翌日、土曜日。どうせセイウンスカイは来ないか来たとしても昼過ぎ以降だろう、とたかをくくっていたら彼女がやってきた。足音が止んでドアが開き、明るい陰のような髪の毛の色が見えて彼女の顔を認識し、ついに時間感覚が壊れたのかと思ってPCの画面端の時計を見ると10:25の文字が表示されていた。困ったことに、まだ彼女のための新しいプランの細部は練られていなかった。
「おはようございます、トレーナーさんのために美少女のセイちゃんが来てあげましたよ」
「そりゃどうも。トレーニングするならちょっと準備させてほしくて、まだ新しい案を組めて無くてね……」
「うんにゃ、今日はトレーナーさんに話したいことがあって来たんだ」
彼女から話したいこと?なんだろうか、改まって。彼女からそんな話を振られたことは今までなかったので少し緊張を感じた。
「僕でよければ」
こちらまで改まってしまう。
「ずばり!ウマ娘総お昼寝計画~!わーぱちぱちー」
「なんて?」
改まってはいなかった。
「いやー、私ってサボり魔だーとか不真面目だーとか言われるじゃないですか。そこで逆転の発想で、みんなでお昼寝してお昼寝することは不真面目なことじゃ無くしちゃおう、ってわけ」
「はあ……」
そんなに多く賛同者がいるとは思えないし、話すなら私ではなく会長とか理事長とかだろう。彼女はお構いなしに話し続ける。
「そのためにはまず、お昼寝は気持ちいいってこととお昼寝は悪いことじゃないってことを伝える必要があって……トレーナーさん、ホワイトボード借りますね」
トレーナー室の備品の白板をごろごろと転がして私の正面に持ってきて、『① 気持ちよさ ② サボりじゃない』などと書いていた。彼女の髪と同じ色のしっぽが楽しげに揺れていた。
ふと、文字を書いている途中でセイウンスカイの動きが止まった。少し考え込む素振りを見せた後、彼女はこちらに向き直って、
「いやー、やっぱり論より証拠だと思うんですよ」
などとのたまった。
「……僕は昼寝しないからね?」
むしろ昼寝を阻止する立場なので一応先制しておいたが、
「やれやれ、トレーナーさんはつれないなぁ。ま、目的に合わないのでトレーナーさんはどっちでもいいです」
と言われた。確かにウマ娘総お昼寝計画であってトレセン総お昼寝計画ではなかったな、と思った。
「それじゃ早速、善は急げってことで。まずは……グラウンドにでも出てみよっかな?」
全然善ではないが、彼女がどこかへふらふらと行ってしまうこともいつものことだった。
「いってらっしゃい。午後一番ぐらいまでには帰ってきてね」
「えっ?トレーナーさんは来ないんですか?」
「いや、仕事があるからね……」
セイウンスカイのための仕事がある。本棚から本やらファイルやらを取り出しては見比べて、脳内の知識とも照合してはじめてトレーニング案は作られる。そういった作業を午前を通して終わらせてしまおうと思っていた。
「こんなにかわいい美少女のセイちゃんのお昼寝姿が見られるかもしれないっていうのに来ないんですか!?」
「……ここ最近、そこに寝転がってるよね」
入口横のソファには何本も青い毛がひっついている。そろそろコロコロか何かで掃除したほうが良いかもしれない。
「……まあ、それはそうですけど……一緒に来てくれるとセイちゃんうれしいなっ!」
強引だ。私はよくわからないけど押し負けて、ついていくことにした。
トレーナー室棟を出ると、キングヘイローとばったり会った。
「おっとキングちゃん、ここで会ったが百年目!観念しなよ~」
突然セイウンスカイがキングヘイローの両手をがっちりと掴んで拘束した。
「ちょっと、何事!?私はこれからトレーニングを……」
「トレーナーさん、出番ですよ!キングちゃんを運んでください!」
そうは言っても、キングヘイローの取り巻きーズは私を見て露骨に警戒しているし、そもそも私はウマ娘一人を抵抗無く運べるほどの怪力の持ち主ではない。
「ええとね、これは……キングさんを昼寝させようっていう魂胆でね」
できることは何も無いのでとりあえずセイウンスカイの悪事を暴露しておいた。初っ端から失敗すれば彼女も頭を冷やす……だろうか?
「ああちょっとトレーナーさん何ネタばらししてるんですか……あれ?」
キングヘイローの取り巻きーズが顔を見合わせたかと思うと、彼女らは一致してキングを持ち上げて運び始めた。
「ちょっ、貴方達まで何してるのよ!一流のトレーニングプランがあるのに……」
「チャーンス。このままとっておきのお昼寝場所まで運んじゃいましょう!」
持ち上げられて抵抗するにも抵抗できないキングヘイローを、3人のウマ娘達がねじれた騎バ戦のように運んで行った。ちょっと面白そうなので私もついていった。
その後、取り巻きーズにも説得されたキングヘイローは、セイウンスカイも含めた4人で昼寝をし始めた。とりあえず写真を撮っておいたけれど、特にすることもないので私は仕事の続きを、と思って先にトレーナー室に戻った。
問題はその後である。キングらと昼寝をした日から数日経ち、セイウンスカイはここ最近毎日のようにトレーナー室に昼寝をしに来るようになっていた。いつもの有力昼寝スポットに毎日ことごとく先客がいる、というのはセイウンスカイの弁だ。昼寝がトレセン学園のウマ娘たちの間で本当にブームになりつつあるらしく、トレーナー同士の話題にも上ることがあった。
どうやら、キングヘイローはこの間昼寝をした後妙に調子が良くなったらしく、遅れてしまった分のトレーニングを補って余りあるほどのものができたらしい、とセイウンスカイから聞いた。セイウンスカイは「キングちゃんのことだからあれこれいろんな娘に話したんじゃないかな。それでキングちゃんが言うなら、と口コミが広まって……何でも良いからお昼寝スポットを返して欲しいよー」とか言っていた。自業自得だと思う。
確かに、今日の昼もちょっと野暮用で校内を歩いていたらそこかしこに昼寝をしているウマ娘たちがいた。中等部のデビュー前の娘なんかだと可愛らしいのだが、そこに高等部だったり活躍中の娘だったりがいたりすると、なんだか非常に無防備でびっくりしてしまう。マチカネフクキタルが寝ながらもふんにゃか……はんにゃか……とやかましかったのは別の意味でびっくりしたが。
生徒会としてもなかなか取り扱いの難しい案件のようで、「パフォーマンスが向上した」という感想が何件もあると端から否定しにかかるわけにもいかず、しかしあまり昼寝ばかりにうつつを抜かしてしまっては困る、ということでかなりやんわりとした言い回しで諌めるような通知書が回ってきた。おそらくほかの生徒のウマ娘たちにも配られているのだろう。ソファに寝転がっているセイウンスカイにぴらぴらとこの紙を振ってみせたが、彼女は露骨に眉を下げて顔を背けてしまった。
さらに数日が経つと、いよいよ全校的に昼寝が一大ムーブメントという感じになってきた。ウマ娘だけでなく職員にまで波及していて、自分の同期も何人か昼寝をしてみたという人がいた。セイウンスカイのトレーニングのためにグラウンドに出てきていたが、ところどころに思い思いの寝方をしているウマ娘たちが見て取れた。
「あら、バクシンオーさんはお昼寝しないの?」
「いついかなる時でも生徒の役に立たねばならないのです、学級委員長ですから!そういうわけですから、昼間のうちから寝ているわけにはいかないのです」
キングヘイローとサクラバクシンオーが立ち話をしていた。
「一流のパフォーマンスを発揮するためには一流の休憩をとってこそ。お昼寝することこそ生徒の役に立つ、ということもあるわ」
キングヘイローがすっかり昼寝の伝道師となっていることに感心してしまった。拉致同然だったのに、今では昼寝の虜になっている。セイウンスカイが見たら相当いじり倒しそうだ。
「いえ、わたくしは夜に十分寝ていますので、昼の間はぜんぜん眠くならないのです」
「そう。でも、気持ちいいし、調子も良くなるのよ。機会があればやってごらんなさい」
「うーしかし、学級委員長としては……」
と、会話に聞き耳を立てていたら、うっかりセイウンスカイのトレーニングから目を離していたことに気がついた。セイウンスカイがトレーニングそのままの勢いでこちらに駆け寄ってきた。
「せっかく私がトレーニングしてるのにトレーナーさんが見ててくれないなんて、もう拗ねちゃうなー。お昼寝しちゃおっかなー」
「ごめん、ごめん」
よそ見していたのは事実なので平謝りをした。へそを曲げてしまったセイウンスカイを宥めすかして、なんとかこの日のトレーニングメニューを終えた。
翌日、朝。校内の一角に人だかりもといウマだかりができていたので、何事かと思って見に行くとセイウンスカイに出くわした。彼女のほうもこちらに気づいて声をかけてきた。
「トレーナーさん、生徒会がひどいんですよ!お昼寝を禁止って!」
「なーんだ」
「あっ、トレーナーさんはどうでもいいと思ってる!もうこうなったらよその娘になるしか……よよよ……」
最近学園内で昼寝をするウマ娘の数は増えこそすれ減りはしないように見えた。元凶がここにいる上に、その元凶はただサボりたいがために昼寝を布教しようとしていたので、生徒会もすこしお灸をすえる必要があると思ったのだろう。それにしてもいきなり禁止とは思い切ったやり方だ。わざとらしい嘘泣きを無視してウマだかりの中心にある掲示板が見えないかと目を凝らしたが、この遠さでは見えたとしても文字は読めないだろうと思って諦めた。振り向いてみたら、もういつものようになっていたセイウンスカイがまた嘘泣きを始めたので、
「あー、うん、かわいそうだね」
「いや、適当すぎでしょトレーナーさん……」
雑に反応したところ呆れられてしまった。
少しして、理事長室まで書類を持っていった帰りに掲示板までやってきた。授業時間なのでウマ娘たちの姿は見当たらない。問題の告知はどこだ、と見ると、その張り紙には山ほどのカラフルな落書きが書き足されていてとても目立っていたので探す手間が省けた。確かに「禁止」と書いてあったが、「異論のあるものは本日15時30分に第二大講義室に集合すること」ともあった。まず間違いなくセイウンスカイは行くだろうから見に行くことにした。
禁止令の効果か、今日の昼休みは昼寝をするウマ娘の数が明らかに減っていた。セイウンスカイは構わず昼寝をするだろう、と思っていたがトレーナー室には現れなかった。もしかすると彼女も律儀に禁止令を守っているのかもしれない。そんなことあるだろうか?とは思わないでもない。
これだけ終わらせたら向かおう、と思っていた仕事が想像していたよりも厄介で、でも途中で打ち切るのは嫌だったので、指定の教室に着いたころにはもう部屋から溢れるほどのウマ娘(と、おそらく付き添いか何かだろうトレーナーたち)がいた。異論がある、という圧自体は生徒会に十二分伝わったのだろうが、これでは異論を伝えるどころではない。セイウンスカイも見つけられなかったので、ひとまず退散することにした。
階段を降りてグラウンドまで出ると、いつもの昼とは思えないほど静かになっていることに気がついて驚いた。そこのベンチにセイウンスカイが転がっていたので更にたまげた。まるでウマ娘たちの賑やかさがあの教室ひとつに封じ込められてしまったようだったし、静かな中でそよ風に彼女の薄明るい髪が揺れている画がなにか尊いもののように思えて、足が止まった。
ふと我に返って時間を確認すると、もう長針が11を指し終わったぐらいの時間になっていた。とっとと仕事に戻らねばならない。
あの後、改めて生徒会から告知が出され、曰く「予想以上に抗議の声があったため、昼寝禁止令の意味を伝えるべく、改めて明日の同時刻に体育館にて集会を催す」とのことだった。思ったより生徒会も強情だな、と思った。トレーニング終わりのセイウンスカイに話を振ってみると、露骨にうへぇという顔をして、
「生徒会がいち生徒の私的な時間の使い方に干渉するなんておかしい、強権だ、民主主義の危機だー!」
とか言っていた。
「昼寝より、サボらないでくれたら嬉しいんだけどな」
「昔から乙女心と秋の空ってことで、セイちゃんの気分はころころ変わっちゃうんですよ」
「コロコロ変わるのならたまには時間通りに来て欲しいな」
「あーっトレーナーさん、それは言わない約束だって」
多分生徒会が危惧したのもそういうところだろう。昼寝と一緒にサボりの風潮も広がることを恐れたのではないか、と思った。
翌日、体育館。壇上にはサクラバクシンオーとキングヘイローが向かい合って立っており、エアグルーヴがその間に立って司会進行役をやっていた。壇に向かって右の隅のほうには生徒会の残りの面々を始めとしてヤエノムテキやヒシアマゾンなどが集まっていて、おそらく昼寝反対派の一団なのだろうと察しが付いた。残りのほぼすべてのスペースを昼寝派が占有しているとも思えないので、野次ウマも相当数いるのだろう。私もだ。セイウンスカイは「禁止されたぐらいじゃへこたれないよ。私はお昼寝をする!」と威勢よく言ってどこかへ行ってしまった。
告知された時間になり、エアグルーヴの「静粛に」という声がマイク越しに響いた。あんなにうるさかった話し声が水を打ったように静まり返った。
「今回はお集まりいただきありがとうございます。今回の、昼寝を禁止する措置について、意図と具体的な制限の範囲についてご説明したいと思います。サクラバクシンオーさん、よろしくお願いします」
シンボリルドルフの流れるような声でアナウンスが入った。流石は生徒会長と言うべきか、ブーイングの一つも出ずに滑らかにサクラバクシンオーにバトンが回った。
バクシンオーが「昼寝を禁止する理由、それは昼に寝てしまうのはバクシン的ではないからです!」と言うと、意味分かんない、とヤジが飛んでキングヘイローにマイクが渡され、「適切な仮眠をとることで調子を管理するのも一流の証よ」と言うと、それはそれでよくわからないのかウマ娘たちが困惑した様子になった。「しかし一部のウマ娘はそれを口実に努力を怠っているのです!」とバクシンオーが言うと、今度はヤジはなく、キングは「それは自己管理ができない一部の娘だけで、全員の昼寝を禁止する必要は無いのではなくて?」と言い返し、今度はそうだそうだーとこっちに声が飛んできた。しばらく平行線の言い合いが続き、やいのやいのとかしましくなってきたところで、また「静粛に!」というエアグルーヴの声が押し通った。
「登壇者以外の発言は慎むように!…………はい、キングヘイローさん、次の発言をどうぞ」
「ありがとうございます。それで、ええと……そうね、サクラバクシンオーさんはお昼寝をなさったことは無いんですの?」
「無いとは言いませんが、今のわたくしには不要です!わたくしは夜間にたっぷりと寝ていますからね!」
「いえ、夜に十分寝ていたとしても……あら」
発言をエアグルーヴが手で制止した。彼女の視線の先を見ると、壇上にフジキセキが上がってきているのが見えた。
「ちょっと発言させてもらいたくってね」
そう言ってフジキセキがサクラバクシンオーと位置を入れ替えた。
「最近、ポニーちゃんたちが夜ふかしをしているように思えてね。しすぎている、と言ったほうがいいかな?お昼寝をするよりも、まずは夜にちゃんと寝たほうが良いんじゃないかな」
そうだそうだー、とヒシアマゾンの声がした。
「しかし、それは……それ自体は、すべての昼寝の禁止に足る理由ではないでしょう」
キングヘイローは食って掛かったが、昼寝派ウマ娘たちには思い当たる節があったのか、こちらにはほとんど同意の声は飛ばなかった。フジキセキが口を開いた。
「……これで意図はわかってもらえたかな?ま、全部禁止はちょっと、と私も思ってるからそこは少し変えるかもしれないけどね」
キングもキング自身の問題ではなく集団の問題となると言い返すことができず、次に続いたのはエアグルーヴだった。
「質問等が無いようであればこれでお開きに……」
「ちょーっと待ったぁ!」
セイウンスカイの声がした。
「却下。では解散とする」
「日頃の行いね……」
「キングちゃんまで!」
がーん、という効果音が目に見えそうな顔をしていた。
「それから外でお昼寝してると起こされるようになっちゃったし、夜は見回りが厳しくなったし、私がすやすやと眠れるところはこの部屋以外に無くなってしまったんですよ!ああ、かわいそうなセイちゃん……」
2日ぶりにトレーナー室にセイウンスカイが来たと思ったら、まだ禁止令が出て3日だというのに早くも泣き言を言い出した。たぶん規制しようと思ったときに、厄介だと顔が浮かんだウマ娘の一人ではあろうに、担当トレーナーの部屋という聖域を見つけてしまったばっかりに規制から逃れることに成功していた。今もソファに体を転がしながら、わっざとらしく被害者アピールをしていたのだった。
「因果応報だと思う」
「つまみ出されないだけ感謝しろってことですか!?」
そこまでは考えてなかった。
「というか、秘密の昼寝スポットとかあるんじゃないのか?前はあれだけ探しても見当たらなかったことがあったんだし」
確実に校内だろう、というタイミングでも見つけられなかったことが何度かあった。
「……潰れた」
「えっ?」
「お昼寝がブームになって、みんなが色んな所でお昼寝するようになって、全部バレた!」
駄々をこねるような口調になってしまった。そのお昼寝ブームを作り出した張本人なのだから、本当に身から出た錆だった。
「それは……ご愁傷さま」
「薄情だー!」
担当ウマ娘がこんなに不幸な目にあってるのに、と言いながら露骨な嘘泣きをし始めた。まあ、私はセイウンスカイのやかましいのはそんなに悪いとは思っていなかったし、髪やしっぽの揺れるのを合法的に眺めていられるのもトレーナーの役得かな、と思った。