ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
時折、ピッコロも星の魔女もカプセルコーポレーションに長時間いないタイミングが訪れる。少し意識して見ればそれに規則性があることが容易にわかる。最初は意味がわからなかったが、もしやという期待が生まれた時、ただ上から見続けるだけではいられなかった。
「おお!では貴方がカタッツの━━━!」
「は、はい…」
「皆、貴方に会いたがっていました…!最長老!ムーリ最長老!我らの同胞が会いに来てくださりましたよ!」
興奮した様子の初対面の同族に引かれるままについていけば、あれよあれよと言う間に子供にも大人にも囲まれた。想像以上の熱烈な歓迎に頭がついていかず、素直に喜べるようになるまで少し時間がかかった。自分が宇宙人であったことも忘れていた私にとって、こんなにも自分の存在を喜んでくれる仲間がいることは信じがたいことだった。
「いやはや申し訳ない、皆してはしゃいでしまって…たくさん話して疲れたでしょう」
「いえ、その…慣れない感覚ではありますが、楽しい、ので…」
正の感情で私を圧倒しかねない勢いながらも、彼らは確かに気遣ってくれていた。私が答えにくそうな、返答に困った様子を見せればそれ以上は聞き出してこなかった。
「それは良かった。ですが喉は乾いたことでしょう。こちらを」
「ああ、ご丁寧にどうも」
そう、とても優しかった。心地良い話だけさせてくれた。
ピッコロのことも、星の魔女のことも、話題に挙げてこなかった。
「ムーリ殿」
「なんでしょう?」
それに甘えてしまえばいいのに。
「…聞かないのですか」
「何を?」
こうしてわかりやすく逃げ道だって用意してくれているのだから、それに乗っかってしまえばいいのに。
「……ピッコロの、ことを…」
口が止まらなかった。止められなかった。
“『悪』以外何もないと言うのは、いささか早計ではありませんかな?”
“なんとなくだけどよ、オラとピッコロ、あんまり変わんねえ気がすんだ”
“今まで見た星の魔女の加護の中でも桁外れに強力だったな、アレは”
それぞれ異なる口から放たれた、私が信じる『事実』と噛み合わない言葉達。それらは無視しようとしても、ぐるぐると頭の中を絶えず巡っていた。
別に、自分を完璧だなんて思っていない。むしろ、多くの間違いを犯したダメな部類の神だと認識している。だがピッコロは、自分から切り離した悪性の塊であるはずの命の本質は、自分でももうよくわからなくなっていた。必要ないものを、悪へと傾倒しやすいものばかりで構成されているはずのモノが、かつては自分の一部だったはずの存在が、わからなくなっていた。
「貴方が話しづらいであろうことを、無理に聞き出そうとは思いません。貴方には貴方の苦悩があったのですから。まだ整理できていない部分もあるのでしょう?」
どこまでも優しい言葉で、どこまでも透き通った穏やかな目だ。それが、たまらなく苦しい。
「…わ、からない、のです」
罪悪感で潰れそうな心が、言葉を無理やり押し出していく。
「……あの時は、それが正しい選択だと信じていました。先代の神に認められた事も後押しして、その後どう対応するかが神として初めて自分に与えられた試練だと思いました。ですが…ですが、今はもう、わからない。自分が産み出した存在が一体なんなのか、自分の行動は正しかったのか、実はとんでもない過ちを犯していたのか…」
そこまで言って、心臓を握り潰されるような痛みが走った。
「…違う。違う、違う…!確かにピッコロのことはわからない。わからないが……間違ったことをしたということだけは、理解している…!」
そこまで言って、ようやく自分の醜い部分に、切り捨てていなかった悪性に気づいた。
「ずっと…ずっと信じ込もうとしていた…!悪いのは全部ピッコロだと、ピッコロを誕生させたのが間違いだったのだと、そう思い込もうとしていた…!でもそうではない…私の過ちは、ピッコロに正面から向き合わなかったこと…!」
一度出してしまうと、もう止まれなかった。
「何も知らないことが、何も知ろうとしてこなかったことこそが、私の罪だった…!歩み寄ろうとせず、目を背け、都合のいい話を信じて、死んだのなら気にする事もないと、逃げ続けた…!言葉を多く交わしたわけではない地球人達ですら気づいた違和感を、気のせいだと自分可愛さに無視していた…!」
醜い。醜い。
醜い醜い醜い!
なんと性根の腐った神だろうか!
こんな、こんな軽蔑されてしかるべき私が、こんなにも優しい同族達と一緒にいていいわけがない。独りであってしかるべきだ。ここにいたら、弱い自分はさらに彼らに甘えてしまう。
「どうか、お座りを」
立ち上がった自分を、そっとムーリ殿が制止する。
「その精神状態で飛び出すのは良くない。ひとまず落ち着きましょう」
弱い私は、その言葉に逆らえずにそのまま座ってしまった。
「…貴方はたった一人でこの星に送られ、迎えがくるのを長い間待っていたのでしたね。さぞ、孤独だったことでしょう。諦めた瞬間の貴方の心境を思うだけで、胸が痛みます」
話し始めた時と変わらない心地良い声が、動揺して揺れ動く私の気を少しずつ宥めていく。甘えてばかりではいられないと呼吸に意識を向け、少々無理やりながら息を整える。
「ですが、こうして想像しても…きっと貴方と真に共感することはできないのでしょう。我々と貴方達では、あまりにも境遇が異なる」
その言葉に顔を上げると、あの透き通った目に憂いが見えた。
「ナメック星人と地球人は多くの違いを持つ者同士ではありますが、確固たる自分と相手への敬意があればきっと共存も可能です。貴方達は二種族の架け橋になれる、素晴らしい素質を持っていますが…今回は、それが裏目に出てしまった」
「素質…?」
「貴方の肉体は紛れもないナメック星人のそれですが、その内に在るものは地球人の影響を多大に受けています。分離する前は、まさにナメック星人と地球人の精神が混ざり合って混沌としていたのでしょう。ナメック星人らしさを学びきれず、かと言って地球人にも染まりきれず…己の出自を誇ることも周りにも馴染むことできなかった貴方は、居場所を求めて神の元へ赴き、そして…最後には神殿という居場所を失わない為に、『神に相応しくない自分』を切り捨てることを選んだ」
はっと息を飲む。ああ、そうだ。そうだった。
「確固たる自分の居場所を手に入れたものの、今度はそれを壊しかねない存在が生まれた。自分の思う『自分の悪いところ』ばかりで構成された命…貴方にとって、ピッコロさんはかけらも信用できない存在だった。だから彼がムギさんと行動を共にするようになっても、長い間音沙汰がなくても、不安は常にあった。いつか必ず、全てを壊しにくると思わずにいられなかった」
私は、もう独りでいたくなかった。どこでもいいから居場所がほしかった。ここにいていいのだと、誰かに認められたかった。
「……自分は百年以上彷徨い続けても地上で居場所を見つけられなかったのに、ピッコロさんは偶然落ちた先で半年もかからずに見つけたなんて、考えもしなかったでしょう」
その瞬間、自分がいかに惨めな存在か思い知らされた。
「わ、私はっ…わ、たし、は…!」
ピッコロにそんな感情はない。ピッコロにそんな願いはない。ピッコロにそんな可能性はない。そう信じずにはいられなかったのだ。それを、そんなことを認めてしまったら、私は━━━!
「自分のこれまでの苦悩と努力の価値を、貴方は守りたかった。間違えてしまった時もあったものの、できる限りのことはちゃんとしてきたと信じたかった。だから貴方は、自分の『悪性』たるピッコロさんが自分より遥かにうまく何かを手に入れられるはずがないと、思い込んだ」
ムーリ殿はそこで一息入れると、タオルを作って差し出してきた。いつの間にか泣いていたらしい。
「彼も貴方も、自分と自分の居場所を守ろうとただ必死だったのです。孤独に蝕まれた心が、貴方達に間違った道を選ばせてしまった…何もかも違うようで表裏一体。元は一人だっただけあって、貴方達はとても良く似ていたのですよ」
拭っても拭っても涙が止まらない。それの源泉が悲しみなのか、悔しさなのか、はたまた罪悪感なのかわからない。正体不明の感情が、水に変化して際限知らずに溢れ出している。
「わ…わた、しは、これっから……ム、ギどの、にも…ひ、酷い、ことを…」
「……難しい問題です。あまりにも多くのことが起き、時間も過ぎてしまいましたから」
うまく言葉が紡げなかったにもかかわらず、ムーリ殿は私が言わんとしていることをきちんと汲み取ってくれる。
「とりあえず、今までしてこなかったことをしてみては?」
私がしてこなかったこと。私が、何よりも先にしなければいけなかったこと。
「…ムギ殿、には、聞けません」
「ええ。やらない方がいいですし、そもそも避けられていますから」
「では、ど、どうしたら…?」
雑多な感情が渦巻いて、考えがうまくまとまらない。知らねばならない。私は、ピッコロを、知らねばならない。それだけは、わかる。
「そうですね…ムギさんから聞いた話を私がそのまま話すのは無理ですが、ピッコロさんのことを話すムギさんの様子や、そこから感じ取れた『ムギさんにとってのピッコロさん』を語るくらいなら…」
「む、無理しなくても…」
「おそらく大丈夫ですよ。ムギさんは、確かに貴方に対して思うことはありますが、大人の対応ができないほどではありません」
どういうことかと首を傾げれば、ムーリ殿が小さく笑った。
「先代の神様の教育方針にも問題があり、全て貴方一人の責任にはできないと言っていました。恨みがあるからと私達に会わせないのは違うと言って、接触しやすいように規則性をつけて不在になるという手を提案したのも、ムギさん本人です」
「…え?」
「“そもそも自分の嫌いなところから逃げたやつが神になれた時点で、どう考えてもおかしいんですよ。人間が好きなら、人間を見守るのなら、人間の悪性…人間の欲望もきちんと受け止めないと。その前段階すらクリアさせないなんて、先代が教育サボってたとしか思えません”…と、それはもう大変不機嫌そうな顔で言っていました」
チャンスなど、与えられないと思っていた。報われることのない償いを積み上げ続ける他ないと思っていた。
「怒りが強すぎてまだ会えない状態ではありますが、貴方がこれからでもきちんと向き合いたいと思っているのなら、それを止める権利はないと判断されたのです。たとえ、一生許せなかったとしても…貴方にチャンスを与えないのは、不公平だと思ったのでしょうね」
そこに在ったのは、私が愛した地球人の善性。私が大切にしたいと願った、良き人の在り方。怒りも恨みも自覚しながら、それでもなお正しくあろうとする強い心。
「……ピッコロが、変わるわけだ」
彼を、探そう。本当のピッコロの姿を。私の中に確かに在った、身勝手なものとしか思えなかった欲望の名前を。
限りなく地球人に近づいた『私』が手に入れた、かけがえのない日々の成果を。
原作ではずれっぱなしで終わったのか、はたまた答えを得ることはできたのか。