木偶に息   作:百合に 

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ひと夏の思い出

いつもは3万字くらい書くから短いのむつかしい




 昨夜に引き続き朝食の面倒を見てくれたのは、叔父である夜叉丸だった。いつも給仕をしてくれるだけの他の父の部下達とは違い、叔父はカンクロウ達と共に食事を摂ってくれる。

 

 常日頃は末の弟に付けられている叔父がこちらにいる意味も、分かってはいるのだ。それでもテマリは嬉しそうだし、カンクロウも同じくだった。

 

 そう言う訳で、今日は二人でテマリを送り出す。テマリは名残惜しそうに手を振りながら、意気揚々と上忍に連れられて行った。

 カンクロウは叔父に向き直り……未だこの部屋に留まる彼に首を傾げる。

 

「夜叉丸?まだ戻らねえの?」

 

 夜叉丸は優れた医療忍者だ。『今の我愛羅』にこそ必要な人だろう。けれど叔父は緩く目を細めると、優しく要件を切り出した。

 

「いえ……カンクロウ様。今日は久しぶりに、私と散歩でも致しませんか?」

 

「えっ」

 

 ここ最近父が忙しくなって以降、ぱったり止んでいた散歩の誘い。更には姉もいない『二人きり』のそれに、カンクロウは目を見開いた。

 

 

 運が良かった、とカンクロウは思う。叔父の言う散歩は風影塔内外をぐるっと一回りするもので、『14時』にはその真っ最中だ。

 遅刻に厳しいあの青年が、約束をすっぽかしでもしたらどうするか。傀儡にでもされるかもしれねー、と思わずブルリと身震いする。

 

「おや、カンクロウ様。お久しゅうございますね」

 

「坊ちゃんじゃねえか。ちょっと見ねえうちにデカくなったなぁ!」

 

 叔父と手を繋いで風影塔内を練り歩けば、顔見知りの忍び達がちらほら声をかけてくる。ポケットに焼き菓子や駄菓子を詰められながら、カンクロウはキョロキョロと周囲を見渡した。

 

「やっぱ人少ねえな」

 

「ええ……皆忙しくしておりますから」

 

 そんな忙しい時期に連れ出して貰って大丈夫か、と言う顔をしたカンクロウに、叔父は優しく微笑んだ。

 

「お気になさらず。近頃はテマリ様が修行に出るようになられましたし、きっと退屈でしょう」

 

「……まあ、そうだけど……」

 

 青年と脱走のことを隠す手前、カンクロウはばつが悪かった。本当は、伝えるべきなのは分かっているのだ。言うか、言わぬか。そんなことを悶々と悩みながら、窓の外を眺めて見る。

 脱走経路の中庭を通して、普段己の暮らす部屋が伺えた。あの中での退屈な暮らしと、それを晴らした傀儡を思う。

 

「カンクロウ様?もしや、お具合がよろしくなかったですか?」

 

「…大丈夫じゃん」

 

 カンクロウは首を振り、叔父の手を握り直した。

 

 

 カツカツと階段を登り、上階へ。叔父が顔布を当てた一団と軽く手を上げあって挨拶を交わし、屋上へ続く扉を開く。

 砂隠れの殆どを眺められる展望台は、カンクロウではなくテマリのお気に入りだった。

 

 叔父が準備してくれた握り飯を受け取って、茶筒の中身と共に腹に流し込む。カンクロウはモグモグと口を動かしながら、どうにか懸命に構想した傀儡を説明した。

 叔父はクスクス笑いながらそれを聞き、己が見聞きする傀儡師達のことを話してくれる。彼が語る二つ名の数々は、皆一度は聞いたことのある強者達だ。

 

「傀儡使いといえば、チヨ婆様も忘れてはいけませんね」

 

「チヨ婆……って、いつも釣りしてるあの変な婆ちゃん?あの人ボケてんじゃん」

 

 思わぬ名に、カンクロウが目を丸くする。叔父は屈託ない子どもの言葉に苦笑すると、近頃は気落ちされていますが、と前置いた。

 

「白秘技のチヨ様と言えば、知らぬものは居ない傀儡師であらせられた方です。三代目様や二代目様を長くお支えし、その十指で十体の傀儡を綾取ったとか……」

 

「じゅっ!?」

 

 つまりは傀儡一体を、指一本で操っていたと言うことだ。なんたる絶技。カンクロウは驚愕で飛び上がり、それから眉を寄せる。

 

「そんな婆ちゃんが気落ちって、何があったんだよ」

 

「それは………、」

 

 その問いに叔父は言葉を濁らせ、眉尻を下げた。それからゆっくり口を開き、あからさまな配慮を足した声音で続ける。

 

「先の大戦で、息子夫婦を亡くされて。数年前、忘れ形見のお孫様が……抜け忍に」

 

「!」

 

 カンクロウは臓腑をつかまれたような思いで息を呑む。

 傀儡師。抜け忍。……乱雑に積まれた『持ち主の居ない』傀儡達。緊張で硬らせたカンクロウの肩に、叔父が優しく手を置く。

 

「大丈夫です。カンクロウ様方の御身は、私達がお守りします」

 

 違う。そうではない。そうではなくて。

 

「なあ、その抜け忍。その人の名前は?」

 

 カンクロウの言葉に、夜叉丸が不思議そうな顔をして。それから、言った。

 

「……【赤砂のサソリ】。かつて傀儡部隊の天才造形師と謳われた忍びです」

 

 青年が手掛けた三体の傑作。それに貼られた、『蠍』のラベル。

 そうか、とカンクロウは納得した。あの青年が身に纏う、濃密な死の気配を思った。

 

 言わなければ。カンクロウは決意を固め、心配そうな夜叉丸に向けて口を開き────

 

 

 

 

 

「────夜叉丸。」

 

「ッ」

 

 背後から投げかけられたその声に、ビクリと背筋を凍らせた。

 

 振り返る。そこには自分に似た顔立ちの……否、自分が似た顔立ちの男が、厳しい表情で立っていた。

 

「おやじ……」

 

 思わず溢した声にも、男は何も反応しない。さっと立ち上がった叔父が、カンクロウと男の間に割り込む。

 

「羅砂様。何かご用命でしょうか」

 

「………」

 

 片膝を立てたまま姿勢を正す夜叉丸に、男がさらにシワを深める。それから吐き捨てるように言った。

 

「『アレ』が世話役を始末した」

 

「ぁ、」

 

「傷を癒せ。いいな」

 

 『アレ』。バケモノを抱えた末の弟。……我愛羅。

 夜叉丸はこちらを振り返らずに、畏まりました、と頷いた。

 

「カンクロウ様」

 

 座り込んでいたカンクロウを、顔見知りの中忍であるバキが助け起こした。恐らくはそこら辺を歩いていた所を見止められたのだろう。

 バキは困惑顔ながら、生真面目が滲んだ顔付きで男に頭を下げる。

 

「ご子息はお任せ下さい」

 

「ああ」

 

 こちらに一瞥もくれずに、踵を返す男。カンクロウはハッと我にかえり、その背中に声を上げる。

 

「ま、待ってくれ、親父!」

 

「………カンクロウ」

 

「ッ、」

 

 振り返りもせず、吐き捨てられた己が名前。その声音のあまりの冷たさに、カンクロウは顔を強ばらせた。

 

「それは今、必要なことか?」

 

「ぅ…あ……」

 

 青年の前では要らぬ程に回った口が開かなくなる。何を。何を言えば。震える唇を、開き、閉じ、開いて。

 

 

「……なんでも、ない、です」

 

「………」

 

 

 その姿が去っていく。カンクロウは歯を食いしばりながら、拳が白くなるほどに固く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃん」

 

 手首に晒しを巻きつける姉の背に声をかけた。眠そうな姉は首だけで振り返り、どうした、と小首を傾げる。

 

 カンクロウは口端を持ち上げてニッと笑い、大好きだと言う気持ちを込めて言った。

 

「行ってらっしゃい!」

 

「なんだ、気持ち悪いな」

 

「ひでぇじゃん!」

 

 

 昼食を食べ終えて給仕係の背を見送れば、時刻は13時過ぎだった。上靴を履いて、部屋の隅でジッと時計を見る。長針が1に着き、短針を追い越し、6を超え、8を過ぎて。

 

 カンクロウは最後の脱走を決行した。

 

 

 

 

 

 

 

 倉庫の一階に、青年はいなかった。かと言って上階への梯子が下されている訳でもなく……不自然に、道の半ばに傀儡が転がっている。

 

 カンクロウはそれを拾い上げ、取り敢えず傍に避けた。顔を上げ、あからさまに誘導する半開きのドアを眺める。わざとらしく貼られた、細い一本の糸。

 『作業室』というプレートが斜めにかかったそれを、カンクロウは押し込んだ。

 

 

 

「来たか」

 

 蒸せ返るような、いっそ甘くさえ感じる悪臭の中。青年はこちらに背を向け、静かにそこに佇んでいた。

 あまりの劇臭にカンクロウは嘔吐きかけ……しかし次の瞬間、呼吸も忘れて息を呑む。

 

「見事な出来だろ?このオレの作品の中でも、至上の一作だ……」

 

 陶酔しきったその声の先には、一体の傀儡が吊るされていた。

 

 だらりと下がった手足に、おざなりに掛けられた黒のコート。量の多い黒髪は髷のように結い上げられ、空いた胸元からは絡繰仕掛けが覗いている。

 一見磔にされたように見えるその人型に、ヒトらしい温度は期待できないだろう。しかし“モノ”と片付けるには、この傀儡には『面影』が残りすぎている。

 

 ……けれど。その瞬間、そんなことはどうでも良かった。

 

「……はは」

 

 カンクロウは怯えた。カンクロウは感嘆した。そのどちらも嘘ではない。それはあまりに惨い所業であり、そしてあまりに美しい傀儡だった。

 貼られたばかりの赤い『蠍』のラベルが、堂々とその制作者を示す。

 

「【赤砂のサソリ】……」

 

 感嘆と共に吐き出した名に、青年……サソリが、クツと笑った。

 

「知ってやがったか」

 

「……隠す気もなかったじゃん」

 

「まあな」

 

 サソリに警戒の色は無い。当然だ。サソリが指一本動かせば、カンクロウは悲鳴さえ上げられずに殺されるだろう。

 けれどもカンクロウは自然体だった。腐りかけた肉片と内臓が散らばるぬかるみの中、自然体のまま、躊躇いなくサソリに近づく。

 

「いいのかよ。お前の前にいる男は犯罪者だが?」

 

「下忍にもなってねぇガキに何が出来んだって話じゃん」

 

「クク……太々しいガキだな。もう少し怯えて見せたらどうだ」

 

 怖気が無い、と言えば嘘になる。それでも興奮で震える手を握り締め、その傀儡を仰いだ。

 

 思い出すのは、叔父が見せてくれた無彩色の写真。カンクロウが生まれる少し前に『失踪』した、歴代最強の風影。

 

「アンタが………【三代目】を殺したから、か?」

 

 サソリが振り返り、横顔だけでニヤリと笑う。それは正解を言い当てた教え子を、高圧的に褒める仕草だった。

 

 

「最高の肉体、最高の素材だ。嗚呼、殺す時には本当に苦労した……!」

 

 サソリは上機嫌に語り出す。その指先がツゥと空をなぞると、人型が虚に浮遊した。広げた腕に、細かな粒子が纏わり付く。砂鉄だ。

 

「人傀儡の真骨頂は、素体が生前習得していた忍術を扱えることだ。当然相応のチャクラを消費するが……それでも十分お釣りが来る」

 

 今日の授業が始まった。サソリの語り口は軽快で、傀儡を操る指先も忙しない。

 

「砂鉄には磁力がある……クナイや剣じゃ話にもならねえ!砂の盾は忍術を弾き、砂の矛は敵を貫く。生憎、他の傀儡と併用することはできねぇが……」

 

「逆に、傀儡使いも、相手にならねえ」

 

「そうだ!関節に砂鉄を噛ませでもすりゃ、あっという間にスクラップに出来るだろうよ!」

 

 呵々。大笑。高笑い。無人の倉庫を狂気一色に塗り替えて、サソリが心底愉しげに嗤った。

 

「人傀儡を作るのに、砂以上の環境はねえ!あんなジメジメした場所じゃ、折角の素体を腐らせちまうからなぁ……時空間忍術様様だよ。肉体を保存できたおかげで、下処理から万全な状態で作業出来た………!」

 

 下処理。その言葉に、カンクロウは周囲を見回した。引き摺り出された臓物に、丁寧にこそぎ落とされたのだろう皮膚。やや黒ずんで固まり出した、鉄臭い液体。

 まるでカンクロウに説明するように……否、実際その意図で取り置かれたのだろう。人傀儡という技術が忌まれる所以を、これ以上無く表している。

 

「……ぅ、」

 

 徐々に徐々にと、カンクロウは冷静になった。己が立つ場所を自覚した途端、掌の震えが止まらなくなる。

 風影塔を背景に、【彼】は堂々と胸を張っていた。彼を囲む幾人かの中に、眉尻を下げた母がいた。……照れ臭そうに笑う、父が居た。

 

「ぅぷ」

 

 喉の奥に落とし蓋がされる。迫り上がってきた吐瀉物を抑え込みながら……カンクロウは笑っていた。

 臓物の欠片を踏み付けながら笑える己が、未だ傀儡から目を離せないでいる己が、きっと何より気持ち悪かった。

 

 目の前のこの人は、父の師を殺して。それを凄惨に飾り立てた傀儡に、カンクロウは魅入られている。

 

「オレ、親父に殺される」

 

 カンクロウはどうにか口端を持ち上げ、喘ぐように言った。いつのまにか、サソリがこちらを向いている。赤褐色の、うつくしい硝子玉。

 サソリは片眉を上げると、気負いなく返してくる。

 

「なら、オレと来るか」

 

「…は?」

 

 固まったカンクロウから再び顔を背け、サソリは唄うように続けた。機嫌の良さが滲み出た声だった。

 

「テメェはオレの傀儡が好きだろう?此処にない奴で遊ばせてやっても良いし、オレの『右腕』を作る手伝いをさせてやっても良い!」

 

「、」

 

「どうする、『カンクロウ』」

 

 思いもしない問いかけだった。きっとこの男は別れも告げずに居なくなるのだろうと、漠然と思っていたからだ。戯れか、冗談か。否、いずれにしても。

 

 その問いを真面目に考えてみて……カンクロウは、驚くほど迷わなかった。

 

「行かねえ」

 

 ピク、とサソリの肩が動く。吐き気は治まり、カンクロウの思考はクリアになっていた。

 目の前の男に殺されるかもしれないと、今初めて、馬鹿みたいに思った。

 

「……アンタのことは、師匠みたいに思ってる。本当に尊敬してるし、一緒に行けたら、きっと楽しいと思う」

 

 サソリが抜け忍であったことも、人傀儡のような外道に手を出していることにも、カンクロウは納得した。抱く尊敬心には、なんの変化もなかった。

 この人ならそういうこともするだろうと、内心どこかで分かっていたのだ。

 

「けど。オレは、行けねえ」

 

 それでもカンクロウには、サソリが欠いたそれを捨て去ることは出来ない。一度そう思ってしまっては、もう駄目だった。

 カンクロウの道は、きっとサソリの道とは交わらない。

 

 

 

「………ハ、」

 

 呆れたようなその音は、嘲笑にも、苦笑のようにも。

 

「………そうかよ」

 

 それだけだった。吐き捨てるようにそう言って、サソリは懐から巻物を取り出す。ポン、という音と共に、父の師であった傀儡は収納された。

 すれ違う。その表情は伺えない。行ってしまう。何か。何か、言わなければ。

 

「なあ!」

 

 ビチャ。踏み出した一歩は、次の一歩を躊躇う程の陰惨な感触がした。それでもカンクロウは立ち上がり、追い縋る。

 

 サソリは振り返らず、そして何も言わなかった。ただ、足を止めただけだ。それでも共に過ごした時間から、発言を許されたのだと理解できる。

 

「オレ、まだガキだし、下手くそだし、才能だってねえかもしれねえけど!」

 

「………」

 

「アンタの傀儡!オレが、貰っていい!?」

 

 要領を得ない、跡切れ跡切れの聞き苦しい言葉。その後続いた痛いほどの沈黙に、しかしカンクロウは怯えなかった。

 

 

「はァ……」

 

 サソリがゆっくりと振り返る。その表情からは、目を覆いたくなるほどの狂気が無くなっていて。

 

「……精々、オレよりうまく使えるようになってみせろ」

 

「!」

 

 呆れたような、馬鹿にするような……それでいて、驚くほど穏やかな声。カンクロウは目を見開き、それからくしゃりと顔を歪めた。




自縄自縛
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