ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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 五月九日。

 世界は、喜びに満ちている。



 誰もが愛と平和を歌い、あらゆる揉め事を一旦休戦して祝う、特別な日。
 一度奪われたものを取り返して、瓦礫の上で再起を誓った歴史的祝日。
 嘘か本当か怪しくなるような詳細不明の英雄譚に耳を傾け、ああでもないこうでもないと答えのない浪漫を語り合う日。



 私が、一番複雑な、日。



三百六十五分の一

 

 「誕生日おめでとう、マジュニア」

 

 してあげられることがあまりにも少ないこの子の誕生日。朝一番に祝福して、とびっきりの茶葉でいつも以上に丁寧にお茶を淹れて渡すので精一杯なのがただただ悔しい。もう少し賢ければ何か良い考えが浮かぶかもしれないと思うと同時に、そもそもこの子ナメックの中でも特に物を持たないしなと半ば諦め気味な気持ちもある。

「…俺より随分と嬉しそうだな」

「生まれてきてくれたこと、今ここに生きてることは、本当に嬉しいよ」

 初対面で泣き叫んで暴走しまったことに関しては、今でも思い出して泥の中を悶え転がるくらいには恥じている。マジュニアは何も悪くないのに、状況が状況とはいえあまりにも酷いリアクションだった。ちょっと死にたくなるくらいには罪悪感がある。というか、死にたくなる系の失敗多すぎでしょ私。もう縛りに生かされてるも同然だ。何回何年寿命伸びたんだろう。

「そのうち、難しいこと考えなくてもいい日になるよ。約束」

気にするなとは言えない。だから、気にならなくなるように変える。いつかこの子が、祝われるような年じゃないって恥ずかしがるくらい普通に過ごせるように。

「━━━ピッコロさーん!ムギさーん!」

遠くから、高くて明るい声が飛んできた。流石一番弟子、遠慮がなくなれば一直線だ。

「騒ぐ人が少ないのは今だけだよ」

「どういう意味だそれは」

「今言ったでしょ、難しいこと考えなくても良くなるって…自分で思ってるより好かれる理由をたくさん持ってるよ、マジュニアは」

意味がわらかないと言わんばかりに私を見下ろす姿は、面白おかしい。

 悟飯くんが、トランクスが、悟天が、面倒見の良い真面目な彼を放っておくはずがない。甘えも尊敬も感謝も親愛もぜーんぶ混ぜて、勢いよく飛びつくに決まっている。そんな未来が保証されているという点では、原作から大きくずれることのないこの世界は安心できる。

「案外優しいんだよ、この世界」

慣れない様子でどこかの山の雪解け水を受け取るマジュニアと、直接汲みに行ったせいで赤い顔に満面の笑みを浮かべる悟飯くんの姿は、一枚絵にしたいくらい微笑ましかった。

 

 

***

 

 

 命日は、いつも以上に空っぽに感じる。胴体をぶち抜かれるという死因のせいでもあるが、それ以外の理由の方が大きい。

 

「大魔王様、本日はいかがなさいますか?」

ピアノに呼ばれて現実に戻る。再会してから、特に断る理由もなかったので配下達と行動を共にしている。良い修行相手にもなるし、今もなお自分に忠誠を誓う彼らにしてやれることと言ったらそれくらいしかない。

「すまんが、今日は放っておいてくれ」

「…かしこまりました。何かあれば遠慮なくお申し付けくださいませ」

しかし今日だけは、誰の相手もする気になれなかった。ピアノやドラムにとっても命日ではあるが、そこに気を使ってやれるほどの余裕はあまりない。

 地獄において命日の扱いは、罪人によってさまざまだった。態度の良い者は自由に過ごすことができ、逆に真面目に刑罰を受けずに反省もしない者はいつも以上に厳しくされる。刑期が終わり近い者は閻魔と今後のことについて面談することもあるという。

「自由と言われてやることがあるのか、こんなところに」

私は、責苦による苦痛を一切感じられないという点を除いて、基本的に問題を起こしていないので好きに過ごせる。誰にも邪魔されないのであれば全力で修行に励めばいいのだろうが、そんなやる気もない。やろうとしたが五分も保たなかった。我ながら情けない。

 退屈がてら、ふらふらあてもなく地獄を彷徨う。罪人どもの阿鼻叫喚、忙しなく働く鬼達、乱闘騒ぎで響く爆発音…全てが背景で混ざり合って遠くに感じる。独りになりたい。雑多な音から遠く離れて、独り静かに━━━。

 

“ピッコロ”

 

幻聴であることを承知で自分の手を見下ろす。()変わらず自分を覆う光は温かい。

「…独り、は違うか」

樹海で生きてた頃のように、ムギと二人きりでいたい。悲しみも何もない雨の日に心地よい雑音に包まれて、当たり前のように私を椅子扱いする彼女を見下ろしたい。だが、それは叶わない。あの頃と同じ皺一つない手に、自分より小さい手が添えられることはない。ここにいる限り、それは無理な願いなのだ。

 それでも、なるべく静かな場所へと足を進める。誰にも邪魔されないような辺境を探して歩く。側にいる事は叶わずとも、ムギの存在を感じる事はできる。きゃらきゃら笑う声もとくとく止まらない心音も聞こえず、指通りの良い髪や柔い肌に触れられないが、彼女の想いはそこにある。集中すればその感覚に浸ることは可能だ。ただ心地良いだけのそれに時間を浪費するのはあまり良くない事だろうが、今日くらいはいいだろう。寝ても夢見が悪いとわかっている今日くらいは。

 そんなことを思いながら音にだけ気を向けていたからだろう、らしくもなく足を踏み外した。

「なっ━━━!?」

ぐわりと、引き込まれるようにして谷かと見紛うほどに大きい穴に落ちていく。吹き荒れる風に振り回されながら、掃除機に吸われるように奥へ奥へと連れて行かれる。風に逆らって飛ぼうにも思うようにいかず、何かに捕まろうとしても手は宙を掻くばかり。

 

 そうして延々と人形のように振り回されている間に、意識も飛んだ。

 

 

 

 

 いつもの、雨だ。眠るのを避けていたのに結局これかとため息を吐く。

 

 「すぐ、すぐ治す、から…!」

 

 いつも以上に酷い顔をして、ムギが私の脚の間に座っている。大穴が空いた私の胴の前で、涙と鼻水を垂れ流しながら必死に治療を施している。

 

 「よせ。魔力の無駄だ」

 「やだ!」

 

 出血らしい出血はない。痛みは、なくはないが鈍い。

 

 「明日になれば消える」

 

 ただ伽藍堂なだけの穴だ。それも、命日に空くだけの。

 

 「でも…でも…!」

 

 少しずつでも小さくしようと、少しでも痛みを減らそうと、触れるか触れないかのところでムギの手が(くう)を撫でる。そこから出た温い何かで、ぽこりぽこりと体が埋まっていく。今日中に終わるとは到底思えないスピードではあるが、確かに。

 

 「ムギ」

 

 顎を持って強引に目を合わせる。不細工な泣き顔は我儘な子供のそれと良く似ている。似ているのに、不細工だと認識できているのに、忌避の感情は湧かない。

 

 「…お前は、本当にどうしようもない馬鹿だ」

 

 内臓も何もかも吹っ飛んで空っぽの胸が温かい。雨が降り注ぐ中、冷えた風に飛ばされることのない温もりが灯っている。

 

 私が持つ大きな傘の下、瞼だけをぱちくりしてムギが動かなくなる。特別何かをした覚えはない。

 

 「どうした?」

 

 問い掛ければあの柔い手が上に伸びてきた。幻ではないことを確かめるような、震える手つきで私の頬に添える。

 

 「…わらった」

 

 風が、止まった。雨粒が小さくなり、音が柔らかくなる。

 

 「ピッコロが、笑った!」

 

 涙で潤んだ瞳は蜂蜜のようで、今にもとろりと溢れ落ちそうだった。手の中の顔の体温が上がり、頬が紅潮する。悲しみでずぶ濡れの声が少しばかり乾いて、自分がよく知る聞き取りやすいそれに近づく。

 

 「お前……お前は、なんで、そう…」

 

 ないはずの心臓をこともなさげに貫かれ、自分のちょろさに思わず唸る。どうしようもないのは私の方だ。

 

 「ぴ、ピッコロ?」

 

 額を合わせてため息をつく私に、ムギはオロオロ心配している。どうしてくれようと思ってもどうにもできない状況に歯痒さを覚える。

 

 

 

 会いたい。

 

 

 夢ではない生身の体で。

 青々とした地球の上で。

 勝手に咲き乱れる花々の中心にいるお前に、会いたい。

 

 

 

 「はぁ…こっちの話だ。気にするな」

 

 いくらか肉体が残っている胴体の端の部分にムギの頭を寄せて、塩水まみれの顔をどうにかしろとタオルを押し付ける。いまいちよくわかっていない様子の彼女が鼻を啜りながらも大人しく拭いている姿を、私は静かに見下ろした。

 

 とりあえず泣き止んでくれたのでよしとしよう。悪夢になるはずだったこれが、良い方向へと転がったのだから。

 

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