ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
雨だ。
今日も変わらず、雨が降っている。
ざあざあと、とめどなく。
雨が。
雨が。
雨が。
できないことが、あまりにも多かった。あれもダメ、これもダメと、それはもう何度も痛みで強制終了させられてきた。
でも、なんとなくだけれど、妨害されない範囲もわかってきた。
「…久しぶり、だね」
「ムっ…ムギ様…!」
原作の本筋さえ守っていれば、痛みは発生しない。私がいる時点で原作から離れているし、周囲の人達の心情にも影響を与えているけれど、そこに関しては問題ないらしい。つまり、関係者の心情や考えが少々ズレても原作通りの流れになれば何も問題ないのだ。
「申し訳ありませんムギ様…!私は、私は…!」
原作漫画に描写されなかった部分は、当然たくさんある。ようは、うまいことその『語られなかった部分』にねじ込むことができれば良い。本筋に沿うことさえできれば、生死すら覆せる可能性が高い。ブウ編を乗り越えるだけで一気に自由度が上がるなんてことも、有り得る。
「君は、何にも悪くないよ」
長い間一人で抱え込んでいたであろう、占いババの頬をそっと撫でる。彼女が自分なりにできることはないかと足掻いていたことは、もう知っている。占い以外だとこれと言って飛び抜けた才能のない彼女が、ずっと自分の無力さを悔しく思っていたことも。落ち着くまで待った方がいいかなと柔らかいタオルを差し出すと、それを受け取りながら向こうから口火を切ってきた。
「…こんな私でも、何かできることがあるのですか」
「たぶん。他に心当たりがないから、場合によっては占いに頼るかも」
正直に言えば占いババはタオルに顔を埋め、数回深呼吸をした後に涙を拭いて顔を上げた。
「なんなりと。全霊で尽くさせていただきます」
本当に、人に恵まれているなと思う。
私の周りは、いつだって優しい人が必ずいる。こちらが何か言う前に、迷わず手を差し伸べてくれる人がいる。だからこそ、頼りすぎないようにしないといけない。きっと、言えば言った分頑張ってしまうだろうから。
「ちょっと…いや、かなり手間と時間がかかるんだけど…」
事情とやりたいことを全部説明しても、占いババの躊躇はほんの数秒しか保たなかった。
***
そこまで親しくないこともあり、会う理由がないと中々声をかけるのも難しかった。彼女は彼女でやることがたくさんあるらしく、相談事もないのにお茶に誘うと言うのもなんだか申し訳なかった。
畑や茶葉などの話題が尽きてしまって早一週間。前回なんとなく調子が悪そうに見えたが、難しい仕事していて疲れているだけだと言われてしまいそれ以上追求できなかった。そろそろ様子を見に行った方がいい気はするものの、これといった話題が思いつかない。
「悟飯ちゃん…ちゃんと勉強してるだか?ちゃんと寝れてるだか?おっ母、やっぱり心配だべ」
快晴の星空をぼんやり眺める。ムギさの協力で美味しい軽食を持たせてあげることはできたとは言え、慣れない長旅に対する不安は拭えない。この星のどこかならともかく、旅先は宇宙だ。普通の旅行と比べると、体調を崩す可能性はかなり高いはずだ。
「……それがあったべ」
そうだ。なんでこんな簡単なことを忘れていたのだろう。可愛い息子のことを話せばいい。彼女も心配しているはずだ。魔法だか魔術だかを使えば、様子を確認するくらいできるかもしれない。変に時間が余れば悟飯ちゃんの小さい頃の話でもすればいい。
そうと決まれば準備だ。向かう時間、持っていく手土産、滞在時間、その他もろもろに頭を巡らせる。ボーロ樹海の中にあるムギさの活動圏には特殊な結界が張ってあるが、万が一に備えて自分は問題なく通れるようにしてもらっている。そして自分が通ればドアベルを鳴らすみたいにわかるらしい。
「電話がねえのが面倒だべな…まあ、明日無理なら出直せばいいべ」
ジェットフライヤーの燃料の残りも確認せねばと外に出て、ふとボーロ樹海がある方角を見た。そして、違和感に気づく。
「なんで曇ってるだ…?」
ほんの1時間前はあちら側も晴れていた。それが今にも大雨が降りそうなくらいの厚い雲に覆われている。
“空を見れば、ムギさんが今大丈夫かどうかわかるよ”
気づけば雨具を着てジェットフライヤーに飛び乗っていた。
備え付けのラジオから原因不明の大雨に関する気象情報が聞こえてくる。ボーロ樹海に近づけば近づくほど雨足は強くなり、視界も悪くなる。幸い風はほとんどなく、落ち着いて運転すれば問題ない範囲だ。この辺りはこの時間帯に誰かが飛んでいることはほとんどなく、これだけ降っていれば野生動物も雨宿りに徹しているだろう。焦るな焦るなと何度も自分に言い聞かせる。
「ムギさ…」
ハンドルを握る手が汗ばむ。努めて明るく振る舞う彼女が弱音を吐けるような人物に心当たりはない。きっと、その役目はあの不器用で理屈っぽい夫が担っていたのだろう。彼女の口から語られる日常に他の候補は見当たらない。弱音を吐けず、空模様が変わるからと感情的にもなれず、毎日自分の気持ちを抑えながら忙しなく動く彼女がどこかで限界を迎えるのは当然の結果だ。
ボーロ樹海は雨季でもきたのかと勘違いしてしまいそうなほどの土砂降りだった。目を凝らせばなんとか彼女が張った結界が見える。あの結界の内側の中心に、ムギさの家がある。おそらくそこにいるだろうと半分祈りながらそこへ向かう。これで外に出ていたらどうすればいいのだろう。この雨の中探しに行くのは流石に危ない。
「…これで外にいたら説教だ」
放っておくという選択肢があっさり投げ出されてしまった自分に少し呆れる。風邪を引いたらどうするんだとか、そうなったら無理矢理にでも連れ出して看病しなければとか、身内同然に心配してしまっている自分がいる。ちょっと前まで極悪人の家族だと憎しみすら感じていたのに、我ながら酷い掌返しだ。相手があっさりそれを許してしまう姿が見えてしまうのも頭が痛い。
なんとか彼女の家近くの開けた土地に着陸する。ここにすごい音立てて落ちてきたのだといつか聞いた話を思い出した。雨具のボタンをしっかり確認してから傘を手に外に出る。うるさいくらいの雨音だ。ジェットフライヤーをカプセルに戻して、足元に気をつけながら明かりが見える方へとゆっくり歩く。完全防備で来た自分の判断は正解だった。傘だけだったら家にたどり着くまでに下半身がずぶ濡れになっていただろう。
「ムギさ!ムギさ!オラだ、チチだ!開けてくんろ!」
雨音に負けないよう遠慮なく玄関の戸を叩くが、返事はない。家にいないのか、はたまた聞こえていないのか。もっと強く叩けるが自分程度の力でもドアは壊せるので躊躇した。ものは試しにとドアノブに手をかければ、鍵がかかっていなくてあっさり開く。
「…ムギさ?」
中を覗き込めば薄暗いリビングが視界に入る。奥の方にあるのはキッチンだろうか。なんとも言えないもの悲しさが漂っている。いまだ彼女の返事はなく、意を決して中に入る。コート掛けのようなフックが側にあったのでひとまずそこに雨具を掛けさせてもらう。想定外の使い方だったらその時に謝ろう。
「ムギさ〜…?」
本当にいないのだろうかと疑い始めた時、僅かな物音がした。こっちかと目を向けた先には別室につながるものと思われるドアが一つ。これ以上勝手に入ってもいいものかと少し迷ったが、今は緊急時だとそれを捨ててドアを開けた。
大きなベッドと、その真ん中で枕を抱えて蹲る誰かがそこにいた。
「ムギさ!」
体に何かあったのかと慌てて近づけば、がばりと起き上がった彼女と目が合った。痩せて色が悪くなったような気がする顔に、涙に濡れて真っ赤に腫れた両眼。
「何があっただ!?誰かに何かされただか!?」
ぽかんとこちらを見ている彼女を現実に引き戻そうと揺さぶる。
「え、あ、ちょ…チチさっ…なんで…?」
ようやく得られた返事は戸惑っていて、一時的に悲しみから抜け出せたようだった。
チチさん、思い立ったら早い