狩人、百竜狩りの夜をウキウキ徘徊す。   作:回転ノコノコ

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怪しい男

「どうしたものでしょう……」

 

 狩人は、悩んでいた。

 眼前にあるのは、三頭の獣の亡骸。

 皆温かな血を溢しながら、静かに息絶えている。

 

 これはいい。ヤーナムでは、よくあることだ。市民が獣を吊し上げて、丸焼きにすることさえある。故に彼にとっては、別段珍しいことでも何でもないのだが。

 問題は、二人の子ども。

 彼が助けた二人は、どうやら獣の病の感染者ではないらしい。瞳は蕩けておらず、感情もはっきりしている。

 だが、彼が既に麻痺してしまっているこの凄惨な光景を前にしてか、それとも、獣よりももっと恐ろしい存在を感じてか。

 カムラの里の住民である、コミツという少女と、セイハクという少年。

 二人は抑えきれなくなったように、ただ泣くしかなかった。

 

 狩人は、人と交流を図る経験が、あまりにも乏しい。

 目が覚めた時には、自筆の走り書きがあっただけ。それ以前の記憶は、まるでない。

 投げ出されたヤーナムでは、一方的に話す女医や、容赦なくガトリング砲を撃つ者、会話もなく斬りかかる狩人など、むしろ会話が成立することはほとんどなかった。

 辛うじて会話をするといえば、夢の人形や老ゲールマン師、そして情報交換を提案してくれた若き処刑隊の青年くらいであろうか。

 

「あの……」

 

 手を伸ばすが、二人の子どもはお互いに縋りつくように余計に泣いてしまう。

 見れば、黒地の手袋は鮮血に塗れている。

 これが原因か、と狩人は懐から取り出した布で手袋を拭う。

 が、見れば全身も血塗れだった。

 ヤーナムを駆けることを決めたことには、返り血を気にする心も失っていたのだ。

 こんな布きれでは、全身を拭いきることはできない。そもそも、拭おうと思ったことすら、ないのだから。

 狩人は悩んだ。

 

「うわああぁん!」

 

 泣いている子どもには、どうすればいいのだろうか。

 狩人は、分からなかった。

 

 月夜は、静かに彼らを照らす。

 どこからか赤子の鳴き声が聞こえてくると、そう錯覚しかけるほどの見事な月だ。

 そうだ、と彼は思う。

 あの月夜の見える回廊で、白い霧を出す狩人がいた。これが一体いつの記憶だったかは定かではないが、あの霧の美しさには、目を奪われたものだ。

 

 『ロスマリヌス』。

 

 その左手武器を、彼は懐から取り出した。

 

「あー……」

 

 しかし彼には、神秘に見える力が足りなかった。

 これを扱いきれない代物だ。無念に思いながら、取り出した狩道具を仕舞う。

 そもそも、これもまた壊れていたのだが──使い慣れていない彼は、そのことにすら気付いていないようだ。

 しかしこれが功を奏したのか、彼は鞄を探ってみることにした。

 何か、子どもらの気を落ちつける何かがあるかもしれない。そんな一縷の望みを抱きながら。

 

 火炎瓶。

 獣を燃やす、魔法の水だ。

 これは違う。狩人は仕舞った。

 

 匂い立つ血の酒。

 子どもには、これは早いだろう。

 むしろ獣が寄ってきそうだと、彼は早々に懐に戻した。

 

 黄色い背骨。

 これを出したら、火に油を注いでしまうのではないか。

 鞄から取り出す前に留まったのを、彼は自分自身を褒めた。

 

 いっそ、鎮静剤でも押し付けてしまおうか。

 そう考えかけていたところに──何か固いものが、彼の指に触れる。

 それは、布を纏った小さな木箱だった。確か、ヤーナム市街で窓越しに話した少女が、「母親を探してほしい」と手渡してくれたものだ。

 

「……これは」

 

 小さなオルゴール。

 少女の両親の、思い出の品。

 皆、もう既に、彼にとっての思い出の中の人となってしまったが──確かにオルゴールだけは、ここにあった。

 

 ああ、そういえばあの少女も、目の前の子たちほどの齢だったな……。

 

 狩人の独白は、心の中でのみ流れ、溶けた。

 感傷に浸っている場合ではない。彼はゆっくりとその木箱を開け、中に仕込まれた発条(ゼンマイ)を回すのだった。

 

 ポロン、ポロン……。

 まるで子守唄のようなメロディーが、この闇深い森を彩っていく。

 その音に、少女は思わず泣き止んだ。

 

「……きれ、い」

 

 小さなオルゴールが奏でる音色に、彼女はそう呟く。

 思いがけない音色だったのだろう。聴き慣れないものだったのかもしれない。

 恐怖より、興味が勝った。その表情は、その一言に尽きる。

 

「お嬢さん方……驚かせたのなら、申し訳ありません」

「い、いえ……私の方こそ、泣いちゃったりして、ごめんなさい」

 

 ようやく、彼の言葉に応えてくれた。

 それだけで、狩人の心は舞い上がる。マスク越しに、歓喜の表情をしているのだろう。

 

「ね、セイハクくん、大丈夫みたいだよ……」

 

 コミツは、オルゴールを受け取って表情を綻ばせた。

 獣よりも、怖い男が現れた──その事実に、辛うじて繋いでいた最後の糸が切れてしまっていたが、彼の意外なコミュニケーションの手段に、彼女の心の氷は融けたようだった。

 オルゴールを手に乗せて、もう一度彼の方に目をやると、狩人はにこっと微笑みながら頷いた。

 マスク越しではあったが、意外に柔和な表情をしているらしい。少女もまた、うんと頷いて発条を回す。あの音色が、再び歩み出した。

 

「セイハクくん、泣かないで……」

「ち、ちげーし! 泣いて、ねーし……」

 

 二人のやり取りを前にした少年は、涙を拭う。が、その弁明は無意味なものだろう。きっと彼も気付いているのだろうが。

 セイハク少年は、改めて目の前の男を見る。

 黒く尖った帽子。目元しか見せないマスク。

 血塗れのコートに、薄汚れたズボン。

 誰がどう見ても、妖しい男だろう。やはり油断ならない、そんな思いを抱くのだが。

 

「ね、これ凄く綺麗な音だよ。セイハクくんも聴いてみて」

「え、あ、う、うん……」

 

 柔らかに笑うコミツを見ていると、彼の真面目な思考も音色に溶けていくのだった。

 月夜は、続く。

 オルゴールの音色だけが、静かに大社跡の風を撫でるのだった。

 




エルデンリングまであと5日…
楽しみだなぁ…ヒヒッ…ヒヒヒッ…

おそらく次の更新は、夜明けまでないだろう
(エルデンリングやるので更新のペースが大幅に落ちます)
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