ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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雨。

雨。

雨。



あの日から、私の夢は、いつも雨が降っている。


知らなかったこと

 ナメック星へ出発する当日の朝、見送りにムギさんの姿はなかった。

 

 病院で怪我を治してくれたとはいえ、直後の騒ぎで気まずいところはあるだろう。悪い人ではなさそうだけれど、こればかりは仕方ないかと諦めた。

「なあ悟飯」

「なんでしょうクリリンさん?」

「今思ったんだけどさ、ムギさんも同行した方が良かったんじゃないか?ほら、ピッコロ大魔王がナメック語を教えててもおかしくないだろ」

出発して早一時間、荷物の整理を終えた俺達は特にすることもなく駄弁っている。

「ちょっと、気まずい空気になったらどうするのよ。丸二ヶ月一緒なのよ」

「そりゃあ最初は気まずいでしょうけど…」

怪我を治す以外にもできることが色々あるみたいだし、戦力としてもある程度期待できそうな感じだった。ピッコロを生き返らせる為と言えば了承する可能性も高い。

 しかし、それを悟飯は否定する。

「行けるならそうしてたと思います。でも、地球からあまり離れられないらしくて…『力不足』とか言ってました」

「力不足?」

なんだそりゃと首を傾げる。地球そのものと縁深い存在だというのはなんとなく聞いてはいるけれど、その都合なんだろうか。大魔王やら神やら宇宙人やら…今まで生きてて色々見てきたけれど、この調子だと死ぬまで何かしらに仰天し続けそうだ。

「あっ、でも“言葉がわからなくても、多分大丈夫だよ”って言ってました!ピッコロさんも…大魔王さん?も、神様も簡単に読心術を使えるみたいだから、ナメック星人もそれでこっちの事情を読み取ってくれると思うって」

「プライバシーも何もないわね…」

嫌そうに顔を顰めるブルマさんをよそに、悟飯が自分のバッグの中を探る。

「それで今思い出したんですけど……あった!」

出てきたのは、シンプルで手作りっぽい麻袋のようなモノだった。

「なあにそれ?」

「ムギさんが二ヶ月も楽しみがないのは辛いだろうからって用意してくれたんです!」

そう言って小さめのリュック程度の大きさのそれを開けると、手と顔を思いっきり突っ込んで何かを探し始めた。どう見てもそこまで大きくも深くもない袋に、悟飯の頭がすっぽり入ってしまっている。魔法か、魔法なのか。すごいな魔法。

「え〜〜っと、確か…赤がブルマさんで、黄色がクリリンさん…僕が緑!」

ようやく顔を出した子供は、満面の笑みでそれぞれ異なる色のラベルがついた透明な袋を取り出した。ビニールらしきそれに入ってるのはどう見ても━━━。

「スイーツじゃない!」

「はい!僕の以外はカロリーを抑えてるから、食べ過ぎなければ大丈夫だそうです」

手渡されたマフィンはかなり美味しそうだ。変な麻袋から出たけど。

「こっちの麻袋に入ってる間は消費期限も気にしなくていいって言ってたから、お腹壊したりもないと思います」

悟飯はそういうと自分のクッキーに躊躇なくかぶりついた。特に何もなく美味しそうに食べ続ける姿を見て、ブルマさんも恐る恐る自分の焼き菓子に口をつける。

「………本当にただの美味しい苺タルトだわ」

それに続いてこっちも食べてみれば、しっとりふんわり優しい甘さのマフィンでしかなかった。このおいしさで、しっかりカロリー面も考えられているとはちょっと考えられない。もしかして、かなりの料理上手なのだろうか。

「悟飯くん」

「はい」

「また宇宙旅行するなんてことになったら、真っ先にムギさん連れてきてくれる?」

思わぬ形であの人の有能さを知ることになった俺達だった。

 

 

 

***

 

 

 

 旅立つ悟飯ちゃんに、一つだけ頼まれたことがある。

「チチさーん!一昨日言ってたお茶っ葉、お試し分持ってきました!」

「ムギさ、ちょうど良かっただ。今から作る所だから、昼飯食べていくと良いべ」

それは、あの泣き虫な大魔王の妻をほっとかないことだ。

 

“その、毎日じゃなくていいから…たまに、調子どうかな?って確認するだけでいいから…”

 

 あんな小さな子供に心配させるなんてと思うものの、ほんの一年前の自分と状況が似ているのもあって同情の方が強くなる。知らない間に最愛の夫が大罪を犯して死に、それを知った三ヶ月後に仲良くなり始めたばかりの夫の子まで失う。子供の方は生き返るとは言え、この状況で何事もなかったかのように振る舞う彼女の胸中が心配なのは自分も同じだ。

「チチさんの料理、勉強になるなぁ…中華作る人、地元にいなかったんです。中華鍋買っちゃおうかな」

「そっだら金出して良い鍋を買うだ。ちゃーんと面倒見れば一生物、損はしねえ…オラはオラで、もっと優しい味の料理を増やさねえと」

既婚者の女友達は思えば彼女が初めてで、案外会話が弾む。特に料理に関してはジャンルが異なることもあって、互いに何かしら学ぶことが多い。おっ父もすぐ彼女に慣れて、笑顔で挨拶する仲になっていた。

「…あの人が、薄味好みだったんです」

ぽろりと、わずかな緊張を混ぜて夫のことを話す姿はぎこちない。友達がいなかったのは向こうも同じらしく、加えて大罪人である彼の存在を口にするのはやはり気がひけるらしい。

「子供もそうなのけ?」

「あ、はい。あの子は水だけで問題ないのでお茶くらいしか出せないんですけど、それもかなり薄めにしてました。ナメック星人の味覚自体が敏感なのかも」

「お互い、飯一つでも大変だなぁ」

深く掘り下げたりはせず、しかし無関心でもなく。程よい距離感を持って話を聞く。

 本当はもっと話したいけれどこちらを気遣う彼女と、まだちょっと惚気を聞ける領域に至っていないこちら。今はそれでいい。お互いそう思っているのは空気でわかる。

「悟飯くん、チチさんの回鍋肉が大好きらしくて…私も作ってみたんですけど、やっぱり全然違いますねー」

「そりゃあ良いこと聞いたべ。帰ってきた日の晩飯は回鍋肉にしねえとな」

 ふとした会話で少しずつ零される大魔王の知らない顔は、随分とぎこちなくて、不器用そうだった。悟空さの無知とは違う、好意全般への慣れてなさが滲み出ていた。感覚的に理解するということが下手で、理屈で埋めたがるような人だった。

「チチさん、お茶っ葉で合わないところがあったら言ってください。プロほどじゃないですけど、調合にはちょっと自信あるんです」

そんな男が、いや、そんな男だからこそ、いちいち言葉の裏を考えるなんてアホくさくなるような彼女を妻にするのは、すごく納得がいった。

 でも、逆に何故彼女が彼を望んだのかは、わからなかった。夫を愛しているのは伝わる。できるものなら今すぐ彼の両腕に飛び込みたいくらいに好いていることは、空気だけでわかる。その溢れ返るほどの愛の源泉が、わからなかった。

 

 翌日、悟空さの着替えを病院に持っていった。半端とはいえムギさが治したおかげで経過は順調…のはずが、修行しようとして何度も看護師さんやお医者様に止められているらしい。自分の夫ながら少々呆れる。

「今日はちゃんと大人しくしてただか?」

「え、あ、おう。そ、そりゃあ、もちろん…」

たらりと汗を流す夫をじとーっと睨んでも、たははと困った顔で笑われるだけ。こと修行やら戦いやらとなると本当に聞いてくれない人だ。

「まったく…悟空さは本っっ当にしょうがねえだな!」

持ち帰る服を乱暴にバッグに詰め込む。どうせ洗濯行きだ、ちょっとぐちゃぐちゃになっても問題はない。

「チチ」

「なんだ?」

「…調子が戻ったみてえでよかった。色々とすまなかった」

背中に投げられた言葉に手が止まる。悟空さに視線を戻すと、困ったような笑みに申し訳なさが混じっていた。

「オラがもっと…心も体も強けりゃ、チチも辛ぇ思いしないで済んだ」

「悟空さ…」

「前のピッコロの時から、ずっと怖かったんだろ?」

こういう時の夫は、いつだって鋭い。女心だとかロマンチックなあれこれとかはさっぱりなくせに、見せないようにしている部分はしっかり見抜いている。

「どんなに修行しても、いつも何か足りねえ…足りねえし、思うようにいかねえ事ばっかりだ。いつも手からこぼれちまって、気づいた時には手遅れなんだ」

治りかけの手を見下ろす目はとても暗い。いつも太陽のようにキラキラと楽しげに笑っている姿とは似ても似つかない。

「何かあっただか?」

荷物を一旦置いて、ベッド側の椅子に腰掛ける。やはり一度死んだとなると色々とあるのだろうか。あの世では修行していたらしいが、それ以外にもあれこれあったんだろうか。

「オラはまだまだ強くなれる。なれるけど…欲しい時に欲しい力が足りてねえんだ、いつも。皆が助けてくれるからなんとかなってきたけど……でもよ、やっぱ足りてねえんだ」

「皆が助けてくれてなんとかなってるなら良いでねえか。人間ってのは誰かに助けられて生きてるもんだ。地球が吹っ飛んでねえんだから、悟空さは十分やってくれてるべ!」

「オラのじっちゃんもピッコロ達も死んでるのにか?」

「そ、れは悟空さの責任じゃねえ!悪いのは殺したやつだ!」

「なら、やっぱりオラが悪いな」

一瞬言葉を失ったけれど、すぐに心当たりを思いだせた。

「さ、最初のピッコロ大魔王の時は仕方なかっただ!ああでもしなき地球がとんでもねえことになって、ムギさも今以上に苦しんでたべ!悟空さは必要ねえなら殺さねえ、真っ当な良い人だ。オラの、自慢の旦那様だ!」

「必要ねえなら、か…」

 

「じゃあ、オラのじっちゃんは死ななきゃいけなかったのか?」

 

「……え?」

今度こそ完全に言葉を失う。耳から入ってきたそれを、頭が拒絶して理解できない。

「オラなんだ、チチ……じっちゃんを殺した猿の化け物は、オラだったんだ」

 

 

 

 

 話には聞いていた。おっ父の兄弟子、悟空さの育ての親、悟飯ちゃんが名前をもらった義父にあたる人物。とても優しくて強い武道家だった彼が、ある晩怪物に踏み潰されて亡くなったと。

「サイヤ人は、満月を見ると大猿の化け物になるんだ…オラも、今まで知らなかったんだ━━━」

曰く、サイヤ人というのは戦闘民族でとても好戦的で荒っぽい宇宙人であり、夫本人も幼い頃に頭を強く打たなければその通りになっていたという。そうして性格が変わった彼であっても満月を見れば一転して暴れ回ってしまい、毎回周りが大事になる前に止めてくれて真実を隠してくれていたらしい。

「ちょ、ちょっと待つだ!それなら悟飯ちゃんは!?」

「悟飯もなれる。でも、それは尻尾があればの話だ」

「尻尾…?そういえばいつの間にか…」

「尻尾はサイヤ人の弱点だ。切れたり千切れたりすれば大猿にはなれねえ。神様はそれを知っててオラの尻尾を取って生えなくしたんだ…だから、心配なら神様が生き返った時に頼めばいい」

それを聞いて少し緊張が和らいだ。応急処置も予防方法もちゃんとある。可愛いあの子をちゃんと守れる。

「まあ、悟飯は大猿になってもなんとかなるけどな」

「へ?」

「おめえのおかげだ、チチ。悟飯には地球人の血も流れてる…オラと違って皆の声が聞こえる、ちゃんと自分で止まれる優しい心があるんだ」

眩しそうな目でこっちを見る悟空さの顔に、胸が苦しくなる。感謝されているのに、心が締め付けられる。

「なあ、チチ…オラとピッコロは、どうしてこんなに差ができちまったんだろうな」

いつも前向きな悟空さの声が、枯れ葉を巻き上げる乾いた秋風のように空しい。

「乱暴者のサイヤ人と真面目なナメック星人が、大事なものを地球で見つけて……片方はその大事なものを知らねえうちに殺して良いやつ扱いされて、もう片方は大事なものを取り返したくて悪いやつになっちまった」

 

「始まりは同じだったはずのオラ達が、なんでここまで違うんだろうな」

 




お久しぶりです。

すごかったですね、スーパーヒーロー…
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