木偶に息   作:百合に 

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おかしい……オレは鹿野郎とテマリ姫様の結納を邪魔する砂の暗部くノ一(百合風味)を書いてたハズ……おかしい……


幼少期


 父は仕事。2つ上の姉は最近許された修行に励み、叔父は化物の憑いた弟に付いている。となると、カンクロウは一人ぼっちだった。

 

 もう少し体が大きくなれば、姉のように本格的に修行に励めるだろう。

 けれどまだまともに筋肉も付けられない体では、無理な運動は致命的な障害になりかねない為、修行は当然父に禁止されていた。

 

 少し前までは修行に向かう姉にぐずってみせたりしたのだが、今は違う。今のカンクロウには暇を潰す最高の術があった。

 

「……よし。気づかれてねぇな」

 

 カンクロウとテマリにあてがわれた部屋の周りには、あまり人がいない。テマリが修行に向かえば尚更だ。

 カンクロウはそこまで重要ではない子供だから、護衛の数だって少ない。

 

 緩くなっている窓の木枠をそうっと外し、そこからそろりと外へ抜け出る。換気のための小窓には、他の窓のように鉄格子が嵌められていない。

 子供一人通るのがやっとの枠組みでも、カンクロウには十分だ。そこから誰もいない中庭を横切り、外通路から第四倉庫棟へと入り込む。

 埃臭い空気にケホケホと咳をしながら、錆び付いた扉をどうにか開けた。

 

 秘伝の術や血継限界等の機密を収めた第一倉庫や、政の資料や砂隠れの歴史が詰まった第二倉庫、里の忍び達に支給される備品を管理する第三倉庫。

 それに連なる第四倉庫は、『ゴミ捨て場』『ガラクタ箱』と揶揄される場所だった。

 

 見張りも本当ならいるのだろうが、恐らくはサボりだ。ここは警備をサボった所で大仰に咎められないような、見放された場所なのである。

 

 第四倉庫。砂隠れの伝統的な戦法である『傀儡術』、その傀儡を保管する場所。

 とはいえ傀儡は繊細だ。使用者である傀儡使いは、基本己の操るそれを手元で大切に調整する。

 

 つまり此処は、理由はともあれ使い手のいない傀儡を押し込めた『ゴミ捨て場』なのだ。

 要らない子であるカンクロウとしては、少しばかり親近感がある。

 

 この倉庫は屋根を支える梁とは別に、細い梁が数本渡されている。この横木には木の枝のような出っ張りが等間隔に生えていて、そこから麻縄で傀儡を吊るしているのだ。

 

 長く放置された傀儡は、縄が朽ち・或いは解けて地に落ちている。接合部も馬鹿になってしまっているだろう。

 そうして崩れ落ちた傀儡が妙に哀しく思われて、カンクロウは目を背けた。

 

 こんなに精緻で、幾つも作り込みがされているのに。せめて誰かが使ってやれば、無為に壊れることもなかったろうに。

 

「……お。これなら使えそうじゃん」

 

 目を付けたそれは傀儡の中でも比較的小型な、蜘蛛を模したものだった。剥げた塗装は、かつての色鮮やかな姿を物悲しく想起させる。

 

 薄暗い中、隅から壊れかけた梯子を引っ張り出して、上段の太い梁に引っ掛けた。数段抜けた梯子に恐る恐る脚をかけて、どうにか上まで登る。

 縄を引っ張り手首に巻き付けて、カンクロウはほっと一息ついた。その瞬間。

 

「うおっ!?」

 

 バキ、という嫌な音と、臍の下が持ち上がるような浮遊感。咄嗟に蜘蛛を抱え込み、ぎゅっと目を瞑る。

 尻と背中に、衝撃。

 

「ってぇ……」

 

 尻が痛い。とはいえそこまでの激痛ではないので、骨に異常はないだろう。

 流石に指が下に来ていれば折れていただろうから、傀儡を抱え込んだことが功を奏したようだ。

 

 数本の横木が一気に折れた無残な梯子に、思わず恨めしい気持ちになる。まあ予想できない事態でもなかったが。

 

「……まあ、これは取れたじゃん」

 

 己に言い聞かせるように呟いて、抱えた蜘蛛の傀儡を広げる。カンクロウは早速それをひっくり返し、それの仕組みを調べてみるのだった。

 

 

 

「こっちか?」

 

 右足二本目。

 

「こっち?」

 

 左足四本目。

 

「これかぁ?」

 

 左足一本目。

 

「これだ!……って……」

 

 『口』の位置がパカリと開く。しかし何も出てこない。カンクロウは小難しい顔でその穴に指を突っ込み、慌ててそれを抜いた。何かベトベトしたものが固まっている。

 恐らくは、捕縛用の傀儡なのだろう。粘性のある糸か何かで敵を絡め取り、捉える。そういう機能であるようだ。

 しかしながら長年放置されたことにより、糸同士が中でくっついてしまっているらしい。

 

「何にも出ねぇじゃん……バラし方とか知らねぇしな……」

 

 辛うじてチャクラ糸の使い方は教わっているが、それ以上のことは何も知らないカンクロウは、ガックリと肩を落とした。

 不貞腐れながら手遊びにカタカタと指を伸ばし曲げし、蜘蛛にぎこちないタップダンスを踏ませてみる。

 

「げっ」

 

 絡まりやがった。最悪だ。どうにか治らないかと色々と弄ってみるも、余計に絡れてくる。

 カンクロウはため息を吐くと、ピンと指を伸ばしてチャクラ糸を解こうとし……

 

「ヘッタクソだな」

 

「!?」

 

 突如投げかけられた声に、飛び上がった。

 

 

 バッと反射的に振り向けば、そこにはいつの間にか一人の青年が佇んでいた。

 鮮血で染めたように真っ赤な髪と、無機質めいた赤褐色の瞳。色濃く感じた血の気配に、カンクロウはゾッとする。

 

 が、しかし。その、馬鹿にするような半笑いと、言われた言葉の意味を、数拍遅れて理解して。

 

「うるっせぇじゃん!!!」

 

「ふはっ」

 

 いけすかねぇ!更にクツクツ笑い出した青年に、カンクロウは思わずむくれる。青年はそれを気にも止めず、スタスタと歩み寄ってくる。

 青年は身構えたカンクロウを鼻で笑うと、しげしげと傀儡を掴んで検分した。

 

「イルマの爺の【女郎蜘蛛】か。あのクソジジイらしい陰湿さだな。痺れ薬を仕込んでやがる」

 

「イルマ……応接室の【揚羽蝶】の?」

 

「ありゃ皮肉が効いてて良い。なにせ羽が撒き散らすのは毒の鱗粉だ」

 

 十数年前に没したという傀儡作りの名手を呼び捨てた青年は、カンクロウから繋がるチャクラ糸に眉を寄せる。

 

「お前よくそれで操れてたな」

 

「へ」

 

「前後ろ逆だぞ」

 

「マジかよ!」

 

 思わずパッと糸を解けば、青年が傀儡に右手を翳す。青年はカンクロウが九本指で操っていた傀儡を、たった三本で掬い上げた。

 

「わ」

 

「いいか、傀儡ってのはこう使うんだよ」

 

 そうして蜘蛛を操る手つきは、不遜な言葉に見合う洗練されたもの。傀儡の蜘蛛は生き生きと床を這い回り、壁に飛び付いて帰ってくる。

 目を丸くするカンクロウに青年は右の口端を上げ、スッと中指を上げた。

 ぱか、と尻の部分が開く。……何も起こらない。

 

「………」

 

「……粘着縄、中でくっ付いてたぜ」

 

 プクク、と仕返しに笑うカンクロウを、青年は無言で見下ろすと。

 

「あっ、大人気ねぇじゃん!」

 

「うるせえ」

 

 小回りに走り回る蜘蛛が、パッと飛びかかってくる。捕縛機能は停止したただの小型の傀儡ではあるものの、勢いが付くとなかなかの重量だ。

 カンクロウはどうにかそれを受け止めて、傷つけぬようそっと床に下ろした。

 

「なあアンタ、傀儡部隊の人か」

 

 そんなことを聞いてから、カンクロウはパッと首を背ける。これ程卓越した傀儡使いが、かの部隊の所属でないはずがないからだ。

 しかし青年は奇妙な表情で目を細めると、苦々しげに言う。

 

「昔はな」

 

「ふーん」

 

 どうやら聞かれたくないらしいと勘づき、カンクロウは興味なさげな声で返した。それから、じゃあさ、とわざと子供っぽい口調で口を開く。

 

「アンタの傀儡ってどういうやつ?」

 

「………」

 

 青年はあの奇妙な表情のままカンクロウを見つめ、何某かを考え込む。それから不意に、フッと笑った。

 今までの馬鹿にしたような嘲笑ではない、内心から溢れたような笑みだった。

 

「……ちょっと待ってろ」

 

 

 

 青年は入り口のあたりに戻ると、壁に取り付けられていた筒状のそれに、傀儡造りでも使用するレンチを当てがった。更にそのレンチに取っ手を取り付けて、ハンドルのようにする。

 

 ぐ、と力を込めれば回り出したそれに、カンクロウは背後の鉄の物体が歯車であったことに気がついた。

 ギギ、という錆びた音がして、上の梁に取り付けられた滑車がクルクル回る。滑車に取り付けられていたのは、暗がりの天井に吊るされていた鉄梯子だった。

 

 青年はある程度まで梯子を下ろすとレンチを外し、ピョイと身軽に梯子に足をかける。

 チラと投げかけられた眼差しに、カンクロウは慌ててその後を追った。

 

 

 青年を追って辿り着いたのは、2.5階とでもいうべき場所だった。事実その為の用途ではあるのだが、傀儡を吊るすために高いのだと思っていた天井は、どうやら吹き抜けの構造になっていたらしい。

 

 青年が入って行った廊下には幾つかの小部屋が隣接しており、いくつかのドアは開きっぱなしになっている。

 通りすがりに覗いたそこには、真面に吊るされもしていない傀儡が積み重なって放置されていた。

 

 酷い物置きだと思っていた一階より、余程劣悪な環境だ。まさしく『ゴミ捨て場』といった風情である。

 思わず顔を顰めるカンクロウとは対照的に、青年は何も気に留めることなく奥へと突き進んで行く。この突き当たりが、目当ての部屋であるらしい。

 

 青年が部屋のドアノブをガチャガチャとやるも、どうやら鍵か掛かっているようだ。しかし青年は、涼しい顔で思い切りノブを蹴り上げる。

 バキッ!と折れてはいけない何かが折れた音がして、鍵ごとノブが外れかかったドアがゆっくり開く。

 思わずジトッと目線を向けるカンクロウに、青年はしらっとした顔のまま言った。

 

「立て付けが悪かったらしいな」

 

「………そうみたいじゃん」

 

 カンクロウは空気が読める男であった。

 

 

 

 入った部屋の中の様子に、カンクロウは目を丸くした。これまでの上階のように酷い環境で傀儡が打ち捨てられているものとばかり思っていたが、この部屋ばかりは違ったからだ。

 吊るされた三体の傀儡は、1階に並ぶ傀儡達よりも余程丁寧に保管されている。

 

 しかし、そんなことはすぐにどうでも良くなった。その吊るされた傀儡の精密さに、目を奪われてしまったからだ。

 

「スッゲ……!」

 

「【烏】。【黒蟻】。【山椒魚】。昔に作った駄作も駄作だが、他の連中のオモチャよりかはマシだろうよ」

 

 カンクロウの感嘆に、満更嫌でもなさそうな声で青年が返す。それから手慣れた調子で【烏】と呼んだ傀儡を下ろし、スイスイと操り始めた。

 

「【烏】……毒針……毒煙……千本……ああ、捕縛縄も……とにかくなんでも仕込んだな」

 

 青年がチョイと指を捻る度、何処かしかがガタガタと開く。

 人間一人分程度の傀儡に仕込まれたあまりに多くの機能に、カンクロウは目を輝かせた。

 

 カンクロウは次期風影と謳われる忍びの息子だ。今は亡き母や弟のこともあり、生まれてこの方ずっと風影塔で育ってきた。

 そんなカンクロウを可愛がる忍びは案外に居て、傀儡に興味を示すことから、わざわざ自分の傀儡を持って来てくれることもある。

 

 カンクロウは傀儡に関して、幼いながらに己の目が肥えていることを知っている。そんじょそこらの傀儡ならば、検分するだけに飽き足らず、操ることだってできるだろう。

 

「………」

 

 けれども、これは。これは、無理だ。カンクロウは確信した。

 少なくとも今の自分では、この傀儡を『死なせて』しまう。

 

 食い入るようにその指先を見つめながら、青年の説明にじっと耳を傾ける。青年はそれに面白そうな顔をして、ピンと人差し指を跳ね上げた。

 

 たった一動作。それだけで傀儡が青年の元へと引き寄せられる。

 

「それから」

 

 青年が手繰り寄せた傀儡に触れる。途端、黒子を模した装甲は、青年そっくりの姿へと変化した。

 

「幻術じゃん!」

「ああ。チャクラとの相性が良い鋼を使ってる。余程幻術の才能が無い訳でもなけりゃ、それなりに有用に使えるだろうぜ」

 

 傀儡使いは接近に弱い。如何に軌道を誤魔化し、本体を叩かせないかが“コツ”だ。

 

 諳んじるような口振りで続けた青年は、不意に眉を顰め、己の言葉にうんざりしたように顔を歪める。

 しかしカンクロウがそれを指摘するよりも先に、青年は【烏】を戻してしまっていた。

 

「これは【黒蟻】。捕縛用の傀儡で……」

 

 青年の説明は分かりやすく、要点を押さえた理知的なものだった。カンクロウの疑問にも淡々と答え、逆にニヤリと笑って問いかけてくることもある。

 たった一人の観客に多く感想を求める対話は、授業というより鑑賞会に近い物を感じさせた。

 

「内部の針は体の中央部……要するに急所には当たらねぇようにしてある。捕縛用だからな。手や足の腱、膝・肘なんかの関節を壊す仕組みだ」

 

「印を組む手はともかく、動かせないなら足の部分は潰さなくてもよくねぇ?」

 

「そりゃ趣味と実益だな」

 

「趣味じゃん」

 

 また青年の言葉には、幼子に分類されるカンクロウへの配慮がない。そのことがまた、有り難かった。

 

 子供だから、そう言って荒事から遠ざけられることの意味が、カンクロウには分からなかった。

 どうせ数年もすれば、人を殺す訓練をされる。それを隠されたところで、という話だ。

 何より我愛羅は。弟は。……考えたって仕方のないことだが。

 

 

「このオレ直々の解説を受けておいて、考え事なんざ良い度胸だな」

「うええ!?」

 

 一瞬他所へと流れた思考に、青年はすぐに気がついたらしい。ジッとした視線にカンクロウは慌てて首を振り、それからはっと外を見た。窓の外が、やんわり茜に染まっている。

 

「い、いや、その!そろそろ帰らねえと、抜け出してんのがバレちまうからじゃん……」

 

 最初は誤魔化す為に。しかしながら続きを吐くうち、己でも言葉の意味を理解していく。そうだ。こんなに楽しいのに、もう帰らなくては。

 

 青年がスッと目を細める。その眼差し一つで、カンクロウはピシリと固まった。

 

「……そうかよ」

 

 それから、溜息一つ。一気に緩んだ空気に、呼吸することを許される。

 その犬を追い払うような仕草に立ち上がったカンクロウは、しかし、ハッと動きを止めた。

 

「な、なあ!アンタ、明日も此処にいるか!」

 

 正直な所、青年はとてつもなく怪しい。風影塔に住まうカンクロウが知らない、凄腕の忍びだ。

 何よりその足、その左腕。おそらく青年は、己が体を傀儡に作り替えている。

 

 人傀儡という忌むべき傀儡が存在する以上、人体の傀儡化とて確立された技術だ。砂隠れはそれを生かした義体の生産も行なっている。

 けれども。青年のそれが欠損による『代替』だとは、どうしても思えない。

 

 間違いなく、怪しい忍びだ。【抜け忍】という言葉だって、何度も何度も反芻した。

 それでも。この人の技術を、盗み取りたい。

 

「………」

 

 カンクロウの言葉に、青年はまたあの奇妙な表情を浮かべた。懐かしむような、怒るような、呆れたような、はにかむような、顔。

 あまりに多くを内包した感情の正体を、カンクロウは知らない。ただ、じっと、見つめ返す。

 

 青年がふいと目を逸らし、傀儡に向き直る。そして言った。

 

 

「………14時だ」

 

「へ?」

 

 

「14時きっかり。それより早くても、遅くても帰る。いいな?」

 

「早くても帰るのかよ!?」

 

「オレは待たせるのも待たされるのも嫌いなんだよ」

 

 顔は見えない。ただ、カンクロウは、青年が笑っているような気がした。

 青年が再びカンクロウを追い払う。カンクロウは今度こそニッと笑い、パッと部屋を飛び出した。

 

 

 




日頃はピクシブで活動してるんですが、友人のスマホに保護者フィルターがかかって見れなくなったらしいのでこっちで投げます。可哀想に。

アホなミスを修正しました!報告感謝!また絶対誤字するから宜しくね!(甘え)

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