木偶に息   作:百合に 

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エタるつもりはないので……ただ遅筆なだけで……戦闘描写が苦手かつ下手なだけで……





 

 うちはサスケがまだ来ない。キリキリと痛む胃を抑えながら、カンクロウは上階に戻ってきたテマリを出迎えた。

 パッと見ただけでも、テマリの顔には隠しようの無い焦燥が浮かんでいる。勝負に負けて試合に勝たされたのだ、プライドの高い姉はさぞ傷つけられたことだろう。

 

 何が不興に変わるかも分からない我愛羅の手前声をかけることもできず、苛立ちの矛先を他方に向けようと口を開く。

 

「……アイツ、ホントに来んのかよ」

 

 臆病風に吹かれたか。そんな意志を含む終止形の疑念に、我愛羅が間髪入れずに答える。

 

「来る。……絶対にな」

 

 濃い隈の染み付いた我愛羅の眼差しは、ゾッとする程に凪いでいる。怒りも喜びも無いその表情には、戦い前の高揚さえ見当りはしなかった。

 

 何か不備があったのか、バキは未だ戻らない。見上げた空は皮肉に思える程の晴天で、陽だまりが観客たちを温めていた。

 ちらと来賓席の上層を見れば、風影は無機質な面持ちで無人の舞台の上を眺めていて───

 

 ───不意に。その視線が、ぐにゃりと歪んだ。

 

 

「、ぁ」

 

 

 一瞬、あるいは数十分も過ぎたような。

 鼓動が速まる。呼吸を止めていたことを自覚した瞬間、カンクロウは引き攣った悲鳴を押し殺した。

 

 『風影』が見つめた先は、木ノ葉隠れが里の長、火影・猿飛ヒルゼンその人だ。ただ、彼を貫く『風影』の視線の……言い様もない悍ましさよ。

 

 こちらの視線は気取られているだろうが、別に目が合ったわけではないのだ。下忍如きに気づかれたとて構わないと、そう思われている。

 事実自分に向けられた訳でも無い眼差しの一欠片で、カンクロウは指一本さえ動かせずにいる。その判断は正しかった。

 

 違う。漠然とカンクロウは確信した。何が、と自分自身に問い返す。具体を絞り出すことはできなかった。加えて疑念の意味にまで頭が回るほど余裕はない。

 

「    」

 

 混乱のまま、カンクロウが思わず『余計なこと』を口走りそうになったその瞬間。

 ヒラリと一枚、木の葉が舞った。

 

「ホラ……来た」

 

 うねる旋風、渦巻く木の葉。中央に佇む漆黒の少年を見据え、心底嬉しそうに我愛羅が嗤った。去っていくその背を見送りながら、震える拳を握りしめる。

 もう一度盗み見た『風影』は、至極平静な様子で頬杖を付いている。しかしカンクロウには、ソレが人の形をしたナニカのようにしか感じることが出来ない。

 

 同じく人の形を取ると言えど、アレはカンクロウの操る傀儡とも致命的な違いがある。それでも強いて近しいモノを挙げるなら、それはきっと『あの人』の芸術だ。

 

 冒涜的な究極の一。カンクロウにあの人の芸術を解する嗜好が無ければ、あの傀儡にも同じ印象を抱いたかもしれない。

 或いはそんな子供であったなら……否、詮なきことではあるけれど。

 

「……ロウ、カンクロウ!」

 

「、おう」

 

 釘付けになった視線を遮るように、翡翠の瞳が眼前に現れた。テマリだ。オレの姉だ。数回瞬きした後、震える喉から声を絞る。

 

「どうした。具合が悪いのか?今はどうすることも出来ないが……」

 

 そうだ。どうすることも出来ない。カンクロウ達は、すでに引き返せない場所にいる。

 

「……平気だ。問題ねえじゃん」

 

 言い切って、カンクロウは舞台を見下ろした。二、三度手に絡めたチャクラ糸を弄べば、早まった鼓動も落ち着いて来る。

 

 いつの間にかバキは戻ってきており、他の砂隠れの仲間達も所定の位置に付いていた。作戦開始時刻が近い。この試合の最中で、カンクロウ達の命運は決まる。

 

「始めッ!」

 

 審判が手を振り下ろす。瞬間、大量の砂が舞台の上で嵐を作った。

 

 

 

 

「不味いな……まだ戦う前なのに、我愛羅が興奮しすぎてる……」

 

 固唾を呑んだテマリの言う通り、我愛羅は随分気が昂っているらしい。頭を抱え、ブツブツと内なる己とやり取りをする姿……カンクロウとテマリが“会話”と呼ぶそれは、我愛羅の不安定さを象徴するものだ。

 テマリは相手の強さを警戒するが、カンクロウはそうは思わない。強さであれば、うちはサスケの上はいる。であればそれ以外の何某かが、我愛羅を『感じさせる』要因なのだろう。

 

 肩で浅い息をしていた我愛羅が、ゾッとする程静かに顔を上げる。視線が交差し……状況が動いた。

 

 始まった試合は、予選を知る者には既視感のある展開で口火を切った。蹴り技主体の体術で果敢に攻めるうちはサスケが、我愛羅の防御を削って行く。

 何より驚嘆すべきは、その体術が既知のそれに見劣るものではないということだ。げに恐ろしきは写輪眼、奴はこの1ヶ月であの下忍の体術を完璧にコピーして見せたということらしい。

 

 うちはサスケは疾かった。一手一手が我愛羅の砂の鎧を破り、何体もの砂分身を飛散させる威力を持つ。

 あの我愛羅に、少なくは無いチャクラを防御の為だけに消費させている。見覚えのある流れだった。

 

 とはいえそれをなぞるだけでは、予選と同じく我愛羅に『捕まる』。攻防というには一方的すぎるやり取りではあるが、あれほどの体術を繋げば消耗は避けられまい。

 

 『中身』の影響で常人の倍ほどある我愛羅のチャクラが尽きるより、スタミナ切れでボロが出る方が早いはず。

 となれば必然、そこからの展開はうちはサスケによって一変する………かに、思われた。

 

 しかし。

 

「ッ!?」

 

 巻き上がった砂嵐が樹木の如くうねりだし、幾条かの帯となって我愛羅の肉体を覆っていく。完全な球体となったその殻は、叩き込まれた拳の勢いを完全に遮断した。

 

 そうして築き上げられたのは、我愛羅の誇る絶対防御。砂の全てを防御に回し、外界を遮断する、何より強固な穴熊戦法だ。

 後方で視覚を補う『第三の目』は、即ち攻勢に出ようとする所作そのもの。

 即ち、我愛羅が焦れた。そのあまりに分かり易過ぎるサインだった。“あの術”を使おうとしていると、カンクロウとテマリは確信する。

 

「計画どころか無茶苦茶にするつもり!?我愛羅のやつ……!」

 

 舌打ちをしたテマリが、興奮して身を乗り出す。カンクロウは努めてゆっくりと息を吐き、姉の腕を掴んで引き戻した。

 

 “あの術”を使ったなら、我愛羅の消耗は途轍もなく大きくなる筈だ。この試合が終わった時、或いは作戦が始まった時、我愛羅が手筈通りに動けるとは到底思えない。

 

 好機、逸するべからず。カンクロウは人知れず腹を決める。

 

 

「テマリ」

 

 

 口を開いた瞬間、測ったかのように閃光が煌めいた。ついで、チ、チ、チ、と鳴り響く轟音。此方を伺っていた複数の気配が、一斉に舞台下に注目する。

 この窮地にて、ようやく状況に味方されているらしい。カンクロウは苦笑した。うちはサスケの技に気を取られかけるテマリを引き寄せ、はっきりと言う。

 

「逃げんぞ」

 

「は!?」

 

 テマリが目を見開いたと同時、うちはサスケが駆け出した。その手が閃く。視認できるほどのチャクラの帯が、雷霆の如き尾を引いた。

 その手が砂を貫いた瞬間を。伸ばされた砂のバケモノの腕を。『風影』の目に、狂喜の光が灯るのを。

 カンクロウは、嫌に冷静に眺めていた。

 

 

 

 その静寂が合図だった。

 

 うちはサスケの一閃に沸き立っていたはずの会場が、唐突に静まり返る。船を漕ぐとはよく言ったもの、観客達が一様に櫂を持つよう首を垂れた光景は、気味が悪いほどに壮観だ。

 薬師カブトの上げた開戦の狼煙は、蛇の蟠のように密やかだった。

 

 木ノ葉の上忍達が間髪入れずに幻術返しを行い、迅速に現状把握に努めようとする。見れば何名かの中忍や下忍も幻術返しに成功したようだった。

 が、遅い。それより先に音の、砂の忍び達が襲い掛かる。

 

 カンクロウもそれに倣うよう近くの忍びにチャクラ糸を引っ掛け……しかし首を掻っ切ることもせず、ただ遠心力で舞台へと飛び降りた。

 絶対防御も解けて蹲る我愛羅の元へ、一目散に駆け出す。

 

「カンクロウッ!?」

 

「何かおかしいじゃんよ!オレも、訳わかんねえけど……我愛羅はここに置いておくべきじゃねえッ!」

 

 『人柱力を第一に』。風影が言いそうな台詞ではある。例えその命令の真偽が如何なれど、正しいものであることは間違いない。ただあの時……カンクロウはきっと、致命的な何かを見落とした。

 忍びにとって従うべき確固たるものなど、上官の命令の他にない。ならばそれさえ信じられなければ、一体何を信じたら良いのだろう。

 

 カンクロウは迷いなく走り出した訳ではない。寧ろ条件反射のような自分の言動に振り回され、混乱していた。

 姉を信じていないとは言わない。けれども共々謀られるリスクを忘れてもならないのだ。

 

 どうすれば、どうしたら……

 

 

 ──里に尽くせ。

 

 

 フッと脳裏に過ぎったのは、遠い昔に貰った言葉。

 

 意識が冷静になり、思考回路に油が差される。自分の体を傀儡として操っているような冴えが、混乱をも上回った。

 カンクロウは自分の中身が入れ替わったかのような錯覚をする。

 

 砂隠れとして何に変えても避けるべきは、一尾を失うこと。例え風影であろうとも、尾獣だけは命を賭して守り抜かねばならないものだ。

 人柱力は替えが効かない。スペアにもなれないカンクロウだからこそ、実感している揺るぎない事実である。即ち、選択すべきは。

 

「離脱一択!テマリ!」

 

「ああ、もうッ!信じるぞ、カンクロウ!!」

 

 三十六計逃げるに如かず。その選択は安牌ながら、戦忍としては最悪の一手だ。風影子女として有り得ない重大な任務違反に、作戦を知る者全てに動揺が伝わる。

 

 乱戦状態は最大の味方だった。ぐったりと動かない我愛羅を抱え上げて、戦線を離脱したカンクロウを、砂の忍びでさえ捕捉できない。

 追い付くことが出来たのは、事前に予告されたテマリだけだ。

 

「カンクロウ……『任務』を果たせ!」

 

 すれ違いざま木ノ葉の上忍と切り結んだバキが、怒声に近い声を上げる。一見敵前逃亡を咎める声、しかし思わず笑ってしまったのは、突風が酷く優しく背を押したからだ。

 カンクロウを狙ったクナイが、バキの風遁で巻き上げられる。生徒の説明もない強行を信じてしまう程度には、バキは昔から根の甘さが抜けない男だった。

 

「どの道その状態の我愛羅は使えん……行けッ!」

 

「悪い、先生!」

 

 遠く塔のある辺りには、毒々しく燃える紫の結界が鎮座している。カンクロウはそれを一瞥してから、無言で背を向け駆け出した。

 恐らくその離脱は、可及的速やかなものだっただろう。事実混戦状態を縫って会場から脱出した3人を、追える者はいなかった。

 

 ……だが一つだけ、カンクロウは失敗した。襟元で聞こえた羽音を、取るに足らぬと捨て置いたことだ。

 

 それは奇しくも、カンクロウが『風影』にされたのと全く同じ慢心である。しかし『風影』との決定的な差異が……未熟さ故の焦りが、急拵えの策を破綻させる。

 

 些細と捨て置いたそのミスが、砂の若き忍びたちの逃亡を妨げ……そしてその命を、紙一重で救うこととなったのだ。

 

 

 

 特別上忍・不知火ゲンマに砂忍達を追うよう指示されたサスケは、しかし隠れ里を囲む森林の前で途方に暮れていた。

 サスケが彼らの追跡を命じられた時には、砂忍達はとっくに姿を眩ませた後だった為である。

 

 ゲンマはその『写輪眼』にチャクラの痕跡を追う役割を期待したのだろうが、未だサスケは溢れんばかりの才能を持て余している身の上だ。

 試合でチャクラも体力も消耗しているし、未発達の肉体ではそう長く『眼』を開けていることはできない。仮に追いつき挑むことが出来たとしても、あっさり返り討ちに遭うだろう。

 

 更に現在のサスケの体には……あの大蛇丸とかいう忍びに刻まれた、正体不明の呪印があるのだ。

 カカシにもキツく言われているように、チャクラをからけつにすることは望ましくない。追跡は現状不可能だった。

 

 それでもサスケが会場へと戻らずにいたのは、追うならば早い方が良いという至極冷静な判断と、おめおめ尻尾を巻いて帰れるかという高いプライド……そして心の大半を占める、砂瀑の我愛羅への対抗心が故である。

 

 

「サスケ。お前はオレと行動を共にするべきだろう。なぜならオレには、アイツらを追う手段があるからだ」

 

 チャクラ以外の痕跡は無いかと、懸命に目を凝らしていたその時。後ろからかけられた声に、サスケはハッと振り返った。

 

 名前こそ覚えているものの、記憶にそう残っている訳でもないアカデミーでの同級生。クイとサングラスの位置を調整した少年は、いつものように回りくどく言った。

 

「お前が追いたいのは我愛羅だろう。ならば露払いを期待してくれて良い……なぜなら、あの忍びは元よりオレの相手であるからだ」

 

 ゴソゴソと目元を小さな虫が這う。油女シノは、埋めた口元で不敵に笑った。




次は!早いはず!夏休みだもの!
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