ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
「━━━いーかげんにしてけれっ!!!ジョーダンじゃねえ!!!」
のどかな山奥の一軒家から、怒号が響いた。
「でっすよねー」
トランクスとちょろっと確認した後に孫家に急行したら、少し離れたところにマジュニアが待機していた。そこに静かに合流して様子を見守ること数分、想定通りの言葉で辺りの空気が揺れた。
「悟飯の性格と望みを考えれば母親の方が正しいな」
「そう、だからややこしいというか…そもそも大人だけで対応すべきだし」
木の幹からひょっこり顔を覗かせて様子を伺っている私と違って、木に寄りかかって視線すら向けない彼は平静だ。学者になりたい悟飯くんに“サイヤ人を倒した後になればいい”とはっきり言っているから、この状況は割と不本意だろう。ナメック星人の皆がいなくなってからの一年、律儀に悟飯くんを避けていたのだから。
「…母上は元より子供を戦場に送ることに反対していたな」
「ん?…ああ、そっか。うん、言った。自分の力をコントロールするためとか、健康維持とか自衛とか、そういうので鍛えるのは全然構わないんだけど……戦場の記憶は、焼きついて引きずっちゃうだろうからさ」
戦力確保の為に子供を産む、そんなことをピッコロに提案されたこともあったなぁと少し懐かしくなる。
子供にわざわざ経験させることはないと言おうとしたその時、何かが連続して破壊される音が響いた。慌てて視線をマジュニアから孫家に戻すと、穴の空いた家の壁とへし折られた一本の木、そして破壊された岩だったものと見覚えのある足が。
「わ゛ーーーーー!!ちっ、チチさーーーーーーん!」
慌てて駆け寄る私と同時に駆けつけてくる悟空と悟飯くん。容態を確認して悟空に運ばせ、壊れた壁を魔術で塞ぎ、チチさんの治療を始めた頃には彼女の怒りがだいぶ抜けていた。
「も…もういいだ…泣くのはいつだって女なんだ…」
根負けというよりは気力を失った様子の彼女にかける言葉が見つからない。同情と申し訳なさでこっちまで謝りたくなる。
「…だけんど、三年経ったらぜってえ拳法やめさすからな…!」
「ほ…ほんとにすまなかった…オラとしたことがつい……」
私が治療している間、濡れた手拭いで泥やらなんやらを拭ってあげている悟空を見て、少し…ほんの少しだけ、羨ましかった。
***
ムギさは相変わらずやることがそれなりにあるらしい。そんな中、栄養面を重視したレシピや一部食料の提供でサポートしたいと自主的に言い出した。
「こっちとしてもできることはしたいし…その、あまり接する機会はないかもしれないけど、うちの子がお世話になりますから」
悟飯ちゃんと悟空さだけで食費がとんでもないことになる我が家にとってありがたい話であるし、理由ももっともらしいものだったので断りづらかった。
「ムギさは農家でもしてるんか?」
「家庭菜園よりは規模が大きいって程度ですけど、一応。かなり便利な保存の魔術があって、それで量溜め込めるってのもあります。やろうと思えば自分の力で野菜の成長促進させたりとかもできますし」
「羨ましい限りだべ…」
彼女の持つ便利な力を見る機会は何かと多かったけれど、今ほど自分も魔法使いになりたいと思った時はない。悟飯ちゃんがいない間に気を紛らわせるために始めた家庭菜園はあるものの、家族全員が揃った状態だと焼石に水だ。ほぼ自己満足の趣味になってしまっている。そういう意味でもせめて夫には仕事をして欲しいのだが、山育ちの野生児には今ひとつ危機感がない。
「…チチさん、ちょっと思いついたことがあるんですけど」
「へ?」
「えっ?亀仙流からやり直し?」
「そう。と言っても、まるっと全部じゃないけど」
風呂と夕食を終えたところに顔を出したムギさが悟空さに提案したのは、自分も知らない情報から生まれた変化球だった。
「次の戦いまで三年あるんだから、基本中の基本をウォーミングアップ代わりにするのは悪くない案だと思うんだけど」
「つっても…じっちゃんの修行のどれをするんだ?」
「素手で農業やるやつ」
「「素手で農業!?」」
思わず悟飯ちゃんと声を上げる。本当なのかと確認すれば、確かにやったと大したことではないかのように夫が肯定する。鍬すら使わずにクリリンさと畑を耕していた日々を懐かしく思い返している姿からして、信じがたいが嘘ではないのは確かだ。
「早くに起きて、朝ごはんの前に農業やって、しっかり食べてから修行。日によっては昼食の後と夕飯前にも。作るのはとりあえず自分達で食べる分だけ。慣れるまでは少し時間かかるだろうけど、私もサポートするし、一度勝手が分かれば昔よりずっと手早くこなせるはず。それならウォーミングアップの範疇に収まるでしょ」
「そりゃ確かにあの頃よりは早くできっだろうけど、意味あるんか?」
「ある」
農業の経験があるなら言ってほしかったとか、本当の亀仙流の修行ってそんななのかとか、あれこれいろんなことが頭を巡っている。うまくいけば悟空さに食料確保くらいはさせられるかもしれないとしか言われていなくて、正直ちょっと混乱していた。
「速くやるだけなら簡単だろうけど、柔らかい土やら作物やらを吹っ飛ばしたり粉々にしたりしないように力加減しながらとなると、そう簡単じゃないはずだよ」
「!」
「素早く、優しく、丁寧に…農作業の後に本格的な修行をするんだから、余計なエネルギーを消費するわけにもいかない。無駄を削いだ分だけスタミナを温存できるし、細やかな力のコントロールも身に付く。悪くないと思うけど?」
力加減、という言葉に悟空さが反応して考え込む。真剣な顔の悟空さはちょっと見惚れるくらい良い男だけれど、真面目な話をしているお客様の前ではしゃぐわけにもいかず我慢する。
「作った分は自分達の胃袋に入るから一石二鳥。慣れてきて自分達で食べる分以上に作れるようになったら、それを売ってお金にして一石三鳥。修行しながら食料確保できて、ゆくゆくは仕事にできる。仕事になるところまで行けば、いくらやってもチチさんは大喜び。良いことづくめでしょ」
はっとした悟空さの顔が急にこっちを見て少し焦る。何か言おうとするものの、こっちもまだ頭が追いついてないので言葉が出てこない。数秒見つめられたかと思うと視線がそれてムギさの方を向いた。
「…なあ、野菜ってどれくらいでできるんだ?」
「素直で大変よろしい」
事前にまとめておいたのだろう、概要だけとはいえわかりやすくまとめられた模造紙を手に友人が説明を始める。それを真剣に聞く夫と、その隣で興味深そうに聞いている息子。自分も同じく聞こうとしたものの、この光景があまりにも別世界で頭に入らない。
ふと悟空さも悟飯ちゃんも視線がずれているタイミングで、ムギさがこっちを見た。小さく笑ってぱちりとウインクをしているけれど、きっとこの状況になるまで彼女も内心緊張していただろう。うまくいかない可能性だって十分にあったのだから。
翌早朝、容赦無く悟空さの尻を蹴飛ばす勢いで畑作りをさせている姿に怒りが湧くことはなかった。若干八つ当たりしているように見えなくもなかったのに、むしろもっと言ってやってくれとまで思えるようになっていた。
「ほらほら、朝食まであと三十分!労働は最強の調味料じゃーーーー!!」
「ひぇーーーーー!!なんでそんなおっかねえんだぁ!?」
トラクターなんて目じゃないスピードで耕されていった土地に肥料も混ぜて、種を植えられる状態にするまで朝食は食べられないと言われた悟空さは汗を流しながら頑張っている。流石に本当に素手でやるのはどうかと思ったらしく、ムギさは丈夫な作業着と手袋もしっかり用意していた。
元々、道着以外の服はあまり着ない人だった。普通の服もなくはないし寝巻きはちゃんと着るけれど、丈夫さの面でどうしても頼りないから起きている時間の九割はあの山吹色を纏っている。
「……欲しいもんは、どっちも変わらねえだな」
戦いはゆっくり迫っているし、道着が姿を消すことは一生ないだろう。でも、でもこれからは、戦いとは関係ないありふれた普通の格好を、平凡平穏な農家の格好をしている夫を毎日見られる。
そのことが、視界が少し霞んでしまうくらい、嬉しかった。
どう考えても悟空が農業やり出すの遅いって思いまして