ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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 我らは知っている。

 憎悪を。怒りを。絶望を。

 我らは知っている。

 喪失を。無力を。嘆きを。



 我らは知っている。魔族でありながら、知っている。

 平穏を。希望を。幸福を。

 我らが自ら得たものではないが、知っている。

 愛を、満ち足りると言うことを、知っている。



 故に、願う。その欲望のままに、足掻く。

 何故なら、我らは知っている。

 断片ながらも、知っている。

 それが、どれほど尊いものか知っている。



 願う。

 願う。

 願う。



 その為に、我らは生まれたのだから。



変質

 

 彼らがどうしているかなど、考えたこともなかった。

 同じく地獄にいるだろうとは思っていたが、それ以上は何一つ。死後もなお縛る気などあるはずもなく、別に何をしていようが構わなかった。なんなら、もう二度と会うこともないと思っていた。何一つ成し遂げることのなかった主なぞ、わざわざ構い続けることもないだろうと。

 

「ピッコロ様!!」

 

 だから驚いた。向こうから声をかけてくるという想定は、全くしていなかった。

「ピアノ…?」

「我らもいます!」

死ぬ直前に産んだ、四人の配下達。思えば全員揃ったことは一度もなかった。

「…タンバリンはともかく、シンバルとドラムは扱いに困って転生させられてもおかしくないと思っていたが、違ったか」

「確かに閻魔のやつはそこを突いてきましたがね、そんなものこっちから願い下げですよ」

どうやら、全員再会を喜んでいるらしい。流石にピアノは死に方からして恨まれるかと思ったのだが、見たところそんな様子は微塵もない。

「不躾ながらピッコロ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「言ってみろ」

「……奥様は…ムギ様は、あの後…?」

ピアノの質問に緊張が走る。一転して全員が目に不安を滲ませている。どうやら彼らも地上の様子は把握していなかったらしい。

「ムギなら、最期に残した子が開放した」

そう告げれば、まるで自分のことのように歓声をあげた。

「あの状況で子を…!流石です大魔王様!」

「封印を壊したとなれば相当な強さだな…!」

「ムギ様の身は最低限守られてると考えても良さそうか?」

「ピッコロ様が執念で産んだ子だぞ、当然だ!」

 なんだ、これは。

 確かにムギに関する情報は与えているが、わざわざ話題にあげたことはない。そんな暇もなかった。立場的に多少の敬意は持つだろうが、それにしたってこの喜び方には違和感がある。

「お前達」

「「「「はっ!」」」」

それに、この揺らがぬ忠誠心はなんだ。声まで綺麗に揃えて。転生さえも蹴って。

「ピッコロ様?」

「いかがなさいましたか?」

「我らが何か…?」

言葉が見つからない。何故という疑問はあるのに、それをうまく文章に落とし込めない。

「さてはピッコロ様、もう切れた縁だとお思いでしたか?」

戸惑う他三人に対して、ピアノは笑みを浮かべてそう聞いてくる。

「……お前は特に、恨む権利があると思うが」

居心地悪いながらも正直にそう言えば、四人は顔を見合わせた後に吹き出した。

「何をおっしゃるかと思えば」

「そういう顔はむしろ我らがすべきでしょうに」

「あのガキを恨むならともかく、なあ?」

「まったくだ。大魔王様、お役に立てなかった我らに貴方を恨む権利などあるはずもないでしょう」

困惑から抜け出せない。何一つ理解できないまま、笑う彼らを見る。

「役に立つも何も、私がやつの息の根を確実に止めなかった結果だろう」

どうにかそうして言葉を捻り出すも、彼らはなおも笑みを崩さない。

「それを言い出したらオレだって死体をきちんと確認していません」

「オレなんて、別のやつに殺されてますよ」

「オレも、あの三つ目だけでもさくっとやっておくべきでした」

「非戦闘員であるにも関わらず、わざわざ近くで見物したのは私の落ち度です」

悪意が、負の感情が、まるでない。私が産んだとは言え、魔族なのに。

「…ピアノ、これはお見せしないとお分かりになられないんじゃないか?」

その言葉の意味も、まったく想像できなかった。

 

 導かれるままについていけば、途中から徐々にある集団の元へと向かっていることに気づいた。自分の知らない責め苦がそこにあるのかと思ったが、集団の気を探った瞬間足が止まった。

「…ま、さか」

「そのまさかです。さあお早く」

あれから何年経ったと思っている。死ねばそれまでと、こちらは振り返りもせずに駆け抜けたというのに。死後も尽くせなど、一言も言っていないのに。

 ピアノが足を止めたその先、足場の下に広がる盆地には三百年前私が率いた魔族達がいた。しかも、どういうわけか全員で組み手をしている。地獄の辺境にちょっとした道場ができていた。

「おおーい!」

こちらの心の準備などお構いなしにピアノが声を張り上げる。その声に反応した魔族達が見上げた先にはピアノが、そしてそのすぐ後ろには私がいる。

「ピッコロ様!」

「ピッコロ様だと!?」

「本物か…?」

「大魔王様の気も分からなくなったのかお前!しっかりしろ!」

「ピッコロ様…!」

「夢じゃねえよな!?」

「クロスカウンターするぞ!俺も自信がねえ!」

途端に崩れる統率に焦るのは私だけだ。

「おい、大丈夫なのか?」

「ははは、皆はしゃいでおりますなぁ」

「互いの正気を疑って殴り合っているが?」

「何、混乱は一瞬です」

騒ぎに騒ぐ彼らの元へと降り立つ。ざっと見た限りではほぼ全員いそうだ、恐ろしいことに。

「全員落ち着け!!ピッコロ様の御前だぞ!」

比較的理性的な者が宥めようと足掻く中、私達はさらにその集団へと近づいた。

 

 

***

 

 

 元より、自己肯定感が低い御方だった。必要とされていたから生まれた我らとは、そこで大きく異なる。

 類稀な才を有しているにも関わらず、我らなぞ一人で全員倒せる実力者であるにも関わらず、自分は不出来でどうしようもない生き物だと思い込んでいる。生まれだけが原因であればとっくに乗り越えられただろうが、初めての完全敗北が大きな傷痕となってこの方を蝕んでいる。

「お久しぶりです、ピッコロ様…!」

「お前がまとめ役か、オルガン」

「はっ、僭越ながら…」

「いい。誰かしらやらねばならんことだ」

何故慕うのかと我らに聞いておきながら、自分も数百年会っていない配下の名前をさらりと言う辺りなんという人たらし。いや、この場合は魔族たらしとお呼びするべきか。

「大魔王様、つかぬことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「カシシか。なんだ?」

最前列にいた魚人のようなそいつも、そこが気になっていたのだろう。少し驚いた後に、おずおずと疑問を口にした。

「その、もしや…我ら全員の名を覚えておいでで…?」

ああそして、やはりこの御方は心底不思議そうな顔をするのだ。何を当たり前のことを言わんばかりの声色で答えるのだ。

「自分で作っておいて覚えていないわけがなかろう。そっちの端からギロ、タネット、マリンバ、カリヨン、コンガ、チェロ、ウード、トラバス、シタール━━━」

ピッコロ様が淀みなくつらつらとそれぞれの名を口にすれば、呼ばれた者達は歓喜のあまり涙を滲ませ、まだ呼ばれていない者達は期待に震える。

「━━━コルネット、カリナ、ハーモニカ……おい、たかが確認だろうが」

状況についていけずに止まってしまわれたので、続きを促した。

「ピッコロ様、そのまま全員呼んでいただけないでしょうか?」

「は?」

「皆、長い間貴方の声で自分の名を聞いておりませんので」

その言葉が胸中のどこかで引っ掛かったのだろう。僅かに目を見開いたかと思えば配下を数秒ほど見渡し、目を細めて息を吸い込んだ。

「……チューバ、オーボエ、ティンパニ、クラベス、アングル、マンドリン、カンテレ━━━」

粛々と、名前を一人一人呼ばれていく。

 

 まるで何かの儀式であるかのように、最後の一人が呼ばれるまで誰もが騒ぐのを堪えた。

 

 

 

 

 戸惑いが中々消えないピッコロ様であっても、稽古をと言われれば断らなかった。ある者は一人で、ある者はコンビで、構えるピッコロ様へと飛びかかる。

 その内ピッコロ様も調子が出てきて、不敵な笑みを浮かべて十人まとめてかかってこいと挑発なされた。驚きは一瞬、その場は誰も彼もが順番で揉めるほどの歓喜に溢れた。

「ようやく笑ってくださいましたな」

「うむ。あれでこそピッコロ様だ」

元よりあの方は武道家だ。自己研鑽はもちろんのこと、戦いそのものも好んでいた。状況故に素直に楽しむことが難しかっただけで。

「奥様はなんとおっしゃられるでしょうなぁ…」

「何、きっと笑顔で観戦なされるだろうさ。ピッコロ様の幸福を何よりも願われていたあの方なら」

ふっと、楽しそうだねぇと微笑む黒髪の女性を幻視する。岩の上にこぢんまりと座って、月光のような柔らかい光の灯った瞳で見下ろすムギ様を。

「ピアノ殿は奥様に関する記憶を多く受け継いでおいでか」

「そう言うオルガン殿はあまり…?」

「多くはない。だが…花の香りが鼻をかすめると、どうにも頬がな?こう、堪えても上がってしまってだな?」

「ああ…わかりますぞ。地獄にいると滅多に嗅がなくなって、余計に難しいでしょう」

「わかってくださいますか」

 直接お会いすることのなかった、ピッコロ様の大切なお方。我らを見て、どのような反応をされるだろうか。困惑?混乱?歓迎?できれば三番目であってほしい。お茶を片手に会話を楽しむ相手を何よりも欲しがっていたと言うムギ様と、ピッコロ様のことで話に花を咲かせることができたら───。

「…皆が満足したら、情報整理しなければなりませんな」

「ピッコロ様自ら出向いてもらわなくてはならない場所もある。忙しくなるぞ」

 

 夢だ。

 ささやかで、ちっぽけで、しかし遠い、夜空に瞬く星のように煌く夢だ。

 

 その夢を思うだけで温かくなるものがある。その願いを口にするだけで、ふわりと体が軽くなる。その空想に少し浸るだけで、確かに得られる小さな幸福がある。

 叶うなら嬉しい。だが、まずはピッコロ様だ。ピッコロ様の幸福無しに、私の幸福はあり得ない。そして何より、幸福なピッコロ様を見るだけで満たされるものも確かにあるのだ。

「今に見ているがいい、名も知らぬ神よ…!」

 

 我ら魔族の執念深さ、思い知らせてくれる。

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