咲の誕生日なので京咲を投稿します。
今回はどこかで見たことあるネタで作ってみました。
この場を借りてお礼を申し上げます。
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改めてお礼申し上げます。
宮永咲はいつからか──焦燥感にかられていた。
インハイに優勝して、お姉ちゃんと和解した。おかーさんとは完全に和解していないが、悪くはならないはず。これまで抱えていた問題が一気に解決してかけがえのない友人にも恵まれた。
何も問題はないはず……なのに。
パラリ
ページがめくれる音がする。
前から気になっていた海外ミステリー。……なぜだか内容が頭に入らない。
パラリ
内容が入ってこない。
パラリ
先が気にならない。
パタン
本を閉じる。これ以上読むのは本──ひいては作者に対しての冒涜だ。
瞳を閉じる。何が原因なのか考えて──答えは出ない。
「どうしちゃったんだろう……」
言葉にしても焦燥感の正体はつかめない。
こうして読書を中断するのも何回目だろうか? お姉ちゃんとの関係や家族との関係に悩んでいた時でも読書には没頭できた。だが今では麻雀にもその影響は現れていた。インハイで燃え尽きたとごまかしているが……皆を騙しているようで後ろめたさを感じていた。
カチリ
時計の針の音が鮮明に聞こえる。
音の源に目を向ければ寝る時間を針は指し示していた。栞を挟まずに本を閉じて明かりを消す。部屋は薄闇と静寂に包まれた。──それがなぜだかとてもさみしい。
そんな気持ちを振り払うようにベッドに潜り込む。視界に黒が広がっていく。そして私は意識を手放し
────覚醒する。
気づけば咲は喫茶店の椅子に座っていた。
「?」
自分を見る。なぜか自分は制服を着ている。
周囲を見る。人の気配はない。
「ここって……」
見覚えのない…………いや、違う。確かここは──
「貴方のお姉ちゃんと話し合った喫茶店でしょ」
「っ!?」
体を大きく硬直させる。ついさっきここには誰もいないことを確認したのに。
「……」
慌てて視線を正面に向ければ空っぽだったそこに一人の女性が座っていた。その女性は気まずそうに私を見ていた。
「驚かせてごめんね、話を進めたくてつい先走っちゃった」
片目を閉じ、両手を合わせて謝罪する女性。その姿を見てなぜかはわからないが警戒心が一気に解けていく。そして先ほどの女性の発言を思い返して納得する。確かにここはインハイ後に姉と改めて話し合った喫茶店だった。
「落ち着いた?」
「……はい」
女性が微笑む。その笑みは何でかわからないけどおかーさんやお姉ちゃんに似ているように見える。
「単刀直入に言うよ。私は厳密には違うけど未来の貴方なの」
「はい?」
思わず声が上擦る。何を言っているんだこの人は。
確かに私と同じ髪色でお姉ちゃんと同じ特徴的な跳ねた髪型をしていて瞳の色も同じだけど。
「嘘をつくならもっとマシな嘘をついてください」
「いや~あはは」
「未来の私なら「スタイルが良い……でしょ?」っ!!」
女性は悲しげに首を振る。
「さすがにね、おかーさんやお姉ちゃんを見てればわかるでしょ。私の家系はおせんべいが約束されているんだよ」
「嘘だッ!」*1
「ところがどっこい……嘘じゃありません……! 現実です……! これが現実……!」
女性はおせんべいな胸を張って遠い目をする。その瞳に映る深い悲しみにその現実を受け入れるのに苦労したことを伺わせていた。そうだとしても──
「まあ、今から頑張れば未来は変えられるかもしれないよ、うん」
「っ!!」
「厳密には違うって言ったよね。正確にいえば平行世界の未来から来たんだ。だから今から栄養を取って運動すればこの悲しい連鎖を断ち切れるかもしれないよ」
「私……頑張るよ。貴方の仇を取るよ」
「そう言われるとムカッとくるなぁ」
その言葉に私は涙を浮かべ喜んだ。女性はハハハと空笑いをしていた。そこに込められた“私の努力が徒労終わることに哀れんでいる”という感情は無視をする。
「とりあえず、そのお茶を飲んでからで良いから私が来た本当の理由を話していいかな」
「あっ、はい」
いつの間にか目の前に置かれたティーカップに目を向ける。そこから漂う香りはお姉ちゃんと話し合ったときに嗅いだ匂いと全く同じように思えた。カップを手に取って中身を少し飲む。味もあのとき飲んだ美味しい紅茶の味がした。
女性も私と同じように飲んでいる。
(龍門渕さんみたい)
その所作一つ一つが洗練されていて、友人である衣ちゃんの親族である龍門渕さんを思い起こさせるほど優雅だった。
そんな私の視線に気づいたのか女性──未来の“私”はふんわりと微笑む。
「麻雀のプロ──特にトッププロになると色々とあってね。マナーを一通り叩き込んだんだ」
「はぁ」
「貴方も……もしもプロになるって決めたら覚えていて損はないよ」
その言葉は重く聞こえた。
「さて、と」
落ち着いたのを見計らって私に話しかける。
「こうして貴方と話をする場を設けたのはある目的があってね」
「目的?」
「そう……貴方には“私”と同じ後悔をしてほしくないの」
“私”はまっすぐと私の瞳を見つめる。そこには深い悲しみと私を慮る慈しみがあった。
その瞳の強さに気圧されて私はただコクンと首を縦に振ることしかできない。
「貴方は今……理由のわからない焦燥感にかられているよね」
「!!」
「“私”もそうだった。そしてそれを無理矢理押さえ込んで蓋をした」
「……」
「蓋をして……それから月日が流れてそんなことがあったことすらも忘れていたある日、唐突にそれの正体を突きつけられた」
“私”は力なく笑う。
「京ちゃんが結婚した」
「けっ、結婚!?」
いきなり明かされた事実に衝撃を受ける。
月日が流れれば結婚するなんて当たり前で、京ちゃんもその例に漏れずだ。──ならなんでここまで衝撃を受けているのだろうか?
「京ちゃんとはねそのとき少し疎遠になっていたんだ。プロの生活が忙しくてね、ついつい甘えちゃってた──ポストに届いたそれを見た瞬間……涙が出ちゃった」
「……」
……自分もきっと同じように涙を流すだろう。それぐらい“宮永咲”にとって須賀京太郎という存在は大切なのだから。
「もちろん結婚式では祝福したよ。でもね……“私”の心に折り合いが未だにつけてられていないんだよね」
儚い気配を漂わせて“私”は目を閉じる。
「そこでようやく蓋をしていた焦燥感の理由がわかった……京ちゃんに対しての想いから来ていた。お姉ちゃんとの関係も改善してたくさんの友達ができた。ようやく手に入れられた平凡だけど“私”が望んでいた幸せがそこにあった」
宮永咲は自分から一歩を踏み出すのが苦手だ。勇気を出してお姉ちゃんに会いにいって……何も話してくれなかった。──咲は勇気を出して一歩を踏み出すことを恐れてしまうようになった。京ちゃんが麻雀部に連れていってくれなければきっと咲は麻雀に再び関わることなく、お姉ちゃんとも仲直りはできなかった。
だからこそ“私”/咲は焦燥感にかられていた。友人達の京ちゃんに対する好意も察している。京ちゃんがインハイで他校の人と交友関係を築いていることも知っている。咲の取り柄は麻雀が人よりも上手いだけだ。付き合いが長いというアドバンテージなんてあってないものだ。
ならば少しでもアドバンテージがある内に動き出せばいい──だが咲は動けない。恐ろしいから。もしも……動き出すことでようやく落ち着いた咲の世界が不安定になってしまえば今度こそ立ち直れない。だからすべてに目を背けて今を享受している。心の奥底では警告を発しながら……
「だからこうして同じように悩んでいる貴方に“私”と同じ過ちをしてほしくなくてこうして夢枕に立っている……まあ、少しばかり私情も含んでいるけどね」
「私情……?」
「そう私情。貴方がどう行動するかは貴方次第。“私”はこの先を知ることはない。こうして話すことでようやく“私”は折り合いをつけることができる。それに悩める一人の女の子を大人らしく導けたって事実に自己肯定感を上げることもできた」
「……うわっ」
私が少し引いている姿を気にすることなく“私”は語り続ける。
「大人になるっていうのはこうやって強かになることだよ」
「そうなりたくないなぁ」
「高校の時からスレたのも否定しないよ……とはいえ私情を抜けば善意で忠告していることも事実だから。そこは勘違いしないでね」
「それは……感謝しますけど。こう、釈然としないような」
「まあ、もしかしたら貴方は“私”と違って勇気を出して踏み出していたかもしれないけど……こうして忠告を聞けただけ儲けものでしょ」
あっけらかんと自分の行為を正当化する姿に思わず半目になるが、“私”は気にすることなく優雅に紅茶を嗜む。自分が持っていない大人の余裕に少しだけ私の心をささくれ立たせる。
だが、からかうように話していた“私”は不意に真剣な顔つきになる。
「あのときああしていれば良かった。生きている内で何度もそう思うことはある。だけど、やり直す機会は絶対に訪れない。時間を巻き戻すことはできないから。……貴方は幸運にも事前に訪れるであろう失敗を知ることができた。それをどうするかは貴方次第。勇気を振り絞って踏み出してもいいし、潔く諦めるのもいい。“私”のようにズルズルと先延ばしにしてもいい」
「……」
「だけどその選択をしたことに対して後悔だけはしないで。その選択をしたのは貴方なんだから、“私”みたいなみっともない大人にだけはならないで。こんな風に昔の失敗をこじらせて若い子に余計なお節介するアラサー雀士に、ね」
おどけた言い回しで締めたが、表情と視線は真剣そのもので心の底から私のことを案じているのが感じ取れる。
そんな“私”の願いにどう答えれば良いか悩んでいると不意に視界が暗くなり始める。
「時間みたいだね」
寂しそうに“私”はつぶやく。
「本当はもう少し話したかったけど……大切なことを伝えられたからこれ以上は贅沢になるかな」
“私”の手が私の右手を包み込む。お日様のようなふんわりとした暖かさが手から伝わってくる。
「──頑張れ私」
その祝福の言葉と共に私の意識は暗転した。
カーテンの隙間から朝日が差し込む。私はゆっくりと体を起こす。
夢……にしてはあまりにも鮮明に思い出せてしまう。変わらぬ体型への絶望も、紅茶の味と香りも、何もしないまますべてが終わってしまった女性の話も──そして手のぬくもりと応援の言葉も。
「ん~っ!!」
背伸びをする。
昨日まで感じていた焦燥感はきれいさっぱり消えていて久しぶりにすがすがしい朝を迎えた。
カーテンを開けるとキラキラとした朝日が部屋と私を照らす。それはまるで舞台でスポットライトが当たったように思えた。
「……よしっ!!」
元々の休みの予定は本屋巡りだった。だけどそれはキャンセルしよう。
充電していた端末を立ち上げてメールを送る。
前に休みの朝は早く起きてジョギングをしていると聞いていた。──その情報が正しいことを証明するかのようにメールの返信がすぐに届く。それを見た私はもう一度気合いを入れるために両手でほっぺを叩く。残っていたかすかな眠気も吹き飛び活力が湧いて出てくる。
「────頑張るから」
あの邂逅が現実なのか夢なのかわからない。“私”が本当に未来の私だったのか、あるいは自分の心が作り出した幻だったかもしれない。けど──。
過去は変えられない。未来は決まっていない。だが今は選択することはできる。
宮永咲は一歩踏み出した。