狩人、百竜狩りの夜をウキウキ徘徊す。 作:回転ノコノコ
百竜狩りの夜
竜、列を為す。
いや、それは竜なのだろうか。
細長い脚で大地を掻き鳴らしながら蠢く、巨蜘蛛。
鋭い鎌のような尾を持った、齧歯類を思わせる風貌の影。
まるで猿のようだが、皮膜や伸びた鼻をもつ異形の獣。
奇々怪々。
迫る獣の群れは、まさに異形の化物たち。
随分と冷えた月夜に、呻き声を上げながら迫り来る影。
そう、それは百竜狩りの夜──
「──今宵の群れは随分と多いですね」
ここは、辺境の隠れ里『カムラの里』付近にある渓谷。
その事象は、随分と古く、この地に、そしてこの里に根深く絡んでいる。
『百竜夜行』
カムラの里は、五十年前、この現象により存亡の危機に瀕していた。
それは、百を思わせる竜が群れを為し、阿鼻叫喚と夜を駆け抜ける悪夢。
群れを為すは、牙獣、鳥竜、飛竜、獣竜、海竜と多種多様。種族も性質も異なる多種多様の竜が、ただ狂奔するのである。
原因は不明。数十年に一度起こる、災禍そのもの。
狩人が立つこの場所は、『翡翠の砦』と名付けられている。
百竜夜行を食い止める、里守たちの前線基地。
「狩人さん、随分と機嫌が良さそうですな」
物資を運んでいた里守が、風に当たっては心地よさそうに目を細める狩人を見て、思わずそう話し掛けた。
一方の狩人は、その声に気付き、にこやかに微笑むのだった。
「えぇ、大変心が踊っております。良い香りが、漂ってきてますので」
「香り……?」
その言葉に、里守の男は鼻を忙しなく鳴らすが──狩人の言う香りが何かは、分からなかった。
破龍砲を充填させる燃石炭の香り。
配置されるバリスタの、良質な木材の香り。
狩人や里守たちを支える物資と、柔らかな米の香り。
狩人は、鼻歌を溢しながら歩き出す。
銅鑼が鳴った。
群れが、この翡翠の砦になだれ込む。百竜の群れ、第一陣の到達を知らせる響きだった。
狩人は笑う。
その群れから漂う血の香りを吸い上げて、たまらなさそうに笑みを溢す。
誰も彼も、血飛沫を上げている。
誰も彼も、自らの傷を気にしている余裕すらない。ただ、深く甘い血の香りを醸しながら走り続けるのみ。
その香りを、狩人は存分に吸って──武器を静かに抜き放つのだった。
「うわああぁぁ! 来るなァ!!」
大砲を握る里守の元へ、鋭い刃翼が迫る。
その砲身には棘が刺さり、もはや使い物にすらならなかった。それでも縋るしかない里守ごと、刃翼は砲身を切り裂いた。
「がっ……!」
砲身が盾になったとはいえ、その刃は彼の腹部を易々と引き裂いていた。
とめどなく、血が零れる。虫の息のように倒れる里守を前に、その刃の主は荒々しく鼻を鳴らした。
黒く、木々の影を思わせる体毛。両腕から生えた、刃のような翼。長くしなる、鞭のような尾。
その目は、爛々と赤く輝いていた。まるであの空に浮かんでいた月のように。
迅竜、ナルガクルガ。肉食性の、危険な飛竜である。
「やめ、やめてくれ……」
か細いその声は、もはやただの命乞い。
しかし、言葉の通じぬ獣には、一切の意味はない。
傷だらけのその獣は、ただ目の前に餌ができたと思うだけだろう。もはや矜持も余裕も捨て去った彼は、その死にかけの肉を、貪るのみ──
とは、ならなかった。
股下から腹を引き裂く、狩人の魔の手が伸びたのだから。
頬にまで飛んだ血飛沫に、里守の男は小さな悲鳴を上げた。
「ひっ……!」
背後からの不意打ちに、隙を晒したナルガクルガ。
その腹部に向けて、狩人は手を伸ばす。皮を超え、肉を裂き、深部を掴んだ。同時に、引き抜く。大量の肉を、肉袋の内側から引きずり出した。
「むふぅ……」
狩人の纏う帽子もコートも、何もかもが赤く染まる。
その血の香りに、狩人は満足そうに鼻息を鳴らすのだった。
「か、狩人さん……っ!」
何かを必死に伝えようとする里守の声。
それは、ナルガクルガがまだ息絶えていないことの証。大穴を開けたその体に鞭を打ち、全身を猛回転させる。左から右へ、薙ぎ払うように振るわれた尾。その尾こそが、まるで鞭のようでもあった。
狩人は、屈むようなステップで尾を躱す。それも、前に踏み出しながら。
「ふっ……」
押し殺すような吐息と共に、彼は剣を振るう。
右手に持ったその剣で、迅竜の体毛を削ぎ落とした。
しかし、その尾はまだ止まらない。今度は逆方向に、その尾を横薙ぎにするのだった。
「狩人さんっ!!」
脇腹を打ち付けられ、軽々と飛ぶ。
飛んで、砦の石畳へと叩き付けられて。狩人は、マスクの下から、どぼっと血を溢した。
「──っふ」
弱々しく倒れ込む。致命傷だ、里守の誰もがそう思った。
しかし倒れる瞬間に、彼の右脚は、前に踏み込まれた。
「っふ、ふふ、ふっふっふ……!」
狩人は、笑う。
抑え切れなくなったように、笑う。
獣の返り血と、自身から滴る血で、全身を真っ赤に染めるその男。
かつては黒いコートだったそれも、今や見る影もない。それでもその男は、笑うのだった。楽しくてどうしようもない、そんな幼子のような笑みだった。
ゆらりと歩くその姿は、まるで死者や亡霊の類にさえ見える。
その不気味な姿にナルガクルガは唸り声を上げ、飛び上がった。所詮は死にかけ、飛び掛かればとどめを刺せるだろう。そんな魂胆だったのだろうか。
だが、狩人は迫り来る巨体に慌てることも、逃げることすらもせず、ただ静かにポケットに手を伸ばすのだった。
現れるは、青白い粘糸を放つ小さな虫。カムラの里では、翔蟲と呼ばれている。
「さぁ、お行きましょう──」
狩人は、ようやく背中の獲物へ手を掛けた。
それは、まるで亀の甲羅のような巨大な盾。右手の剣と一対となる、堅牢な壁である。
その盾に、自身の体に、翔蟲は糸を絡める。彼が吹き飛ばされないように、粘糸で彼と大地を縫いとめるのだった。
カァン! と、盾と牙が擦れ合う。
甲高い音と共に生まれた衝撃を飲み込むは、剣に備えられた金色のビン。
中を満たすその液体は、激しく気泡を上げながら膨張し──狩人はそれを全て、盾に注ぎ込むのだった。
「さてさて……」
盾に、剣を突き刺して。
一対の剣と盾は、重なり合わせることで真の姿を現すのだ。
工房の真髄、堅固と猛追の極致。
鋭き剣圧を威力に換え、重斧をもってこれを放つ。
機巧と技巧の粋を集めた、最新鋭の合体武器。
「覚悟は──いいですか」
人はそれを、『チャージアックス』と呼ぶ。
そして狩人は、かつて愛した
振り下ろされるは、かつて盾であった重き刃。それが、膨張しかねないビンの出力によって、猛回転する。
そう、それはまるで、回転する
迅竜の頭から叩き割り、そのまま肉を骨ごと削ぎ落とす。弱り掛けのその獣は、あっさりと脳髄を曝け出すのだった。
巨体が、倒れ伏す。鮮血を撒き散らし、この砦を真っ赤に染めながら、あの黒い悪魔はようやく事切れた。
見れば、彼が歩いてきた背後にも、同様の血飛沫が転がっている。巨蜘蛛も、獣も、翼を持つ猿でさえ。皆一様に、無残に肉を削ぎ落とされて息絶えていた。
つまりこの狩人は、これまで迫ってきた竜の群れを、皆仕留めていたのだった。その事実に、里守の男は安堵するものの──
「……あ、あぁ……か、狩人さん! まだ、まだきやがる……!」
それらも所詮、百竜のうちの数匹。
渓谷の影から顔を出すのは、舌を口から溢しながら走る、青熊獣アオアシラ。忙しなく鼻を動かて歩く盲者、フルフル。空を舞っては花火を降らす傘、アケノシルム。そして、大量の泥を撒き散らす巨体、泥翁竜オロミドロ。
多種多様な獣の群れだった。これまでの猛攻で疲弊していた里守衆は、目の前の群れを前にして悲鳴を上げる。
だが、彼だけは違った。この狩人だけは、闇に蠢く獣の群れを見て、小さく笑うのだった。
「ふふ……」
嗚呼、これが百竜狩りの夜だ。
回転ノコギリと化した重斧を持って、狩人は笑みを溢しながら歩き出す。
唸り声を上げる。
それは獣か、ノコギリか。はたまた獣のように笑う、狩人か。
機械音と共に肉と骨が削ぎ落され、断末魔と引き笑いが木霊する。
夜が明けた頃、この砦には数多の獣の残骸が残っていた。その屍の山の上で、狩人だけが満足そうに、「むふぅ……」と鼻を鳴らすのだった。
百竜狩りの夜は、明けた。
だがいずれ、次の夜が来る。百竜狩りの夜に、終わりはない。
その原因は分からないのだから。これがいつ始まり、いつ終わるか、それは誰にも分からないのだから。
だから諸君、気を付けたまえよ。
獣狩りの狩人が、百竜夜行に加わったことを想定した思考実験
それに付随するように、カムラの里でのやりとりが行われるだろう
しかしそれは所詮、ただの観測者の妄言に過ぎない
深く気に留める必要もないだろう。我々はただ、狩ればいいのだから
みたいな感じでブラボのフレーバーテキスト風に本作品の解説を入れつつ、第一話を締め括らせていただこうと思います。愉快な狩人と里の住民のやりとりが描ければいいな。ついでに狩人の声は、MHRiseのボイス6番、敬語の紳士をイメージしてます。「覚悟はいいですかッ!?」の声とても好きです。