足山九音が幽霊なのは間違っている。 作:仔羊肉
コートの中に残された俺たち。
ざっと背後からの足音にちらりと盗み見るかのように覗けばイイ笑顔の雪ノ下が立っていた。
「……さっきのアレ、何?」
冷え冷えとした声。振り向いてはならないとわかりつつもゆっくりと声のかけられた方向へ顔を向ける。
顔を向ければ全貌が顕に。小さく「ひっ」と喉から声が漏れる程度に怖い。目が笑ってない、ってか口元だけ弧を描いて顔は笑ってない。
「ねぇ、さっきの叫び声みたいなやつ何? 私の空耳で無ければーーくおん? くおんさんって誰?」
あ、そっちか……と間抜けにも肩の力が抜ける。てっきり勝負が有耶無耶になったことに文句を言われると思ったが何の問題も無い。こういう時の言い訳は既に俺の中で用意されている。
「……うちで飼ってるペットだ」
『い、言うにことをかいてペット!? ほ、他にも言い方あるでしょ! もっと、こう、こ、こっこっこ、こい、こっこっこ』
完全に鶏じゃねぇか。愛玩動物どころか家畜であった。
とはいえ完璧だったのは俺の中だけだったらしい。返答に対していつもの如く眉間を抑える雪ノ下の姿が。そのまま数秒揉みほぐした後にじっとりとした視線を向けてくる。
「なんであの場面で急に叫ぶの? ……バカなの?」
「男ってのはバカなんだよ」
かっこつけてみてもカッコつかない。というか唯の開き直り。けれどもそんな言い訳でいいのか「仕方ない人ね……まったく」と呟いて、葉山達が去っていった方向を見ていた。マジかよ、こんなんで許されるって……こいつ、将来は悪い男に引っかかりそう。
「もー、ヒッキーってばまた変な噂立つよ。どうすんの」
とことことやってきた由比ヶ浜もまた勝負よりも今後の俺の心配なんてしてくる。けれどもそれも杞憂だろう。
「あの調子じゃ俺の奇行なんかよりか葉山の救出劇の方がよっぽど話の種にはいいだろ。むしろ俺の奇行なんて今に始まったことじゃねぇし、それによく知らないやつからしてみれば 比企谷、誰それ? みたいな感じになる」
「あー、確かに……ヒッキーと隼人くんじゃ……ねぇ?」
言葉を濁したのか、それとも口にするまでもないことなのか。
そもそも俺の悪い噂が今更沸いたところで大したことではない。むしろ知っている奴らからしてみれば「また?」と呆れることだろう。いや、それはそれで問題なんだろうが。
今回の話、葉山の救出劇が噂になるのならそれに越したことはない。それが怪現象に纏わる話で無いだけで大歓迎。試合の話すら風化しそうで、勝負の行方が有耶無耶になったどころか、そんなことあったっけとばかりにお流れになってくれ。
勝ちも、負けも、卑怯も、汚いも。全部水に流してもらえるとありがたい。
『……八幡くんの勝ちだもん』
あくまで自分たちの勝ちだと言い張る幽霊。けれどもその声に賛同する生者は誰一人として存在しない。それが不満なのかますます頬を膨らませていた。
「……でもさ、ヒッキーらしくていいんじゃない? ヒッキーはヒッキーのままでいいってか、なんていうかみんな違ってみんないい?」
突如として詩人の引用を呟く由比ヶ浜。その背後、未だに残っていた少数のギャラリーも続々と引き上げている。
あいつらにとっても、こいつらにとっても。今回の勝負も青春の一幕なんだろう。葉山のことも、何もかもが。
仕掛けた三浦にとってもきっとそうで、仕掛けた試合がなぁなぁで終わったところで思い出として風化する。十年後、二十年後にそんなこともあったなぁと笑い話にするのだろう、俺だけを除いて。
「そうね、あなたがあなたらしくあって欲しいと思う子は意外と多いと思うわ。別に彼らのようになる必要はきっとない……着替えてくるわ」
雪ノ下はそう言って由比ヶ浜を連れて去っていく。残された俺はようやくコートの中で腰を下ろして一息つく。心地よい疲れが遅れてやってきた。
それと同時にのっそりとコートにわざわざ入ってくる巨影。
「ふむよくやったぞ八幡。さすがは我が相棒よな。今は一時の安らぎに身を委ねるがいい――我との決着の日は近いぞ」
『……ここで永眠させてやろうか、コイツ』
九音の言葉など聞こえない材木座は意味深に笑ってはニヒルを装い去っていく。全然ニヒリズムもニヒリスティックも感じない。あいつには陰があるんじゃなくてただの陰キャで。悲しい過去と言えば聞こえだけはいいがあるのは黒歴史ばかり。不思議な力なんてものは持っておらず得てきたものは大体、恥。俺だからこそわかる。ほんと、キャラはブレるくせにそういう陰キャの鑑みたいなところはブレねぇよな、あいつ。
そして、とことこと最後に戸塚がやってきた。
「ひ、比企谷くん……」
「怪我、大丈夫か?」
「う、うん、ありがと……」
救急箱を抱えた戸塚が抱きしめるかのようにぎゅっと力を入れる。
「そっか。悪かったな、なんか変な感じになっちまって」
「そ、そんなことない。あ、あの……比企谷くん」
「ん?」
白い指がさらに強く締め付ける。救急箱を大事に抱きしめて。何かを言おうと口を開いた戸塚は一度、口を閉じる、放とうとした言葉を呑み込んで――そして意を決したかのように顔を真赤にしたまま。
「すごくかっこよかった。ありがとう」
目を閉じる。
目を閉じて、今の言葉にどう反応すればいいのかわからず混乱が極まる。むしろ赤い頬やら潤んだ瞳を向けられている俺は見続けてしまえば正常で居られる自信が無い。
悲しいことに戸塚彩加は男である。
間違いなく男でこんな表情を受け止めてラブコメ始めるなど間違っているし、何なら性別が間違っている。ほんと、神様のバカ。
それに――俺なんかよりもよっぽどお礼を受け取る資格がある奴らが居る。むしろ俺は相応しくなど無いのだ。
最後の最後で勝負を捨てた俺にはあまりにも不相応。
「お礼なら俺なんかよりもあいつらに言ってやってくれ。あいつらは今着替えてるらしいから、玄関口で待っていれば通るんじゃねーか?」
「う、うん……そ、そうだね」
どこかしゅんとした様子の戸塚。少しだけ拒絶気味な感情が言葉から漏れ出たのかもしれない。そしてトコトコと去っていく戸塚を見送って俺は金網を背にして目をつむる。
――――きがやくんっ!
目を開けば、コートの出入り口に立つ戸塚が此方を見ている。
「そ、そのっ! ぼ、ぼくっ! 比企谷くんに助けて貰ってほんとにうれしかった! だ、だからっ、ありがとうっ!」
小走りで去っていく戸塚の背を俺は呆けて見ていた。そんな俺の横に並んだ女幽霊がポツリと呟く。
『め、雌の顔してたっ……完全に雌の貌だった!』
ぎゃーすかと騒ぐ幽霊。その幽霊を眺めながら雲を眺めた。
『……八幡くん、教室に戻らないの?』
戻らない。むしろ今からが本題なのだ。
むしろこれこそが本題なまである。
今回の御話、今回のテニスに纏わる御話、この悪霊が企んでいたあれこれについて俺は問いたださなければならない。
この幽霊が何をしたかったのか、何を考えていたのか、何を狙っていたのか、何を仕出かしていたのか。
『……怒らない?』
悪戯がバレた子供みたいな顔で恐る恐る尋ねる女幽霊。これが可愛い悪戯程度なら怒らないと約束したが――俺の予想では結構な大事。それもこの学校を利用して、巻き込んでの。
沈黙がテニスコートに降り立つ、そして十数秒睨んでいると観念したのかしょぼしょぼと小さく口にした。
その内容は大規模な――。
『……放生会って知ってる?』
大規模なお祭り騒ぎの下準備の御話。
〜〜〜〜〜〜〜
今回の出来事。始まり、すべての始まりは春の付喪神からだった。
俺のお腹に残る霊障、聖痕を陰ながらどうにかしようとお節介を焼いた幽霊が居た。その幽霊自身は悪ぶって『私以外の女が傷つけた痕なんて要らない!』という理由を口にしていたが、結局のところ俺の為だったのだろう。
とはいえ九音自身にその傷をどうにかする術は無く、俺自身も個人的に色々と試したが大した効果は見られなかった。
清め水を使ったお清め、霊験あらたかな神社の御札を用いた解呪。どれもが効果が伺えず、結局放置することに。
時間経過で少しずつ薄れてきてはいたので俺が楽観視していたところに、第二の事件である雪ノ下とストーカーが纏わる話が起きたのだ。
ここだ――ここで俺が致命的な間違いを、勘違いを起こしたのは。
雪ノ下雪乃と怪人の御話。
その解決方法は雪ノ下雪乃にキスをすることで神話性、神秘性を崩壊させる。そうすることでストーカーの想いを否定したのだ。
違いない、違えてない。間違ってはいない。
けれども結果だけが異なる。解釈が異なっている。
確かに数多の怪人は雪ノ下に幻滅したのかもしれない。けれども化物を生み出すほどの想いは、想念は――幻滅して、恨んで、怨念と成り果てた。
これが九音の解釈。
怪人は雪ノ下のことを「好きなんかじゃない」と思って消えたわけではなく、雪ノ下を恨んで、裏切られたと逆恨みして、勝手な押しつけを、呪いを押し付けて消えていったのだ。
だから残っている、いつまでも、どこまでも。
白い包帯、その下に広がっている光景を俺は知らない。けれども俺の希望的観測ではそのうち冷める、消えるなんて甘い考えは最初から間違っていた。
そしてそれこそが足山九音の堪忍袋の緒を切った。
『なんで私の八幡くんが他の女といちゃつくのを眺めていなくちゃいけないわけ? しかもこれからもどんどんと巻き込まれる、巻き込んでいく、化物みたいに執着する。そんなの許せるわけないじゃん』
俺のルーティンワークの一つ。出会った怪異を編纂し編集するという行為による。水に流した一枚の御話から九音は別解釈をし、雪ノ下の解呪を画策していたのだ。
そして、奉仕部に現れた由比ヶ浜結衣に目をつけた。具体的には由比ヶ浜結衣のグループに、だ。
クッキーの一件を経て、それとなく由比ヶ浜グループの動向を伺っているうちに一人の人物に目をつける。
それが――葉山隼人。
足山九音は葉山と俺を対決させる――いや具体的には俺に勝たせるつもりで何らかの勝負を企んでいた。
けれども葉山自身が争いを好まない性格なのは今回のテニスの一件を考えれば想像に容易い。平和主義にも見える葉山を舞台の上に引っ張り出すのには相応の理由が必要とされている。
だからこその三浦優美子なのだ。
好戦的で、俺と因縁がある三浦にこそ白羽の矢が立ったのだ。ペン回しだけじゃない。俺に対する確執、由比ヶ浜に対する確執――ここのところ自棄に不運という状況。
授業中に誰かから消しカスが投げられる、どこからかボールが飛んできてぶつかる、曲がり角を曲がろうとした時に何故か位置が悪い机に足をぶつける、つまずかせて教室で派手に転んでしまう、みんながわいわいしている時に席を外すように色々と仕掛けて疎外感を味合わせる、由比ヶ浜との関係を何とかしようと試みるが――すべてが何故か上手くいかない。
空回りする理由の半分以上が性悪幽霊による行動だ。本人が自白したので間違いない。
というわけで今回のテニス勝負が無くてもいずれは爆発するようにストレスを与え続けていたのだ。特に俺が居る時に限ってそういう不幸が起こるようにしてたらしい。サブリミナル効果的に俺の顔と不運を無意識に紐付けするよう動いてたのだ。
……いや、ほんと、すまん。
三浦に対しては本当に謝罪しかこぼれない。むしろ、あいつどの顔で女王だから引けないよねとか言ってんだ。お前のせいじゃん、完全にマッチポンプじゃん。
しかもあろうことかこの幽霊はその散々な悪行を自信満々に『えっへん』と胸をはるのだから始末に負えない。三浦に対しての罪悪感で胸がじくじくと痛む。
そしてそこまでして何をしたかったというのか。
葉山『隼人』が負ける。
もっと言えば比企谷『八幡』に葉山『隼人』が負けることを望んだのだ。それはあたかも――七世紀のように。
かつてこの国では隼人の反乱と呼ばれた事件がある。当時の宮崎に住んでいた人々――『隼人』の反乱が起きた時に鎮圧したのが朝廷。その時の神輿が『八幡神』なのだ。
そして虐殺された隼人の霊は呪う。その呪いに困り果てた人々は荒ぶる霊たちを慰めるために祭りが開く――それこそが足山九音の目的。
この幽霊は霊的スポットで、名前の因果を持つ人間同士で、意味があるかのような、意味をもたせるかのような、それでいて大観衆の目の前でその勝敗を目撃させようとしたのだ。
もちろん、何も起こらないかもしれない。俺が考えすぎなだけの可能性はある。
けれどもこの高校は――高嶺の花であるという理由だけで怪人が湧き出る呪われた地なのだ。そんな場所で意味深い、儀礼的なごっこ遊びをすれば起こるかもしれない。
それも多数を巻き込んで、大多数の観衆を巻き込んでそんなことをしたのなら――。解呪を試みた雪ノ下は。解呪の素材となった葉山は。目撃者として集められた生徒たちはどうなるのか。
何も影響はないのか、何も問題は起こらないのか。ただのテニス勝負だけでこと終えれるのか。
巻き込んだ規模の大きさにぶるりと震えてしまう。
『……少しだけ悪いなっては思ったけど。愛だからね。私の八幡くんに対する愛の前では何もかもが許される。ラブ・イズ・ジャスティス……』
いや、許されねーわ。
深々とうんうん頷く幽霊の顔の中にある感情は反省なんかではなかった。
『八幡くんだけが無事ならいいじゃん……あの雌犬も呪いが解けるかもしれないしハッピー。二号もオトモダチが解呪されてハッピー。他のやつらは、えっと……まぁ、なんかハッピーになるんじゃない? 頭の中とか』
散々な言いようであった。
もしかすれば、万が一。
そんな言葉ではあるが、そんな可能性で――たくさんの人間をオカルト的物事に巻き込もうとした幽霊は悪びれもない。
『むぅ、また別の方法を考えなきゃ』
俺は立ち上がり、そして――スポーツバックの中に手を突っ込み、指先だけで物体を確認して取り出す。
そして掴んだ代物の口を悪霊に向ける。
『んふぇ? んぎょぉぉぉぉぉ!?』
手に持った霧吹きを受けて空中をゴロゴロと転がる幽霊。
未遂で終わった計画の後に悪びれもせずに次の計画を考える様子はまさに悪霊。けれども言ってわかるわけもない女幽霊に俺は実力行使で事の大きさを伝えるしかなかった。
伝えるしか無いんだが。多分、この程度じゃ意味無いんだろうなぁ……
〜〜〜〜〜
テニス勝負があった日の放課後。
九音の邪魔が入らなくなった途端に仲を取り戻した三浦に連れられて、由比ヶ浜は奉仕部をお休み。わざわざ俺になんぞ声かける律儀さは美徳であるが、後ろで怖い人が睨んでいたので総じてマイナス。
というか今回の一件、根に持たれねぇといいな、と本気で思う。結果こそウェイウェイと映画ノリで去っていったが危うく怪我させるところであった。むしろ恨みなんて買って当然。俺のキューピッド的な役割も結果論でしかなく、それで相殺してくれやしないだろう。そもそも全ての元凶が隣の幽霊である。その恨みは決して逆さではなく真っ当。
気も肩が重くなる。
そんな俺のことなど気にも留めずに――重量の無い隣の幽霊は鼻歌を歌っていた。
『るんたったー、るんたったー』
アホ丸出しであった。小町ですらそんな鼻歌はきっと歌わない……歌わないと思う。いや、自信無くなってきたな……。
ともかく、知能指数がチンパンジーくらいの能天気さで隣で鼻歌を歌う幽霊。気分は完全にお休みモード。こいつが昼間にしでかしたことなど過去のこととばかり。
連休を前にして幽霊の頭の中は『休みの間に何をしようか』と楽しそうであった。本来ならそれって俺が楽しむものである筈なのに、この幽霊に連れ回される想像しか出来ない。俺の休日どこだよ……。
『ねーねー、八幡くん、八幡くん。明日からの連休なにする? どこ行く?』
「寝る」
甘えたような声で尋ねてくる内容に即答すれば頬を膨らませてぎゃいのぎゃいの文句を言ってくる幽霊。
俺はその文句を耳に入れては流し、手に持った作文のやり直しが出来る場所を探して校内を彷徨い続ける。図書室は人が多く、保健室はカップルがいちゃついていた。結局のところそれ以外では奉仕部くらいしか心当たりがなく、足は自然と特別棟の四階へ。
特別棟内には相変わらず独特の空気が蔓延っている。最奥までの道程は神秘的で、部室が近づく度に人の喧騒が遠ざかる気がする。
神秘的といえば聞こえだけはいいがオカルトチックホラーチックな雰囲気は好きになれない。そんな好きになれない場所に自ら足を運んでいるというのだから天邪鬼そのもの。
目的地の階層を目指すべく階段を一段ずつ昇り、そして角を曲がった所で気づく。
テニスウェアの少女。
そのテニスウェアには見覚えがあった。ギャラリーに混ざっていた一人だろう。黒を基調として、紅のラインが入っているウェアはどこか強豪校を彷彿させる。
そんな少女が奉仕部部室の前に立っていた。
『何やってんだろ、アレ』
九音のつぶやきに俺は小さく溜息を零す。いや、お前忘れてるかもしれないけど一応、奉仕部は生徒の悩みを聞く部活である。決して本を読むだけの部屋ではないのだ。
まぁ、そんなことを思いつつも思いっきり俺の片手にはやり直しと言われた作文が握られているのだが。
「雪ノ下が昼休みテニスしてたから相談じゃねぇの? あんだけ上手けりゃ相談ごとやアドバイスの一つ二つくらい貰いに来てもおかしくねーだろ」
その瞬間、右方向に居た幽霊がヒュルりと飛んで、向かい合う形に降り立つ。
『――?』
その両目は理解できないとばかりに。首を捻りながら、顎に手をあてて――。
『なんで見えてるの?』
意味不明な言葉を放った。その言葉の意味がどういう意図なのか考えて、答えに辿り着く前に目に映る。
半透明の奥、九音を超えた先。
奉仕部前に立っていた少女は四階最奥にある扉を――すり抜けた。
開かず、開かれず。
奉仕部の扉は決して開きなどしないで。走って、扉を見つめれば。
キッチリと閉じていた。引くこともなかった扉が、開かれることもなかった扉が、人が通るのを憚る扉が。其処にあるにも関わらず少女は室内へ侵入したのだ。
だから理解が追いつく。目に映った答えが真相。究明する必要もなく、何があったかなど丸わかりで。
開く。扉を乱雑に引けばスライドした扉は大きな音を立てる。
「――――』
胡乱げな表情で虚空を見つめる女の子。その背後に居た、はっきりと居た、背に張り付くかのように、まるで守護しているかのように。
「雪ノ下ッ!」
「ッ!? ひ、比企谷くん……びっくりするわね。な、何、一体……?』
俺は隣の幽霊を見る。そしてその幽霊が元凶でないことは表情を見ればわかった。驚きを貼り付けた顔はこの悪霊にとっても予想外の出来事。
だから――。
俺はもう一度、正面を見据える。
『――比企谷クん?」
親しげに、当たり前とばかりに声をかけてくる正面の存在。ここ最近、よく顔を合わせるようになった女の子がまるでいつも通りといった様子で首を傾げている様子が――気持ち悪い。
見えている、知っている。
目の前の少女は雪ノ下雪乃であって雪ノ下雪乃ではない。春の終わりに、春の暮れに、逢魔ヶ時に遭った少女は雪ノ下のフリをしたナニカであって、雪ノ下に乗り移ったナニカで。
もしもそのナニカに名前をつけるのなら人はこう呼ぶのだろう、幽霊と。
そしてその幽霊に取り憑かれた女の子を、雪ノ下を。
俺は何と呼べばいいのかわからなかった。
※次回投稿は未定です
※遅れてまことに申し訳ありません。リアルがドチャクソ忙しいです。生暖かい目で見守って頂けると嬉しいです。