ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
どれくらい泣いていただろうか。
多少なりスッキリしたので深呼吸しながら気持ちを落ち着かせにかかった。これ以上は洪水を起こしかねない。呼吸にだけ集中すれば数分後には雨も落ち着き始め、安心と疲労から深いため息が出た。
「結局ダメ、っぽいなぁ…」
軽い気持ちでやるべきじゃなかったとまた気持ちが沈み始めたので、切り替えるために川の水で顔を何回も洗った。戻れるくらい落ち着くのにはもう少し時間がかかりそうだ。
「まあ、魂を治せただけマシだよね。うん。できればあのうざったい繋がりも切りたかったけど…ここからさらに伸ばすとか、絶対嫌だろうし。しょうがない、しょうがない!」
独り言で無理やり自分の気力を上げた。治療後いなくなるなら、そこまで耐えるだけの話だ。
「そう簡単に物事が変わるわけないしね。しょうがないもんはしょうがない!」
言葉は偉大だ。何回も言ってるだけなのに、なんだか気持ちが変わってくる。
「よっし!体乾かして目治して、ちょっと散歩して帰る!」
両頬を叩いて立ち上がり、魔術で全身を乾かしながら川に背を向けた。
目の前十歩先くらいに話題の彼がいた。
「ひょっ!?」
思わず変な声が出て、その場に固まる。何故という疑問から、いつからという不安が生まれ、全身から血の気が引いた。
どこから、見られていたんだろうか。そういえば今日は夜の外出のことで突っ込まれたことを思い出し、終始見られていた可能性が無視できなくて恐怖のあまり体が余計に固くなった。どうすればいいのかわからない。なかったことにできないだろうか。見なかったふりして戻ってくれないだろうか。もう後少しだけなのだから、気にせずに過ごしてくれないだろうか。
かすかな希望にすがっている私とは対照的に、彼はひどく落ち着いているようだった。怒ってはいないように見えるが、表情が読めない。真顔で、ただひたすらこっちを見るだけだ。
「ぴ……ピッコロ…?」
思えば久々に名前を口にする。早い段階でお互いの名前は教えているものの、彼は一度たりとも私を名前で呼んでいないし、私は私でここ最近は特に気が引けて呼べなかった。名前を呼ばなくても困らないというのもある。
ピッコロは名前にピクリと反応して、こっちにゆっくりと近づいてくる。表情は変わらない。
私はパニックに陥っていて、怖くて。今ここで終わるんじゃないかと怯えていた。彼が真顔のまま近づいてくる。何を考えてるのかわからない。どんな感情が胸の内に渦巻いているのかわからない。やらかしたという事実以外何もわからなくて、怖い。
だから、彼の手が持ち上がった時、反射的に目を閉じた。
━━━ぽすっ
一瞬の間をあけて、彼の手が頭の上に落ちてきた。薄く目を開ければ彼はすぐ近くにいて、顔は見えないけれど纏ってる空気は穏やかで。
そのままじっとしていたら、ぎこちない手つきで、少しだけ撫でられた。
そのほんのひと撫でふた撫での後にあの大きな手はするりと頭から離れて、彼は何事もなかったかのようにどこかへ飛んで行った。
「………HAI???」
とりあえず、撫でられた頭は気持ちよかった。
*
翌朝から、彼の態度が軟化した。
私の駄々っ子そのものな大泣きに何を思ったのかは全くわからないけど、以前よりは信用?信頼?してくれているらしく、思うようにことが行かなくて怒鳴るということはなくなった。前みたいに怒鳴りそうになることはあったものの、自ら頭を冷やしに行ったり何たりして未然に防いでくれている。
同時に、とある癖について私に直すように言ってきた。
「三回目だ。腹筋背筋三セット、とっととやれ」
「うあ゛〜…」
「学習能力のないやつだ」
呆れながらも最後まで彼は数えてくれる。嫌がる私を楽しんでいるような節があるが、そこは気のせいで流しておいた。
「…あのさ」
「七十二、サボるな」
「やりながらで、いいから」
「七十四、七十五…で?」
「何が、うざったいの?」
「回数。七十八、七十九…」
「さっき、それ、聞いた」
謝罪の言葉が多くてそれが鬱陶しいと言われ、今絶賛躾けられている。まあ確かに多かったかもしれないし、それでイラつくのもわからなくはない。でも、こっちは悪いと思うから言っているわけで。
「普通に、しつこく、言ってなくても、アウトじゃん?」
「九十四、九十五…頻度が多い…九十六、九十七…」
「ミスが、多い、だけじゃ…?」
百まで数えると、彼は一旦口を閉ざした。
「……貴様は、毎日十数回は謝らないと死ぬのか?」
「死にはしないだろうけど、失敗の分だけ謝るよ」
思いっきり顔をしかめられた。
「窮屈そうな生き方だ」
「私はピッコロみたいに心臓に毛生えてないから」
「っ、残り二セットはどうした!?」
どうやら謝罪の言葉を一度も言ってないことはそれなりに気にしているらしい。
そのうち聞ければいいかと大人しく罰ゲームを続けた。
彼の態度の軟化以外に、もう一つ変化があった。
「ん?」
「どうした?」
「いや…あれ?何か…作業しやすくなった?」
治療が進めば進むほど扱いづらくなった魂が、急に抵抗を弱めた。
「本来の抵抗力を取り戻して外部干渉を拒絶できるようになってきたんだと思ってたんだけど…ピッコロは何か変化感じる?」
「てっきり貴様が上手い方法を見つけたのかと思ったのだが、違うのか?不快感がかなり軽減している」
「………適応した、とか?」
よくわからないままその日の施術を終え、翌日は念の為様々な角度からチェックしてみたものの、作業が楽になった理由はわからなかった。
「ん゛〜〜〜〜〜〜、気になるなぁ…」
「特に異常はないのだろう?」
「そこが納得いかなくて」
「現状どうやってもわからないのであれば保留しておけ。ところで、私と『もう一人』との繋がりはとっくに気づいているな?」
その一言で先日の独り言を思い出し、少し恥ずかしくなる。反射で見苦しいものをと謝罪しそうになったが、ギリギリで抑えた。
「…最初のチェックの時点で気づいてたよ」
「どうにかできるか?」
「…………え?」
思わず、手に持っていたペンを落とす。
「かなり珍しいケースであることは自覚している。対処させるなら、誰よりも私の魂の扱いをわかっている貴様に任せるのが最良だろう。」
言っている意味はわかる。その考え方におかしなところはない。でも、でもそれは━━━。
「…数ヶ月じゃあどうにもならないよ?」
「だろうな」
「本当にいつまでかかるかわからないよ?何年、何十年かかるかもしれないよ?」
「方法に目処は?」
「…自力でどうにかしたケースをちょろっと小耳に挟んだくらい」
「なくはない、と」
前向きな態度に混乱する。今まで早く早くと急かしていたのに、何で急に気の長い話に乗り気になったのか。
「私にはやりたいことがある。が、それを確実に達成させるには多くのモノが足りない。そんな中、貴様という協力者とわざわざ縁を切ることもなかろうと思ってな」
実はこれ、夢の中だったりしないだろうか。
「貴様の結界を侮っていた。『あいつ』は私がここにいるのを認識できないようだ。地盤を固めるにあたって、ここは絶好の隠れ家になる」
泣いてないかな、私。
「目的達成までに切れればよし、間に合わなくてもよし。いずれにせよ、ここは有効活用すべきだと……おい」
「だいじょぶ…悲しいとかじゃ、ないから」
ボロボロと溢れる涙を素手で拭う。そんな私に彼が肌触りの良いタオルをぎこちなく渡すものだから、もう一枚出してもらうくらい泣いてしまった。
些細な気持ちで賭けた可能性に、こんなに泣かされるなんて夢にも思っていなかった。
自分が生み出した部下以外への信頼を考えると、読心術でも使わないと他人を信用なんて無理だろうなと。