須賀京太郎断片集   作:星の風

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皆様お久しぶりです、星の風です。
大変お待たせしました。
初めにお礼を申し上げます。
この小説のUAが10000、お気に入りが100件超えていました。
また、某まとめwikiにてこの小説を紹介されました。
自分の拙い文章にここまでの評価をいただいたことをこの場を借りてお礼を申し上げます。

そして、この場で謝罪を申し上げます。
週1回更新を目指しておりましたが様々な要因によりかなりの期間空いてしまいました。
今後も不定期の更新になると思います。
拙作を楽しみにしてくれる皆様に改めて謝罪申し上げます。
失礼しました。


鶴賀学園
東横桃子との食道楽


「京ちゃんって意外と凝り性だね」

 

 俺はタコスを売っている店を巡っている最中に中学2年からの付き合いの女友達の言葉を不意に思い出した。今現在俺はタコスを極めるために食べ比べをしていた。

 偏にタコスと言っても中に入れる具によって味は変わってくる。俺の好みが同じ部活仲間の優希と同じとは言い切れないが様々な種類のモノを味わうのは究極のタコスを作る足がかりになるはずだ。

 だから今日は少し遠出をして鶴賀の方まで来たのだが……

 

「次にお待ちのお客さんどうぞ~」

「あの、すいませんっす!」

「あっ!申し訳ありません!お呼びしたお客さん申し訳ありません、こちらのお客様がお先にお待ちしておりました」

「大丈夫です」

 

 前に並んでいた女子に店員が気付かなかったようで、そこで女子がアピールをしてようやく気がついたようだ。慌てた様子で注文を取っている。

 その光景を見ながら俺は不思議に思った。目の前にいる女子は大体150cmぐらいだろうか、やや小柄だが目に入らないほど低くはない。だから普通はこんなミスを店員がするはずがない。思考に耽っていると、どうやらできたようで店員が謝りながら女子に注文品を渡していた。受け取った品物を確認した女子は代金を支払った。そしてそのまま女子はその場を離れていった。俺はなんとなく移動する女子の顔を確認した。その顔はどこかで見たことがある顔だった。どこで見たか思い出そうとした瞬間、店員が注文を聞いてきたので一旦疑問は頭の隅に置いてタコスを注文した。

 俺はタコスを持って近くの公園のベンチに腰を掛けた。ちょうどよく木陰になっていて風が気持ちよく感じられる。そしてタコスを頬張りながらどこで見た顔か思い出そうとした。黒髪……低めの身長……おもち……。……おもち!そうだ県大会だ。県大会決勝で和と対局した鶴賀の選手だ。たしか名前は……

 

「東横……桃子だったか」

「!?」

 

 県大会の牌符をまとめる際に染谷先輩が「対局の際、相手をよう見るのも上手うなる一歩じゃ」と言っていたから、訓練も兼ねて対局の映像中の表情を観察しながら整理した。その際に決勝に出ていた選手の顔と名前を覚えたんだった。そういえば鶴賀学園の選手だったな。ならここにいてもおかしくないか。

 疑問を解消した俺は口コミで評判だったタコスをさらによく味わった。評判なだけあって生地も具もうまい。野菜もシャキシャキで具の肉もジューシーだ。……それにしても外の風を感じつつ普段と違うところで食べるタコスは一味も二味も違うように感じられる。この感覚を全国大会で作る予定の究極のタコスに生かせないだろうか?もちろん、全国大会で作る際は会場の外で食べさせるのは不可能だ。スパイスや使う食材で新鮮な気持ちにさせる方向になるだろう。しかし、ぶっつけ本番で普段食べ慣れていない組み合わせのタコスを食べさせた時の優希の反応が気になる。基本的にタコと名のつく物ならなんでも美味しく食べるだろう。だからこそ難敵と言える。なんでも美味しいとは裏を返せばある程度のレベル以上の物ならばそれでいいと言うことだ。それではダメだ。俺の目指す究極のタコスはそれこそ食べたら天和を連発させるくらい優希に影響が出る物が最低限の目標だ。

 俺は最後の一口を味わい、そして目標の高さを再確認したところでなんとなく周囲を見渡した。そして、目を見開いている女子と目が合った。その瞬間、世界の時が止まったように感じた。そこにいたのは紛れもなくさきほど見かけた東横桃子その人なのだから。

 

**********

 

 四校合同合宿が終わってから数日、私はとある場所を目指して歩いていた。

私こと東横桃子は趣味の一つである食べ歩きを再開した。おしゃれに興味を持っていなかった私は麻雀や深夜ラジオ、食べ歩きが気晴らしの手段だった。両親も影が極端に薄い体質の私に少しでもよりよく過ごして欲しいと思ったのか多めのお小遣いくれていたのも幸いだった。

 私が食べ歩きを始めた理由は深夜ラジオなどの影響もあるが、最初の頃は食は二の次だった。はじめは外を歩き回って物語のように私を見つけられる人との運命の出会いを期待していた。……まあそんな都合の良い夢のような出会いは全くなかったが。そんなこんなで今では純粋に食べ歩きを楽しんでいる。

 そうして高校生になってからも加治木先輩に誘われるまでは変わらない日々を過ごしていた。誘われてからは麻雀に集中して皆で全国を目指していたがあと一歩及ばなかった。思うところは今でもあるが……。

 本当は先輩方と一緒に食べ歩きに行きたかったのだが私の体質を考えると余計な気を遣わせる可能性があるので泣く泣く断念した。今度の部活にお菓子を買っていって一緒に食べることで妥協することにしよう。

 それはそれとして今回の目的は清澄のタコスさん(片岡優希)に影響を受けてタコスを食べに来たのだ。今回私が来たのは口コミ等で評判の店だ。本当はあまり調べずにふらりと行ったことのない店に訪れて食べるのが食べ歩きの醍醐味だが、タコスは初めて食べるので冒険はしないことにした。

 目的の場所に着くと何人か人が並んでいるのが見えた。私の体質を考えると並ぶのは他の人に迷惑を掛けてしまうのでどうするか迷ったが、軽く観察すると次々と店員さんが客を捌いていたのですぐに自分の順番が来るから大丈夫だろうと判断して最後尾に並んだ。

 まだ見ぬタコスの味を想像しながら並んでいるとふと後ろに気配を感じた。私はここまで近づかれていることに気付かなかったことに驚愕した。食べ歩きをし始めて私が始めに身につけたのが行列に並んだ際の気配の察知だ。私の体質を考えると行列に並んだ際に後ろの人とぶつかる可能性が高かった。誰もいないときは何もしないが。私の後ろに人が並びそうになったら電話で会話をしている振りをしている。それも気持ち大きめの声量で存在をアピールしている。今回もそれを行おうとして携帯を取り出そうとしたら店員さんの声が聞こえた。どうやら後ろに気を取られすぎていたみたいだ。

 

「次にお待ちのお客さんどうぞ~」

 

 店員さんはいつものように私に気付いておらず、店員さんの目線からおそらく後ろに並んだ人を見ながら呼んでいた。そのため、私はいつものように大きめの声量でアピールをする。

 

「あの、すいませんっす!」

「あっ!申し訳ありません!お呼びしたお客さん申し訳ありません、こちらのお客様がお先にお待ちしておりました」

「大丈夫です」

 

 店員さんは私に気付いて私と後ろの人に平謝りしていた。後ろの人の声色から全く気にしていないのが聞き取れた。そのため私も後ろの人と同じように気にしていないことを伝えつつ注文をした。

 

「先ほどは申し訳ありませんでした。こちら注文されたお品物です。暖かいうちにお召し上がりください」

 

 私は店員さんから注文したタコスを受け取ると感謝を伝えつつ後ろに並んでいた人の確認をした。……確認と言ってもチラッと一目見ただけだったが。後ろに並んでいた人は金髪にすらりとした長身……これだけだったら年上だと判断したが、顔立ちと雰囲気から同年代と判断した。まあ、まじまじとみる物じゃないし今は買ったタコスだ。近くにちょっとした公園があるはずだからそこのベンチに座って食べることにしよう。そうだ!近くにコンビニがあったからアイスコーヒーを買って一緒に味わおう。

 特徴的な入店音を聞きながらコンビニを出た。手に持っているアイスコーヒーの冷気が心地良い。これでタコスを味わう準備が整った。私は足取り軽やかに目的の公園に向かっていった。

 少し歩くと目的の公園の入り口にたどり着いた。後はベンチに座って味わうだけだ。私はベンチを探しつつ公園に入っていった。そして……

 

「東横……桃子だったか」

「!?」

 

 先客がいた。先ほど私の後ろに並んでいた人(いちいちそう呼ぶのもあれなので以降は彼としよう)がベンチに座ってタコスを食べていた。それだけなら他のベンチに座って気にせず食べるだけだが……。彼は私の名前を呼んだのだ。

彼は私の同級生だった?いやいや、中高一貫の女子校なのだからそれはあり得ない。この前の県大会で有名になった?それも考えられない、私はおっぱいさん(原村和)のようにインターミドルで有名になっていたり、龍門渕の人たちのように去年の全国で活躍してもいない県大会決勝で負けた無名高の生徒だ。

様々な可能性が浮かんでは消え浮かんでは消えて、私は混乱して彼を見つめたまま固まってしまった。そして、彼はタコスを食べ終えて周りを見渡し……私と目が合った瞬間固まってしまった。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 私は彼を見つめていただけで大きなリアクションをしていない。つまり、私の体質は発揮されているはずだ。そんな私を彼は事も無げに見つけたのだ。突然現れた私を見つけられるかもしれない存在に私の内心は混乱の極みに達した。そうして私は彼と同じように完全にお地蔵さんとなり、周囲の時も止まってしまったように感じられた。そんな状況を打破したのは彼だった。彼はしばらく固まっていたが、視線を私の手に向けるとおもむろに彼が口を開いた。

 

「……ええと、その~……コーヒーが温くなりますよ」

「えっ!あっ、はい……っす」

 

**********

 

 えぇ……

 

 俺は動揺していた。なぜここに件の人物がいるんだ。なんで俺を見て固まっているんだ。もしかして、さっき口に出した名前を聞いたのか。それで固まっているのか。なんで口に出した俺。どうするんだこれ。それにしても良いおもち思っているな……。って何考えているんだ俺!くっ、この状況をどうやってやり過ごす。何かないか……何か。そもそも、先に買っていて何で後から来たんだ。

 俺は極力おもちに視線を向けないようにしつつ下げていくと彼女の手に持ったアイスコーヒーの容器が目に入った。その容器は温度差によって生じた水滴が下に落ちていた。……これだ!

 

「……ええと、その~……コーヒーが温くなりますよ」

「えっ!あっ、はい……っす」

 

 そう言った彼女は俺の隣のベンチに腰を掛けてコーヒーを飲みつつタコスを食べ始めた。

 ……なんとかこの状況は切り抜けたな。後はここを立ち去るだけだが、問題はどう去るかだ。しかしこのまま無言で立ち去れない。なぜ彼女の名前を知っていてなおかつ口に出したかを弁解しないとダメだ。もし放置したままにすれば非常にまずい。彼女が俺のことをストーカーだと勘違いすれば最悪俺の世間体が死ぬ。そうだ四校合同合宿に参加したんだからきっと咲や和とも繋がっているだろう。何かの用事で会話をして、そこでもし俺の話が出れば……

 

『東横さんから聞いたんですが、須賀くんって東横さんをストーカーしたんですか……最低ですね』

『京ちゃん……見損なったよ』

 

 そんなことを咲達に言われたらきっと立ち直れなくなる。どうする俺。どうすればいい?

 

……それにしてもアイスコーヒーか。タコスを食べて喉が渇いたな。飲み物と一緒に楽しむのは考えたことがなかったな。タコスに目を向けすぎていてそこに気がつかなかった。飲み物を工夫すれば新鮮な気持ちで優希も味わえるか?なら発祥の地であるメキシコの飲み物を用意すればいいか?いや日本固有の例えば日本茶に合うタコスを用意するか?う~ん……

 

「あの~」

「あ、どうしましたか?」

 

 しまった!タコスのことを考えすぎてこっちの問題をどうするか考えてない。もう、出たとこ勝負で行くしかない。彼女の言葉によって臨機応変に対応しよう。

 

「会ったばかりの人にこんなことを聞くのは変だと思うっすが……私のことが見えてますか?」

「?」

 

 これは……どう対応すれば良いんだ。幽霊じゃないんだから見えているのは当然だ。ならこの質問の意味は……。うーん、わからん。ここは無難に相手を持ち上げて印象を少しでもよくするしかないな。

 

「あの~……」

「ああ!すっ、すいません。い、いや~東横さんのようなかわいらしい人が見えないわけないじゃないですか!」

「か、かわ……!」

 

 東横さんは顔を赤くして黙ってしまった。なにか間違った気もするが後にはもう引けない。このまま勢いに乗って押し切ってしまおう。

 

「これはお世辞じゃなくて本心です!あっ、自己紹介がまだでしたね!俺の名前は須賀京太郎です!清澄高校の麻雀部に所属しています!東横さんの名前を知っていたのはその関係です!俺は今年から麻雀を本格的に始めた初心者なので練習も兼ねて県大会の決勝をまとめた際に東横さんのことを知りました!先ほど東横さんの名前をつぶやいたのはお店で東横さんを見かけた際に、見たことある人だなと思って思い出していたらつい口に出ただけです!もしそれで嫌な気持ちになったのなら本当にすいません!」

 

 早口で捲し立ててなぜ知っていたのか、なぜ名前を呼んだのかを説明した。これで大丈夫なはず……。もし咲達と話す機会があったとしてもストーカーだと言われないだろう。まあ少し変な人だと思われたかもしれないがそれは甘んじて受けるしかないことだ。後はここから去ることだけだ。

 

「捲し立ててすいません。それじゃあ、タコスも食べ終わったのでそろそろ帰らせていただきます。東横さんも帰る際には気を付けてください」

 

 俺はタコスの包み紙を片手に立ち上がりつつ公園の出入り口に足を向けた。冷や汗が出たがなんとか乗り切った。家に帰ったら甘い物でも食べて一息つこう。たしか、この前取り寄せたスイーツがあったはずだからそれを食べよう。それを食べたらタコスの思いついたレシピをまとめよう。色々あったが究極のタコスの……

 

「待ってくださいっす!!」

「えっ?」

 

 振り向くと東横さんが何か決意した顔で立っていた。一体何が……。

 

「須賀京太郎さん、私はあなたが欲しいっす!!」

 

 ……へっ!?

 

**********

 

 目の前の彼が困惑している。しかし、今ここで彼を引き留めなければきっと私は後悔するだろう。

 私のことを見つけられる人がいきなり現れて混乱したが、彼に促されてタコスを食べて一服したことによって落ち着いた。だから、彼に私のことが見えているのか聞いたのだが……。少しの間を置いて帰ってきたのが肯定と私を褒める言葉だった。初めて異性に褒められて動揺した私に彼はそのまま捲し立てていきそのまま帰ろうとしていた。

 私は動揺を抑えて彼を引き留めるために言葉を掛けようとしてとっさに出てきたのが先ほどの言葉だった。

 あの言葉は敬愛する加治木先輩の言葉だ。この言葉によって私はかけがえのない繋がりを得ることができた。だからこそとっさに出たんだろう。

 

「あ~、東横さん?今の言葉の意味は?」

「そっ、そのままの意味っす」

「そうか……」

 

 そう言って彼は再び目をそらして何かを考える仕草をしていた。その姿に私は不安を感じながら心の中で祈っていた。そしてしばらくすると彼は考えがまとまったのか口を開いた。

 

「……とりあえず友達からではダメですか。お互いのことをよく知りませんし……」

 

**********

 

 ということがあってから数ヶ月。今、俺は件の少女東横……いやモモと鍋を囲んでいる。

 色々と話が飛んでしまったがあれからモモの体質の話を聞いて半信半疑だったが、あの日のタコス屋の店員の反応やその後のモモの実演によって信じざるを得なかった。

 それからは、俺の宣言通りに友達としての付き合いが始まった。

 清澄と鶴賀という距離の壁があったから一緒に遊びに行くことはほどほどでもっぱらL○NE等のアプリでのやりとりや通話が中心だったが。

それでたった数ヶ月で一緒に鍋をつつく仲になるのは……まあ、俺でもそれはおかしいとツッコむと思う。

 こうなった要因はたった一つ……モモと俺の趣味が合ったからだ。

 モモの趣味は食べ歩きで、俺もそれなりに食にはこだわりを持っている。モモと話していて同じ趣味だと分かり、長野や全国の食の情報の交換や一緒に食べ歩いていたりお取り寄せをしていたらここまでの仲になった。食べるというのは人間の三大欲求の一つだから、それを共有することによって深い仲になったのかもしれない。

 ……理屈っぽく言い訳しているが、いいおもちを持っていてさらに趣味嗜好も合うモモに俺も惹かれたのが真実だ。

 

「京さん、そろそろ火が通ったんじゃないっすか?」

 

 モモの声で思考を打ち切った。そうだ、今は取り寄せた鍋だ。鍋に目を向けると具材はちょうどよく煮込まれている。火を調整して食べることにしよう。

 

「良い匂いだ。寒くなったらやっぱ鍋だよな」

「そうっすね。しかもただの鍋じゃなくてお取り寄せの水炊きだから特別感がすごいっす!」

 

 これまでも長野では食べられないものを季節に合わせて取り寄せてきた。次に何を食べるかモモと話し合ったら、寒い季節は温かい物。温かい物は?……鍋!という安直な結果になった。そこで今回もモモとお金を出し合ってお手軽な値段のブランド鳥の水炊きセットを取り寄せた。それを俺の家で調理している。

 

「それにしても、モモとこうやって鍋を囲んでいるなんてあの時からは考えられないな」

「私もこうやって同年代の男子と鍋をつつくなんて高校に入学した時の自分に教えても信じてもらえないっすよ」

 

 モモは頬を赤く染めながら答えつつ、鍋に入っている鶏団子を自分の器に装っている。そしてそれを半分に割って息を吹きかけ冷ましていた。そのまま食べるかと思えばそのまま隣にいる俺の口元に持ってきた。

 

「あ~んっす」

「んっ……良い鶏だからそのまま食べてもイケるな。けれど味を引き締めるのに王道のポン酢や七味を加えればさらにおいしくなるな」

「ふ~ふ~……あむ。……んく。そうっすね、良い鶏だからまず素材を味わってみたっすけど京さんの言う通りっすね」

 

 モモの言葉に耳を傾けながら俺は大ぶりの骨付き肉に箸を伸ばした。そして驚愕した。肉からスルッと骨が取れたのだ。そのまま器に乗せてからポン酢を垂らし口に運んだ。ホロホロの触感、噛めば噛むほど滲み出る肉汁と出し汁の旨味、そしてポン酢が味を引き締める。予想以上の味に俺はいつもよりもさらによく味わっていた。

 そんな俺の様子を見たモモは俺と同じようにして肉を口に運んだ。俺よりも口は小さいので箸で半分にした肉を……だが。そして一瞬目を見開いた後、口許を緩めつつ味わっていた。一緒に食べるようになってからよく見かける表情だ。俺はこの表情のモモが一番好きだ。じっと見つめているとモモは視線に気づいたようで。

 

「どうしたっすか?」

「いや~本当にいい表情で食べるな~ってな」

 

 そう言うとモモは顔を真っ赤にしてまったく、京さんは~とかあんまりからかうと食べちゃうっすよとか小さい声でもごもごしていた。モモを揶揄うのはこれぐらいにして本格的に味わうとしよう。モモの頭を撫でてから俺は鍋に集中した。……モモがニヘラと表現できるような笑みを浮かべているのを視界の端に捉えながら。

 

**********

 

 あ~!う~!

 

 心の中で叫びながら悶える。口がにやけるのが止められない。先ほど味わった鶏の余韻が吹き飛んでしまった。それ以上に胸の中に温かいものが広がる。こんな体質の自分がこんな恋人みたいなやり取りが行えるなんて夢みたいだ。今年に入ってからいくつものかけがえのないものを得られた。敬愛する先輩、気の置けない部活仲間、そして趣味仲間にして想いを寄せる人。

 そう想いを寄せているのだ。初めは趣味の合う友人として付き合っていた。しかし、付き合っていくうちに惹かれていったのだ。もちろん私が見えるから好きになったわけではない。一緒に歩いているときは常に周りに目を向けて自転車等が来た際にはさり気なくかばうなどそういったものが積み重なって今に至るのだ。

 今はまだこの想いを口に出して彼に告げる気はない。告げてしまえば今の居心地のいい関係が変わるかもしれないし変わらないかもしれない。だから、今はまだ趣味仲間として彼と付き合っていこう。

 そう思いつつ彼を見る。彼は鍋を堪能している。鶏肉に七味をさっと振りかけて先ほどと同じように味わっている。それを見て私も食事を再開する。きっと京さんと食べるならきっとなんでもおいしくなるんだろうな。そう考えながら私は鍋に没頭していった。

 




今回の話はとある京太郎スレのモモと京太郎の食事ネタが好きだったので自分なりに構築した結果です。
ですが、思った以上に食事ネタを組み込めなくてまだまだ未熟だと思い知らされました。
これからも精進していきます。

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