ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
毎年、ピッコロ記念日明けは若干調子が悪かった。しょうがないことだし、自分に厳しくしたところであっさりポッキリ心が折れる程度の人間なので、命日の夜は好きに泣いて翌日は無理しないことにしていた。
「…んふっ」
だが、だがしかし。
「ふへへへへぇ〜〜!」
今年の私は、ことあるたびにベッドの上で幸せに転げ回っていた。かれこれ数日経っているけど、気持ち悪い笑みが止まらない。
「はーーーー!ダメっすわ、もうダメっすわ。三っ百年ぶりの新規笑顔供給やっっべえわありがとう世界私は幸せです!!」
キモい嫁でごめんなさい旦那様。おかげさまで絶好調です。
封印から解放されてからというものの、夢を見ると大体いつも同じ雨空の下にいる。違う夢を見る時もあるけど、そういう時は直近のストレスなりなんなり理由がある。最初は寒いわ寂しいわ悲しくて涙が止まらないわでろくでもなかったけれど、途中からピッコロが私を見つけてくれて、以来ずっと側にいてくれる夢に変わった。夢だとわかっているのもあって寂しい気持ちは消えないし、ふとした時にピッコロがいなくなろうとしたりなんたりするもんだから涙腺が壊れっぱなしだけど、それでも会えるから悪夢とは呼べずにいた。
それが、それが今回。胴体に大穴開けたピッコロを毎年見るのが当たり前になりつつあった、ピッコロ記念日の夜。怒ったり申し訳なさそうだったり苦しそうだったり真顔だったりと、今まで一度たりとも口角を上げることのなかった旦那様が、初めて、小さく笑った。
「好っっっっっっっき。大好き。愛してる」
呆れたような、しょうがなさそうな、あの頃よく見せていた気の抜けた笑顔。もちろん意地の悪そうなギラついた笑みも大変お似合いでいらっしゃるけど、これは格別なんだ。
夢でも会えるだけマシだと自分に言い聞かせてきた。幻であっても、抱きしめて名前を呼んでくれるなら十分すぎると思い込もうとした。ハッピーとは言い難い空間で、それでも何かしてあげられたなら恵まれているんだと涙を拭って起きてきた。それが突然これだ。本物じゃなくても悶え転がりたくもなる。
「はぁ………会いたい」
起きた直後は幸せすぎて布団から出れず、その日の悟空の畑仕事時間に間に合わなかった。だいぶ慣れてきたみたいだから特に問題はなかったみたいだし、謝っても気にするなって文句一つ言わずにさらっと流してくれたのはありがたかった。もちろんその分しっかり働いた。思わぬ燃料投入で滅茶苦茶元気だったし。
それにしても惜しいことをしたなと、ベッドから起き上がる。夢を見ている時は思い付かなかったけど、あの時キスくらいすればよかった。いや、それで目が覚めてしまう可能性もあるから余韻に浸れなかったかもしれない。なんとも悩ましい浮かれぽんちな二択で頭をいっぱいにしながら、軽く身支度をして孫家へと飛んだ。
*
ここ数日調子が良かったおかげで、清々しい青空が広がっている。孫家の作物も順調に育っていて、今日は花が咲く前のチェックをする予定だ。二度目になる収穫を今か今かと楽しみにしている悟空のモチベーションは高いままで、一回目の収穫の時点でチチさんが涙ながらにお礼を言ってきた。
“オラもう、ムギさに足向けて寝れねえだ”
“いやいやお互い様ですから”
悟空は別に、チチさんのことを大事に思っていないわけではない。結婚というシステムすらよくわかっていない状態で夫婦になった当初は随分と戸惑っただろうし、今も頭が追いついていない部分は多いと思う。でも『力加減』に敏感に反応したのを見れば、彼があのミスをかなり気にしていたのは明白だ。どうにも家庭という枠組みと父親という役割に収まりきれていない悟空を矯正するなら、これ以上のタイミングはないと思い切って踏み込んだ自分を褒めたい。無論、亀仙人のあの修行あってこその成功ではあるのだけれど。
孫家から歩いて五分ほどの場所に広がっている畑に降り立てば、昼食を食べ終えて様子を見にきていた悟空が笑顔で出迎えてくれた。
「よっ!今日も元気そうだな」
この距離感にホッとしている自分がいる。そりゃあ一番好きなキャラはマジュニアだったし、悟空の欠点は長年ファンをしていれば嫌でも目につく。でも、それでも彼は主人公なのだ。私が心から楽しんで愛した物語の、最後はなんとかしてくれるヒーローが彼なのだ。いくら自分の夫とあれこれあったとはいえ、嫌いになんてなりたくなかった。憎悪をぶつけるなんて、そんなことしたくなかった。だから、こうしてうまく良好な関係に持っていけたのは本当に嬉しい。
「━━━特に病気とかもないし、成長も順調。この調子なら問題なく収穫できそうだね」
「そっか。なら良かった!」
土汚れのついた子供っぽい笑顔を見て笑える程度になった自分が嬉しい。随分な回り道になってしまった。
「ムギさーーー!」
和やかな気持ちになったところで、チチさんの声が飛んできた。昼食後のはずなので何か個人的な用事だろうと後ろを見て、固まった。
「ムーーギーーさーーーーー!」
チチさんが、マントを掴んでマジュニアを引っ張っている。悟飯くんも連れて。とっても楽しそうかつ、元気よく。
「…なんで???」
「おー、鳩が豆鉄砲食らったっちゅー顔みてえだ」
数秒思考停止した私を、悟空は呑気にケラケラ笑っている。どうやら状況に驚いているのは私だけらしい。マジュニアは不本意そうだけど、本気で抵抗していない。知らないうちに距離が縮んでいたらしい。
「今日もいい天気だな、ムギさ」
「あ、はい。あの、この状況は…?」
「今日はだーいじな日だ!ほら、ピッコロさ!モタモタするでねえ!」
いつの間にか呼び方まで身内モードになってしまった我が子を見上げながらその場に立つ。ものすごく居心地悪そうだけれど大丈夫だろうか。
「ピッコロさん」
悟飯くんにも促されて、マジュニアはようやく大きめの紙袋をこちらに差し出してきた。
「え?」
流れで受け取ったものの訳がわからずに茶色いそれを見ていたら、これまたぎこちない声で彼が言った。
「今日、は……母の日、だと、聞いた…」
脳が再起動するまでにたっぷり五秒はかかった。
「あーーー!そういえば五月だったね!?すっかり忘れてた。え、いいの?本当に?」
いろんな感情が一気に吹き出してきて、そのまま言葉に変換されてしまう。それに気押されながらもマジュニアは頷いてくれたので、いそいそと紙袋を開けて中身を引っ張り出した。
見覚えのある落ち着いた赤が、眼前に広がった。
「………これ…」
なんの変哲もないブランケットだ。寝るときに使っても良し、寒い室内で纏っても良しな、一人用のブランケット。でもこの素材は、この色味は、あの人が纏っていたそれと全く同じ布だ。
「一般的には花を贈ると聞いたが、母上にそれはどうかと…俺が用意できるものでは、これしか思い浮かばなかった」
不思議と自分で作ろうとは思いもしなかった。ピッコロのものは、家に残されたもの以外は何もかもなくなってしまったと思い込んでいたのかもしれない。再現しようと思えばできたと思う。
でも、でもこれは、マジュニアがピッコロと全く同じ方法で作った、限りなく本物に近いそれだ。
絶対に、私には作れないものだった。
***
ぶわっと、突然野菜の匂いが強くなる。出所の足元を見れば固く閉ざした蕾ばかりついていたはずの作物が、一斉に開花していた。
「な、ななななんだべーーーーー!?」
「うわぁ!?」
「は、花が!」
家族三人で驚いていると、ムギさが悲鳴をあげた。
「うぎゃーーーーーーー!!やっ、やっちゃった…!ごめん悟空ーーー!!」
畑に植えられた野菜だけではなく、近くの木々も、畑のすぐ側の雑草も、花が咲く植物は全て満開の花びらを誇らしげに見せていた。時期を終えて蕾すらないものもあったはずなのに。
慌てて畑全体と周囲の植物を確認して回るムギさに理由なんて聞けるはずもなく、困った顔でそれを見守っているピッコロさに問いかけた。
「なんてことはない。嬉しかっただけだ」
「へ?」
当人はあんなに困っているのにと首を傾げる。その後続いた説明の声色は、大魔王の生まれ変わりと名乗った男のものとは思えないほど優しい。
「ここ最近、妙に明るいのは無理をしているからかと思ったが…どうやら本当に機嫌が良かったらしい。プレゼントで閾値を超えた」
「閾値、ですか?」
「そうだ。母上が一定以上幸福感を感じると、ああして辺りに花が咲く。季節も何も関係なく、だ」
「それでなんであんなに困ってんだ?」
「要は強制的に狂い咲きさせているからな、植物そのものに悪影響が出る可能性が高い。幸い、今回は母上が管理に関わっている畑が被害の八割だ。大きな問題にはならない、が…孫のスケジュールが狂うだろう」
説明を聞いて今後数日が不安な悟空さを他所に、悟飯ちゃんは興味深そうに花を観察しながらムギさの近くへじわじわ寄っている。当の本人は赤いブランケットをしっかり抱えたまま、花畑の中をおろおろ走り回っていてなんともおかしな光景だ。
「…礼を言うべきだろうな」
小さな声が上から降ってきた。見上げればなるほど、確かにナメック星人だと納得させられる柔らかい眼差しを向けられている。
「母上が花畑を作ってしまうほど幸せを感じたのは、約三百年ぶりだろう。感謝する」
つくづく自分は手のひら返しの早い人間だと、我が子とたったの四歳しか年の変わらない大きな子供の気持ちを素直に受け止めた。
独自設定の『星の魔女』ですが、神の一種ではないものの発想の元ネタは地母神系になります