ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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三百年の時を経て、ついに。




罪の証拠

 

 他者に聞いて回るという手法には限界があった。

 何しろことの発端は三百年前だ、二人を断片的であっても知っている者は限られている。素直に自分に全て話してくれる者はもっと稀だ。

 あの世に申請して数ヶ月待って手に入れた資料も、あくまで概要的なものだ。仔細は記されておらず、本質を掴めるほどの情報は含まれていない。強いて言うなら、自分が今まで聞いてきたことの信憑性を補強してくれた。

 

 過去を実際に覗き見ることを躊躇したのは、相手のプライバシーの侵害を良しとしないからか。いや、きっと恐ろしいのだろう。剥き出しの真実を顔面に叩きつけられることに、私は心の底から震えているのだ。長い間目を向けようともしなかった己の罪が、恐ろしくて仕方ないのだ。

「神様…」

「そんな顔をするな、ポポ。何も一度に全部見ようとしているわけではない…流石に、量が多すぎるからな」

 地球の記憶を見る術は、何も星の魔女に限られたものではない。ムギ殿の結界の中の出来事を知ろうとするのであれば難しいが、それ以外であれば神殿の一室にてテレビの電源をつける程度の労力で可能だ。つまり、所謂Xデーは見ようと思ったら見れる。その後のピッコロの行動も。

 

 ピッコロの動向は天界から見下ろしてはいた。ただそこまで積極的に行動を追っていたわけではなく、抜けが非常に多い。人間達の苦しむ姿に長時間耐え続けるだけの強さは私になかった。

 もっとも、これから目の当たりにする光景はさらなる苦痛が約束されているのだが。

 

 専用の部屋に入ればバレーボールほどの大きさの水晶が柱のような台座の上に固定されていた。水晶のすぐ下にはダイアルがあり、最初に見たい年月日にそれを合わせることで術が起動する。後は水晶に手を置いて場所なり人物なりを思い浮かべれば、その時期に対象がどんな状態だったのか見ることができるという仕組みだ。

 幸か不幸か、天界から落ちて以降のピッコロを見るのであれば忌まわしきあの日からになるので日付は嫌でもはっきり覚えている。震える指先でも容易に操作できるほどシンプルな構造のせいで、数字を合わせた後に何度確認してもせいぜい数分程度で準備は終わる。透明だった水晶玉の中が白くぼやけて渦巻き、早く早くと引き摺り込みたがっているようだった。

 

 数回の深呼吸の後、私は意を決して過去の記憶へと飛び込んだ。

 

 

 

◀︎◁◀︎

 

 

 

 轟音、衝撃、土埃。

 

 

 視界もはっきりしない中、彼はムギ殿を庇うように立って構えていた。

“き、貴様っ━━━!?”

言い終わる前に弾丸のように飛んでいく体。何が起きたのか、私にも分からなかった。

“ピッコロ!?”

木々を薙ぎ倒しながら森の奥へと飛ばされた夫を追いかけようとしたものの、彼女はあっさり捕まった。

“ぐ、ぎっ……は、放して…!ピッコロ…ピッコローーー!!”

飛んでいった先に手を伸ばすも、首を絞められるようにして捕まってしまったものだから襲撃者の手首にすぐ戻っていく。

“うるさい”

腕一本で軽々と彼女を持ち上げるあのお方の目は冷ややかで、ムギ殿がいくら爪を立てようと緑色の手はびくともしない。

“かはっ…!”

 

 警戒は、わかる。相手は星の魔女と魔族だ、何をしでかすかわからない危険な組み合わせだ。だが、だがこれは…あまりにも一方的すぎる。

“ムギ!!”

 森の奥から戻ってきたピッコロの姿を見て絶句する。五体満足ではある。だが血まみれの右半身の道着から、あの一瞬の一撃で重傷を負ったのは明らかだった。顔も一部持っていかれたのか、再生してすぐ駆けつけてきたのであろう彼の顔にも血が付着している。

“まさか、ここまで変わっているとは…”

掠れた声で夫を呼ぶムギ殿に構う様子もなく、あのお方は呆れたような見下したような顔でピッコロを眺める。

“そいつを放せ!!”

実力がわからないほど愚かではない。内心は圧倒的なまでの実力差に震えているだろう。しかしそれでも、私の一部だったはずの誰かは声を張り上げている。

“…ここで殺されない奇跡に感謝しろ、魔族。変わりすぎた歴史にこれ以上の改変を加えれば、元に戻らなくなる”

 そう、それが理由だった。当時はどのような歴史なのか知らなかったが、ピッコロは『大魔王』に成る運命にあり、ムギ殿はそれを阻止しようとしていた。それも、極めて良心的かつ愛情溢れる方法で。

“そもそも何故『そこ』なのだ?魔女よ、より良い世界を願うならばもっと別に方法があったはずだ”

 

 ピッコロごと世界を救う必要はない。倒される運命にある『悪』であるのならば、わざわざ歴史を改変するリスクを負ってまで手を差し伸べる必要はない。自分で倒すことができないにしても、妨害したり人間達を守ったりすることで被害を抑えることは可能だろう。

 かつての自分であれば、それが正解だと断言しただろう。

 

“…神様なんて、大っ嫌い…!”

 

 言われて当然の言葉だ。当たり前の言葉が、胸を貫く。大して親しくもないくせに。

 呼吸もままならぬ喉から絞り出された言葉は、直後悲鳴に塗り替えられる。幾重にも巻かれた『縛り』が可視化され、彼女の魂を締め付ける。肉体をすり抜けてダイレクトに痛みを与えるそれは、決して物理的なダメージを与えるようなものではないが、真っ赤に焼ける鋼鉄の針で全身を内から外から貫かれるような心地だと聞く。体は無傷でも、心は無事では済まない。

 ピッコロが再び吹っ飛ばされたことで、彼が立ち向かおうと飛びかかったことを知った。震える体を抑えるので精一杯だろうと思い込んでいた私を一蹴するかのように、彼はムギ殿の悲鳴を止めようと踏み出したのだ。あのお方相手に、虫を払うようなささやかな一振りで殺されてしまうほどの実力差を前に、それでも拳を振り上げたのだ。あのピッコロが。

 

 かつての私が持っていた『悪性』から生まれたはずの彼が、怒りと憎悪に塗れてただ破壊と絶望を撒き散らすはずだった彼が、たった一人の人間の為に。

 

“安心しろ、殺しはしない。お前が愚かな行いを反省し、歴史が修正された頃には解ける封印を施す”

そんなピッコロの勇気は、愛は、存在しないと言わんばかりに無視される。かつての私も今の私も、指先を掠めることすらできない強さがそこにあるのに。

 何故、どうしてと問いかけたところで答えが返ってくることはない。その美しさを残すことより、歴史を守ることの方が遥かに重要だからだ。

“や…やめろ…!”

 血反吐を吐きながらもなお立ちあがろうとするピッコロの眼前で、力なく揺れるムギ殿の足の下から封印の水晶が形成され始めた。バキバキと音を立てながら成長するそれは、徐々に彼女の自由を奪っていく。

“やめろ!!ムギを、ムギを放せ!返せ!…やめてくれ!!”

神族相手に頭を下げるなんて断じてしないであろうと思っていた者が、まるで許しを乞うような、縋り付くような声で叫ぶ。息をすることすら辛くなるような胸の苦しさに、思わず自分も叫びそうになる。彼と同じ声で、しかし同じには決してならない声色で、それでも同じ言葉が喉を裂かんばかりに出そうになる。とっくに手遅れだと分かっていながら、そんなことを言えるような立場ではないと頭で理解していながら、それでも心が突き動かされててどうにもならない。貧弱な理性が弄ばれている。

“…め……さ…”

這いずってでもムギ殿へと手を伸ばし続けるピッコロと、それを見ていることしかできない私の耳に届いた彼女の最後の言葉は、

 

 

“…ごめんなさい、ぴっころ…”

 

 

 

 

 

悲しみに濡れた謝罪だった。

 

 

 

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