ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
確かに母上は、戦いに向いていない。後方で支援している方がまだうまくやれるだろう。彼女の持つ力は、戦い以外のところで最も活躍できる。
「…
では、彼女は弱いのか。
否。断じて、否。
何度も傷つき膝をついても、母上はその度に立ち上がってきた。これがダメなら次はそれだと、歩みを止めなかった。自分が信じているものの為に、足掻き続けてきた。弱い人間なら、とっくの昔に諦めて楽な道を歩いていた。
「
衛星と恒星に母上が呼びかけたその次の瞬間、ズシンと周囲の空気が重くなった。どこからともなく響いてくる大きな地鳴りに対して、地面はあまり揺れていない。確かにこれなら地球への影響はほとんどないだろう。
「うわっ!?」
「きゅっ、急に気が膨れ上がって…!」
母上が地面に斜めに突き立てた杖の先端、そこに急激に気が集中して高密度のエネルギー体が徐々に形成されていく。そこからわずかに漏れ出した気が、電流のようにバチバチとあたりに飛び散る。
「ぐっ……こんのっ、聞かん坊…!」
今度は魔力の出力が上がり、黒髪が蛇のように波打つ。土星の輪のように光球の周りに魔法陣が展開し、気の流出が止まった。
「まだ…まだぁっ…!」
さらに膨れ上がる弾丸を制御する為に、魔法陣が二つ追加される。母上の表情の険しさと大量の汗が、ことの困難さを証明していた。
「く、クリリンさん…これって…!」
「ああ、悟空の元気玉そっくりだ…!やり方は全然違うけど、扱ってる力が同じなんだ…!」
そして直径二メートルほどで気弾の成長が止まった。
「回線、強化…標準、ロック…推進力、フルチャージ……最終チェック、完了…!」
一つ一つ、口に出して確認する様はかつてないほど危機迫っていた。他の星から力を借りたことはあると言ってはいたが、これだけの力を一点に集めたことなどなかったのだろう。
同じくらいの大きさの気弾を作るくらいなら、孫はもちろんのこと、俺や悟飯でも可能だ。おそらくクリリンでもなんとかなる。俺達の力を借りて、母上が標準等を担当するという分担もできなくはなかっただろう。しかし、母上はそれを選ばなかった。きっと、初めからその発想がなかったのだ。
「━━━発射!」
パヒュッと、随分と大人しい音を残して青白い土星が消えた。それだけ高速で放たれたのだと気づいた時には、視界が再び宇宙に飛んだ。凄まじいスピードで星々が目の端へと流れていき、本物の土星の側もあっという間に通り過ぎていく。
「回線解除!」
魔凶星以外の障害物が見えなくなった瞬間に響く声、直後に眼前に広がる爆発。
「対魔凶星粉砕帯、用意!」
本当に当たったことに感嘆する間もなく、次の工程に進んでいく。事前に聞いていない物騒な響きに驚いたのは自分だけではないだろう。
「標的限定、よし!他全ての透過設定、よし!」
元に戻った視界に映る彼女の姿は、紛れなく一端の戦士のそれだった。
「だらっしゃああああああああああっ!!」
誰だ、この人を弱いとか言ったのは。
全て終わった後に矢継ぎ早に質問された母上曰く、粉砕帯の役目は文字通り魔凶星の破片をさらに細かく砕くこと。地球の前に盾のように展開されたそれは隕石をほとんど影響が出ないサイズまで小さくする、もしくは大気圏内で燃え尽きるようにするのが目的らしい。
「最初からそれを使えば良くないか…?」
「ミキサーに野菜とか果物とか入れる時、ある程度小さくするでしょ。それと同じ」
「周りに生き物がいる星が他にないなら、丸ごと全部消しとばす必要ないものね」
大声を出したからかいくらかすっきりした様子で、受け継いだ記憶の中と変わらない気さくな笑顔を浮かべている。
「それにしても良いフルスイングだった…」
「バットを振るというよりでっかい扇を振る感じなんだけどなぁ」
ここまでやって自己評価が何故イマイチになるのかと、少々頭が痛くなった。
***
「━━━よくよく考えれば護身術を教えている時は無傷ではなかったと思い出した。ようはそれと同じ理屈なのだろう?」
「そうだが、教えていたのか」
「常に近くにいるわけではないからな。私が間に合う程度の自衛くらいしてもらわんと安心できん」
あれから色々と考えたのか、四回目の面会に来たピッコロはかなり落ち着いていた。私との会話で頭の中を整理できていることに気づいたのか、質問にも素直に応えている。
「……ムギにもよく、“そんなに脆くない”と言われた。だが…いや、弱くはないのはわかるが…比較対象が自分となると…」
「それだけの武術の才と積み重ねてきた修行を経て、力加減ができないわけがなかろう。彼女に教えている時もきちんとできているようだし」
「そう、なるな…」
生まれによるものか、彼は精神面に多くの問題を抱えているようだ。疑心が沸きやすく、常に不安を抱え、確信を得ねば中々安心できない、精神的に疲れやすい性質が特に顕著だった。これなら確かに『極力疑わせない』というムギ殿の性質は一緒にいて楽だろう。
「おそらくだが、ムギ殿をひどく傷つけてしまったことで過敏になったのだろうな。これ以上は、と言っていただろう?彼女の許容範囲を超えることを恐れて、そんな言葉が出たのだ」
「確かに言った…ムギの甘さは無限ではない。限界がある……最初にやらかしてそこはわかっている」
「待て、何回やらかした?」
「……大きな枠組みで見れば二度、最初と最後に」
「最後は大魔王になったことだな?初回はなんだ?」
彼女のこととなると、ピッコロの気が揺れ動く。不安定で、柔らかくも刺々しくもなり、ころころと様子が変わる。それを隠さない程度にこちらを信用してくれていることは、少し嬉しい。
「天界から追放された時、落ちた先がムギの活動圏内だった…当時の私は文字通り全てに憎悪し、何もかもに不信を抱いていた。ムギも例外ではなく、私の治療も何か裏があると思っていた。私を利用したいだけで、心配なふりをしているだけだと思っていた。いたずらに私が苦しむ姿を見たくて、わざと非効率的な治療法を使っていると思っていた」
聞けば聞くほど、疑心暗鬼に囚われた心だった。そういう生まれなだけで、ここまで何も信じられなくなるのかとこっちが疑いたくなるほどに。
「ある時から妙な行動をしだしたムギを見て、ついに何かやるのかと…尻尾を掴んでやると、後を追った…企みを暴き、それをぶち壊して嘲笑ってやろうと…」
声に、後悔が溢れていた。
「……泣いていた…涙と声を枯らさんばかりに、豪雨の中独りで……わけがわからず心をのぞいたら、ムギの濁流のような本心を叩きつけられた…そこまできてようやく、孤独なお人好しでしかなかったムギの心が…完全に折れる直前だと知ったのだ」
こうして面会するようになって、ピッコロのいろんな顔を見れるようになった。悪辣でない、穏やかな表情もあるのだと知った。
「不平不満と罵詈雑言を並べ、物を壊し、警告も無視して……そんな私を、それでも途中放棄しないで治そうとしていた…最後までやり切る為に、私に隠れて泣いて、なんとか耐え凌いでいた…」
だが、どんなに怒りに震えても、絶望しても、後悔に沈んでも、泣き顔だけは見せてはくれない。
「最初に読心術を使えばよかったのだろうが、私は神が不要だと判断したモノで形成された身。人間に関する記憶も、人間の悪性を煮詰めたようなものしかない。良い経験があったとしても、
泣き方を、知らないのかもしれない。
「……そこまで追い詰められていたのに、私が少しマシな態度をとって協力姿勢を見せただけでムギは泣いて喜んだ。そして、そのまま私を信じ続け……私を、選んだ…」
大概の人間ならとっくに泣いているであろう状態で、彼は顔を歪ませるだけで涙一つこぼせずにいた。
「私に価値を見出し、溢れんばかりにそれを口にした。慣れない感覚で戸惑うことも多かったが…聞く度に、安心した。あまりにささやかな私の返しを、大袈裟なほどに喜んで…私の存在そのものが喜ばしいと言わんばかりに」
そこで一つ、彼はため息をついた。
「おかしなものだ…己が価値を示さんと神と人間に憎悪を燃やし、ムギに毎日のように価値を保障されて安心していたにも関わらず、今更無価値でなくなったことが恐ろしくなろうとは」
自分を嘲笑っているようで、根底に確かな愛しさのこもった笑み。それは、大魔王という称号にはあまりにも似合わない優しいものだ。
「…ムギ殿のためなら消滅すら選べるほどの想いは立派だが、それではまた泣かせてしまうぞ」
「だろうな。そういう馬鹿だ…自分一人では幸せになれないと、私にしがみつくどうしようもない馬鹿だ」
「そこまで辿り着けたから、地獄で本格的な修行を再開したのだな」
「聞いたのか」
前回、彼はこの面会を自分専用の苦行だと呼んでいた。案外そうなのかもしれないと、私も思うようになってきた。何度もしつこいと言われないか心配していたが、どうやら閻魔大王様が口利きしてくださったらしく、今回は通常よりずっと早く申請が通った。椅子の問題も改善され、拘束は最低限になった。とにかくやりやすい環境が整えられていた。
「地獄の鬼達が気味悪がっていると、愚痴のようなものを聞かされた」
「あいつらは文句しか言わんだろう」
「そう言うな。苦労の多い仕事なのは想像がつくだろう」
本当にそうでなくとも、私はここに来続ける。何度でも、めんどくさそうに椅子に座っているこの男に会いに。生涯の後悔を一つ何とかできるのなら、この男にもう一度チャンスを与えられるなら、いくらでも足を運ぼう。
去り際に珍しくピッコロに呼び止められた。
「外で聞き耳を立てているやつに、私と貴様らを一緒にするなと伝えておけ。あんな潔癖の塊みたいな連中と一緒にされるのは御免だ」
「…お前は、本当にムギ殿以外には手厳しいな」
「丁寧に扱う理由がない。それと、神のやつが似たような真似をしたら何も話さん。情報漏洩も許さん。いいな?」
「ああ、そちらに関しては肝に銘じよう。当然の権利だ」
それを最後に、面会室から出た。
ゆっくり、落ち着いて廊下を歩き、面会室から少し離れた場所にある待機室に戻った。
「分離しても聡い子のままでしたね」
「申し訳ありません、最長老殿。どうにもまだ壁が…」
「いえ、良いのです。あの反応は当然でしょう。事実、我々とあの子は大きな違いがあるのですから」
頂点を極めた武人でも中々到達できない極限まで穏やかで清い気を纏ったそのお方は、柔和な笑みを崩さない。
「ナメックの真面目な気質はそのままらしいと聞いて少し心配していましたが、少しずつ前向きになれているようですね。貴方のおかげです、地球の方」
「いえ…全ては、ムギ殿が基礎を作ってくれたからこそです」
ピッコロは、地獄に落ちて当然の悪人だ。それは変わらない。多くの人々が傷つき、苦しみ、死んだことは覆しようがない。生前話をする事なく争い封印したことに思うことはあれど、あの時あの状況で打てる最善のことをしたとも思っている。ピッコロも魔封波の件で私を許すことはないだろうが、私が全力を尽くした結果だと知っている。それはそれだと、互いに理解した上で接している。そんな矛盾しているような、捻れながらもうまくいく関係を作れるのが人間だと、私は思っている。
「ピッコロには信じられるものがある。信じられるものがあるのならば、誰だってどこまでも行けるものです」
自分は魔族だと言い張っているが、彼ほど人間臭い男もいないだろう。
そう思って、私も笑った。
Q.なんで自己評価イマイチなの?
A.「だってまだ超サイヤ人にすら追いついてないよ!?全っっっ然足りないでしょどう考えても!」