ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
まさか、何一つ悪くないのに丸一日拘束されるとは思わなかった。
「散々な目にあった…」
「ご、ご無事で何よりです大魔王様…!」
落ちた穴の底で目を覚ますとそこにはかなり特殊な罪人が拘束されていて、私が魔族であったがために何か裏があってのことだと勘違いされた。目的は何だやら、どうやって侵入しただの、詰問に次ぐ詰問で正直に答えても信じてもらえず、時間感覚を失いそうなほどに同じことを繰り返された。私が言った通りの場所に老朽化によって崩れてできてしまった大穴が確認されてからは態度が軟化したものの、それでも解放されるまでかなり時間がかかった。
「万単位の年月封印しておくような魔族の牢くらい!まともに管理しろ!」
最終的には閻魔帳を引っ張り出しての接点確認までされたが、自分で生み出した者以外の魔族とは縁が限りなく薄かったので本当にただの事故だと処理された。閻魔大王本人から一応謝罪はされたが、こっちは良い迷惑だ。追加で二日ほど責苦を免除されても命日以上にやる気が出ない。ただただ疲れた。
当日分の責苦を終えて待機していたオルガンと会話しつつ、何かできることはないかと右往左往していたシタールに肩揉みを頼んだ。想像以上に喜んで奉仕されて若干居心地が悪いが、他の配下も様子からして他の者達にもそのうちやらせた方が良さそうだ。墓穴を掘ったような気がしてならない。
「しかし、まさか偶然見つけてしまわれるとは」
「奴を知っているのか?」
「はっ、何も数万年前に神々を相手に戦争をした魔族軍の参謀であったと」
落ちた先で厳重に拘束されていたそいつはテンメンと名乗り、遠い昔に神々に逆らってしてやられたとしか言わなかった。衰弱していたからか皺の塊のような男だったが、それでもすきあらば抜け出しそうなほど目がぎらついていた。
「奥様…星の魔女に関することを含めて多くの知識を持っているだろうと接触を試みていたのですが…」
「管理はともかく、警備はしっかりしていたと」
「それもですが、奴が閉じ込められている牢そのものが魔族と非常に相性が悪いのです。お恥ずかしながら、我々では侵入直後に意識が飛びます」
「……ムギの加護か。道理で━━━」
こちらの姿を捉えたその瞬間に咽せるほど笑い転げていたのはそう言うことらしい。妻によるものだと馬鹿正直に答えたら一度窒息して蘇生したものだから流石に引いた。
“何がそんなにおかしい!?”
“き、貴様っ…な、ナメックの魔族が!星の魔女を、つ、妻に娶るなど!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!どんな確率じゃあ!?あひゃっ、ひーーーー!!”
“珍しいだけだろうが老ぼれ!”
“そ、それぞれならな、確かに珍しっ、うぇ゛っほ!ぐふっ!”
相当暇だったからこそだろうが、それにしたって窒息するほど笑うのはどうかと思う。
「偶然故にあまり長話はできなかったと推測しておりますが、何か情報は得られましたか?」
「ああ。流れで星の魔女の話になったが…『アレ』の斃し方に目処がついた」
途端、周囲がざわつく。
「なっ…本当ですか、大魔王様!?」
「ムギ次第ではあるがな。まったく…現実味のない無茶苦茶さと都合の良さだけなら宇宙一だな」
ただ一声、それで全て片付く。何とも恐ろしい切り札だが、音を並べるだけでは発動しない。かつて星の魔女がまだそこらにそれなりにいた頃でも、死ぬまで使えなかった者は少なくなかったという。
「神族から詳細を隠す為に口伝でしか残さなかったそうだ。星の魔女にとってはまさしく最終手段だ、無理もない」
「な、なるほど…」
静かに、しかし興奮しながら配下達が騒ぐ中、鬼が私を呼んだ。
「ピッコロー、武泰斗と面会オニー」
ため息は隠さなかった。責苦の免除とは何だったのやら。
*
随分とランクが上がった面会室で頬杖をついて、爪で丸いテーブルを叩く。私が特に暴れることなく会話するようになったのがしっかり報告されているのか、まずは拘束具がなくなり、次にマシな椅子に変えられ、気づいたら仕切りのガラスすらない部屋に案内されるようになった。楽なのはいいが、なんだか癪だ。楽だから甘んじて受けるが。
武泰斗は飽きることなく私を何度も尋ねてくる。まさか一年を超えてもまだ来るとは思いもしなかった。奴への不快感は、今となっては無きに等しい。殺せるか殺せないかと聞かれたら殺せるが、少なくとも嬲る気はない。敬意を持って、痛みなく一瞬で終わらせる。ムギには遠く及ばず、孫悟空にも足りないが、それでもそこらの人間の何百倍もマシな男だ。
━━━花の匂いで、思考が止まった。
反射的に立ち上がって見た先のドアには、武泰斗がいた。
「お、おお…すまない。脅かす気はなかった」
呆然と数秒立ち尽くす。当たり前の光景を見下ろす。その数秒で、自分の行動を振り返る。
「ピッコロ?おい、どうした?」
眉間に皺を寄せて近づいてくる男の姿でようやく現実に帰ってきた私は、背を向けて壁へと一直線に向かう。
「おい!一体、何が━━━」
ゴッ、と思いっきり壁に打ちつけた頭はいつも通り全く痛くなかった。痛そうなのは音だけだった。
何でも良いから衝撃をと何度か連続してぶつけ、白い壁が負けたのを見て自分の頬に拳を振るった。そこでようやくわずかな痛みと頭の揺れを覚えて、ようやく止まれた。
「はぁ…………いっそ殺せ」
「なんださっきから急に!そもそももう死んでいるだろう!」
ようやく私に辿り着くと、武泰斗は私を無理矢理席に戻して反対側に座った。
「人が入ったと同時に奇行に走って…何があった?」
「……何も起きていない」
「そんなに言いにくいことか」
「嘘はついとらん」
言いたくない。直近のアレのせいでつい反応してしまった自分が憎い。
「どうせムギ殿関連だろう」
「…」
「いくらお前であっても、驚かされた私にも理由を言わないのは不誠実だぞ」
「うるさい」
言わないと、やはりしつこいのだろう。だがそれでも言いたくない。小っ恥ずかしい。
「言えないのであれば、先の奇行を報告するしかないが」
「卑怯だぞ貴様!」
「理由がわからない以上、黙っている義理もない」
さあどうすると圧をかけてくるそいつに、絶対に誰にも言わないと約束させた上で渋々ながら白状した。
「…ムギ、が」
「うむ」
「………ムギは、特に幸せだと…花の、匂いがする」
最初はそうそう起きることではなかった。楽しげにしている彼女の側の植物が生き生きとすることはあっても、辺りの気候が心地よいものに変わることはあっても、勝手に花が咲くなんてことは滅多になかった。ムギ自身、植物への悪影響を気にして抑えているところがあった。
だが、次第に私の言葉一つ、行動一つで時期外れの開花をするようになった。相当嬉しいことがあると、そこら一帯が花畑になってしまう。花によってはいきなり強い匂いに襲われることもあり、私も可能な範囲で気遣うようにはしていた。これのためだけに活動範囲の花を一部移動させたこともあった。
いつしか、機嫌が良いムギの名前を呼ぶだけで辺りが花々に覆われるようになった。私へと至る小さな足跡を埋め尽くすように、小さな草花が咲くようになった。自分の領域内なら大丈夫だと開き直って、あちこち踊るように駆け回って花の道を作るようになった。
花が、ムギの幸福の証になった。
「なるほど。来る前に天国の花畑に寄ったのだが、それで香りが移ったか」
「やはりそんな理由か。紛らわしいことを」
「しかし…ふふっ、確かにこれは恥ずかしくて言えないな」
「張り倒されたいのか!」
成果もあったが、碌でもない数日間だった。
***
三年後、五月十二日。
「さーてと…いよいよだなぁ」
マジュニア達から少し離れた所で、こっそり皆が集まるのを見守りながら時を待つ。不測の事態に備えて別行動したいと言ったら誰にも反対されなかった。多分、私がいない方が原作通りスムーズに進むからっていうシステム側の働きかけもあったんだろう。
必要な魔術の習得に妨害はなかった。作戦を練っている時も、一部を除いて痛みなくノートに書き散らせた。こうして今、その時を待っている間もなんともない。相変わらず変えられそうにないこともあるけれど、抜け道が存在するものも確かにあった。
「反撃させてもらうよ、世界」
私の手が届く、有り得ざるイフ。先の未来に備えて打つ、確かな布石。
可能性を無限大に広げる、一歩だ。