キーンという、金属が低音を鳴らしたかのような音があたりに響く。それと同時に、蓮の視界に映る存在全てがその身を凍り付かせる。そんな光景は正に、時間が止まったというにふさわしいものである。しかしそれは、時間が停止したというものではなく、停止に近い停滞という現象に他ならない。
その停滞の感覚が、尋常ではないほどの低速な為に蓮からすれば時が止まっているかのように思えるのだ。その能力は、時間の停滞。
蓮の渇望、この瞬間を引き延ばしたいというそれが、今まさに実現しているのだ。一秒を何百何千何万という単位で切り刻み、その中で自分は普通に行動する。
とは言え、蓮自身が今発現したこの能力を十全に発揮できるかと言えば、そうではなかった。如何せん、初めての発動に驚きが勝っている為に、今の状態が長く続くとは限らない。蓮の創造は元々ブレ幅が大きいものであり、完全な状態で発動を行っても、強弱の違いが如実に表れるものだ。
それがこうして不完全な状態で発動したのと、何より蓮自身の身体も尋常ならざるダメージを受けている為に、この状態があとどれくらい持つのか。それが決して長い時間ではないという事は、今の蓮にもわかっていた。だからこそ、彼には驚いている暇などない。
普通に立っているだけでも倒れそうな足の震えを気合いで持ち直し、崩れ落ちそうになる身体を気力で必死に支え、なけなしの力を振り絞って蓮はその場を駆けだした。
「うっ・・・ォォォオオオオオオオオ!!」
飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、今にも激痛で叫びそうになるのを腹の底から上げる方向で共に吐き出し、蓮は通常ならそれほど速くない速度で突き進む。ここは時間の停滞した世界だ。それならば、先程までと比べ格段に落ちたスピードでもトバルカインを圧倒することが出来る。
何故なら時が動き出す前に、絶対回避不可能な位置まで踏み込んでその刃で首を刎ねる瞬間に停滞が解ければいいのだから。走りながら縺れそうになる足をそれより速く前に出し、右腕に宿したギロチンを思い切り振り上げ、僅かな距離を漸く詰める。
「これで・・・おわりだァアアアアア!!」
そして振り下ろされるギロチン。その刃が到達するまで、あと2秒もないという所で、限界が訪れた。パリンという破砕音にも似た音が聞こえたが最後、停止した時間は動き出す。
「ッッ!!」
気が付くと、いきなりトバルカインに急接近していた蓮を見て瞠目するリザ。しかし、それは何が起こったのかわからないというより、何か予想外の物をみて驚いたといったような顔だった。まるで予想していた事態より、遥かに予想を覆すかのような事態。
つまり、蓮がいきなり現れた事より、能力の方に驚いていたという事実。予め、何かが起きるというのは予測していたということだろう。
しかし、それでもその驚愕により起こった隙は致命的なものと成った。時間の停滞が解けたのがコンマ5秒程前。その時点で、トバルカインの首を刎ねるまでに後1.5秒程しかないということだ。その間に出来る事と言えばたかが知れている。
トバルカインに自我があるのならともかく、操られている死体は命じられた動きしかできない。
リザの操作で無傷で完全回避するのは不可能どころか、このままではトバルカインの首が刎ねられかねない。だからこそ、選択は限られていた。
完全回避を試みて失敗して首を刎ねられるか、それとも僅かな可能性をかけて浅くない傷を負ってでも回避するか。選択肢はその二つ。
しかも、後者の選択肢に関しては失敗する確率の方が高い。そんなさっきとは逆に、絶体絶命のリザ。そんな彼女の選んだ選択は、やはり後者だった。そしてその選択は、見事死線を乗り越えて見せる。
「グァアアッッ!!」
「■■■■ーッ!!」
リザの選んだ方法によって、蓮とそしてトバルカインの身体が大きく吹き飛ばされる。トバルカインは身体に深い傷と雷撃によるダメージ、蓮の身体にも雷撃のダメージは与えられていた。ただし、それは今までで一番浅い傷だった。
それでも、ダメージにダメージを重ねた蓮をダウンさせるには十分だったようだ。再び瓦礫の中に突っ込んだ蓮は、意識はあるものの起き上がれるような気力はもうなかった。出来てせいぜいが、首を動かす程度である。
リザはそれを見て安堵すると、自身が死にかけたのでもないのに緊張により乱れた呼吸を整え、ホッと胸を撫で下ろした。木乃伊取りがミイラになるようでは洒落にならなかったからだ。
リザの取った選択肢は後者であり、方法は雷撃の衝撃波によるお互いを吹き飛ばすという方法だった。身体能力だけでは無理な回避だったが、雷着弾の衝撃も加えれば無理なものも分の悪い賭け程度には難易度も下がるというもの。
元々雷を帯電させていた事もあり成功したこの作戦だが、やはり受けたダメージは両者大きかった。
雷の方はお互いいそうでもないが、カインが受けた胸を走る斬撃痕は普通の人間なら致死レベルだ。これがトバルカインだったからよかったものの、もしも生者だった場合どうなるかは想像に難くない。
だが、それ以上に損傷に関して言えば蓮の総合的傷に比べたら深いソレは、手痛い授業料になってしまったのかもしれない。
帰ったら櫻井に文句を言われそうだと、リザは大きなため息をつく。そして、トバルカインの臨戦態勢を解かせ、もう用は済んだとばかりに蓮に背を向けてトバルカインと共に歩き出す。それを見て驚くのは蓮の方だった。
「なっ・・・待、て。シスター・・・あん、たは」
「今は動かない方がいいわよ?藤井君、あなたの傷も決して浅くはないんだから」
「そういう、問題じゃねぇだろ。何で止めを刺さない!?今の状態の俺なんて、あんたなら・・・」
怪我の痛みに苦しそうに呻きながら問いかける蓮。そんな彼を見て、リザは僅かに悲しそうな笑みを浮かべると、しかしその表情は蓮に向けられる事なく言葉だけで答えを返す。
「言ったでしょう?初めから今日あなたを殺す気なんてなかったの。だから、さっきまでのアレは別に殺し合いなんかじゃない。ただ、私が試したかっただけよ」
「試したかっただけ・・・だって?」
「玲愛を守るって、そう言ったでしょう?母親なら守るべきだって言ってくれたでしょう?今まで、そんなことを面と向かって言ってくる人なんていなかったから。だから試したの。ここで一方的に負ける様なら、決してあなたは私達に勝つことなんてできないでしょうから」
「シスター・・・あんた」
「正直、予想以上だった。でも、あなたなら出来るかもって最後に思わされちゃった。だからもし。もしもあの子を守る手段が、助ける手段があるんだったらお願い。私じゃあの娘と向き合う事すらできなかったけど、藤井君にだったらきっと守ってあげられるはずだから」
「待ッ――――」
蓮の言葉は最後まで続けられなかった。ドンッという重音を響かせ、その際に上がる砂煙に紛れて姿を眩ませる。巨体に似合わぬ軽快な動きは相変わらずで、ダメージを感じさせない動きだったが、初めに比べるとどうもぎこちなさを拭えなかった。
それというのも、予想以上に蓮から受けたダメージが重かったというのがあるだろう。
何せ、本来であれば即死級であろう斬撃を無理矢理躱し、その上完全に避けきることはできずに自身の雷撃まで喰らっているのだ。幾ら死体と言えど、それで平然と動き回られる方が恐ろしい。ともあれ、脅威は完全に去った。リザの物言いからも、少なくとも数日は安全であるという事は伺えた。
だからだろうか。緊張の糸が完全に緩むと、ボロボロだった蓮の身体はそれに抗うことはせず、ガクッとその身を地面に横たえた。正直もう喋るのさえ億劫な蓮は、このまま眠ってしまいたい所だが、霊夢の事も考えるとそうもいかないだろう。身体はろくに動かせないものの、意識だけはしっかりと繋ぎ止めた蓮は首を動かして霊夢の方を伺った。
向こうもどうやら、連中が去ったことで漸く状況が呑み込めたようで、折れているであろう腕を庇いながら蓮の方に足を引きずってやってくる。その顔には、色々と穏やかではない感情を載せていたが、そのまま感情をぶちまける様な事はせず、口を開く前に何度か深呼吸を繰り返して己を落ち着かせていた。
それを見てホッとする蓮。流石に、今のこの状態で説教を喰らうのは嬉しくはないし、よろしくもない。
「悪かったな」
「本当にね。あんたのおかげで、神社の一部が倒壊したわ。まぁ、あのバカ天人の時に比べればマシだったけど・・・おかげで、あんたのいう連中の脅威度ってのもわかったし。ってか、最後のアレ何よ?あんたも咲夜みたいな能力が使えるわけ?」
「咲夜?ああ、レミリアの所のメイドか・・・ってか、俺自身未だ最後のアレに関してはうまく説明できないけど。あのメイドはどんな能力なんだよ」
「ん?ああ、時間を止める程度の能力よ。蓮が最後に使ってたアレも、似たようなもんじゃないの?」
「・・・多分な」
一応頭では何となく理解していた蓮は、少し悩みつつもしっかりと肯定する。蓮の能力は時間の完全な停止ではない為、そっくりそのまま同じというわけではない。それでも似たようなところは否定できないし、説明も面倒くさいのでそこら辺は省くことにする。その説明は、体を休めた後にしたい。
今は霊夢に申し訳ないが、とりあえず素直に眠らせてほしいと蓮は思った。聖遺物が覚醒して以来、防御力が増しただけでなく身体の治癒力も向上している。ゆっくりと眠り身体を休めれば、今夜受けた傷もあっという間に治癒することだろう。
「だから悪い、とりあえず寝かせてもらう。正直、今はこうしているのもキツイんでな」
「ああ、もうわかったわよ。私ももうボロボロだし!!はぁ、まさかこんな目に遭うなんて。永琳に見てもらうしかないかしら?骨折ぐらいすぐ直る薬くれないかしらね」
痛む身体を引き摺りつつ、自身は屋内に入り軽く応急処置を行う霊夢。酷い怪我を負ってしまったが、流石にこんな時間に永遠亭に行こうとは思わなかった。どうせ行くなら、蓮も連れて行こうという思いもある。身体中を走る痛みを無視して、霊夢はゆっくりと眠りに落ちていく。
一方で、自分から望んで外に放置された蓮は、マグレだったとはいえ発動することに成功した創造位階の感触を、忘れないようにと拳を握りしめゆっくりと襲いくる睡魔に身を委ねていった。
やっと投稿できました。
しかも短いうえに、若干意味不オイ
最近リアルが修羅場ってて、金より時間が欲しい状況です。
学生時代に戻りたいなぁ