部長目線 山中 修司(豚)
驚愕。顎が外れるのではないか。
田中幸一朗の豹変に私、山中修司は事態を飲み込むことができず、
確認のため、もう一度あいつが発した言葉を繰り返した。
「俺様だと・・・?」
乾いた声でようやく田中幸一朗の言葉を繰り返す。
この先、もっと荒れるそういう確信がわたしにはあった。
だから正直、今日会社に来るのは気が重かったのだ。
心も身体も重くなる。
過呼吸、
落ち着け。頭の中を一旦整理しよう。
今日、自分の部下の一人を辞めさせなければならない。
その部下の名前は田中幸一朗。
中途入社してきた男だ。
前の会社で問題を起こし、
現在進行形で我々を困らせている男だが、
面接時の対応は目を見張るものがあった。
「ぜひともこの会社で一からやり直したい。
ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。」
礼儀正しさ、身だしなみ、表情、仕草。
どれをとっても非の打ち所なく、流麗。
熱意も感じられ、社長の受けも良く、私たちは彼を雇うことに決めた。
だが、段々と。日が過ぎるごとに私は後悔していく。
入社1年目はまだよかった。
会社の中にて、言い方は悪いが一番の下っ端故、本性を隠していたのだろう。
時折、私を見る目が恐ろしく冷たいこともあったが、それくらいだけだったと思う。
まあ、私は彼の上司。
間違いを注意し、指導していかなければならない立場。
好かれるのは難しいということは理解していた。
明らかに問題があると感じたのはいつの頃だっただろうか。
田中幸一朗に部下その1ができ、しばらくしたころだっただろうか。
意気消沈。ため息を吐き、
暗い表情をした田中幸一朗の部下を常日頃より見かけた。
特になにも考えず、私は田中幸一朗にそのことを話し、
部下その1を気にかけるようにと伝えた。
それがそもそもの間違いであったと、今になって思う。
あの時、はっきりと釘を刺して置くべきだった。
なにか、部下その1に対して嫌がらせはしていないか。
問いかけるべきだったのだ。
田中幸一朗の闇から目をそらさずに。
そう、私はこの時点で本当は気づいていたのだ。
田中幸一朗という男はろくでもない屑野郎だということに。
当然その後の事態は悪化の一途を辿る。
仕事を休むことが増え、表情もまた、一向に良くならなかった。
田中幸一朗に尋ねても、問題がおきているふうには思えない。
というより部下その1を気にかけている感じが薄いように感じた。
私は部下その1を飲みに誘い、事の真相を聞いた。
田中幸一朗が自分の仕事を認めてくれない。
何度も何度もやり直しをさせられる。
おまけにその行為を、他職員に気づかせないように、
口頭ではなく、必ずメールで伝えてくるそうだ。
田中幸一郎の部下その1の仕事内容を確認したが、
修正箇所は殆どなく、素晴らしいものだった。
あえてという場所は幾つかあるが、
最初、提出した地点で十分合格点であった。
しかし、そのあえてという部分を見つけ出し、
小出しに、何度も長文で注意する。
嫌味たらしさ満点の印象のメール内容だった。
私は彼を叱責した。
部下その1の悩みは田中幸一朗のメールでの小出しの修正指示が原因であったと。
あまりにもねちっこい小悪党的な悪意を感じると。
以後、メールでの指示はしばらく禁じ、
部下その1には、あまり関わらないように。
今は距離を置いて欲しいと伝えた。
「・・・わかりました」
口だけ殊勝。
その時の田中幸一朗の顔は憤怒に染まっていた。
3週間後くらい過ぎただろうか。
何事かあったわけではない。
部下その1から辞職願いを出された。
「お世話になりました」
引き留めるも、田中幸一朗の顔を見るだけでつらいと。
部下その1は、一杯一杯を超え、仕事をしている感じを受けた。
ストレスによる疲労困憊。
この会社に無理に慰留させても、
部下その1のためにならないように感じた。
「そうか、すまない。私があれだけ騒いだのも大きな原因だろう。」
事実、田中幸一朗と部下その1の関係は悪化の一途を辿っていた。
仕事上関わらせることはなかったが、
大きくはない会社。
すれ違うこともある。
舌打ち、唾吐き。何でもござれの状態だったらしい。
「いえ、影から見させてもらっていましたが、正直スッキリしました。
だから、気にしないでください。
本当にありがとうございました。」
と話し、辞めていってしまった。
その日の晩、酒が進んだ。
飲まなきゃとてもやってられなかった。
私は気の強い方ではない。
田中幸一朗を叱責したのも、かなり無理をしていた。
途中から震え声になる程度には。
人を怒る、そんな経験今までの人生でなかった。
怒りなれてる人なんて、ただのヤバイ奴だ。
田中幸一朗は仕事が出来た。
もう既に仕事に対する要領、理解は私を超えているといってもいい。
余裕があるとはいえない我が社。
問題児であっても、頼らざるを得ない場面が増え、
田中幸一朗は少しづつ信頼を取り戻していく。
それと共に私との関係、私への態度はどんどん悪化した。
「仕事ができないくせに。お前のことなんて屁にも思っていないんだよ。
豚。」
田中幸一朗が後輩を無理矢理呼び止め、
愚痴を吐いているのを偶然、私は聞いてしまった。
なんて愚痴だ。
怒り心頭であった。
しかし、注意しにいくわけにもいかない。
聞かなかったことにするしかない程に酷い言い方だ。
問い詰めれば、素知らぬふりをされれば、面倒くさいことになる。
私は関わりたくなかった。
私は少しぽっちゃりしているだけだ。
そもそも田中幸一朗のせいで太ったというのに。
自分でも気にしているんだ、ほっとけ。くそが。
「君には申し訳ないが、彼に、田中幸一朗にもう一度。
部下を任せたいと思う。」
「・・・私は反対しましたからね、会長。」
新規案件で仕事の量が全体的に増え、にっちもさっちもいかなくなった我が社。
新入社員が入ってくる季節と重なり、誰もかれも面倒なんか見てる暇はなく。
会議でさんざんもめたが、鶴の一声。
会長が部下を田中幸一朗に与えることを決めた。
それを私は受け止めることができなかった。
「私はとめた、私はとめたぞ。
どうなってもしらん。
あの男は手に余る。」
家で一人の晩酌。
声を荒立て、酒を呑む。
つまみ物のさけるチーズはあっという間に無くなった。
それもこれも全部、田中幸一朗が悪いのだ。
部下その2、部下その3、部下その4。
次々と耐えきれずに辞めていく。
辞める度にその場では殊勝そうな態度をとるが、
次の日にはケロっとしている。
最近は、堂々と私の前でも、部下を大声で注意するようになった。
仕事ができ、言っていることも間違えてはいないため、
注意もしにくい。
私は太った。
もともと太りぎみだったが、さらに大きく肥えてしまった。
田中幸一朗曰く、豚。
ため息が出る。
仲のいい同僚同士で、こそっと誰かの愚痴を吐くこともあるだろう。
だが、あいつ。田中幸一朗!
私が不在の時ではあるが、隣の部署にまで聞こえるような大声で、
「豚豚豚ー !!!、修司。貴様はっ!豚のキングぅだぁぁぁー!!!」
私こと豚。山中修司への罵倒を田中幸一朗は轟かせたらしい。
今日もまた酒が進む。
太るぜ、こりゃ。
山中修司(豚)
苦労人。いらない苦労も背負ってしまう。
人付き合いは上手いが、仕事の要領はそれほどよくない。
BLEACH愛好家。
いい歳になっても、
友達と一緒に傘で月牙天衝してるおっさん。