ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
「━━━ムギ殿を端的に表す言葉はなんだ?」
「しつこい、ベソかき、感情的、柔らかい、甘い…こんなところか」
「柔らかい?」
「心身共に、強く握ったら潰れるか破裂する印象がある」
「お前にしては感覚的なコメントだな…甘い、と言うのは人に対してと言う意味で良いのか?」
ムギに関してと言われてもどこから話せば良いかわからないと逃げようとしたら、質問大会が始まった。閻魔大王からの情報はあくまでこちらの事情の概要だけらしく、彼女に関する基本的なことから聞かれた。
「それであっている。あれは、とにかく呆れるくらい甘ったるい」
「自分への対応がそう感じるものだったのか?」
「…そうだ」
「ふむ……お前にとって、彼女の一番の長所はなんだ?」
しばし記憶を遡って、考えを巡らせる。一般的な美点ではなく、私が重要視している点。本質的に善人寄りなのでありふれた言葉がいくつか脳裏をよぎったが、
「一番となると、極力疑わせないところだろうな」
結局思い出に確認を取るほどでもなかった当たり前の結論が出た。
「疑わせない?」
「ムギも私も、完璧からは程遠い。何かしらの疑いが出ることはある…だが、それもすぐ消し飛ぶ」
そういったところが、私を繋ぎ止め続けている。馬鹿だとしか思えない時もある。理解に苦しむ時もある。解放してやった方が良いと考える時もある。だが、どんな理屈も感情も、あの安心感の前には無残に敗北してしまう。弱い自分が、縋ることやめられずにいる。
私でなくてはいけないと泣くその様が、私が伸ばした手を喜んで受け取る笑顔が、私のこととなれば大人の対応を忘れて我が儘を喚く姿が、私が抱える問題に共感しながら真摯に向き合う在り方が、生まれ落ちた瞬間にはもう存在していた胸の穴を際限知らずに満たしていく。
「信頼しているのだな」
「疑うのも阿呆らしい、が正しい表現だ」
「同じことだろう」
彼女を知らない武泰斗には言葉の違いがわからないらしい。勘違いされるのは癪なので、どうにか説明を捻り出す。
「…例えばの話だ。実際には起きていない、あくまで例え話だ。良いな?」
「わかった」
「ムギに私の応援を全力でやらせたとする」
「したことないのか?」
「する理由がない。とにかく、そうするように仕向けた場合、あれは道具を用意するところからやりだす」
「道具から」
「そうだ、旗やら鉢巻やらあるだろう。そういった物を思いつく限り準備して、声が枯れて汗だくになるまで応援する。必要なら回復用の飲食物や薬も用意して」
予想通り震えだす体を無視しながら話を続ける。
「準備の段階ではしゃぎ倒して、下手すると応援する前に体力を使い果たしかねないから自ら強制的に休んで、本番はさらに興奮する。そのせいで天気は勝手に最高の状態になり、状況によっては私以上にことの勝敗なり何なりの結果を気にする。自分は応援しているだけにもかかわらず、だ。私が活躍すれば所謂黄色い悲鳴だって上げる。そのまま私への好意も叫びだす」
「ふっ……く、くっ…」
ガラスの両側には手を置けるようなカウンターのようなものがあるが、武泰斗は今、そこに突っ伏して必死に笑いを堪えていた。こうなるとはわかっていたが、他に説明のしようがなかった。
「全て、心から楽しんで、一切の嘘なくやるのがムギだ。それくらい馬鹿げたことを、私相手にするのがムギだ。これを知って疑えるか?」
「むっ、無理だな……ほ、本当にしてないのか?」
「させるか!気が散るわ!」
とうとう吹き出した武泰斗が椅子から崩れ落ちた。大声を上げて笑っていないだけまだマシだが、眼前の光景がただただ忌々しい。
「そ、そうか…気が散る、かっ…」
「ええい、そんなに騒がれて真面目にやれるわけなかろう!煩くてかなわん!」
「そう、だなっ…」
結局、武泰斗が落ち着くまで五分程かかった。
「つまりムギ殿はそう言うことをするような人物だと、容易に推測できるほどに好意を隠さないのだな?」
「そうだ。一部に関しては『しようか?』とすっとぼけた顔で自ら聞いてきた」
「そして、それに嘘がないと確信できると」
「正の感情に関しては、嘘をつけないどころか嘘をつく気が微塵もないからな。勝手に辺りの天気が心地良くなるわ、周囲の草木の花が咲くわで気を読む必要すらない」
「そんな彼女なのに、疑ったのか」
痛いところを突かれて歯軋りする。
「なんとでも言え」
地を這うような低い声で認めても、嘲笑が返されることはなかった。
「だからお前は、地獄から出ようと暴れなかったのだな。そんなにも守られているのに」
私を守る加護は衰えるどころか、さらに強くなっている。地獄のどこへ行っても、どんな罪人に絡まれても、私の魂は無傷でいられる。痛みを感じることもない。何より、孤独を感じない。電子ジャーに封印されていた頃とは違う、魂が剥き出しの状態だからこそ、ムギの力を容易に感じられる。
「…封印が解かれたタイミングも、ムギの足掻きも知らなかった。地球の様子を知る方法があることは、知ってはいたが……」
「全てを知った彼女の反応が怖かったのか」
信じる信じないの問題だと言うのか。知らなかったでは済まされないほどの過ちを、ムギが一番望んでいなかったことをやらかした自分に、自信を持てと言うのか。まだ自分と共に在り続けるために足掻いてくれると、身勝手な自分を許してくれると。
「再会したいと思わなかったのか?一目会いたい、せめて見守りたいと…」
「それを願うような価値が私にあると、本気で思っているのか?」
そこにあるのは慣れしたんだ怒り。私が、生まれ落ちた瞬間から有りとあらゆるモノに向けた、煮え滾って煮詰まって蒸発してしまいそうなほどの憎悪だ。
「この件でどれほどムギが傷ついたか、その絶望が死に直結してもおかしくないと、私が一番よく知っている…!それほどの裏切りをしてしまったのだと、言われずとも私はわかっている!その願いそのものがおこがましい事くらい、私が誰よりも理解している!」
胸の奥の、彼女が埋めてくれたはずの場所が、ぐずぐずに腐ってグチャグチャに混ざり合っているような気がする。
「ムギは…ムギだけは、守らなければならなかった!守る理由が、守りたいと思うだけのものを持っていた!それなのにこれだ!知っていながら自分の欲望を優先して、この様だ!!」
ガチャガチャと自分を拘束する鎖がうるさい。苛立ちも怒りも憎しみも、何もかもを何かにぶつけたいのに、それが叶わない。
「ムギが望んでくれなければ、私なぞ無価値だ!生まれた理由通りの、ただ呪詛をばら撒くだけの廃棄物だ!!
ぶつけたい。壊したい。ズタズタに引き裂いてやりたい。
「偉そうに『正しい在り方』を語るな、人間!!貴様らが当たり前のように持っている権利なぞ、私は持っておらん!貴様らの常識なぞ、私に通用するわけがなかろう!!」
どん底まで落ちぶれた自分が、無傷なのが許せない。
「よせ、ピッコロ」
「よすのだ、ピッコロ。それ以上はいかん」
静かで落ち着いているはずの声が、やたらと耳に響く。
「それ以上、ムギ殿が何よりも大切にしているものを貶すな。彼女をもっと傷つけるだけだ」
言い返そうとして、息が詰まった。
「き、さま…!」
「我々が持つ当たり前を、ムギ殿はお前にも与えたかったのではないのか?」
返す言葉が思い浮かばない。反論したくてもできない。否定できない。
「ありふれた償いができない、地獄の責め苦になんの苦も感じない身の上は、さぞ辛かろう。八つ当たりしたくもなる。いっそ彼女に愛想を尽かされて、一切の希望が消え失せた深淵に堕ちることができればと願うのも無理はない…それが、お前の思う最もふさわしい罰なのだろう?」
見透かされている。何もかも。自分の片割れであったはずの神が何一つ理解できなかった自分の胸の内を、敵同士にしかなれなかったはずのこの男がたやすく整理してしまっている。
「お前のその苦悩は、ムギ殿を心から愛しているからこそ胸を引き裂く。そしてその愛を、彼女も知っている。知っているからこそ加護は薄れず力を増し、お前が本来すべきだった贖罪を代行した。もうとっくに手遅れだ。お前はもう、彼女が引き返せなくなるくらい愛してしまった」
ぐしゃりと心臓を握り潰されたような感覚に身震いする。もはや言葉を返そうとも思えない。
「誰がなんと言おうと、ピッコロ、お前には価値がある。価値を持ってしまっている。その事実から逃げるな。お前がどう思おうと、その手の中に彼女はたやすく自らの魂を預けてしまうのだから」
体の震えが止まらない。肉体なぞとうの昔に失ったはずなのに、寒気がする。
恐ろしい。
この手に、意地でもしがみつくムギが恐ろしい。
この血に塗れた手から、鋭い爪から、身を守ろうとしない彼女が、恐ろしい。
堕ちに堕ちた私に、恩を仇で返し続ける私に、それでも価値有りと断ずる彼女が恐ろしい。
「ピッコロ、誰も傷つけない在り方など神ですら叶わぬことだ。守りたいと願いながらも、自分の手で壊してしまうことは珍しいことではない」
突如脳内を恐怖で支配される中、それでも武泰斗の言葉がするりと入り込んでくる。
「…ま…まだ……」
乾いた口で何とか言葉を紡ぐ己が、惨めで情けない。
「これ以上、傷つける覚悟をしろと…泣かせてでも、まだ足掻けと…そう言うのか…!」
私に出会わなければ、茨の道なぞ歩まずに済んだのに?
今ここで諦めさせるだけで、たったそれだけで余計に傷つくこともなくなるだろうに?
「我々にできるのは日々学ぶことだけ。器用な者、才能のある者、覚えが良い者…そうしてあまり苦労せず目標を達成できるものは確かに存在する。だが、そんな者達であっても、より良い己を目指せば学びからは逃れられない。失敗からも、挫折からも……お前も武道家であるなら、よくわかっているはずだ」
もう、分からない。自分が今感じているのが絶望なのか希望なのか。
「二人とも傷つかないのが一番なのは確かだ。傷つけ合わずに済むなら、そうするに越したことはない。だが、不運が重なることもあれば、知らない一面が突然出てくることもある。認識のズレでうまくいかなくなる時だってある…どれほど予防したとしても、どこかで引っかかることを完全に防ぐのは不可能だ。故に大切なのは、問題が起きてもそれにきちんと向き合い、乗り越える強さなのだ」
やはり、これは自分専用の苦行らしい。
「逃げるな、ピッコロ。自分の過ちを理解しているのならば、そこから進めるはずだ。ムギ殿はとっくに立ち上がって進んでいるのに、お前は目を背けたままで良いのか?」
今日の夢もまた、雨が降っている。
前回と変わらず、ムギが私にしがみついている。
落ち着いたら離れようと思っていた。
晴れたら、泣き止んだら、自分の役目は終わると思っていた。
だが、雨は止まない。彼女の涙も止まらない。
「ムギ」
呼んでも返事はなく、より強くしがみつくばかりだ。
少し考えて、傘を出してもう一度呼びかける。
「ムギ」
ようやく手の力が緩んで、体液でぐちゃぐちゃの顔が上がる。
「これを持て。雨避けにはなるはずだ」
「ピッコロは?」
傘も受け取らずにそう聞いてくるムギに、ぐずりと胸中が掻き回される。
「いいから早く持て」
「ピッコロが持った方が綺麗に二人入るよ。私じゃあ届かないよ」
埒が明かないと傘を押し付けて離れようとしたら、泣き叫ばれた。
「やだ!!」
「おい…!」
「離れたらピッコロでも冷えちゃうからやだ!!」
「私なら━━━」
「大丈夫じゃない!!」
さっき以上に泣き出す彼女に傘を渡せるはずもなく、引き離す為に離れた手も置き場が分からずに宙を彷徨う。
「やだよ…独りにならないでよ…」
説得するはずが、逆にムギにべそべそ乞われてしまっている。
「独りのピッコロなんて…やだ……さび、しい…」
自分の弱さにため息しか出ない。
「……これでいいか?」
乾いた敷物の上に座り、膝にムギを乗せ、傘を持つ。
そうしてようやく聞けた少し安心したような声に、肩の力が抜けていく。
そんな自分がどうしようもなく情けなかった。