白望の誕生日なので投稿します。
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小瀬川白望と距離
「……んっ」
背中に柔らかいものを押しつけられる。首筋に息がかかる。
「……京太郎」
耳が声を拾う。気怠げそうに呼ぶ声だった……しかしその中に確かな親愛の念が籠もっていた。
しかし……それは聞こえるはずの無いものだった。
俺は後ろを振り向くことなく声の主に呼びかける。
「白望さん……ですよね?」
「……京太郎に会いたくて」
「どうやって来たんですか」
「……知りたい?」
背中に走る寒気に危うさを感じた俺は「いいです、気になっただけなので」と言ってその話題を打ち切った。後ろに抱きついている女性──小瀬川白望さんは「そう……」と言ってどこか残念そうな気配を漂わせている。そして抱きつく力を強めてきた。
それによって白望さんの豊かな胸がさらに俺の背中に押しつけられるが、全く嬉しくなかった。鼻腔をくすぐる甘い匂いが俺を惑わそうとする。
「京太郎……」
「……何ですか?」
「呼んだだけ……」
まるで付き合いたてのカップルのようなやりとりをしているが、俺はこの状況をどう乗り切るかで頭がいっぱいだった。
さてここで状況を整理しよう。俺──須賀京太郎は長野の自分の部屋でくつろいでいた。そして後ろにいる白望さんは────────岩手にいるはずなのだ。
岩手にいるはずの白望さんがここにいる。交通機関を駆使したならありえないことではないが、今は夜で……しかも気がついたら背後にいたのだ。
背中に感じる体温も体の柔らかさも人間そのものだ。話す内容も白望さんにしか知り得ないものだ。だからこそ──恐ろしいのだ。
後ろにいるのが何者かを理解してしまえば、きっと日常が音を立てて崩れてしまう。
「白望さんは……なにが目的でここまで来たんですか?」
だからこの現状を打破するために情報を集める。この白望さんがどうして俺のところに来たのかを知ることで目標を立てることができる。非日常と日常の境界線上で俺の思考はフル回転していく。
「ん~……言わなきゃダメ?」
「白望さんの口から直接聞きたいです」
とりあえずストレートに行こう。
普段の白望さんはこの手の質問ははぐらかしてくるが、この白望さんは俺への好意を隠そうとしていない。だからこそこの質問も通るはずだ。
「──私と京太郎が会ったときのこと憶えている?」
俺と白望さんが知り合ったのはインハイの時だ。部長のお願いで宮守女子の人達と懇親会をしたときからの付き合いだ。そうして知り合った五人の内の一人である白望さんと俺はなぜだか気が合った。世話好きな気質とダルがりの気質が奇跡的に噛み合ったのだろうか?
そんな白望さんとはインハイが終わってからも頻繁に連絡を取り合うようになった。日常のなんてない話から麻雀のアドバイスとかを話し合いながら少しずつ俺と白望さんの仲は深まっていった……と思う。
しかし、それは友人としての仲であってこんな情念がドロドロと渦巻いているような関係にはなっていないことは断言できる。
「ええ、白望さんと初めて会った日ですから」
「────あの日から……」
「え?」
「あの日から私の中心が京太郎になった」
「は?」
「寝ても覚めてもいつも頭の中に京太郎がいる。ダルいのに想うのをやめられない。京太郎に会いたくて会いたくて……会いに来た」
これはマズい。マズすぎる。俺への想いが煮詰まりすぎている。
とりあえずこの惨状から目を反らして白望さんがこうなった原因がわかった。多分一目惚れしてから性格が噛み合ったことで運命の人になったんだろう。白望さんの性格から考えれば積極的に人に交わりに行くことはあまりない。異性との交流も積極的にしようとしなかったと思う。そこに現れた自分の理想的な王子様に傾倒するのもわからなくはない。ないが…………。
……いやいやいや。あのときそんな素振り見せなかったですよね!? え? あの日、二人きりになったとき変に無防備を晒していたけどもしかして誘っていた!? もし俺が気の迷いしていたらそのまま受け入れていたの!? それはヤバいって!? 健全な世界が不健全な世界になっちゃう!? 俺が主役、宮守女子篇が始まっちゃってたの!? 下手をしていれば!? 静寂っちゃうの!?
──落ち着け。今大事なのはそこじゃない。大事なのはこの白望さんをどう鎮めるかだ。今の白望さんをそのままにすれば俺の色々なモノの危機だ。気分はホラーから大分離れたが後ろにいる白望さんの存在のヤバさは変わりない。
「そんなに俺のことを想っていてくれてるなんて知りませんでした」
「……こうして二人きりだから言える」
その二人きりという言葉に心臓が強く跳ね息が一瞬詰まる。
──あまりにも周囲の音がなさすぎる。車の通過音どころか窓を叩く風の音も聞こえない。まるで世界からこの部屋だけ切り離されているような──
叫び出したい気持ちを必死に抑える。
先ほどまであったピンクの思考が吹き飛ぶ。喉がカラカラに渇く、しかし今の状況を乗り越えるには言葉が必要だ。必死に平静を取り繕いながら言葉を重ねる。
「いや~白望さんみたいな美人な人にここまで想われるなんて俺って幸せ者ですね~」
「……」
「俺も白望さんと一緒に過ごす時間は楽しいですよ。白望さんってダルいダルいって口では言ってても俺の話に最後まで付き合ってくれるし、麻雀も丁寧に教えてくれますよね」
「…………っ」
ピクリと後ろにいる白望さんが震える。
数少ない取れる選択肢の中で俺が選んだのは白望さんを褒めることだ。これ以上好感度を上げるのは事態を悪化させるだけかもしれないが……気を悪くさせるよりはマシなはずだ。
そこからは褒めに褒めまくった。
幸い白望さんを褒めるネタは無限……とまでは行かないが豊富にあった。フル回転する頭は詰まることなく言葉を出力し続ける。
徐々に白望さんは震えだした。小さい声で止めようとしてくるが無視した。
そして……不意に背中の感触がなくなった。
「白望さん?」
返事はなかった。しかし、小さくうめく声が耳に響いていた。どうやら俺の攻勢に耐えきれずうずくまっているようだ。
それでも、俺は振り向かなかった。あの表情を変えない白望さんがもだえているというレアな光景を見たい気持ちはあるが、見てしまえばこの白望さんの存在を認めることになる。だから俺は落ち着くまで待った。
俺と白望さんの音しかない空間で待つことしばらく。衣が擦れる音がした。どうやら復帰したようだ。
「……京太郎のドS。私をここまで辱めて満足?」
「ええ、まあ……そうですね」
「むぅ……」
状況を打開するために必死だったのもあるが、途中から熱が入ったのも否定しない。
先ほどまで感じていたドロドロとした気配は大分薄まっていた。どうやらこの白望さんを大分満足させたようだった。これは大きな一歩だ。切り抜けられる光明が見えてきて心に余裕が生まれてくる。
「ねえ?」
「どうかしました?」
「……京太郎は私のことが好き?」
「……それ、は」
初めて言葉が詰まる。
そう……ここまで白望さんを褒めてきたが明確に好きという言葉を出してこなかった。俺個人の理由がそれを口から出させなかった。
「ねえ? 何で、答えないの?」
「なんで、こっちを、見ないの?」
「ねえ? ねえ?」
「どうして?」
再び、この空間にドロドロとした気配が満たしていく。……いや先ほどよりもさらにおもく、重く、想い。
それでも俺は口から好きだという言葉は出せなかった。
背中に再び柔らかい感触がする。しかし、なぜか先ほどまで感じられた暖かさが感じなかった。それがプレッシャーによって感覚が鈍っている結果だと自分に言い聞かせつつ重い口を開く。
「……その言葉は言えません」
「なんで」
「言いたくないです!!」
俺の力強い言葉に背中の気配が揺らぐ。少しだけ重圧が軽くなった気がした。少しだけ軽くなった口が言葉を紡いでいく。
「俺は白望さんにどんな思いを抱えているのかさっきの言葉でわかりますよね!! 俺は!! その言葉を!! こんな状況で言いたくありません!!」
この状況で言ったとしてもきっと不純な気持ちが混じる。ほんの少しでも混じってしまえばその言葉の重みはなくなってしまう。ここにいる白望さんがありえないことだがたとえ、万が一、億が一、本物だったとしても言いたくない。言ってしまえば俺が抱えていた白望さんへの想いは途端に薄っぺらくなってしまう。
「なので、ちゃんと正面から来てください。その時は俺も喜んで歓迎します」
「……」
白望さんはなにも返さなかった。背中の感触がなくなったと同時に気配も消えた。
恐る恐る振り返る……そこには誰もいなかった。大きく息を吐く。ごろんと横になって部屋の明かりを落とす。目を閉じるとすぐに意識が遠くなっていく。
ゆっくりと意識が浮かび上がっていく。ぼやけた視界が次第に鮮明になっていき、カーテンからこぼれる光で朝になっていることを確認した。
「夢……だよな」
そう言葉にすることであの体験が夢に置き換わっていく。思わず苦笑が漏れる。
「いくら白望さんがどこか浮世離れした気配を漂わせているな~と思ってても突拍子のない夢だな」
そしてふと疑問が浮かぶ。
あの白望さんに言葉を伝えていればどうなっていたんだろうか? ……きっと白望さんは受け入れただろう。そしてどこまでも二人だけの世界に堕ちていくだろう。
そこまで考えて……
(……漫画の見すぎかっての)
そんな妄想をする自分自身に呆れた。
ダウナーお姉さんに依存されて監禁されるという状況に少しだけそそられるが、それだけだ。
昨日の夢の白望さんは明らかに俺の都合のいい存在過ぎた。嫌われているとは思わないが、あそこまで俺に対する想いを抱えていたなら少しくらいは表に出てくるはずだ。しかし、これまでの白望さんの行動を思い返してもそんな気配は微塵も感じなかった。
(俺ってそんなに欲求不満だったのか?)
あんな夢を見るくらいには無意識のうちに溜め込んでいる事実に少しだけ驚く。中学の頃と違って女子の知り合いが増えたからか? 麻雀部に入って運動をしてないから発散されなくなったからだろうか? それとも……
「……久々の休みだし出かけるか」
麻雀部が休みの今日、家でゴロゴロしようと決めていたが予定を変えてどこかへ遊びに出かけよう。今日の予定を決めた俺はまず顔を洗うために部屋を出て行った。
そして俺は駅で悩んでいた。
とりあえず遊びに行くことを決めただけでどうするかまで頭が回ってなかった。電車に乗って少し離れたとこに行くか、ここら周辺を散策するか、あるいは……
色んな選択肢が浮かんでは消えていく。何でかわからないがいつも以上に決められない。駅のベンチに座ってうんうん悩んでいると──隣に誰かが座った。いくらでも他のベンチが空いているのに何でだ? と疑問に思いそっちに顔を向けると……
「……」
「うお!?」
気怠げな気配を纏った女性が座っていた。
キラキラと輝く銀髪。吸い込まれるような深い青色に染まった瞳。男の俺でも見惚れる整った顔立ち──白望さんがそこにいた。
ここにいるはずのない白望さんを見た俺はのけぞって距離を取った。そして昨日の夢の続きだと疑った俺は思わず頬を抓るが痛みと共に目の前の光景が現実であることを認識する。
そんな俺を白望さんはじっと見つめていた。熱を帯びてない瞳は相変わらず感情を読み取れなかったがなにを考えているのか予想した俺はすぐに姿勢を直した。
「変な態度をとってすいません」
「……気にしてない」
「まさか白望さんがここにいるなんて驚きました。しかも……一人で」
辺りを軽く見回しても宮守の他の人達の姿は全く見えない。
「なんとなく来たくなったから」
「……本当に白望さんですか? 実は双子の姉がいてなりすましているとか?」
俺の戯れ言に白望さんは少しだけ眉をひそめる。しかし、白望さん自身、自分のキャラじゃないとわかっているのかツッコミは出てこなかった。
「それでこれからどうするんですか?」
「なにも考えてない。京太郎に任せる」
「ええ!? 本当にただ来ただけなんですか!?」
「……ダルい」
俺の疑問に答えることなく白望さんはそう言ってベンチの背もたれに身を預けた。
それを見た俺は先ほどまでの予定が全て白紙になり、白望さんをもてなすことが強制的に決まったと確信する。ひとまず……
「じゃあ、近くの喫茶店に行きましょう」
「うん……」
落ち着いて話せる場所に案内することにした。
俺は立ち上がって白望さんに手を差し伸べる。白望さんはその手を支えに立ち上がる。そしてそのまま腕に抱きついてくる。
「……っ」
腕に伝わる柔らかい感触に動揺する、しかしその動揺をできる限り抑えながら俺は白望さんを連れて歩き始める。
……白望さんの取った帰るためのチケットが明日のものだったので俺の家に泊まることになるという波乱が待ち受けていることに俺はまだ知らなかった。
偉大な先人が作ってない話を作ろうとして企画倒れ感は否めませんが私は元気です。一応。
それはそれとして作中で言及している大先生の作品の続きがみたいと思いつつも、創作する立場になった私としては何かを作り出すことの大変さを身にしみてますので願うだけにします。