いことは考えたくないらしく、すぐに思考が停止して夜空の星を見るだけになっていた。

 

「咲は」

「え?」

「将来の夢とか考えているのか?」

 

 京太郎の問いに咲は少し悩む。

 

「何も考えてないや」

「ふ~ん……けど、咲って想像がつかないんだよな」

「え?」

「こうなんというか普通に働いている姿がなぁ」

「えぇ~」

「麻雀のプロになっている姿は想像がつくんだけどな。それ以外は……まあうん」

 

 そう言われて想像する咲。パリッとしたスーツを着て机に座ってパソコンに打ち込みながら電話対応する自分の姿を想像しようとして、すぐに断念する。京太郎の言うようにバリバリ働く姿が思い浮かばないのだ。麻雀のプロの想像はすぐにつく──相手をトばしている姿──のに。

 

「……私って大分ダメな人間?」

「まあ、そうだな」

「そんなぁ~。なら、京ちゃんは……すぐに想像がつくね」

 

 持ち前のコミュニケーション能力で職場の人や客とすぐに仲良くなって仕事もスイスイする姿を咲は幻視する。

 改めて咲は京太郎のスペックの高さを実感した。こんな自分とこうやって話すくらいのコミュ能力は社会に出ても役に立つ。それだけでなく家もそれなりに裕福だし、雑用や料理も要領よくできる器用さも持っている。ハンドボールをやっていたことによる運動能力の高さもだ。

 そこまで考えて咲は横にいる京太郎の方を向き、視線を上下に振った。

 

「……」

「どうした?」

 

 京太郎の疑問に答えることなく咲は視線を京太郎に向け続ける。それから腕や脇腹を指でつついた。

 

「硬いね」

「まあ、元ハンドボール部だし」

「止めてから1年くらい経つでしょ?」

「朝に軽いジョギングしているからな。ハンドボールを止めても習慣は抜けなくてな」

「私も鍛えた方がいいかな?」

「麻雀は体力を使うし悪くないと思うぞ」

「朝の京ちゃんの日課に合流しようかな」

「俺はかまわないぞ」

 

 そこで会話は再び止まる。

 空を見れば薄い雲が月を覆いその明るさをぼやけさせている。風は冷たさを増し、空気が重くなる。緩くなっていた二人の頭が引き締まっていく。

 ぼんやりと月を見ていた咲は視線をそのままに口を再び開く。

 

「京ちゃん」

「ん~?」

「京ちゃんは麻雀続ける?」

 

 一瞬音が止まる。

 あれだけ響いていた風の音も水の音もまるで時が止まったかのように音を無くした。

 その質問に京太郎は動揺することなかった。ただ目を閉じて何かを考えている。咲もただただ空を見ながら次の音を待っている。

 京太郎は少ししてからゆるりと目を開けた。視線は先ほどと変わらず空を向いていたがその焦点は何か別の所を見据えていた。

 

「正直言えば迷ってる」

「そっか」

「麻雀は楽しいし、部の皆はいい人達だ」

「うん」

「実力も初心者を卒業したと思う」

「うん」

「……咲も迷ってるんだろ?」

 

 答えを濁し咲に質問を返す京太郎。こんな問いをする時点で咲の中にも迷いがあるのは京太郎も見抜いていた。

 咲は視線を空に向けたまま淡々と口を開く。

 

「私が麻雀を再開した理由はお姉ちゃんと麻雀を通して向き合いたいと思ったから……京ちゃんも知ってるよね」

「いつだったか聞いたな」

「お姉ちゃんと仲直りして終わり……じゃなかった。その先も人生は続いていくんだよね。────麻雀をするのが少し苦しくなっちゃった」

「そうか」

「皆を全国優勝に導いたことに後悔はないよ。ただ世間の期待が私には重すぎるかな。京ちゃんもそうでしょ?」

「……そうだな」

 

 インハイ個人を三連覇したチャンプの妹という事実。インハイで見せた華々しい活躍に対する今後の期待。清澄高校の名を意図せず背負うことになった現実。それらが咲にのし掛っていた。

 華々しい活躍をした女子に対して男子は予選落ちという事実。インハイの結果に対する今後の期待。清澄高校の名を意図せず背負うことになったことでこれ以上汚すなよという無言の圧力という現実。それらが京太郎にふり注いでいた。

 

「本当にお姉ちゃんはすごいよ。あんなプレッシャーを受けても普通に過ごしているんだから」

「ああ」

「強豪校の人は皆こんなプレッシャーの中で麻雀していたのかな?」

「そうだろうな」

「ある意味恵まれていたんだね」

 

 京太郎は咲の言葉に返事は返さなかったが心の内では同意をしていた。

 部費のあれこれは学生議会長を兼任していた竹井久部長が解決をしていた。そんな学校とのやりとりで不在のときに部員をまとめられる染谷まこ先輩がいた。それでいて二人はプロとのコネや実家が雀荘という強みを持っていて全国に通用する選手でもあった。

 和はインターミドル個人戦の覇者という看板の名に違わない強さだった。その親友の片岡優希も強みを押しつければ全国のエースに互角以上の勝負ができる逸材だ。

 

「……」

 

 京太郎は咲を一瞥した。

 

 その点で見れば咲も人のことは言えなかった。

 インハイチャンプの姉を持っていて才能も姉譲りの咲。無名校にこの五人が集まること自体が奇跡だといえる。なら全国制覇はある意味必然だったといえるのではないか? 京太郎は薄雲が流れている夜空を見ながらなんとなくそう思った。

 

「……」

 

 咲もまた京太郎と同じように考えていた。先輩達や親友達のこと、そして……

 

 京太郎のことを考える。

 一歩を踏み出せなかった自分を麻雀部に連れて行った京太郎。中学2年からの付き合い、どんなときも自分に付き添ってくれた京太郎との出会い。京太郎と出会ったことがきっかけに咲は前を進むようになった。だから優勝したことを否定することは皆をそして京太郎との出会いを否定することになる。咲はそう考えている。

 ただそれはそれとして感性が小市民の自分にはこの期待は重すぎると月を隠すように流れている薄雲を見ながら咲はそう思った。

 

 そうして思索に耽っていた二人だった。しかし、少ししてからまるで示し合わせるかのように互いの方を向く。交わる視線。互いの顔をしばらく見つめ……笑い合った。

 

「こんなことを考えるのは俺たちらしくないな」

「そうそう」

「咲は道に迷うドジっ子で」

「京ちゃんは大きな胸に鼻をのばすスケベ」

「ははは」

「ふふふ」

 

 そして笑いながら同時に相手の頬を引っ張る。その力加減は相手が痛みを感じないぐらいの絶妙に調整されている。

 

「咲のくせに生意気だな」

「親しき仲にも礼儀ありだよ」

 

 寒かった風は気付けば先ほどの心地よい温度に戻り、雲もまた晴れていた。

 しばらく二人はじゃれ合いそして再び並んで温泉に浸かる。外に出して冷えていた腕や体が再び温まっていく。一息ついた二人は再び空を見上げる。星がキラキラと輝き、月は柔らかな光を落としている。

 

「なるようになれだな」

「うんうん」

「咲はまだマシだろ。プレッシャーと一緒に世間にチヤホヤされるんだし。俺なんて和みたいなすごい美少女と一緒に所属しているって点でやっかみとかがあるんだぞ」

「和ちゃんにお近づきになれる必要経費でしょ」

「そうだがなぁ……」

「それに今度阿知賀の人達に私たちをきちんと紹介したいって言ってたよ。よかったね、美人で大きい胸の人とさらに知り合えるチャンスだよ」

「マジ?」

「マジマジ」

「それは楽しみだな」

「反応が薄いね」

「一応空気は読めるからな」

「へぇ~」

「さすがについさっきに、なぁ」

 

 京太郎は咲を見ながら同意を求める。

 どうやら先ほどの咲の抗議は通じていたみたいだった。

 

「そろそろあがる?」

「ああ」

 

 いつまでも入っていられる温泉だが、長湯は体に悪い。互いの悩みを吐き出したのなら入っている理由もなく咲の提案はすんなりと京太郎に受け入れられる。

 二人は同じタイミングでゆるりと立ち上がり、ゆっくりと室内に向かっていく。

 風は暖められて火照った体を冷ましていく。風呂上がりのフワフワとした感覚が気持ちよくきっと部屋に戻ればすぐに眠りに落ちそうだと思わせる。

 

「月が」

「ん?」

 

 そんな夢見心地に京太郎が浸っている中、咲は突然立ち止まり空を見上げ口を開いた。

 

「月が綺麗だね」

 

 京太郎は咲の言葉に逡巡する。

 あまり本を読まない京太郎でもその言葉は知っていた。本を嗜む咲ならその言葉の意味を当然わかっているはず。夢見心地で思わず出てきた咲の本心なのか、それとも何も考えずに出てきた言葉なのか……

 京太郎は咲の後ろを歩いていたので表情は読み取れず、今日の月が本当に綺麗だったのも相まって咲の真意をはかりかねた。が、そんな逡巡もすぐに終わった。

 

「本当に月も綺麗だな」

 

 京太郎の答えに咲は少し、ほんの少しだけ体を揺らす。

 

「入ろっか」

「ああ」

 

 室内に二人は入っていく。

 咲の表情を見れたのは満月だけだった。

 

 

 

 そうしてリフレッシュした清澄は忙しい日々に戻っていった。

 引き継ぎに奔走する竹井久と染谷まこ。変わらずタコスを頬張る片岡優希。取材に対応する原村和と宮永咲。そんな5人を支えながら腕を磨く須賀京太郎。

 誰も欠けることなく清澄は回っている。

 京太郎と咲の関係も変わらず気安い関係を続けている。そんな風に周りには見えている。

 しかし、注意深く二人を観察すれば以前とは違うことがわかるだろう。

 

 二人の関係は今では

 友人でもなく、親友でもなく、相棒でもなく、恋人でもなかった。

 

 咲の将来の夢が“麻雀プロ”になって、京太郎の夢が“マネージャー”になっていた。

 

 それだけで今の二人の関係は推し量れるだろう。

 

 二人はきっとあの夜の語り合いを忘れない。あの月が綺麗だったあの夜を──

 




綺麗な満月の下で温泉に入りたいですね。

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