ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
不自由の中の、自由
分裂しても腐っても、龍族の天才児であったことには変わりなかったらしい。
「頼まれた書類だ」
五ヶ月前後かかると言っていた閻魔の推測を裏切り、自分の予想の四ヶ月すらも抜いて、眼前の魔族は三ヶ月半で蛇の道を走り切った。変わらぬ景色で時間感覚が狂っているであろう当人はまだその事実に気づいていないようだ。自分の限界をかなり攻めたのだろう、精一杯隠しているが疲労が見える。
「おお、思ったより早かったな。確認するからその辺でちょっと待っておれ」
多少は警戒を緩めて休んでくれるようにと、書類ケースを受け取ってその場から離れる。
ケースが開けられた形跡はない。開けて封印し直して誤魔化したわけでもない。彼自身が構築した精神防壁と星の魔女の加護のせいで読心術は無効化されてしまうが、確認せずとも彼がズルすることなく真面目に仕事をこなしたと信じていいだろう。クソ真面目なナメック星人の性質は彼であっても抗えないようだ。
手順通りに封印を解き、中身の分厚い書類の束を引っ張り出す。内容は配達人とその妻の経歴、すなわち閻魔帳のコピーと、彼らが引き起こした歴史改変未遂事件に関する会議の議事録だ。当人に会ってみたいと言ったのは自分だが、こんな書類を彼に長期間持たせるとは閻魔大王も思い切ったことをしたなと感心する。
ざっと夫婦の人生に目を通して議事録を読み進めれば、ため息が溢れた。
「これは……なんと、まあ…」
死者の裁判官も裁量判断にさぞ苦しんだだろうと同情を禁じ得ない有様だ。数多の偶然が重なった果ての大惨事。現状を覆せるような何かはなく、ただ地道な努力をこなす機会を与える他ない。今の時点で閻魔自身、かなりギリギリの綱渡りをしていると言ってもいい。上手く言いくるめてまでチャンスを作ってやるとは、その他諸々の罪状を含めて考えると破格の扱いだ。
もう一度、閻魔帳のコピーを読み直す。すでに入れ込み始めている自分に気付きながらも、二人が日々の積み重ねから得たもの、得ようとしたものから目を逸せない。この結末は本当に正しかったのかと思い悩む髭面が容易に思い浮かんだ。神々が敷く世界の在り方から鑑みれば正しいのだ、確かに。しかし同時に、あまりに酷な話でもある。救いの一つや二つ、用意したくもなるものだ。
再びため息をこぼした時には優に一時間以上経過していた。大人しく待っていられる程度には精神が安定しているらしい。良いことだと書類を戻して封をし直す。ふと見回せばバブルスくんは客人にちょっかいをかけていないらしく、近くをうろうろしていた。
「はて?」
最近は自分以外に誰かがいることに楽しみを見出して随分と積極的になっていた。今回も同様に接触しにいくものだと思っていたが、やはり魔族相手だと警戒してしまうのだろうか。
こればかりは無理だったかとピッコロの元へ戻ろうとして、ようやく気付いた。
「どこに行ったんだ?」
気を感じられない。まさか届けるだけ届けてさっさと帰ったのだろうか、待てと言ったのに。蛇の道の方を探ってみたが、しかしそちらからも何も感じない。この星の重力からしてうっかり落ちて地獄へ戻ったとも思えない。
「バブルスくん、ピッコロのやつはどこへ行ったんじゃ?」
おそらく最後に見たであろう存在に聞いても首を傾げるだけだ。
いくらなんでもおかしいと自分の足で小さな星の上で歩き回る。ここにいるのなら、少なくともものすごく静かに過ごしているらしい。
「…あっ」
その静けさでようやく思い出した。彼の子供もこうしてたまに見つけにくくなっていた。もっとも、これほどまでに練度は高くなかったが。
「バブルスくんでも見失うとはなぁ…野生を忘れすぎだぞ」
「うほっ?」
気で探るのをやめてよくよく周囲を見てみれば、おそらく座ってから一ミリも動いていないであろう緑の巨漢が木の下で瞑想していた。かつて年若いナメック星人がよくやっていたように。
「お前のそれは、星の魔女の為か?」
近づいて目の前で問い掛ければ、瞼の後ろから赤い瞳が姿を現した。
「なんのことだ?」
「その気の同調だ。完全に周囲の自然と同化しおって…帰ったかと思ったぞ」
もう一人のピッコロもとい彼の子供(ややこしい)は、一緒に来た他三人と比べて瞑想している時間が群を抜いて多かった。特に調子が良いと周囲に溶け込んでしまって、超能力のせいか感覚の鋭い餃子が見つけるまで天津飯やヤムチャが探し回るということが何度かあった。初めてその状況に遭遇した天津飯は目の良さに自信があっただけに、ピッコロを木の一部だと勘違いした自分にショックを受けていた。
「仕事を途中放棄するつもりはない…閻魔もその前提で頼んできた」
こちらのピッコロほどの練度であれば、目の前で始めても一瞬消えたと勘違いしてしまうだろう。ナメック星人自体が気のコントロールに優れているし自然とも相性が良いが、それでもここまで極める者はそうそういない。気配を悟られないようにするのであれば気を消す方が遥かに簡単だからだ。
「お前ほど気のコントロールに優れた者に手伝ってもらえば、天候や人災などの外部因子で荒れた気を鎮めるのも容易だろう…同じ星で暮らす生きとし生けるものを滅ぼしかねない彼女達にとって、自身の精神コントロールは永遠の課題と言ってもいい」
睨みつけてくる目に警戒が見える。あの経歴なら当然だ。子供の方も完全に気を許すことは最後までなかった。
「嫁さんも大概だが、お前もお前で相当首ったけじゃな!」
「確認が済んだなら帰る」
人がせっかく雰囲気を和やかにしようとしたのに、ぴしゃりとはたき落とされてしまった。親子そっくりだ。
「…言葉のキャッチボールって知っとるか?」
「話し相手をしろとまでは言われていない」
確かにこっちの用事は済んだし、彼の仕事も終わった。また全力で帰れば多少の刑期短縮が期待できるだろう。しかし、このまま帰すのは勿体無い。
「ま、まあいい…お前、ちょっとここで修行していかんか?」
「………何を考えている?」
「お前の子供に修行をつけた身としてはな、ちょっと気になるんじゃよ」
ある意味では悟空以上の逸材であるこの男に修行をつける機会など、今しかないだろう。魔族を鍛えるのは異例中の異例、他の界王にそれはもううるさいくらいギャーギャー言われるだろう。自分達に牙を剥くかもしれない相手に何をと、裏切り者扱いされるかもしれない。
「長居するような時間的余裕はない」
「な〜に、ここで鍛えれば帰りはずっと早く着く。仮に同じ時間かかったとしても三ヶ月くらいは余裕があるしな」
「なんだと?」
「閻魔大王の予想は片道五ヶ月、だが実際は四ヶ月もかかっとらん。そんなお前が修行すれば帰りは一ヶ月…いや、一週間までは確実に縮められるはずだ」
そこでようやく固い表情が崩れて、目つきも警戒を残しつつ真剣なものに変わった。
「そういえば加護のせいで責苦が一切効かなかったな。なら、ここでの修行が代わりになるよう閻魔に掛け合ってやろう。わしの修行は責苦扱いされてもおかしくないくらい厳しいぞ〜」
自分も閻魔大王も、所詮は役人だ。従わなければならないルールがあり、手にする力は限られたもの。それに納得した上で今を生き、役目を果たしている。
だが数千年、数万年と気が遠くなるような年月を重ねていけば、ふとした時に何かが引っ掛かる。我々は時としてそれを無視し、あるいは通り過ぎながらも頭の隅で考えに耽る。
「…自分のものではない大きな力を扱う術に、興味はないか?」
そして極々稀に、たまたま足に引っかかった小石が拾い上げたくなるほど魅力的だったりするのだ。
今まさに提案を受けようとしている、この男のように。