ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
追記(2022.03.05)
感想での指摘を受けてさらに加筆しました。
来てくれないかもしれないと不安げな我が子を送り出して、早一時間。
落ち着くために入れたお茶はとっくに冷え切っていた。眼前の液体と同じくらいの速さで自分の感情も冷めてくれれば良いのにと無茶なことを考える。
“なんてこと言うのお母さん!!”
あの女がいなくなった後、悟飯ちゃんが病室を振るわせるくらいの大声でそう言った。今まで一度も怒鳴ったことがなかった、一度も自分に逆らったことがなかった、目に入れても痛くないほどに愛情を注いだ我が子が。
“ムギさんは…ムギさんはついこの間までずっと封印されてたんだよ!ピッコロさんは生まれた時からずっと独りで、ムギさんに会いたくても会えなかったんだよ!それなのに…それなのに…!”
話しながらどんどん顔が険しくなっていったかと思うと、突然くしゃりと泣き顔に変わった。どうしたのかと声をかける前に、あの子はシーツに顔埋めてわんわん泣き出した。あの女への謝罪を繰り返しながら。
もし悟飯ちゃんが言っていた通りずっと封印されていたのだったら、もし本当に三ヶ月しか一緒にいなかったのであれば、確かに育てるも何もない。その点に関しては、確かにあの女を責められないかもしれない。でも、それだけじゃあの子の怒りと悲しみは説明できない。ピッコロ大魔王の妻であるあの女も、生まれ変わった方のピッコロ大魔王も必死に庇う必要はない。人殺しで人攫いの親子であることには変わりない、悪人一家なのだから。
ずっと、ずっと心のどこかで恐れていた。いつかまたピッコロ大魔王が悪さをするのではないかと。おっ父どころか武天老師様ですら敵わない、悟空さが死にかけながらどうにかこうにかやっと倒したあの男が、また私達を殺しに来るんじゃないかと。修行と食べることばかり考えてはいるけれど、自分なりに子供に向き合って父親らしくあろうとする心優しい夫が、いつか殺されてしまうのではないかと。自然と平穏の素晴らしさを幼いながらも理解している、賢くて涙もろくて思いやりのある息子の身が危険にさらされてしまうのではないかと。何よりも大切な自分の家族が『ピッコロ大魔王』と言う厄災によって奪われてしまうのではないかと。
本音を言うなら、悟空さにはもう戦ってほしくなかった。農作業でいいから、仕事をしてのんびり穏やかな日々を自分達と過ごしてほしかった。でも、悟空さはピッコロ大魔王への唯一の対抗手段でこの星の英雄で、修行して強くなることが何よりも生きがいな人だ。正面からもうやめてくれなんて言えなくて、少しずつ離れていってくれないかと祈りながら仕事を促すしか出来なかった。だから、せめて悟飯ちゃんだけでも戦いから遠ざけようとした。戦いとは無縁な子供でいてほしくて、ありふれた普通の生活を満喫する大人になってほしくて、心配事をこれ以上増やしたくなくて、とにかく修行から遠ざけた。どんなに悟空さがもったいないと言っても、そこだけは譲らなかった。
それなのに、これだ。自分の心配通りに悟空さが死んで、悟飯ちゃんがたくさん傷ついた。自分のこれまでの努力が一瞬で全て泡になった。それも『ピッコロ大魔王』が関わる形で。
気が狂うかと思ったし、世の理不尽を呪ったりもした。どうして自分が、自分の家族がと何度も枕を濡らした。ありふれた平和な毎日を願っていただけなのに、どうしてこうもうまくいかないのかと。泣いて、悔いて、悩んで、ただ待つ他ない状態で約一年過ごしてきた。そうして待ちに待った結果戻ってきたのは、問題を全て解決して無事な悟空さと悟飯ちゃんではなく、未来の脅威を背負ったボロボロの二人だった。
正直もう二度と関わりたくなかった。少しモヤモヤするけれど、二度と会わずに済むならそれでもいいと思っていた。けれど、あの悟空さにまで諫められてしまった。
“チチに怒るななんてオラも言わねえよ…でも、ちっとはムギの気持ちも考えていいんじゃねえか?”
あの何かと常識知らずで、けれどもなんだか妙に鋭い旦那様にまで、そう言われた。
あの女が八つ当たりで半端に治した体を無理して動かしてぎこちなくも我が子を宥める姿を見ていたら、なんだかのけものにされているみたいな気分になった。ずっと置いてけぼりにされていたのがさらに遠くに行ってしまったみたいで、悲しくて寂しくて不快で、とにかく納得できなかった。こんなに頑張って、こんなに耐えてきたのに、自分の努力が足りていないかのような扱いをされて納得なんてできるはずがなかった。
納得できない自分の気持ちは、みんなが、それこそ悟空さも悟飯ちゃんも理解してくれた。母親なんだから心配して当然、一年後にこんなことになってたら怒りが出るのももっともだと。でも、それだけだった。
“ごめんなさい、お母さん。ムギさんも…ピッコロさんも、僕が悪いって思ってなさそうだけど…それでも、僕はナメック星に行きたい。そうしないと……そうしないと僕、自分が嫌いになっちゃいそうだから”
厄災のような男達とその関係者が庇われる理由なんてわかりたくもなかったけれど、それ以上に大切な家族に置いていかれるのが嫌だった。
「チチ…」
「大丈夫だ、おっ父。オラ、牛魔王の娘だべ?大魔王のヨメと話すぐらいなんてことねえ。だから、隣の部屋にいてくんろ」
一体何が、あの子にあそこまで言わせてしまうのだろう。何を知れば、あんな重い覚悟を持って宇宙へと飛び出そうなんて考えるのだろう。何もわからなくて、どんどん距離が開いてしまいそうな気がした。だから、頭が冷えたと同時に対策を打った。
じっとしているのも嫌になってお茶を入れ直そうと立ち上がると同時に、家の外から声が聞こえてきた。
「…やっぱりやめよう?ね?悪いことは言わないから」
「ダメだよムギさん!せっかくここまで来たのに!」
「だからって…いやほんと待って待って悟飯くん力つっよ!?成長したね!?」
これが、大魔王のヨメの言葉か。まるで、まるで普通の人だ。偉そうな雰囲気なんて一切ない、どう聞いても我が子に引きずられてやってきた人の声だ。
「……緊張感のない声だべ」
とりあえずお茶だ。長話になるのだから。
*
今世紀最大級に居心地の悪い空間だ。
「え、えっと…」
チチさんの顔は険しい。孫家のリビングには私と彼女しかいない。牛魔王は隣の部屋に、悟飯くんは家の外だ。
「…おめえ、本っ当にピッコロ大魔王のヨメだか?」
首を傾げるチチさんの声には疑いが籠っている。
「正真正銘、あの人の妻です……まあ、あの頃は『大魔王』なんて名乗ってなかったですけども」
「そうけ」
いただいたお茶の香りは大変良い。きっと味も負けないくらい良いのだろうけど、飲むに飲めない。飲まないのもそれはそれで失礼なのだろうけど、タイミングが掴めない。
「あの、私に会いたいって悟飯くんに聞いたんですけど」
「んだ」
「どうして…?」
むしろ死んでも会いたくない部類ではなかろうか。罪悪感があっても、いや、罪悪感があるなら尚更見たくない顔だと思うのだが。
「……あの後、オラの可愛い可愛い悟飯ちゃんに生まれて初めて怒鳴られただ。今までいっっっぺんもオラに怒ったことなかった、あの悟飯ちゃんに」
「うっ…」
こっちはもう顔を見てられないくらいなのに、なんで呼ばれたんだろう。
「悟空さにもおめえの気持ち考えろって言われただ。旦那様にも子供にもダメ出しされたら…もう嫌でもちゃんと考えるしかねえ。だから、おめえの話を聞くことにしただ」
「私の、話?」
「全部、話すだ。ピッコロ大魔王に会った時から今日までのこと、全部」
「ええ!?」
思わず顔を上げた。アレを、全部。私が転生者だってこととか、本筋に全く関係ないこととかを省いても、相当な量になる。
「ぜ、全部って……かなり長くなりますよ」
「構わねえ。今日で終わらねえなら、また明日来るだ。全部聞くまで悟飯ちゃんに迎えに行かせるから逃げられるなんて思わねえことだ」
全部聞くまで離さないと目が雄弁に語っている。この人、本気だ。
「………わかり、ました…」
せめてもの贖罪になることを祈って、私は語り出した。
「あの日、あの人は空から降ってきました━━━」
*
余計なところはガンガン省いていったのだろう。何度も突っ込んだ質問をしたにもかかわらず、途中食事休憩を挟んだにもかかわらず、悟飯が寝る少し前に魔女の話は終わりを迎えた。
「……チチさん」
「なんだべ」
「チチさんは、本当に、本当に何も悪くないです。怒って当然です。悟飯くんは…ほら、優しいですから、あの子は。優しい良い子だから、私みたいなのでもつい庇っちゃうんです……ごめんなさい、喧嘩の原因になっちゃって」
コップに残ったお茶を飲み干し、ため息一つ。語り手に目を向ければ、ただただ申し訳なさそうに、出来る限り小さく座っていた。
「………オラ、やっぱりピッコロ大魔王は嫌いだ」
「はい」
「どっちも許す気はねえ」
「…はい」
「……んだども、一つだけ同意できることがあるだ」
不思議そうに首を傾げる姿に呆れた。元々こう言う性分なのだろうけど、流石にどうかと思う。
「おめえ、謝りすぎだ」
満月のような瞳が全部見えるくらい、彼女の目が開く。
「何でもかんでも自分のせいにしすぎだべ。ピッコロ大魔王が躾けようとするのもわかるだ」
「そ、れは…」
「おめえ、確かに色々できる魔女かもしれねえけんど、何でもできる神様じゃねえべ?あと、こっちが責める隙間もないくらい自分を責めるのもどうかと思うだ。怒るに怒れねえ」
後半がかなり突き刺さったらしく、顔が俯く。開こうとした口を慌てて閉じたのは、謝罪の言葉がこぼれそうになったからだろうか。
「ムギさ、最後に一つ確認して良いだか?」
「…うぇっ!?え、あ、はい。どう、ぞ?」
急に変わった呼び方に大袈裟なくらい反応する姿に危うく笑いそうになった。危ない。
「ピッコロ大魔王…おめえの旦那が生き返ったら、どうするつもりだべ?」
答えはもうわかりきっている。でも、彼女の口からちゃんと聞きたかった。
「……それまでにアイツが死んでなかったら、まずはそっちを倒します」
「その後は?」
「…………元の、元の生活に…戻りたい、なぁ…」
満月から雨がこぼれ落ちそうなのが見えて、テーブルに置いてあったテッシュを押し付けた。
「んなら大丈夫だな」
「へ?」
「オラ多分一生許せねえけど…でも、もう悪さしねえならいいだ」
顔を伝う涙を拭わずに茫然とこちらを見る姿があまりに間抜けで、とうとう笑みを堪えきれなくなった。
「そんなに驚くことないべ」
「で、でも!」
「そんなに大事で、大事にしてくれる旦那様なら、ムギさが嫌がるようなことを生き返ってまでやらねえだよ」
子供の方はまだわからない。でも、生き返ったらまずはサイヤ人とか言うのと戦わないといけないらしいので、すぐに悪さをすることはないだろう。どうであれ、しばらくは心配しなくていい。
「今のうちからおめえと仲良くしておけば、向こうも下手なことはできないべ。自分を殺した男のヨメと仲良くする自分のヨメ見て、ちょっとハラハラすればいいだ」
ちょっとくらい仕返ししても良いだろうと得意げに笑ったのに、目の前の彼女の涙腺は止まることを知らない。
「チチさん…チチさんっ…」
「あーあー、そんなに泣いたら目が腫れちまうだよ」
悟飯の修行を止めなかったこととかその他もろもろ思うところはまだたくさんあるけれど、彼女なりにできることをしたと聞いた以上は怒りっぱなしではいられない。
「今日は泊まっていくといいべ」
泣きながら何度も感謝の言葉を繰り返す彼女の背中をさする。
伝わってくる体温は、確かに人間のそれだった。
*
「━━━ほら、蒸しタオルだ。そのままにしたら悟飯ちゃんが心配するべ?」
そっと、自分の部屋のドアを少しだけ開けて様子を伺う。
「ありがとうございます…蒸しタオルとか久しぶりだなぁ」
「自分で作らないのけ?」
「目の腫れくらいならパッて治せるんですよ。ああでも、こっちの方が気持ちいい…」
「……早とちりして、本当にすまなかっただ。オラ、怒鳴られて当然だったべ」
「いやいやいや!チチさんも散々な目に遭ってますから!あの状況で冷静だったら逆に怖いですよ!?」
「だからってあんな八つ当たりしていいことにはならねえ。悟飯ちゃんにもちゃんと謝らねえと…」
声しか聞こえないけれど、僕の心配が雪みたいに溶けていく。
「しばらくそれ瞼に当てて大人しくしてるだ。オラは寝巻きとお客様用のお布団を引っ張り出して…」
「ちょっ、手伝いますって!」
「座ってるだ!ムギさはお客様だべ!」
声色だけでわかる。もういつも通りのお母さんだし、いつも通りのムギさんだ。
「ちょっと丈は短くなるけんど、オラの寝巻きでいいだか?」
「服なら自分で出せるから大丈夫です!本当に!」
「出せる…?」
「えっと、こう…」
「ふ、服が変わっただ!?」
これならもう出てきても大丈夫だろう。
おやすみなさいの挨拶くらいはしないとと思って部屋から出てきたら、ちょうどお爺ちゃんも静かに部屋から出てきた。そして僕を見て少し驚いた顔をした後、ふっといつもの優しい笑顔になった。
「よかっただな、悟飯」
僕は、同じように笑顔で答えた。
「…うん!」
なんだかんだ面倒見が良い