ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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それは、降り積もる


後悔

“おい、昨日と茶の匂いと味が違うぞ”

 

 夢だと、すぐに気づいた。

“何故一年中取れる茶葉にしない?面倒な…”

だってこれは私の記憶、私達の思い出。新鮮で、あざやかで、ちょっとつまづくことはあってもすぐ起き上がれる、そんな毎日。

“私の好みなぞ知ってどうする?”

 

 心臓が痛くなるくらい愛おしい、私の人生最良の日々だ。

 

 

“そろそろ学んだかと思ったが…気が抜けるとすぐこれだ。とっとと始めろ”

 彼が座っている椅子は、彼の体格だけでなく好みに合わせて作った真新しい椅子。頑張った甲斐もあって、よく使ってくれていた。

 言われるがままに腕立て伏せを始めれば、彼がいつものように数え始めた。

“もっとペースを上げられるだろう。手を抜くな”

脚を組んで、頬杖をついて、めんどくさそうに数える声が心地良い。

“……何故笑う。気味の悪いやつだ”

辛辣な言葉を投げられても、怒る気になれなかった。偉そうな態度も許せてしまった。もう少し優しくてもいいじゃないかという不満はあったけれど、罰はしっかりこなした。

 

 罰を終えた私を見て呆れた顔をする彼も、大好きだ。

 

 

“━━━ずっと独りだったわけではない。『あいつ』と分離するずっと前、そうではない時があった”

ぼんやりと星を見上げる横顔は、どことなく寂しげだった。

“記憶はあまり残っていない……いや、『あいつ』がその記憶を手放すことを望まなかっただけかもしれないが…とにかく、親と呼ぶべき存在がいたのは覚えている”

元々この星の住人ではないと、なんとなくは理解しているんだろう。それを裏付ける記憶を思い出せないだけで。

“おそらく、故郷と呼ぶべき場所もあるのだろう。同族、つまり魔族ではない、同じ体を持つ者達が暮らす世界が……今の私が受け入れられる保証はどこにもないがな”

 ふっと、彼から自嘲が漏れた。

 

“どうせ好かれるのは『あいつ』の方だろう。今更帰ったところで意味はない”

 

 あの寒そうな背中に寄り添いたかった。彼の居場所になりたかった。せめて、ちょっと一息つけるくらいの休憩所になりたかった。

 

 彼が安らげる世界を、作りたかった。

 

 

“お前は、本当におかしな人間だ”

 

 彼よりは弱いけれど、そこらの人間よりは強くてずっと丈夫な私の体を、繊細なガラス細工のように触る手が好きだ。

“人間から生まれ、人間に育てられたその目…化け物にしか写らんだろう、普通は”

爪で引っ掻いてしまわないようにと、間違ってでも傷つけないようにと、触れるか触れないかのところで滑っていく指が、愛おしい。

“ムギ、私に一体何を見た?長命さだけではなかろう。お前にとっては些細な問題だ、一人くらい自分と同程度に伸ばすならできるとその口で言ったのだからな”

私から頬を彼の手に押し付けると、一瞬の緊張の後に抜けていく力。理解しきれないけれど離れがたい、そんな気持ちを滲ませる不安と恐れが混じった目。私以外の誰にも見せない、脆くて無防備で臆病な彼の姿。

“……可能性。そんな、そんな不確かなモノを当てにしたのか”

 彼の一挙一動に胸が締め付けられる。私を大切にしたい一心で、無知で不器用な彼なりに精一杯探りながらしているだけだと分かっている。でも、すぐ消えてしまう幻にすがっているかのような、弱々しい彼を見るのは悲しかった。

“そんな理由で、二ヶ月も耐えたのか。何も得られないかもしれないにもかかわらず、失うばかりで終わっていたかもしれぬのに…突然気を変えた私を拒否することなく、さらに与え続けたのか。ろくに何も返していない私に”

両手を伸ばし、彼の角張った顔の輪郭をなぞって、そのまま頬を包んだ。こういうのは理屈じゃないんだよと笑えば、真上にあった目が数秒ほど大きく開いた後に柔らかく伏せられる。そっと合わせられた額は、私のより少しだけひんやりしている。

“そうだな。コレに、理屈などあるわけがない。理屈で、ここに至ってたまるか”

再び合った目には、小さな希望が見えた。

“求める、望む、願う…それこそが、生きる原動力。生命であることの証明。お前の場合……それが、たまたま…コレ、だった、と…”

自信のなさを露骨に伝えてくる小さな声が聞きたくなくて、強引に少しかさついた唇を塞いだ。

 

 ワンテンポ遅れて後ろに回る腕に、もっと強く抱きしめてほしかった。

 

 

 自信を持ってほしかった。不安にさせたくなかった。揺らぐことのない土台をあげたかった。

 

 最初は本当に、本当にただの出来心だった。それは否定しない。些細な気持ちだったのは紛れもない事実だ。

 でも始まりはどうであれ、私は彼を、ピッコロという『ヒト』を、心から愛するようになった。幸福を願った。信じられる何かがこの世界にあると、安心してほしかった。この世界に存在して良いのだと、生きる許しを誰か乞わなくても良いのだと、強引に奪わなくても居場所があるのだと…微塵も疑わなくても良い理由を作りたかった。

 私がいるから大丈夫だと、証明したかった。

 

 証明、したかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 薄く目を開くと、ぼやけた視界に揺れるオレンジの光が映った。

 

 数度の瞬きをすれば目から何かがこぼれ落ちて、視界が徐々に透き通っていく。どうやら夢を見ながら泣いていたらしい。

「あっ…おじさん!起きたよ!」

涙を拭いながら起き上がれば何か軽いものが近づいてくる足音と一緒に、幼い子供の声が耳に入ってきた。音の方へと顔を向けると、生傷だらけの幼稚園児くらいの子供と、彼によく似た誰かと、焚き火が1つ。自分の体も確認すると、毛布がかけられていた。

「あ、あの、大丈夫…じゃ、ない、よね…」

こんな、こんなにも長く、封印されていたんだと改めて思い知らされる。

 

 何もかもが手遅れだ。

 何もかもがすでに起きて、終わってしまっていた。

 

「…生きてはいるよ」

だからと言って、この子を今以上落ち込ませる必要はない。かすれた声で返事しながらなんとか小さな笑みを作って、そっと頭を撫でる。

「ごめんなさい。大変だったでしょう?」

あの人の忘れ形見にそう言うと、小さな否定を返された。声も顔も違うけど、どことなく面影がある。気の質だろうか。

「二人とも、出してくれてありがとう。私じゃあ…私には、どうにもできなかった、から」

 

 本当に、どうにもできなかったのだろうか。

 本当に、方法はなかったのだろうか。

 出られなかったのか……防げなかったのか。回避できなかったのか。

 

 できることがあったんじゃないかと自責の海に沈みはじめた時、かつてスピーカー越しによく聞いていた声がそれを止めた。

「かなり調べたが、外側から衝撃を与えて壊す以外に方法はなかった。内側に閉じ込められている身ではどうにもならないだろう」

ああ、この優しさは知っている。聞こえの良い言葉で甘やかすのではなく、事実をそのまま伝えて否定させない圧を加える、この話し方。あの人は、もう少し乱暴な物言いだったけれど。

「…ん、そうだね。私も、その答えしか出なかった」

 不安な様子で見上げてくる悟飯くんの頬を一度そっと撫でてから手を離し、ようやく自分のいる場所に気を向けた。どうやらここは自然にできた洞窟の入り口近くらしく、外は暗くて止まない雨がしとしとと降り注いでいる。はて、あの荒野は普段どのくらい雨が降る場所だったか。環境に悪影響が出てそうで申し訳ない。

「…修行、邪魔しちゃった、かな。ごめんなさい」

解放早々失敗続きだ。また気が沈みそうになると、すかさず静止が入る。

「お前は悪くない」

今度はもっと、感情がこもっていた。

「どうにもならないことで、自分を責めるな……散々、言われたはずだ」

わざとそうしたことに気づいた時、胸がチクリと痛んだ。そうだ、記憶を受け継いているんだった。知っているんだ。あの悲劇を、背負っているんだ。

「言われた…だから、これ以上の謝罪はやめておくね」

 

私が、封印されてしまったばかりに。

 




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